第24話 本当に良いんですの?
夕食はいつもどおりだった。少しの違いは
比較対象が悪すぎるのだが、今更詳細に自分の気持ちを説明するようなものでもない。
そこへ着信の通知音が鳴る。画面を見れば、
「もしもし、
「こん~! 大丈夫?」
「問題ないよ。どうかした?」
「明日、開店前からバイトでしょ? あたしと一緒に行こうよ!」
「あー、ごめん。明日は買い物してから行くから別に行くことにさせてくれ」
「そっか。じゃあ、帰り、は時間合わなかったし! 明日のバイト一緒にがんばろっ! あたし、先輩だから!」
「お願いするよ先輩」
彼女が胸を張って自信満々にいう姿が幻視されて笑ってそう答えると、彼女は実際言われると少しはずかしかったのか、声にわずかに羞恥が混じっていた。
「そうだ。明日はゆっくり走るつもりだから、良ければコンタロウの散歩と一緒にジョギングでもしない? 時間合わせよう。あ、でもバイトで大変かな」
「え、良いの!? おけおっけー! あたしはそーんなやわじゃないし!」
さすがのバイタリティで、俺は素直に尊敬が生まれた。その後も彼女が今日バイト先であったことを簡単に話して通話を終える。彼女は土日を含めた週5のペースでバイトを入れるということで高校生にしてはかなりがっつりバイトをするつもりのようだ。
また朝にということで通話を終えて、スマホを置いたところでまるで察知したかのようなタイミイングでメッセージが届く。名前を見れば来ないかと思っていた部長からだ。少しだけワクワクした気持ちでメッセージを開く。
『こんばんは、部活が終わって帰り道で別れてからさっきぶりだね。今日の夕ご飯は私が作ったオムレツだったのだが、これは店に出せないのが残念なぐらい上手くいったんだ。母上は喫茶店で戻るのが遅いからいつも私が夕ご飯を作っているからすっかり料理については板についてきたと思うんだが、振る舞う機会が無いのでーー』
つらつらと彼女の長いメッセージを読んで納得する。そっけない感じで返ってくるのは、ある意味で良かったのだなと思った。自分から特に用事が無いことに対して送るのは苦手なのかもしれない。彼女の料理話にクスリとしてから、素直に食べたいですと送ってスタンプも送る。
自分はドラマを先日見て気になる内容を伝えそれもすぐに既読になったが、とりあえず課題などすることが多いため画面を消して、土日にバイトをする関係上必死で課題を終わらせようと努力したのだった。
朝の
「あー、楽しかった。コンタロウを抱える訓練は要必須!」
「コンタロウが嫌がって噛みつかなくなる前にレベル上げ頑張るよ」
俺が
予定時間よりも少々早く、
「おはようございますの。今日は遅れませんでしたわ!」
「おはよう、今日はこんなに早いのに本当にありがとう。よろしくね。前回も遅れてなかったから、気にすることでもないよ」
「
「ありがとう、今日も可愛い
「ひょぇ、い、行きますわ」
「スケジュール帳や手帳はこちらですの。女性物はあまりないのですが、男性物はたくさんありますのよ」
4月始まりのスケジュール帳が並んでいるスペースに向かう。比較的早い時間なのと、もう4月に入ったタイミングのためスケジュール帳に人は全く居ない。俺は
「これは父が使っておりましたわ。私の使っているのは、これのサイズ違いですの。本当は、そのお恥ずかしいのですけれど、色合いが明るいのがほしいのですけれど、中身の形が合わなくて」
「そうなんだ。でも、今使ってる手帳も似合ってたよ」
「ありがとうございますの。でも、やはり可愛らしい物を持っている女の子のほうが良いのではなくって?」
「そうかな? 気にしたことはないよ。その人が似合うものを重視するなら、似合うものを使えば良いし、その人が使いたいものを重視するなら、それが良いと思う」
そう答えて
真剣に見比べて悩んでいると横から視線を感じて
「どうかした?」
「……手帳はやはりどれぐらい書くかだと思いますわ。父のスケジュール帳を拝見したことがありますが、日毎に細かく書かれていたのと日記も兼用しているようでしたの」
「
「そうですわね。私は、その、日記は家に別に置いて書いていますの。なので、こちらのスケジュール帳にはほとんど予定を入れていますの」
彼女は自分の使い方を改めて見せるためにスケジュール帳を開く。ちょうど今日のところに栞用紐が通されていたのか、自然と今日の日付のページが開く。そこには桃色のボールペンを使ったのかしっかりとした文字で大きく尚順さんとーー、
バン!
