第80話2 可哀想な人

11/10の更新、2つ目です。

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鳳蝶side


 騒がしい茶会に戻って、すぐに参加者の応対に戻る。茶道部の部長さんは私を心配したが、問題なかった。

 尚順さんが私を頼ってくれたのだ。いつだって私を気持ちよくして埋めてくれる彼の望みを私は叶えたい。

 私の隣にスッと女子の先輩がやってくる。どうかしたのでしょうか。


「折川さんは、少々みっともなかったですね。あんなにオロオロされるなんて」

「あら、いきなりですわね」


 同じ派閥の傘下の先輩だと思っていましたが、将来の当主の婿に対してなんて態度なのでしょうか。私はため息を吐き出したい気持ちを我慢して愛想笑いを浮かべる。

 尚順さんが羞恥で顔を真っ赤にしながら、弱々しく私を頼る姿に、私はみっともないなんて気持ちは全く湧いてこなかった。

 キスをしながら、いつもは彼が自重する私の身体を彼の手が確かめる行為。

 好きな人からのあんな気持ちをぶつけられる喜びを理解してれば、みっともないなんて気持ちが湧くなんてありえない。


「高校は人の目もあって、他のグループの学生たちも存外見ています。あまり気にかけるのも良くないと思っているのですが」

「あなた、何様なのかしら? 私に意見を言えるのでしょうか? ふふ、私の傘下に居るのに、私の行動を排除するのね」


 おかしくなって、私は目の前の先輩に笑ってしまった。その着物などを用意したのも私。声を掛けたのも私。それを享受しながら一方的に不快な意見をぶつけてくるなんて、にこやかに私が圧を掛けると、目の前の先輩は先程までの強気な表情を消して、顔を青くしながらあっさり下がった。

 名前も顔もしっかり分かっている。尚順さんが住道に入って私が継いだら、ちゃんと左遷してさしあげないといけませんわね。


「すみません、よろしいですか?」


 棚田さんが一人で私の前に現れた。また、面倒ですわね。私はため息が出ないように耐えながら、茶道部として一般参加の方に楽しんでいただけるように手を尽くす。それがたとえ目の前の棚田さんという男子であっても、だ。


「住道様、今日、大変お美しいですね」

「あら、ありがとうございますの。私も本日は気合を入れましたから」


 四條畷さんが参加するということになったので仕方なく派閥のためという名分と、尚順さんの恋人である相手へ、自分の方が格上だというアピールのためだ。棚田さんがぺらぺらと何か喋っているが益のない会話のため、愛想笑いで適当に返していると、銀髪が静かに邪魔にならないように近づいていた。


「撮影大丈夫でしょうか」

「ええ、大丈夫ですわ」


 棚田さんの会話を一段落させて、抹茶を飲んでもらいながら、近づいた方へ返答した。

 本当は大丈夫ではない。

 目の前の棚田さんと一緒に写されて、尚順さんに仲が良いんだねと言われたくない。女子が居る時が良かったのですけど、仕方ありませんかと私は残念に思った。

 自分が離席してしまったのもある。

 やはり茶道部のイベントということで、一般参加の学生は女子よりも男子のほうが多い。そのため、大半が男子に笑顔でお茶を振る舞っている。

 偶に勘違いに女子に声を掛ける者もいたが、そういうのは早々に器を片付けると言って、その場を離れるので問題はない。棚田さんも勘違いで私に言い寄る行動をして、遮断できれば良いのですけれど、残念ながら高校ではすっかりそういう行動を見せるのが減ってしまった。


「ありがとうございます。それでは撮っていきますね」


 レンズが私に向けられる。しかし、私をレンズ越しに睨むように見ながら、写真を撮る目の前の写真部部長に驚いた。

 この人が彼曰く恋人。あの春の日に駅前でキスする姿を見てしまった、憎い相手。

 エッチして気持ちよくされないと、彼に愛されてると思えない可哀想な人。きっと彼に何もあげられないのだ。貰うばかりの関係なんていつか破綻するのが見えている。

 私は勝ち誇った顔で笑顔を向ける。


「いい笑顔ですね」


 シャッター音が響いてから、部長さんがそんな事を言った。


「あら、失礼しました。少々お恥ずかしいですの」


 いくら彼が恋人と言い張っても、家柄も将来の資産もスタイルも私の方が上だ。今すぐ使えるお金もそうだ。顔は……あまり強く言えない。

 この人が恋人になったのは、ただただ尚順さんに部活を使って取り入った結果なのだろう。実際、丸宮さんの友人である茶道部部長以外の二、三年生方に話を聞くと、馴れ馴れしく男子とも話して、よく勘違いした男子が恋人を放って告白したりもするらしかった。

 そして、写真部の男子たちは彼女を取り合っているという話もあって、色んな男に媚を売って愛を得ようとする、そういう事をする女なのだ。

 彼女の真実を尚順さんに教えてあげてもいいけれど、私が吹き込むのは良くない。だから、私は大人しくする。


 結局この人は、同情で騙された尚順さんに好意を持たせて、彼に付き合ってもらっているに違いない。そうでなければ、尚順さんが私のキスもエッチも受け入れるはずがありません。


(可哀想な人ですの)


 けれど、尚順さんが恋人だと意固地になるのであれば、尚順さんに恋人にするのは良くないと否定するのもいただけない。

 最終的に私と寄り添う時に、過去に無理に引き離したなんて瑕疵が出来てしまえば、きっと優しい尚順さんは気にしてしまうだろう。

 いつの間にか抹茶を飲み終わった棚田さんが、喜び笑顔でまたペラペラと話し出していて、私は少々顔を向けて対応した。

 やはりその姿をパシャパシャと何度も写真に撮られるのは苦々しい。


(もしかしてわざとですの?)


