閑話3 写真部部員の丸宮華実

11/12の更新1つ目です。

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華実side


 写真部に入部してそれほど経ってない頃だった。


「撮影モデルにならない?」

「それは、嫌です」


 私はそう言って、目の前の先輩から言われたモデルになってよ、という願いを断った。

 この先輩は入った当初よく活動中に勝手に私へカメラを向けようとした。

 私も強く不満を言い、女子の先輩も猛烈に文句を言うことで、ようやくカメラを向けるのを止めた。私が大人しく見えるのか、私の強い反発にびっくりされたことがある。

 だが、そこから落ち着いてくれたわけではなく、カメラを向ける代わりに交渉しているという体で、度々こんな風にモデルになってよと言った。


「お願いだよ丸宮ちゃん。君が被写体になれば僕の写真の技術も上がるんだ」


 全く繋がっていない。なぜ私が被写体になると自分の技術が向上するのだろう。私は前髪越しに先輩をにらみつけるが、おそらく分かっていないだろうと感じた。


「だから、嫌、です」

「そんな事言わないでさー。可愛いんだからもったいないよ!」

「嫌なので、もったいなくないです」


 今日も私はせっかく部室に来たのに、先輩に絡まれている。

 この先輩は「二人で撮りに行こう」、「モデルになろう」ともう下心が見え見え過ぎて辟易した。

 同学年の男子たちは大変だなと理解を示してくれたのだが、先輩という立場のせいで同じ学年の男子たちは期待できなかった。

 私が断るたび、部室内の他の部員たちの空気が悪くなるんじゃないかと、不安になってしまう。


「でも、もったいないよ。ほら、他の女子の先輩とかさ」

「いや、私は私なので」


 その女子の先輩は彼氏のカメラで撮られてるだけだ。

 不安になるなら応じればいいじゃないか、と言われるかもしれないので、先輩から誘われないようにしたいなんて事も相談出来ない。

 私にできることはきっぱり断って、一人でどこともしれず活動するか、他の部員たちと一緒に活動してカメラを向けるのを止めてもらうことだけだ。


「つまんないな……」


 カメラを持って、楽しみにしていた高校で、こんな目にあうなんて思わなかった。私はぼーっとしながら、考えてしまう。どうしたら良いんだろう。

 もっと自分が撮った写真について講評をしてもらえると思っていた。光の使い方とか、時間とか、季節とか。シャッターのタイミングとか、構図とか。

 でも、顔を合わせれば、「モデルにならないか」と。撮った写真について、「良いね、でも自分がモデルになったのを試しに見てみたら?」 と話題を曲げてくる。


 写真への感想が、「良いと思う、上手いんじゃないかな!」で、持ち上げて終わりになってしまう。何度も持ち上げて、最終的に「モデルも挑戦を~」という話題になってしまう。

 そんなことを聞くとしょんぼりしてしまって、私は憂鬱だった。


「どうして真面目に受け取ってくれないんだろう」


 女子の先輩だけが、私の話と私の写真の話を真面目に聞いてくれるけど、こんなに人数がいるのに、たった二人にしか話を聞けないのが残念だった。

 いつもはこんな前髪で顔を隠してるのに、こんなに壁を作っているはずなのに、なんで男子たちは私に下心を向けてくるんだろう。


「可愛い~」「めっちゃ良いじゃん」「すごい可愛い!もったいない!」


 カメラで写真を撮るため、初めてヘヤピンで前髪を留めて顔を出した時に、男子たちだけでなく女子の先輩たちも盛り上がった。私は驚いて、気後れした。そんな風に騒がれたくなかったのに、失敗してしまった。


「どうすれば良いのかな……」


 言葉が空に消えていった。私はその言葉をずっと繰り返す。


  φ


「撮影旅行ですか?」

「そうそう、入部の時にも話したでしょ。夏休み前だし、いい加減決めないとなーって。丸宮ちゃんっていつも部室からすぐ出て行っちゃうからさー」


 部室にいると、モデルがーという会話になってしまうのが嫌で逃げていたら、嫌味を言われてしまった。


「ふーん、どこ行くんですか」

「ああ、ちょっと遠出した先の海岸沿いだよ」

「えー、夏に海にいっても仕方ないのでは? 浜とかカメラ持っていったら捕まりますよ」

「いやいや、そこは知り合いだけが居るタイミングで」


 他の女性の部員は彼氏が居るから気にしなさそうだった。私は至極なえていた。彼氏持ちは彼氏以外にモデルにならないだろう。そこでわざわざ海? 嫌だな。私はそう思って、ため息を内に潜めた。