勢いよく手帳が閉じられる。びっくりして俺がのけぞって
「わ、わひゃしはけっしぃ、てぇ」
「うん? 色も使い分けてるんだね」
「そ、どこまで読めましたか?」
「ああ、大きく俺の名前が書いてあったのが見れただけで、色分けもしているなんてさすがだなと」
「そ、そそそそそ、そうですの! ええ、重要度に応じて色で分けるのも大切と父に!!! 父に教わりましたの」
「なるほど、ありがとう。学校で通う時に持ち歩くものを増えるのを考えると、
「わ、私とですか!?」
「ああ、やっぱり
「構いませんわ! お揃い良いですわね」
とても嬉しそうに笑って
「その、尚順さんはーー」
「バイトまでもう少し時間があるから併設されてるあそこのカフェで飲みながら話さない? これ支払いしてくるから、先に行ってもらっても大丈夫?」
「はいですの! ホットコーヒーでよろしいですの?」
「いや、今日はアイスコーヒーにしようかな」
「承知しましたわ! お待ちしてます」
俺はすぐに支払いを済ませてすぐに使いますと告げて、受け取って
「今日は本当にありがとう」
「本当にお礼なんて必要ありませんわ。私も嬉しかったですから」
「そう言ってもらえて俺も助かるよ。
「そうですわね。昼から家の予定があるので、この時間にお会いできて良かったですの」
「
「……おやすみの日は塾か習い事と家の用事で予定が埋まると大変ですが、先週の日曜日のように時間も取れますのよ? ですから、そこまで忙しい人思われなくても、良いのですが、ふふふ、中学の頃のクラスメイトたちは、休みが明けると遊びに行ったと」
「
「はっ! そうですわ。私は今、お、おお、お友達と一緒にお休みを過ごしていますわ!」
「
「そうですわね。私は、その一人で博物館や美術館に行ったりしておりましたわ。
「博物館や美術館かー、良いね。今度一緒に行ってみたいな」
「良いんですの!? ぜひ! 本当に楽しいですわ。でも、中学の頃は話すと
彼女は自分の行動の恥ずかしさか顔を真っ赤にして椅子に座り直し、アイスティーに口をつけて心を落ち着けようとする。
開放的なカフェから見えるフロアの書店部分や通路には徐々に人が増えて、人の話し声のざわめきや歩く音が大きくなる。
落ち着いて再起動した
「尚順さんは、その、良いですの?」
何がだろう? 俺はアイスコーヒーに口をつけてから、ゆっくりと考える態度を見せれば。
嫌な光景だった。何が嫌だったか。わからない。頭が痛い。
ドクドクとひどく自分の心臓が脈打つ音が大きく聞こえた気がした。俺はアイスコーヒーを飲みながら、じっとする彼女を見る。
まずい。
綺麗な顔が赤くなっている。
良くない。
友達なんて壊滅的な俺は、ようやく出来た友達の
ハッと思考の海から浮かび上がる。その沈黙がどれぐらい経ったかとっさにわからない。
俺のバイト開始までの時間、
そもそも残された時間が少なくて、黙り続けてこの空気が終わるのを待つという選択肢は取れない。
手が伸びて、ぐっと握りしめられた
「俺は
「本当に良いんですの?」
「大丈夫、良いよ」
何が良いのか未だにわからない。だけど、きっとこれが今は彼女の為になるのだ。今は時間がない。バイトの時間に遅れる訳にはいかない。
俺は彼女の強く握りしめすぎた指をほどいて、握る。人と手を握るのは安心する。俺は知っている。
彼女は恥ずかしそうにしながら、けれど嬉しそうに彼女の指が俺の指と手の感触を確かめるように何度も動いた。
「ごめん、そろそろバイトの時間なんだ。許してほしい」
落ち着いた彼女に言えば、パッと現実に戻ったように彼女は素直に手を離した。
「もうそんな時間ですの!? わ、私も家に帰らないといけませんわ」
「ああ、今日はありがとう。バタバタしてごめん。それじゃあ、またね」
「尚順さん、ありがとうございます。御機嫌よう」
「今日は雨の予報はなかったと思ったけど」
スマホの天気予報を見直せば、昼は急な雨の文字が記載され、降水確率が高くなっていた。
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