第34話 華実先輩と旅行②

「さ、撮影旅行だから。写真部の活動だから」

「写真部ならもっと人を呼ぶんじゃないんですか」


 俺がそう言うと、それまで頬を赤くさせていた彼女の表情がふっと無表情になる。ああ、地雷を踏んだなと理解できてしまって、俺は彼女の手を離した。一瞬遅れて離された自身の手を振って、彼女は無言のまま背を向けて、藤棚をまたぐるりと巡ってから公園の端の方にあるベンチに座った。


 町の名前を花を植えて描いた花壇をじっと見つめながら、彼女は重苦しい雰囲気で口を開いた。


「いやー、写真部はね、幽霊部員というか部室に来ない人が増えちゃってね。」

「同じ一年生は幽霊部員なんだろうなと思いますが、二年生や三年生もですか?」

「あははは、……恥ずかしい話だけどね、私の他は男子しかいなかったんだよ。去年までは女の先輩が居たんだけど、卒業しちゃったからね。それでまぁ、先輩がいなくなってから、部室で一緒になる男子たちと、上手く距離を取って部長としてやれてると思ったんだ。だけど、最近髪を、その整えたでしょ?」

「はい、すごく可愛いです」


 彼女は沈んだ顔をしながらももにょもにょと口元周辺を動かして、俺の背中を反省! というようにバシッと強く平手で叩いた。


「あははは……、折川君は本当に。ありがとう。それで、折川君が居ない時に、」

「俺はほぼ毎日参加してたつもりですが」

「三十分ぐらい遅かった時も多かったでしょ? なんだか君がいないタイミングでよく顔を合わせてたんだ。私は誰よりも先に部室に行くからね」


 彼女は特に気にしていないようだったが、もしかしたら俺を避けていたのかもしれない。避けられていた理由はよくわからないが。彼女は指で髪をいじりながら俺から顔をそむけた。


「それで付き合ってくれって言われて断ったら気まずくてね。一年の時に言われて断った相手にもまた言われたり、今までそんな雰囲気を見せなかった男子にも言われたりしてびっくりしたよ」


 彼女は話す事を全部言ったという体で顔をそむけた状態でうつむいている。

 寂しそうにしている彼女の華奢な手を握る。ビクリと彼女が怯えるように震えた。ただ黙って俺は少しだけ座る位置をさらに彼女の近くへ少しだけずらしてただ黙って眼前に広がる花を見ていた。

 少しというには長すぎる沈黙の時間が続いた頃に、彼女の手が俺の手を握り返してくる。

 逃げるように背けられていた顔は、うつむいたままだが元の位置に戻った。

 彼女が何度も言うべきか迷うように揺れる。影の位置が変わったのが分かるぐらい時間が経った頃に彼女は、冗談でも言うように誤魔化しながら言った。


「私ってそんなに人に媚びを売っているかな? そんなつもりは全くなかったのだけれど」

「……どうしてそう思ったんですか」

「だって、告白、してくるってことはさ、私に好かれていると思っていたって事だろう? 私、そういう事にならないように線を引いてたつもりだったんだけれど」

「男は馬鹿なので、……可愛い女の子と話すと仲良く慣れたと思って勘違いしちゃうんですよ。中学時代に俺もありました」

「折川君が? 信じられないな」

華実かさね先輩みたいな可愛い人と少し喋ったらワンチャン狙いで告白なんて考える男子は多いと思います」

「でもさぁ、写真部の部員はもう一年以上は一緒に部活していたんだよ? 分かるじゃないか。私はずっとそう伝えてきたつもりなのに。私、何が駄目だったのかなぁ」

華実かさね先輩に悪いところなんて無いですよ」

「でも、私、わかんないよ。分かんないの」

「行きましょう」


 彼女が俺を見上げた。ようやく視線が合う。吸い込まれそうなほどの瞳が俺を見ていた。正直に言えば、俺も彼女に出せる答えはない。だって、その答えは彼女が望む優しく対応して生まれる形ではないからだ。

 ひどいことを言えば、どこまでも距離を感じさせるほど冷たくするしかないだろう。しかし、それは部活で一人の部員仲間という立場で、部長という立場で頑張ろうとした彼女の行動を否定するだけの物だ。彼女のこれまでを否定するということは、つまるところ正しい答えを彼女に出せる訳ではなかった。


「どこに?」

「藤を見上げながら、歩きましょう」


 はいとも、いいえとも答えられる前に、彼女の手を引いてまたゆっくりと藤棚を回る。それは綺麗な景色を見て、楽しむとかそういう類のものではなくただゆっくりと二人で歩く。ガヤガヤと人と人が楽しそうに笑って過ごす空間で、ただ二人だけで手を繋いで黙って歩いた。