 女の嫉妬はみにくいと聞きましたが、こんな風に追い落とそうとするなんて、なんてみっともないんでしょう。

 私はこの人の醜聞を黙っていてあげているのに、この人は確かに噂通りの人なのかもしれない。

 棚田さんが締めるように、頭を下げた。また聞いていませんでしたわ。


「田中が来れなくなったため少々気後れしていましたが、お美しい住道様を見れたことだけでなく、今日は住道グループの結束を見れてよかったです」

「そうですか。それでは、ご機嫌よう棚田さん」


 何を話していたかさっぱり覚えていないが、棚田さんが満足そうにそんな事を言って立ち去る。

 結束とは、と内心で冷たく思ってしまう。茶道部以外で私が声を掛けられる範囲で内々で棚田さんの呼びかけに応じずにいるように、中心に近い所属にいる学生に手回ししたのに結局外様の彼は気づかなかったらしい。彼が連れ立ってきたのは、私が声も掛けなかった外様の数人だけだ。それで結束と言われても困ってしまう。

 そんな分かっていない人や、他の誰に綺麗だ美しいと言われても、興味がわかない。心が動かない。

 私が喜びにあふれるのは尚順さんたった一人だ。


「どうしてそんなに気合を入れたんですか?」


 丸宮さんがそんな事を聞いてくる。分かっているくせにみっともない方。


「私、写真部が撮影されるということで、仲の良い尚順さんに綺麗に撮ってもらいたいと考えてのことですわね」

「っ。そうなんですか。尚順君は写真部として、公私を分けてしっかり活動しますからね」

「ええ、いつだって尚順さんは忙しそうですもの」

「そうなんですよね。写真部の活動に毎日来るし、他の何よりも優先してますから」

「まあ、そうですの。けれど、最近は放課後は余裕が出来たと言っておられましたから、意識が変わったのではないでしょうか」

「それは――」


 一人の茶道部員が少し離れた所から私に声を掛けた。私はにこやかに応じる。


「住道さん、写真部の人に撮ってもらってるところにごめんなさい、次の人、大丈夫かな?」

「ええ、もうお話は終わったので大丈夫ですの」

「写真部も、住道さんは十分なので、他の方を撮りますね。ありがとうございました」


 尚順さんが戻ってきても、写真部の活動において私の写真はもう十分だからカメラを向けないと、嫌味で言われたのだろうか。私は一度だけ彼女に強く視線を向けて、同じように私を見ていた彼女と対立する。

 余裕のなさそうな目の前の自称恋人の態度を見て、私はふふっと余裕がまた生まれた。

 尚順さんに私のことをなんと言われているかわかりませんが、どうにも尚順さんが私に揺れていると、目の前の部長さんも気づいたようです。


「それでは、ご機嫌よう、丸宮さん」


 別の女子へ向かう部長さんを笑顔で見送る。私の笑顔を見た彼女は、とても悔しそうで嫉妬に燃えた目を私に向けていた。

 私はさらに満足げな笑顔で応えて、小柄な写真部部長が遠ざかって別の女子に話しかけるまで見つめた。

 離れていく彼女に、私は憐憫を覚えた。好いた人に同情で恋人にされるなんて、どんな気持ちなんだろう。いや、気づいていないのかもしれない。

 そんな人が、尚順さんの好きと愛という言葉を無理やり独占しているのが、許せない。それは私の物ですのに。


「す、住道さん、よろしく」

「はい、少々お待ち下さい」


 私は愛想笑いで内心を隠して、目の前にやってきた男子に応対する。情けなく私の着物姿をじろじろ見る失礼な男子に、丁寧に対応してあげようと思う気持ちも冷めてしまう。

 だが、住道として恥ずかしい行動は出来ないため、所作は美しく忘れない。

 尚順さんに言われたからだ。

 茶会に戻って、住道鳳蝶としてしっかり対応してほしいと言われたからには、将来の婿たる彼に恥をかかせられません。

 ですが、私の身体に卑猥な劣情を向けて良いのは、尚順さんだけですの。私はそれを必ず彼に伝えよう。


(私は住道鳳蝶。そう、私は住道鳳蝶ですの)


 あんな女なんて必ず未練なく別れさせてあげよう。

 世の中を調べれば、過去の恋人に少々未練を残して別れたせいで、忙しい仕事の刹那に過去の女を思い出し、走ってしまう人間が存在する。

 住道傘下の一部会社にもそんな人間がいて、社長という立場でありながら、身勝手にパートナーを変えたりして、揉める姿を見たこともある。

 私はそんな事を尚順さんにさせたくない。きっちりと過去の恋人の未練がなくなるように別れてもらうのが大事ですわね。


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次話が第二部メインストーリーのラストです。


次話は、11/11の18時に更新いたします。

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