第80話1 尚順君は優しい
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「はえ?」
私は溢れ出た声に焦って両手で自身の口を塞いだ。目の前の光景が信じられない。体をつい隠して、覗き見している。
激しく音を立てそうなほど熱っぽく、着物を着た少女が私の彼氏にキスをしている。舌と舌が絡んでいるのさえ見えてしまった。私は、また塞いだ手の中で、目の前の現実が信じられなくて、「はえ?」と間抜けな声を出していた。
離れたと思ったのに、また少女が私の彼氏にキスをする。彼だって拒否できるはずなのにどうして? 私は目の前の現実が受け入れられなくて、呆然として見送った。
ぐるぐると今の光景が頭の中に回る。
茶道部の、女子の、
え、つまり、え、でも彼からキスはしてないよね? でも、拒否。どうして拒否しないんだろう。私の頭の中で先程の光景がぐるぐる回りながら、わからないまま、泣きそうになって、ハッとした。
「尚順君は優しいんだ……」
彼は優しい。困り事のあるクラスメイトがいれば、わざわざ相談にのって助けようとしてしまう。前にバイトに来る前にクラスメイトの女子の悩みを聞いて、どう解決すべきか悩んだり。私は嫉妬でそれを止めさせてしまった。
きっとそういう事が私の知らないところでもあって、あの
でも、それでも悲しかった。キスはさすがにやりすぎだから、もっと明確に断ってもいいのに。
そこまで考えて、言葉が自然と出てしまった。
「足りなかったのかな?」
やっぱり彼も男の子なんだ。男子はいつだって私を不躾な目で見る。欲にまみれている。
尚順君はそんなのが無いのだと思っていた。初めての告白でしちゃったけど、旅行が終わってから一ヶ月以上全くしなかった。最近やっと体を重ねたが、それも週一だ。そっちは想像より淡白なんだと思ってた。でも、違ったんだ。
尚順君が土日はバイトで、平日も私が部室にほぼ入り浸って部室で会うから、尚順君はもっとしたいのに我慢してたに違いない。だから、可愛い女の子に強く迫られて、相手が可哀想なのと合わさって強く拒否できなくて流されちゃったんだ。きっとそうだ。
尚順君が上手いから内心で前カノの存在に嫉妬しながらも、気持ちよく愛されてて満足してた。
でも、彼だって男の子なんだ。いつも彼が私をいじるのが上手で、彼にばかり私が気持ちよくしてもらってしまった。
それを少しでも変えたくて、どうやったら彼を気持ちよくできるか調べていると、いつだって高校生の男子の性について語られているブログや記事があった。
無理矢理されるのはダメだけど、恋人は満たしてあげないと心が離れて行ってしまう。
尚順君とは健全な付き合いの時間が長くて、それで良いと思ったけど、
「ダメだったんだね。ごめんね」
こんな簡単な彼の気持ちに気づかないなんて、私は馬鹿だった。もっと彼を見てあげるべきだった。
自分が会いたいのに会えない時はわがまま言って、顔を合わせてキスだけして終わるなんて、高校生の男子には酷だったに違いない。
あの時だって、あのまましても良かったはずなんだ。
私が部長として正しくしたいってそっちを優先してしまった。写真部の部長という体裁を体面を優先して気にしてしまった。
いつだって恋人として尚順君を大切にしていれば……。そうすればこんな事になってないんだ。
「もっと、もっとしなきゃ。してあげよう。時間を作ろう」
あんな綺麗な子が同情を誘って無理やり迫ったら、そりゃ簡単には断れないだろう。優しい尚順君だからそうなってしまったんだ。
写真部の活動を一緒にする時間があって満足してたけど、もう私達は恋人なんだ。部活動以外の時間でじっくり一緒に過ごそう。体を重ねよう。もっともっとしてあげよう。二人の愛し合う思い出を増やそう。
「思い出、そう、思い出」
えっちしてる思い出は撮ってない。彼は写真で思い出を作ることを大切にしていた。恋人との思い出なら、これも大事だ。もしかしてこれが足りなかったのかな? 私がもっと気づいてあげればよかった。
日々顔を合わせる相手の写真を撮ることに、ひどく意味をもたせるような事を言う彼に、もっと恋人になったんだから寄り添って上げるべきだった。
思い出が大事だっていつも言ってたんだから、恋人同士の思い出でえっちしてるところも撮らせてあげないと、きっと彼はダメだったに違いない。
「私が、恥ずかしがり屋だから、気を使ったんだ……。尚順君はいつだって優しい、私、ちゃんと出来てなかった」
