第81話 君を愛してる

 華実かさね先輩との部室での逢瀬は、俺が思ったよりも長く続いた。部室から出て外に出るとかなり厚い雲の先にある太陽が傾いている。

 部室でしているのが誰にもバレなくてよかった。俺は安堵していた。

 華実かさね先輩が恥ずかしそうだが、行為は今までにないぐらい激しかった。今、嬉しそうに笑っている華実かさね先輩を見て、俺は分からなかった。部室でやって後悔は無いのだろうか。

 いつもの別れ道まで並んで歩いていく。


「ねえねえ夏だね。尚順君は、その水着ってどんなのが興味あるかな?」

「その」

「どんな格好が良いかな?」

「ちょっと今思いつかないですね。でも、どうして」

「水着だったら撮るのも普通でしょ?」


 ……普通ではないと思う。

 華実かさね先輩がそこから楽しそうに、どこが良かったとか、道端で話すべきでない内容を、人が周りに居ないから俺に聞こえるぐらいの声で話している。俺はポツポツと無為な返答しか出来なかった。

 部室でエッチをするなんて……。何度もその文字が俺の頭の中を巡る。別れる場所にたどり着いて、華実かさね先輩が顔を赤くしながら笑う。


「気持ちよかったよ、尚順君、ありがとう。愛してる」

「……俺もよかったです」

「うん、良かった!! じゃあ、またしようね?」

「先輩送って」

「いや、今日はもう遅いからね、大丈夫だよ? 彼氏に心配されるって嬉しいね。好きだよ」

「そう、ですか」

「じゃあ、また明日、喫茶店で。大好きだよ、尚順君」


 笑顔で手を振って、華実先輩が去っていく。

 俺も家に帰ろう。

 しばらくすると、雨がポツポツと降り出していた。


 雨が本格的に降る中、俺はずるずると足運んで家に向かう。恋人のぬくもりが消えて、徐々に不安が俺を支配していった。華実かさね先輩の身体で現実逃避していた。今、不安という気持ちが滔々と湧き出していた。

 何度もためらった。ためらって、俺は手を震わせながら、扉を開けた。


 パタパタと聞き慣れた足音が聞こえた。

 そして、俺は目の前の光景にボロボロと涙を流していた。

 莉念りねんが珍しくびっくりしたと驚きの顔を見せている。少女の声が俺を出迎える。


「おかえり、尚順、どうしたの? 痛いこと、あった? 服も、濡れて、るよ?」

「ただいま」


 違う。俺は君が居てくれてよかったと思った。みっともないと言われて、居なくなってしまわないかと不安だった。その不安がさらに華実かさね先輩の行動でわけがわからなくて、感情がぐちゃぐちゃにされたまま、帰り道を彷徨うように自転車を押して歩いていた。

 家に近づくたびに、帰るのが怖くなっていた。だから、今泣いている。


「なんでも無い。今日の、ご飯何かな?」

「ふふ、早く、あがって。制服、着替えて、一緒に、食べよ?」


 俺は彼女が取り出したハンカチで涙を拭かれて、自分でも服の袖で改めて拭いた。必死に涙を止めて笑顔で莉念りねんにお礼を言った。




 俺は夕食後すぐに莉念りねんを彼女の家へ送っていくと行って、莉念りねんの部屋に行く。莉念りねんとベッドに並んで座った。

 ぴったりと彼女の隣に座った。


「どう、したの? めずら、しい」


 手が恐怖で震える。今、こんな、言ってはダメだ。どうせ返ってこない。寂しくなるだけだ。

 だったら、俺の好きに好きと応じてくれる華実先輩で埋めた方がいい。たとえ、エッチをして気持ち良くしないと愛を信じてくれなくても。そっちのほうがマシだ。必ず返してくれるんだから。

 だけど、俺の考えとは裏腹に気持ちは、ボロボロとこぼれ落ちてしまう。


「好きだ……」

「うん」

「愛してる」

「うん」


 俺の声を聞いたよと頷くだけで、やっぱり応えてくれなくても、彼女が優しく俺を慰めるように抱きしめる。

 細くとも柔らかい女の子の体が俺と触れ合う。

 彼女の香りと好きな香水が混ざり合って俺の鼻孔を満たし、彼女をより鮮明に意識させられる。優しい莉念りねんの声が俺の鼓膜を震わせた。


「私は、尚順の物。尚順は、私の物。私達、幼馴染、家族」

「うん、うん」


 彼女を抱き返した。こんなに好きなのに、届かなくて応えてもらえなくて。でも、彼女の口から「みっともない」と言われれば、嫌われたんじゃないかと不安になって、離れたくなくて、怯えてしまう。