「あー、私、海は苦手なので、海だったら行けないと思います」

「いやいや、泳がないからさ!」

「え、でも水着は持っていくんじゃないんですか?」

「え、えええ、そ、それは、さぁ、海だから」


 ほら、やっぱり。私は退屈になって、今日は帰りますと言って出ていった。そこへ同学年の男子が追いかけてくる。

 彼とは帰り道も違う。少しでも話そうといわれてしまえば、無下にしすぎても良くないと考えてしまった。はぁとため息をついて、私は教室に入って向き直った。


「どうしたんでしょうか」

「そのさ、俺たちは丸宮さんの気持ち、分かってるから、無理にとは言わないんだけど」

「はい」

「できる限り、でないとやっぱり文化祭とかでも協力するわけだからさ」


 それはそうだ。……写真部なんて辞めてしまえと思う自分と、辞めるとカメラの話をする相手もいなくなってしまうというしょんぼりした気持ちが両立して、いつもせめぎ合って、私は結局折れて写真部に残る。


「それに、一年の男子たちは分かってるから、大丈夫大丈夫!」

「そう、ですか」


 確かに目の前の彼を含めた一年生のみんなは、最初に言った事を守ってくれて接してくれているし、無下にするのも申し訳ない。

 私は悩んで、さらにたくさん話す彼に折れる形で、わかりましたと参加をしますと部長へ後で伝えた。


 ……その撮影旅行は、どんな男子とも二人きりにならないを徹底したことで、可もなく不可もなく終わった。水着もわざと持っていかなくて、一部男子達を盛り下げたけど構わなかった。何故、不快を向けてくる人に私が水着姿を見せないと行けないんだろう。

 私は最低限の距離で写真部と向き合うことに決めて、ほどほどに付き合ってほどほどに関わっていった。

 だから、私はいつだって寂しかった。


「もっと写真部の活動を仲間としたい」


 叶わぬ夢だ。


  φ


「私が部長、ですか?」


 私に気を使ったのか、自身の彼女に気を使ったのか。

 部長が、二人きりで話があるといった。

 わざわざオープンスペースで私と合流して、私に「次の部長をしてほしい」という話をしてきた。

 なんで私なんだろう。私が不思議そうな顔をしているのがわかったのか、部長は苦笑いで応えた。


「……いや、来年の新入生でどんな部員が入るかわからないけど、今の俺たちが卒業すると、女子が丸宮さん一人になるでしょ?」

「そうですね。でも、あまり私はしっかり写真部に協力できたとは」

「うん、その言い難いんだけど」

「はい」

「女子一人で、君が部員っていう立場だと、その、写真部の空気が良くない状態になるんじゃないかなって思ってさ」


 私は分からなくて首をかしげた。だけど、部長はさらにそうだよねと言った具合に困ったような笑みを浮かべている。


「うん、今のままだと部長になった男子とね、部員の間で問題も起きかねないから、丸宮さんが写真部を続けるつもりなら、部長になって引っ張ってほしいというか」

「……私、変わったほうが良いんでしょうか」

「写真部に居てくれるつもりなら、その通りだと言ってるようなもので、申し訳ないけど」

「……ちょっと考えてみます」


 私はそう言って、一日悩んで茶道部の友人に相談してみた。そうしたら、彼女も茶道部の部長になるということだったので、かなり親密に相談に乗ってくれた。


「う~んう~~~~~~~ん、華実かさねは写真部に居たいの?」

「うん、まあ、今の男子部員達も話は分かってくれるから、写真部には居たいんだ。だけど、部長がそんな事を言ったから、どうしようかって」

「えー、う~~~~~~~ん、そう、だなぁ。

 まあ、写真部に居るつもりなら、うん、華実かさねが部長になった方が、良いと思うよ?」

「え! そう、かな? 私、人を引っ張るタイプでも無いし、相手と話すのもそこまで上手くないけど。うーん」


「……華実かさねがなぁ、部長にならなかったら、あの男子たちがオタサーの姫を取り合うみたいにしちゃうんだろうなぁ、でもなぁ。いや、華実かさねが部長になったら、華実かさね自身が他部員と、二人きりになるような采配にしないし。