でも、やっぱりそういうのは私の許可が無いと出来ないし、彼は優しいから私が嫌かどうか考えて黙っていたんだろう。
そうやって、彼を我慢させた結果、あんな綺麗な女の子の誘いに、同情で固まって拒否出来なかったんだ。
「ごめん、ごめんね。尚順君。私、ちゃんとするから。頑張るね」
何度もつぶやく。あんなに私に好きと、愛してると言いながら私とえっちして愛してくれる彼が、他の女子に迫られて拒否出来ない状態にさせてしまったのが悔やまれた。
もっと恋人として肌と肌で触れ合うべきだった。
私は気合を入れて、武道場へ向かう。今は目の前の仕事をこなして頑張ろう。そう思いながら、茶会が終わったらえっちしながら話し合おう、そう決めた。
まず今日の朝は出来なかったから、尚順君とえっちしてあげないと、私が彼の恋人なんだから。
せんりside
(70話あたり)
「せんり」
「は、い」
呼ばれてもう一度抱きしめられてホッとする。優しく撫でられながら、癒やされているとギュッとまた彼の力が強くなった気がした。求められてるんだ……。私は自然とそう感じた。
私が彼に抱きしめられながら、目を閉じて顔をあげる。
自然としてしまったが、キスされたいと思って顔を上げた。ぐっと彼が抱きしめる力が強くなって、される! と思って身構えた瞬間、解放された。
「もう、良いかな?」
彼が逃げるようにそう言う。ズルいなと思った。私は準備万端だったのに、折川君がヘタれてしまったようだ。
私は彼にそんな行動を不満に思いながらも素直に引いた。
「うん、ありがとうございます。また、よろしくね?」
彼はちょっとだけ困った顔をしながらも、私のお願いを受け入れてくれて頷く。
「ああ、俺でよければ」
φ
(75話あたり)
彼の手の位置が腰よりも少し下へ自然と降りてくる。エッチすぎてドキドキする。でも、そこから先はダメだと抑え込んでいるような我慢もしっかり感じられた。彼の腕の中から背伸びを少しだけするように動いて、耳元に顔を寄せてさらに密着した私は囁く。何度も練習した。
「良い、よ?」
そう、囁いた。
ドサッと、抱きしめられたままベッドに押し倒されてた。ああ、私、ここでしちゃうんだ。とドキドキして、彼の手が私の体をまずは確かめるように動いてなぞっていく。私をその指先でゾクゾクさせたところで、折川君が体を離した。
彼は目を開けて、ひどく怯えた表情を見せた。
「良いよ、どうかした?」
「ダメだ!」
「どうして?」
「ごめん! ごめん!」
彼は土下座する勢いで謝って、もう動こうとはしなかった。私はしょんぼりしながら、彼の謝る声になるべく優しく応える。
「大丈夫です。こっちこそごめんなさい」
「せんりは悪くない。本当にごめん。こんなことしたのに」
「私は、平気なので、折川君、そんなに謝らないでください」
「あ、ありがとう。許してくれて、ありがとう」
折川君は落ち込んだ様子で何度も謝り、帰ってしまう。私は上手く行かないなと悩みながら、折川君と仲良しになるにはどうすればいいか悩んでしまった。
その日はお風呂に入って悩み続け、髪を丁寧に洗って乾かしていた時にそうだ! と思いつく。
彼は着物の小物を一緒に選んでくれたし、あのお店に通ってた事があるみたいだった。あのお店に行って、店員さんに聞いてみても良いかもしれない。
私は放課後、生徒会に報告に行く折川君に一人で行ってもらうことを謝ってから出掛けた。あの時とは違いひとりきりで電車に乗ると、折川君に抱きしめられながら乗ったのを思い出して、寂しさを感じる。
電車が駅について、前回はふらふらしていた道を、こんな所を通ったんだなぁという気持ちで歩いていた。その時の彼の手を思い出して、つなぎたいなぁと思ってしまう。
「あ、ここだ」
厳かな店作りに高級な店構え。着物と帯は
「あら、いらっしゃい。また来てくださりありがとうございます~」
「こんにちは」
穏やかな声が私を出迎えた。前回来た時と同じ女性店員さんが出迎えてくれる。六月にぴったりの淡い色合いの着物を来ており、華やかで綺麗だ。
「今日はお一人かなー?」
「はい、ちょっと……これから茶道部で使う機会があるなら着物や帯とか小物を自分でも合わせるのを考えてみたくて」
「あら~……そうなん」
どうしたんだろう。すこし困ったような顔をしている気がしているが、私はぜひ! ということで前回買った小物の色違いをまず見せてもらう。
そうして、綺麗だーと思って喜んでいたのも束の間だった。
「今日は彼もおらんし、親御さんもおらんけど、大丈夫~?」
「へ?」
