第25話 華実先輩
バイト先の喫茶店丸宮珈琲に時間よりも早く到着する。まだCLOSEとなっている扉をまずはノックしてみた。いきなり開ける度胸はなかったのだ。
「やあ」
「おはようございます、部長」
「部長はやめたまえ」
「そういえばそうでした。えーっと、丸宮さん」
「うむ」
そう言って、部長が俺を店の中に迎え入れる。まだ
「丸宮凜花です。よろしく」
「丸宮さん、本日からよろしくお願いします!」
「ふふ、今日からよろしくね折川さん。私はバイト中は店長か丸宮さんって呼んでね」
「はい! あっ」
丸宮さんが二人になるのだ。当然だ。俺は先程丸宮さんと呼べと言ってきた部長へ目を向ける。彼女は俺の視線を受けて、俺の困惑を理解したらしい。むむむ、と少々悩んで母親が口を開こうとしたのを慌てた様子で止めていた。どうしたのだろうか?
「ああ、そうか、丸宮さんで被ってしまうね。なら、私のことは
「部長が良いなら」
「こ、ここは写真部ではないから部長は本当にやめてくれたまえ。
「まあまあ、ふふふ」
「母さんやめて!」
「何も言って無いわよぉ?」
「うぅぅぅぅぅ、ほら、折川君! 早く!」
「
「うっ、はい」
俺がおずおずと名前を呼べば彼女は前髪で目が隠れていても頬が少々赤くなったのが見て取れた。恥ずかしいなら、
何度か言い慣れるために、
それを見ていた彼女の母親の丸宮さんはさらに楽しそうに笑みを深めている。俺が部長と自然と言い出さないように、さらに言い続けると、うわあああああああといきなり大きな声を上げて裏へ引っ込んでしまった。
「
「ちょっと放っておいて!」
「まあまあまあ、折川君、それじゃああの子は落ち着くのは時間がかかりそうだから一旦私の方から仕事の説明するわねー」
「はい! 丸宮さんよろしくお願いします!」
それから開店前の掃除の手順を、一緒に掃除ながら教わる。清潔な服装をしてくるように言われた通り、私服に丸宮珈琲のエプロンを身に着けて働く形だ。エプロンについたポケットに入れた小さなメモ帳に、どんどんやるべきこと書き込んでいく。
丸宮さんは俺の行動に偉い偉いとかなり甘めに見積もって度々褒め言葉を送ってくる。ちょっと恥ずかしかった。
ホール側の開店の準備がいくらか終わったところで、
「
「ひさ君おはよう! 今日からよろしく!」
「
「ひさ君、だってさ」
「
「りょ!」
俺は人の少ないうちに、
「ひさ君、手際良いね!」
などというお褒めの言葉をもらって調子に乗っていたのはあった。本当に大変だったのは、昼食時間帯を過ぎた十四時からだった。
「いらっしゃいませ!」
「少々お待ち下さい」
「只今満席でして、待ち時間がございますが、大丈夫でしょうか?」
大通りにあるようなチェーン店ほど席数は無いとは、先週の土日に来店した時に見たように席が埋まって程々に回転するぐらい人の出入りがある。
俺は
昼休憩では賄が出されたが、俺はメモを何度も見返すのに夢中でメモを片手に出されたオムレツを食べた。美味しかったですと丸宮さんに言えたが、すぐにメモを見直す作業に戻ったのでおざなりに受け取られてしまったかもしれなかった。
そこからは必死に働いていたことしか覚えておらず、俺は自分が上る十八時になっていた事に、
ポンッと肩に手が届かないだろう、背中を叩かれる。
「折川君、時間だよー。今日はお疲れ様」
「
「そんなことは無いさ。明日もやれば大丈夫さ」
前髪で目を隠しながらそんな風に仕事を労いながら
「
「あ、ああ、そんなに褒められると気恥ずかしい……。折川君、またね」
俺は店を出て小走りで駅に向かう。夕食のタイミング的にぎりぎり始まっているかどうかだ。
俺は電車の中でも遅れないように祈り、帰宅までの道のり走って家にたどり着けば、全員分の食事がたった今並べ終わったというタイミングで、連絡しなさいと母親から言われる程度で済んだのだった。
夕食後、俺は疲れてちょっとうつらうつらしながらベッドに腰掛けていた。隣で先程まで
バイトがどうだったという話と、
しばらくして俺が疲れていると思ったのか、
そうすれば、肩を揺さぶられて目を覚ました。
「もう、帰る時間、送って?」
「ああ、ごめん。バイト、初めてだから疲れすぎたみたいだ」
「バイト、大丈夫?」
「大丈夫だよ。明日も頑張るさ」
「そっか」
繰り返される日常は何も問題がなかった。
夜、俺は明日のために早めに風呂に入って布団に潜り込む。徐々に眠くなる中で、スマホの通知に気づいて癖でスマホを起動させてメッセージを見る。
俺は全部読みきれなくて、すみません疲れて眠りますとだけ送って眠りにつく。
夢を見た。痛い夢はじくじくと展開されてから流れて消え去り、朝の出来事が似た形で夢の中に思い返された。でも、相手が違っていた。
小柄な女性は部活動でカメラを構える時にするように前髪をヘアピンで止めていた。人形のような顔立ちに宝石のような瞳が俺を見つめている。
「俺は
俺の口が動いてそんな事を言っていた。それに対して彼女は悩むようにしてから――。
答えは聞こえなかった。きっと正しい答えがないからだろう。夢ではなく現実で知らなければならない答えだから。
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