 一周、二周としたところで華実かさね先輩が口を開いた。


「折川君、一緒にいてくれてありがとう。その、答えは出ないんだろう。でも、落ち着いたよ」

「はい、良かったです」

「それで、そろそろ元の予定に戻ろうか? もう気づいたらこんな時間だよ」

「まずいです! 竹田城跡見に行くなら、バスでまず駅まで戻らないとタクシー捕まえないといけないので、かなり時間的にまずいです」

「そも一本逃したら次はもうタクシーの迎え呼ばないと無理になっちゃうよ! い、急ごう!」


 バタバタと俺達は藤の花を後ろに踵を返して駅へ向かう。明日は本来の予定の撮影を頑張ろうと心に決めながら。



 竹田城跡を観光し終えた俺たちは夕食を食べてからホテルへ向かった。お金を抑えるために観光名所の食事というのは、無理なのでいわゆるチェーン店で食事を終える。まあ、未成年なので居酒屋にそも入るのは難しいから、観光名所の食事なんてそもそも探しにくいのだ。

 ホテルでは保護者の委任状の確認を受けて無事部屋の鍵を受け取る。

 ホテルは古くから続いている建物で、駅前にあるような大きなビジネスホテルの形式とは異なった趣があった。手狭な通路は人と人がすれ違うには気を使い合う必要があるぐらいだ。

 通された部屋は二棟建てされた中で新館と呼ばれている場所にあった。新館と呼ばれていても、建物自体はかなり前に建てられたのだろう。作りは古さを感じられる。

 扉を開けてくぐった先にすぐある踏込と廊下。ふすまがあるが、右手の扉はトイレと風呂のあるバスルームだろう。パチリと電灯をつけて扉を閉める。オートロックキーが作動して鍵が閉まった。踏込で靴を脱いで、ふすまを開けて中へ入る。

