第33話 華実先輩と旅行

 朝早い道を歩く。まだ太陽は昇り始めたころであり、空は青というよりは水色が近い。旅行の期間は晴れ予報が並んでいて、俺は良かったと安堵していた。

 今、俺が駅へ向かう足取りも荷物を持っているにも関わらず軽快だ。吸い込んだ空気は春を手放しつつある。

 互いに乗り合う駅が違うため、電車の中で合流予定だ。

 電車が走り出して地元の風景を置き去りにする。心地よいガタンゴトンという音を伴った振動が心地よく俺を揺らす。

 ゴールデンウィークの休みということで、想像以上に電車の座席は人が居た。


「尚順君、おはよう」

華実かさね先輩、おはようございます」


 少しだけ眠そうな顔をした先輩が体に似合わぬサイズのスーツケースに比較的とともに姿を見せる。人が少なくて良かった。俺は彼女に隣の席をすすめる。電車は俺たちを乗せて、走り出し合わせて揺れる。


「ありがとう。人が少なくて良かったね」

「はい、晴れてるのも嬉しいですね」

「一応雨の場合のポートレート計画もあったけど、傘を構えてってのも。まあ、雨のほうが人も少なかったかもしれないけれど」

「雨の日が外の観光地の狙い目なのはそうですが、傘は小物としてあるのは良いんですが、全部傘を持った写真というのもくどいかなぁと」

「それはそうだね。傘を持たないと行けないから、ポーズも限定されるし」


 撮影の事を話していれば、乗り換えの大きな駅に到着する。計画通り乗り換えをして特急に乗り込む。特急は予約席だ。もちろん俺が出した、言いたいところだが、さすがに全額負担できるほど財布に余裕は無い。それに先輩は、そういうのを全力で拒否されたので、今回の撮影旅行は割り勘旅行だ。


 ディーゼル列車である特急はまかぜに乗り込む。値段や時間を見るとこの列車に乗る優先度は高くないとは思うが、わかりやすい導線と乗換なしという点に指定席が無事取るのが出来たということが重要だった。

 椅子に彼女と並んで座る。通路側と窓側どちらが良いか確認すると、窓側をもらおうと言われたので窓側を先輩に譲る。特急はまかぜはあまり混む特急ではないが、今日がゴールデンウィークのためかそこそこの混み具合に見えた。

 荷物の一部は棚の上に上げる。これから二時間と少しこの特急はまかぜで外の風景を見送る旅だ。

 最初は出発した外の風景をお互いに見ながら会話をしていたが、先輩が用意してくれたおしゃれなサンドイッチを食べてから、眠気が襲ってくる。やはり朝が早かったからだろう。


「三十分ぐらい仮眠良いですか?」

「良いよ。その代わりその後は私も軽く仮眠の時間をもらおうか」

「了解です。ありがとうございます」


 彼女の提案に感謝して、目をつむる。隣に居る彼女の気配を強く感じた。うとうととしていた状態のため、すぐに眠気が襲ってきた。

 きっちり三十分で起こされて、今度は先輩が眠る。起きた瞬間は気づかなかったが、右手が左手よりも温かい気がした。気のせいかもしれない。

 俺は先輩が寝ている間にこっそりスマホで二人の写真を撮った。後で先輩に共有して怒られよう。

 そう思いながらスマホでニュースなどを見ていると、コテンといった感じで小柄な彼女の頭が俺の右腕側に寄りかかる。ピタリと俺の動きは止まった。

 起こしてしまったりしないように可能な限り身動きを抑えた。

 俺が彼女を起こせたのは、予定していた時間よりもかなり後だったのは仕方がないことだと思う。先輩からはもっと早く起こしたまえ! と不満をぶつけられた。


 列車が目的の駅に到着して、俺たちは慌ただしく荷物を持って駅に降りる。時間は十時過ぎ、ホテルに行くには早すぎる時間だ。俺たちは駅前にあるロッカーに宿泊用品の入った大きな荷物を預け、身軽な装いになって、駅前からのバスに乗り込む。お互いにしっかり撮影するのは明日の予定だ。今日は公園をじっくり巡って実際の地形などを確認するつもりだ。時間を見て、もちろんこの公園から反対方向にある竹田城跡も見に行く予定となっている。