「俺から離れないでくれ」

「毎日、玄関で、おかえり、してる、家族」

「俺と一緒に居て」

「毎日、晩ごはん、一緒、家族」

「俺の傍にいて」

「毎日、部屋で、二人きり、話す、家族」

「愛してる、愛してる」


 微笑みだけで、応えはなくて、なのに、こんなにも君を愛してる。

 分からなくなった。

 家族同然の幼馴染である莉念りねんと、体の関係を持つのが変だと思っていた。でも、高校に入ってみれば、出会った女の子たちが、女友達として仲良くなれば体のつながりを求めてくる。

 女友達であるだけの鳳蝶あげはも、せんりも、春日野も求めてくる。


「女友達にキスなんてしたらダメなのに」

「そう、だよ。当然、だよ?」

「女友達とエッチなんてしたら、ダメ、なのに」

「そう、当たり前、だよ?」


 莉念りねんが肯定してくれる。その通りだと言ってくれる。やっぱりそうだ。それが本来の距離感で間違ってないんだ。

 なのに、彼女らが女友達という関係でもエッチしたがって、彼女達自身がするのを求めて納得する。だったら、家族同然の幼馴染とは。


「家族同然の幼馴染とエッチしても良いのに」

「そうだよ、当然、だよね?」


 いつも莉念に言われていた言葉だ。自分が口にしたら、心がとてつもなく軽くなった。俺が肯定して彼女も肯定すれば、こんなに簡単なことだった。だって、女友達よりもこんなに君が好きなんだ。


「どうして、幼馴染でも恋人でもない女友達とエッチを求められないとダメなんだろう。どうしたらいい。鳳蝶あげはも、せんりも、春日野も、どんな立場で俺と向きあって」

「むふっ。簡単、だよ? 身体だけ、求める、女、それ、セフレって言うの、知ってる、でしょ?」


 莉念りねんがどうしてか至極楽しそうに俺を見つめながらそう告げる。いつだって女子との距離を教えてくれた彼女の言葉が、スッと俺の頭の中に入ってきて反芻された。


「ああ、そうなんだ」

「そう、だよ」


 身体を求めてくるなら、女友達と言えなくて、じゃあ、セフレで良いんだ。セフレの方が良いんだ。

 彼女たちは女友達じゃなくて、セフレになりたかったんだ。


 自分と重ねて同情して鳳蝶あげはと繋がってあげようとしていた。女友達に同情しても本来エッチする事は正しくなくて、でも、どうすればいいか分からなくて痛かった。


 中学に傷つけたのが癒えるまで、俺が沈黙を守って貰う代償に、春日野が求めるなら応じないとダメだと思った。だけど、女友達にそんな慰めと代償を払うなんて、それは正しくなくて、でも、どうすればいいか分からなくて痛かった。


 その気にさせたからエッチして欲しいと願ってきたせんりに、莉念に似ていると感じて手を伸ばしてしまった俺が期待させたせいだから、応じてあげるべきだと思った。だけど、女友達にそんな慰めをするなんて、正しくないと思って、どうすればいいか分からなくて痛かった。


 だけど、セフレならエッチして癒されるならしてあげても良い。

 良かった、これで彼女たちを傷つけなくて済む。

 女の子には優しくしないといけない、女の子のお願いはちゃんと聞いてと、莉念がずっと俺に教えてくれた事だ。

 だから、これで彼女らが望む優しさを渡してあげられる。


「ありがとう、莉念りねん、教えてくれて、ありがとう」

「むふっ。良い、んだよ? 頼ってね? そんな女達は、恋人にも、女友達なんかにも、しなくて、良いんだよ。好きにならなくて、良いんだよ」

「ありがとう、莉念りねん、ありがとう」


 好きにならなくて良い。そう、つまり、恋人にしなくても大丈夫。

 恋人が二人になるなんてありえなくて、良くないことだ。だから、俺は彼女の優しい言葉に安堵する。

 彼女の手が俺を優しく撫でている。紫の目が俺を覗き込んで、だけど、まだ言う事あるよね? と尋ねていた。

 そう、恋人になったはずの華実かさね先輩。

 毎日顔を合わせて話すよりも、体で繋がったほうが愛を感じるという恋人の事を、話さないと。

 りねんとは全く違う考え方で、俺の望む恋人との過ごし方と違う存在。どうすればいいかわからなくて、相談したいと思ってしまう恋人のこと。


「華実先輩は……」

「何?」


 恋人になったら、もっと日々のデートや生活を大事にするのだと思っていた。莉念りねんとずっと共に過ごしてきてわかったのは、好きな人といつだって日常を一緒に過ごしたい、大切にしたいって事だ。