どういうことだろう。首をかしげる。彼女はあらまぁという顔で頬に手を添えて、私の耳元で小さな声でそれを告げた。
「そのねぇ~お高いんよぉ」
「え! で、でも前回と、お、同じ物」
「うふふふ、そこは男の甲斐性やねー。いくらで買ったんと思ったん?」
私が値段を告げると、今度は店員の方がびっくりした顔をする。
「まあまあ、すっごい男の甲斐性見せてもらってるやないの~。良かったわねぇ」
「へ!? ど、どういうことでしょうか」
私は女性に実際の値段を聞いて、卒倒しそうになった。高校生のお小遣いでやすやすと買えるものではない。
震えて、くらくらしているところを畳がある座るスペースで休憩させてもらう。
「あらまぁ、本当に何も知らんかったんねー。大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ど、どうしましょう。払ったほうが」
「もう、男が一度甲斐性見せて黙ってるんだから、それを受け取るのが女の愛嬌じゃないかしら」
「そ、そうなんですか?」
「そうよー。良かったわねー」
「う、うぅぅぅぅ、どうしよう」
私はもう新しいものを買うのは諦めたが、女性店員は次来た時に彼でもご両親でも連れて買いに来てねーとお見送りしてくれた。私はふらふらしながら帰宅の道を歩いていた。
どういうことだろう。そんな大金をどうして払ってくれたんだろう。
私は悩んでしまった。あれだけ受け入れますアピールしたのに、彼は二人きりの部屋で手を出してこなかった。どうしてだろう。
こんなに良くしてくれてるのに、何をお返しすれば良いんだろう。
私、何を返せるかな? ずっと悩んで悩んで、気づいたら夕食も食べてお風呂も入っていたようだ。ベッドで倒れ込んでぷしゅーと頭が熱暴走してしまう。
どうすれば良いのかな。
『何が好きですか』『どうしたら返せますか』『何がほしいですか』『私じゃ、駄目ですか?』『どうしてそんなに良くしてくれるんですか』『……好き』『……好き』『……好き』『……好き』
文字を打っては消してしまう。どうしよう。
私は迷った。
彼が好きだと思う香水をセットしたアロマデュフューザーを点ける。ぼんやりとしながら考える。これをつけると、思い出す。折川君に求められたこと。抱きしめられる力強さと、指先の動き一つ一つまで。
すごかった。
今でもすぐに思い出せて、彼に手を出してもらえなかった寂しさと悲しさと、刹那でも求められた喜びで溢れてしまう。その喜びで動く手と指で、昨日の夜は必死に声を我慢した。
今もそんな熱が私の体の奥底を滞留しだしている。
……返したくて、求められたい。
「……んっ。……好き」
私はどうしようとずっと考えながら、彼に求められたいと願って布団の中でくるまって声を我慢した。
φ
茶会が終わった。全く無事とは言えなかったが、着物と帯について、
風呂の中に入りながらぼーっと天井を見上げる。
「やってしまった」
でも、あまり後悔はなかった。だって、本当はずっと望んでいたのに、彼にかわされ続けていたから、とうとう手を出してもらったという喜びのほうが強い。
実際、触ってといって、彼の指がまず私の頬に触れた時にあまりの興奮と気持ちよさに立っていられなかった。彼にすがって、それがまたよかった。
「折川君が私を求めてる」
すごく、興奮した。
「あれが、好きな人にしてもらうってことなんだ」
本当はあのまま茶室で事に及びたかった。けど、彼と約束してしまった。茶会に戻ると。だから、それはお願いできない。我慢しか出来ない。
でも、約束したから、彼は約束を破らない。すごく興奮する。ドキドキする。楽しみになっている。
「はあ、早く、会いたいなぁ」
明日はバイトがあるからごめんと言われた。月曜日の放課後かな。すごい、興奮してきて、楽しみだった。ハッと思いつく。一日お休みで良かった。下着を買おう! そう思った。
「勝負下着、はじめて、買おう。前は手持ちで可愛いの選んだつもりだったけど、もっと攻めた方が良いよね。すごい……楽しみ。どんなの好きかな? 喜んでもらうの買おう」
私はわくわくしながらしっかりと髪を洗った。彼が好きな髪をとても気を使って洗い、上がれば丁寧に乾かす。とても幸せな気持ちになって鼻歌が響いていた。
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次話を、本日11/10の21時に更新いたします。
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