 これが男子のどれかを部長にすると、華実かさねと二人きりになるように何かをして揉めてってなるんだろうなぁ。う~~~、やっぱり華実かさねが部長になった方がマシというか」


 私が考えていると、彼女がうつむいてもにょもにょ言っているのに気づけず、私はごめん何か言ってた? と聞けば、ぶんぶんと首を横に振った。


「なんでも無いよ。まあ、辞めるつもりがないなら、部長受けたら? 華実かさねなら大丈夫だよ」

「……そっか。ありがとう。うん、考えてみる」


 私は家に帰って、部長ってどんな感じが良いんだろうと悩み続けて、そうして、部長の話を受けた日から、自分を変えた。

 気軽に気さくに、だけど、近づかず。美人な女子を撮影するのが好きと、はばかり無くわざといって、積極的に生徒会の仕事を自分がこなす。他の部活に挨拶をしてまわる。女子が多い部活なら、そりゃもう可愛い綺麗だと言って美人な女子の写真を撮る姿を周りに見せた。自分が撮影される立場の人間でなく、撮影専任で撮影する側なのだと強くアピールした。

 いろんな人が変わったなと言う。それで良い。


 私は上手くやれるだろうか。部長らしく人を引っ張れるだろうか。

 部長になって良くなったのは、撮影旅行で自分が引っ張って選ぶことが出来て、部員だからと自分の意見を引っ込める必要が無くなったことだ。たった一人の女子だからこそ、自分の意見をしっかり部長として通せる。

 そこは部長になって良い点だった。


 部長になったんだから、写真部の部員たちの話を親身に聞く。

 相談に乗る。

 自分がしてほしいとずっと願ってた講評をしてあげる。

 アドバイスを積極的にする、と実践していく。


 撮影の計画を建てたいなら親身になって協力してあげる。部長だから当然だ。

 私は写真部の部員たちとも、部長と部員としてしっかり仲良くなれたなと思えて嬉しかった。

 四月は目の前で、新入部員が楽しみだなと、そう思った。


 部活で、仲間と憂いなく活動したい。

 私が変わったら望みが叶った。

 晴れ晴れとした気持ちで、私は嬉しかった。


  φ


 まだまだ私が髪型を変えて、慣れが来てない時期だった。毎日折川君に会うから、私はいつも茶道部の部長に今日は問題ないかなと聞いては、苦笑いされた。まだまだ慣れて無くて不安だった。

 だから今日も写真部の部室に早めに行って、手鏡を使って髪が跳ねてないかどうかチェックしていた。そこへ部員が来る。


「丸宮さ、一年の男子と仲良いの?」

「え?」


 部室に顔を出した同学年の部員と挨拶を交わしてから、そんな事をいきなり聞かれてびっくりした。今日はどんな写真を撮ってきたと見せてくれるのかな? と思っていたところで、思っても見なかった事を言われたので驚いてしまう。


「放課後、丸宮と一年の男子が二人きりで学校内を歩いてるってよく見るし、聞くから」

「見てるなら話しかけてくれたまえよ。写真部の活動なのに! ひどいなー」


 私が気軽にそんな事を言えば、目の前の男子はホッとしたような顔をした。なんだろう?