 俺は恋人と過ごすなら、そうしていくのが当然だと思っていた。

 中学の頃、春日野と付き合っていた頃は塾に通うので、ほぼ毎日、春日野と顔を合わせて過ごした。

 だから、華実先輩とも同様にしようとした。

 毎日部室に顔を出せるようにしたし、バイトも土日に入れて、先輩が土日どちらか一日でも必ず会えるようにした。


華実かさね先輩は、恋人で。写真の事を話してくれて、分かってくれて。毎日、会って」

「でも、尚順のこと、全部、見せてないのに、聞かない、ね? 尚順のこと、興味、ないの、かな?」

「全部って、でも、写真見せたら、華実先輩は、他の女の子に、俺が構うのが、嫌だって。だから、華実先輩に嫌われるって思って」

「私、尚順の、たくさんの写真、見ても、尚順のこと、嫌い、じゃない」

「嫌いにならない?」

「ならない、よ。だから、恋人に、女友達の、思い出、見せても、大丈夫。毎日、会って、時間共有、してるなら、そうでしょ?」

「そう、だよ、な」


 俺は莉念りねんの言葉に頷く。嘘をついた。ここ一ヶ月、ほぼ毎日会う事はなくなった。よくて週三、四ぐらいだろうか。

 莉念に比べると遥かに少ない。

 でも、恋人よりも長く寄り添う幼馴染が分かってくれるなら、本来は恋人にだって分かってもらわないとダメなんだ。

 秘密じゃなく、思い出を大事にしたい。

 どんな思い出を大事にしたいか、見せよう。分かってもらおう。

 恋人とは、エッチする事だけを写真にしたくないんだ。

 そうしたら、莉念りねんと同じぐらい恋人への思いがさらに募るかもしれない。

 だって、今はまだこんなにも、


「君を愛してる」

「尚順、もっと強く、抱きしめて」

「愛してる、莉念りねん莉念りねんが、莉念りねんが一番なんだ。俺の、一番なんだ」


 繰り返し言うと自然と涙が溢れてた。俺は泣きながら、叫ぶように告げる。


「愛してる、莉念りねん莉念りねんが一番なんだ。俺の一番なんだ」


 君に捨てられたくなかった。君に離れて行ってほしくなかった。

 優しく莉念りねんが俺をあやすように撫で続ける。

 傷ついたら辛くなったら触れ合って支え合う。幼馴染と二人で学んだこんな簡単なことを、俺と君は出来ている。


「そう、だよ。私が、尚順の一番、だから」


 たとえ君が、俺を恋人にしてくれなくても。

 好きで無くても、愛して無くても。

 どうか離れないでくれ。

 どれほど寂しくても、君に触れると少しでも期待し救われてしまう。

 みっともない俺の傍に居てほしい。

 いつかこの寂しさが消えるまで、恋人に癒やしてもらっている。

 惨めな俺の傍に居てほしい。


(君が、俺の一番だから)


――――――――――――――――――――――――

ようやく繋がってない時の言い訳じみたタイミング以外で、明確に莉念に愛してると言えた主人公。

エッチしてない時に、尚順が莉念へ好きと言ったのは中学三年生の夏以来です。

でも、莉念は好きも愛も答えませんけど。


第二部は途中から華実先輩、鳳蝶との回数増加に伴って、逆に莉念はほぼ没交渉になった状態です。

第一部とは対極的になりました。

第一部では、一番回数が多いのは莉念で、華実先輩2回、鳳蝶1回。デートの方が多かったですね。


第二部メインストーリーをお読みいただきまことにありがとうございました。


明日は、閑話を3つ投稿します。8時、12時、18時。

ルビの文字数もあるのでちょっと正確じゃないですが、3つ合計で大体17,000文字ぐらいです。

 読んでもらえると嬉しいです。


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