 こじんまりとした和洋室が俺たちを出迎えた。ふすまのすぐ先に畳が敷かれた和室があり、小さなテーブルが置いてある。座布団は壁の端に積まれてあった。

 畳敷きエリアの奥に窓とベッドが合った。ベッドと畳のエリアは、ベッドの目隠しのために少々幅広にされた木で出来た格子があった。

 その奥を見てびっくりしたような表情をしてから、先輩は気づかないふりをして荷物を床に置いて、片付ける。二泊する予定なので荷物を少し乱雑に固めても大丈夫だ。

 座布団を向かい合わせ敷いてふーっと疲労の息を吐きだして座った。

 そして、改めて奥のベッドを見て、周りを見て何かを確認したのかおずおずと先輩が話しを切り出す。


「うっ。……あの、だね」

「はい」

「なんでベッドが一つなんだい? 布団は無いのかな。泊まりは二名の予約にしてくれていたんだろう?」

「そうです。ですが、こういう部屋みたいです」

「そういう、へ、部屋みたいですって! そんな平然と言われてもね!」

「もう空いてないんです。俺を信用してください」

「し、信用?」

「はい」

「本当に何も、しない?」

「撮影と旅行のために来たんです。華実かさね先輩、信用してください」

「うぅ、わ、分かった。だ、だけど! お互いに背中を向けて寝るからね! ゆ、許さないよ!」

「とりあえず、入れる人数は少ないですが、男女それぞれ浴場が有るみたいなんで、そっち入って来ましょう」

「そ、そうだね! お風呂にはいってちょっとお互いに落ち着こう!」


 焦っているのは先輩だけだから、お風呂に入って落ちついてもらおう。用意されていた浴衣をお互いに用意して浴場で別れた。

 風呂に入ってしっかりと疲れを取り除くために体を休める。男の一人風呂はあっという間だ。部屋に戻っても当然女性の先輩はまだ上がっていない。

 俺は荷物からデータ整理用の自分のノートパソコンとSSDを取り出し、スマホで撮った写真や道中で撮った写真を保存してカメラからは一旦削除しておく。

 明日はどれだけ撮影するかわからないから、容量を空けるのは大事だ。


 扉をノックする音が聞こえた。先輩が戻ってきたのだろう。俺はすぐに扉を開けて先輩を出迎えた。

 扉を開けた瞬間、風呂上がりの華実かさね先輩のあまりの色っぽさと綺麗さに硬直したのは仕方ないので許してほしかった。

 恥ずかしげに上気した頬に後頭部に一つにお団子型にまとめられた銀色の髪がしっとりと映えている。いつもとは全く違う髪型にが可愛すぎる。

 澄んだ瞳は一瞬出迎えた俺を見上げて、羞恥でかすぐに逸らされた。

 小柄だが浴衣が似合うが、浴衣の生地が体にフィットしているせいで妙な色気を感じさせられた。


「ど、どうぞ」

「ど、どうも」


 開けた扉で固まってしまったので慌てて部屋の中へ通す。

 お互いに恥ずかしそうな反応をしてしまい、それが余計に顔を赤くさせた。俺は頑張って可愛い彼女の姿を意識ししてませんという態度を出しながら、ノートパソコンを見せた。


「もう今日の写真を保存してくれたんだね。ありがとう。私も入れさせてもらっていいかな?」

「どうぞ。良かったら入れた写真を見ますか?」

「それも良いね」


 彼女がスマホとカメラをそれぞれ繋いでノートパソコンに転送作業をする。俺は手元にあるスマホで今日撮った写真を彼女に見せて、ある一枚で華実かさね先輩の手が止まった。


「こ、ここ、これ!これ!」

「あ、可愛かったので撮りました」

「もう! もう! 駄目だよ! こういう女性の尊厳というものがね!」

「嫌だったら、消しますけど、俺は……大切な思い出だから消したくないです」

「うぅぅぅぅぅぅ、思い出、大切、うぅぅぅ、ずるだなぁ。折川君はずるいんだ」

「ずるいお願いが追加であって」

「ええ。これ以上!?」

「写真撮りませんか?」

「い、今!?」

「そうです。お互い浴衣だし、旅行の一枚って大事じゃないですか」

「大事、だよ!? 大事だけどさぁ。は、恥ずかしいじゃないか」

「撮りますね」

「問答無用!?」


 パシャリと一枚取る。一枚目は少し俺から離れて恥ずかしそうにする彼女と俺が撮られた。


「もう少し寄って、笑顔で撮りましょう」

「えっ、えぇぇぇ!?」

「嫌ですか?」

「い、嫌じゃないけど、恥ずかしい」


 それから何度か説得して、何枚も写真を撮る。撮らせてくれた先輩に満面の笑顔でお礼を告げたら、君が嬉しかったのなら、いいよと許してくれた。やはり華実かさね先輩は優しい。だからこそ、昼の公園で話があったような人との付き合い方で悩んでしまうのだろうなと思った。

 先輩もノートパソコンに写真を保存できたので、お互いにノートパソコンで今日撮った写真を並んで画面を覗き込みながら、明日の予定にメモを足していく。


「噴水は午前と昼のタイミングでしっかり光のあたり方の違うパターンで撮りたいな」

「先輩の身長的に藤棚に近すぎると藤の花とセットに撮れないので、予想よりも藤棚から離れ気味か、ちょっとアングル下からにしながらになりますかね」

「小さくて悪かったね」

「そういうことじゃないんですけど」

「アングル下からかー。人間って下からのアングルってそんな綺麗な顔に撮れないから、撮ってみるとなんか違うってなりかねないよ」

「うーん、そこは撮ってみてから考えるということで」


 それから先輩のアドバイスも貰いながら、すっかり写真の話で盛り上がってしまった。時間を見ればもう夜の十時だ。今日の朝自体が早かったので、早めに寝たいのならもう布団に入った方が良いだろう。


「今日は朝も早かったですし、もうベッドに行きましょうか」

「そ、そうだね」


 華実かさね先輩はそこでベッドの事を思い出したように緊張した面持ちをした。その可愛さを伝えるすべを俺は知らなかった。ただ彼女が可愛いのだ。お団子にした髪をそのままに、ぎこちなく歩いてベッドの縁に座る。ベッドの傍にある電灯のスイッチで部屋が薄暗くなった。


「あ」


 彼女が部屋が薄暗くなったことで、色っぽい緊張した声を上げる。その可愛らしさに俺の心はこれまで彼女と話していた時とは違う照れとともに愛おしさがあった。

 俺は彼女の隣に詰めて座る。えっとびっくりしたような彼女の声が部屋に消えた。


「な、なんで、ち、近いよ? せ、背を向けて離れて寝ないと」

 ぎゅっと彼女を抱きしめる。すっぽりと彼女が俺の腕の中に抱きしめられる。いい香りが俺の鼻孔をくすぐる。


「好きです」

「え」

「好きです」

「だ、駄目だよ」


 俺が彼女の肩に両手を置いて向き合うようにすると弱々しい彼女の両手の抵抗があった。


「でも、華実かさね先輩のことが好きなんです」

「わ、私、でも、」

「好きです」


 弱々しい抵抗が続く中、ずっと好きですと言い続けると彼女の抵抗が弱まった。ゆっくりと彼女の顎をもって、触れ合う程度のキスをした。

 柔らかな唇が触れる。薄暗い部屋の中で緊張でぎゅっと目を閉じて受け入れる華実かさね先輩の顔が見えた。

 合わさった唇をゆっくりと離れて、彼女が何かを喋ろうとするのを塞ぐようにまたキスをする。


 彼女の唇を俺が開かせて、俺の唇も開く。そうして、触れ合った瞬間、ドンッと胸を強く叩かれた。

 荒い息をしながら、怒ったように先輩が一筋涙を流しながら声を荒らげた。


「なんでそんなに慣れてるの……! 私、初めてだった! わかってるつもりだった! でも、期待したって良いじゃないかっ。折川君、ずるいよ!! なんかわかんないけど、ずるい! ずるだよ!」

「……先輩すみません。でも、」


 何度も謝りながら彼女をベッドに押し倒す。彼女は抵抗を止めたが、ずるいと何度も俺をなじった。なじられた俺は代わりに何倍もの回数、キスをして、好きです許してくださいと何度も彼女へ告げる。

 一つにまとめられていた銀色の髪がほどけて、ベッドの上に広がった。


 小柄な体がベッドに横たわって、俺を見上げている。キスをしながらゆっくりと体を重ねる。

 彼女の初めてを受け取りながら、彼女に何度も好きと告げたら、彼女が必死に俺へキスをして応えた。

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