「なんだ、部活なのか」

「そうだよ」

「それで、さ」

「うん、何かな?」

「髪型、変えただろ?」

「ああ、そうなんだ。イメチェンって言うものかな。かなり長い間、前髪を伸ばしてたから、中々なれないね」

「俺たちも長い付き合いだよな。良かったら、お、俺と付き合わないか?」


 私は何を言われているか分からなくて、困った。いや、何を言っているか分かっていて、分からなくて困った。


「……いや、私、君とはそういうつもりは、無いんだけど」

「いやいやいや、ずっと俺と仲良くしてたじゃないか」

「えっと……、部活、部活でね。部活動で部員として仲良くしてたつもり、だけど」

「は? え? いや、だって俺の趣味の話とか、楽しそうに聞いて、丸宮も調べて話してくれたじゃん」

「えっと、部員との会話の話題、のつもりで、それだけのつもりだったんだけど」

「はあああああ!? いや、俺のこと好きだろ!? だって、ずっと二人きりで話してたじゃん」

「その、君が二人きりのタイミングで部室に来てたから、偶然二人きりだっただけなんだけど」

「いやいや、お、俺の事好きなんじゃ」

「ごめん、私、好きな人いるから!」


 言ってから、気づいた。ああ、やっぱり私、折川君のことを好ましく思ってるんだなと。言い訳で使ったつもりの言葉がすんなりと出てきて、私はそう気づいた。

 そうして、私が鋭くしっかり言ったことで、目の前の男子は顔を紅潮させて、


「はああ、まじ最悪。今まで気を使ってやってきたのに、恩も無いのかよ! 似合ってもない髪にしても、褒めてやってれば調子乗ってんじゃねーよ! どうせどんな男にも媚売って回ってるんだろ! このビッチ!」


 ……私は何も言えずに、彼がそう吐き捨てて出ていくのを見送るしか無かった。おかしいな、私は上手く部長として活動したかっただけなのに。

 ……髪、似合ってないのかな? この髪型にしてからも折川君は可愛いって言ってくれて、ずっと折川君は綺麗だって言ってくれてたけど、似合ってないのかな? 不安が私を押しつぶそうとしていた。


 いつもの時間どおり折川君は部室に来た。情けない姿を見せたくなかった。写真部の部長として折川君と向き合うのが、直前に傷ついた私の支えだった。


「やあ、折川君」

「こんにちは、部長。今日もすごく可愛いですね!」


 一生懸命内心を隠して、いつも通りのフリで折川君に会えば、彼は今日も私を綺麗だ、似合ってますよ可愛いと褒めてくれる。嬉しかった。

 私が撮った写真を見せて、自分でも撮ってみたいと話しくれる。

 実際に撮りに行った写真を見せて、どうですか、と私に意見を尋ねてくれる。

 彼自身が撮った写真を見せて、私の感想や意見をしっかり聞いてくれる。そして、「いや、俺はこう思います」と反論があれば返して、私と会話してくれる。

 私は折川君のそんな優しさが嬉しくて、ホッとした。

 君が好ましい。



 私が他の男子部員から度々告白されて、好きな人がいるからと断って、そうして、みんなほとんど似たような言葉でもって、私を拒絶した。

 幽霊部員が増えていく。

 私はその度に泣きたくて、でも折川君が部室に来るから、泣くわけにはいかなくて。

 でも、折川君がただただ私に対して、写真部の部長だと接してくれることで救われていた。

 君がいるから泣けない。だけど、君が居なかったら泣いて辛くて潰れてしまう。


 君が居ないと、私は一人ぼっちの部室で駄目になってしまう。

 毎日、君に敢えて嬉しい。

 毎日、会いに来てくれてありがとう。

 毎日、君に会えるのがこんなに幸せなんだ。


 折川君が私にレンズを向けるのに気づいた時に、嬉しくなった。

 折川君が私の撮った場所と同じ所を試して撮るのを見て、嬉しくなった。

 折川君が自慢げに、上手く撮れてませんか? と私の写真と比較したりして話すのが、嬉しくなった。

 私がカメラを向けたら苦笑いをする折川君。彼から自身の口元を隠して、私は声を出さずに呟いた。


『君が好き』


 私は気づいてしまった。好ましいとか、気になっているとか、そうじゃないんだ。

 私はもう一度、呟いた。


『君が好き』


  φ


「良かったら撮影旅行に行きませんか?」

「撮影旅行? ゴールデンウィークにかな」

「はい、行ってもらえませんか?」

「撮影旅行か~」


 びっくりした。二人きりの部室で、そんな事を言われて。……他に誰を誘うつもりなんだろうか? それとも誰も呼ばないのかな。

 二人きりしか居ない部室でそんな提案をしたんだ。

 折川君はちゃんと前提を話してくれる。そして、今回他に話が無くて、撮影旅行に行こうということは、男女が二人きりということだ。

 私はしばらく悩んで、……行きたいと思った。好きになった人と旅行に行きたいと、そう思った。


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次話の閑話は本日11/12の12時更新予定です。

実はいろんなことがあった華実先輩でした。華実先輩のいじらしさ的な可愛さが伝わると嬉しいです。


次話の閑話も読んでもらえると嬉しいです。


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