 つまりただのデート日ということになる。予定を立てていた時に、先輩は不満が無かったので許してくれている、多分。


 閑散とした田舎の道をバスが進む。この周辺であれば、車移動が当然なのでバスには地元住民とみられる人が乗っている程度で混んでいるということはなかった。

 並んで座っている華実かさね先輩は、窓を見ている。その横顔から何を考えているか思い知ることは出来なかった。水がはられて田植えが終わった田んぼが並んでいる。

 しかし、田んぼの先を見れば、鬱蒼とした小高い丘となっており盆地のような形の家々で作られた町だ。

 バスが降りる予定のバス停の到着を告げる。俺たちは現金で支払いを行い、そんな田舎の道に降り立った。


「うーん、朝早くから電車にバスを乗り継いで、すっかり体がこったかもしれない。さて、ここから十分ぐらい歩く先だね」

「はい、あそこみたいですね」


 ちょうど少し先に周りの緑一色とは違った鮮やかな色が見て取れた。

 この公園の藤棚の総延長は五百メートルを誇っており、公園自体の面積に関してはサッカー場ほどの大きさがあり、その中に藤棚作られている。

 入り口で入園チケットを購入する。色んな客層がいるが、高校生で二人きりなのは俺たちぐらいだろうか。

 身長が低い先輩は藤棚を見上げる。太陽の日差しが藤の隙間から差し込んで、周りの歩く速度に合わせてゆっくり歩いて時折まぶしげに目を細めていた。


「藤の花は管理が大変そうだね。桜なら木々を並べて終わりだよ」

「桜はどこでも等間隔ぐらいに並べて植えて後はなんとなく成長してくれますから」

「藤の開花期間だけ開園してくれるために維持管理しているのは頭が下がるよ」


 歩くスペースはゆっくりと、そのため公園内をぐるりと回ると思ったより時間がかかった。これが大きなテーマパークであれば一日で周り終えるまでたくさんの時間がかかったことだろう。

 公園内に作られているベンチに座って、鞄からノートを取り出す。実際に来て見回ったことで、予定していた部分との違いや、追加でしたいことを考える事ができる。メモをどんどん付け足し、肩が触れ合うぐらい近づいてノートを一緒に覗き込んだ先輩が、自分もペンを握ってメモを書き込んでいた。


 そして、スマホで色んな画角を考えて写真を撮っていく。もちろん俺は先輩も撮っていく。自然体で真剣な表情をした先輩がスマホの中に保存されていく。

 噴水傍に立つ先輩。カメラを構えて見て、どんな距離を取れるかと考える先輩。

 思ったより藤棚の背が高いので見上げる形だと遠いなと悩む先輩。

 青々とした藤の葉と、彩り豊かな藤の花を背景にした彼女はとても綺麗だった。

 何度かスマホで撮り続けると、ようやく俺のやっていることに気付いた先輩がものすごくムスッとして、私は不機嫌ですというアピールをする。


「折川君はねぇ、何しに来たのかわかってる?」

「旅行です」

「うんうん、そうだね。学生だからバイト代で貯めたお金を取り崩して撮影に来たんだよね。ただの旅行じゃないよね」

「でも、先輩がきれいだったんで、すみません」

「うぅぅぅぅ、そういう事を行って煙に巻こうとしてるだけだろう?」

「これとかいつもの感じの綺麗な先輩をすごく上手く撮れたと思うんですけど」

「自慢気に見せるのはやめて! もう恥ずかしい!」

「いや、でもどうせ後で共有するんですから今見てもらってもいいじゃないですか!」

「なんでそんな偉そうなんだい!? 嫌だよ! 綺麗だと何だ延々言われた後に自分の写真を見せられるとかどんな羞恥プレイなんだい! 恋人じゃないんだからぁ」

「先輩は恋人じゃない男と二人きりで旅行に来るんですか」


 俺が逃げようとした先輩の手をつかんで、少しだけ体を寄せる。顔を真赤にさせた華実かさね先輩は、あうあうと言った具合で口を動かして、答えに迷っていた。


「さ、撮影旅行だから。写真部の活動だから」

「写真部ならもっと人を呼ぶんじゃないんですか」


 俺がそう言うと、それまで頬を赤くさせていた彼女の表情がふっと無表情になる。ああ、地雷を踏んだなと理解できてしまって、俺は彼女の手を離した。一瞬遅れて離された自身の手を振って、彼女は無言のまま背を向けて、藤棚をまたぐるりと巡ってから公園の端の方にあるベンチに座った。

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