第21話 どうして君は
「学級委員長、助けてくれないか」
俺が
「今日の図書室の作業の担当者が少なくて、俺ぐらいしか図書室にいないんだ。本の返却と貸出ぐらいは一人でも平気なんだが、図書室を締める直前に本を片付ける作業に一人だと帰るのが遅くなりすぎて困って」
「なるほど。俺は学級委員長だからな、当然クラスメイトが困ってるのなら助けるのは問題ないよ」
「え、あ、えっと」
「どうかしたか?」
田中は迷うようにまた
「私は本日も家の用事があるのでもう帰るのですが、尚順さんのこと手伝えなくて構わないですか?」
「うん、
「え!」
「けれど、」
「俺がやると受けたんだ。それだけだよ。」
俺の返答に田中が驚愕の声を小さく上げたが、とりあえず俺が請け負ったのだからこれで田中も困ることはないだろう。俺は改めて
「
「はい、ですわ。それではお先に、ごきげんよう、尚順さん」
俺はスマホに先ほどの内容を忘れないようにメモを取る。時間は? と田中に改めて確認してアラームをセットする。忘れる気はないが、もしもの時に準備するのは必要だ。
何度もお礼を言う田中に、俺は気にするなと答えれば田中は少し肩を落としながら図書室に向かうために走っていった。
俺も急がないといけないなと、俺は自分が手伝いに向かうのに少し遅れたことを反省する。もう一つ手伝いごとがあるのだ。
捻挫のせいで美化委員の活動が出来ない女子の代わりに美化委員が集合している場に走って向かう。同じクラスの別の委員が事情を説明してくれたので、スムーズに彼女の代わりをこなすことが出来た。
美化委員の活動を終えて、少々部活動を始めるのが遅れてしまって写真部の部室に向かう。
飛び込むように扉を開ければ、小柄な少女がソファに座りながら優雅にペットボトルのお茶を飲みつつパソコンの写真を整理していた。
「遅れてすみません」
「やあ」
今日も写真部は静かだった。軽く手を上げて挨拶してきた部長に、改めて挨拶を返す。きょろきょろと俺がすれば、部長は苦笑した。
「確かに今日は正式な活動日だけど、残念ながら、君以外はもう居ないよ。すること確認して、各々帰ったね」
「そう、ですか」
部長は説明は終わったとばかりにパソコンに視線を戻す。俺は空いている折りたたみのパイプ椅子に腰掛けた。パソコンにデータを移したかったので、変わってもらえるならすぐ作業できるように部長の傍にカメラを置く。
部長がちらりと俺を見て口を開く。
「今日は珍しく遅れてどうしたんだい? 活動日でも無い日も毎日すぐに来ていたのに」
「同じクラスの美化委員の子が捻挫で活動できなかったので、代わりに参加してこなしてきたんです」
「どうして君が?」
「俺は学級委員長なので」
「学級委員長だからといって、別に君が変わりにやる必要もないだろう」
「俺が相談を受けたんで」
「君がそんな学級委員長になるなら、甘える人が増えてしまいそうだね」
「少しでも役に立てれば良いです。どうせ俺は空いてますから」
困惑した表情をした彼女は迷ってから、そうかいと言ってまたパソコンに視線を戻す。俺は彼女はどうするのか聞こうか悩んで、結局自分のお願いを聞いてもらえるかどうかはわからないから悩むだけ無駄だと、回りくどい思考の遠回りを経て決意をした。
「丸宮部長、お願いがあります」
「ふむ、写真部の部長で聞けるぐらいは聞くよ」
「部長のポートレートや部長と一緒に写真を撮って行きたいです」
「は?」
彼女は理解できない言葉を聞いたと表現するように驚愕の表情で俺を見上げた。俺はまっすぐ彼女を見ながら、
「あなたが写真部の活動する写真は、この一週間で増えましたが、俺があなたと写真部の活動をしている写真が全く無いので」
「それを撮る必要は無いだろう?」
「あります」
「……なぜ?」
「俺が写真部であなたと部活しているという写真が無いので」
俺が強く答えると、彼女は困ったと笑顔を浮かべて一口お茶を飲む。俺はしっかりと彼女を見ながら待てば、彼女は困った顔をしたままだ。
「私は撮られるのは好まないんだ」
「わかってます、知ってます」
「私は入部してからずっと撮影専任なんだ」
「はい、何度も聞いてます。でも、俺はこの一週間部長と一緒に活動する中で撮ってきました」
「うん、……うん。君が写真を撮っている感情というものは、少しは理解したつもりだったけれど、君が何を意図して私を撮影していたかは実はあまりよく分かっていない。でも、そこに不快な感情がなかったから、君にとってどんな意図があるかは置いておいて、強く止めなかった。そして今、いきなり言われて私は困惑している」
彼女は俺の視線から逃げるように窓際に寄って外を見る。写真部の部室から見える光景は他の校舎が遮るように立っている。その付近にまばらに配置されて手入れがなされている花壇が見えた。
「困らせるのはわかってます」
「なら」
「でも、俺は写真部であなたと部活しているという写真も撮っていきたい」
「……困ったな」
「すみません」
「謝るなら諦めてほしいのだけれど」
「すみません。でも、撮りたいのは撤回できないので」
「分からないな、折川君が何を撮りたいのかわからない」
「……俺は、上手く、説明出来ません」
「うん、……うん。折川君は私と撮る写真で、写真部に入った意義が一つでも達成されるのだろうか」
「……写真部ではなく」
「うん」
俺が悩みながら、何度も言葉をつっかえさせても話そうとするのを、彼女はじっとその人形のような澄んだ瞳を向けて待っていた。その覗き込むような目は、彼女にとって俺はどんな人間と写っているのだろう。俺は彼女に一度も撮られたことがないので、分からなかった。
「写真を撮るようになった意義が、理由が、少し叶います」
「叶う、か」
長い長い息を吐き出して、彼女は天井を見上げる。彼女の肌は莉念や
どれぐらい待っただろうか、十分程度、俺たちは沈黙の中でただただ言葉の整理をしていた。
「私はね」
「はい」
「……私は実を言うと、私を撮った写真というのは家族が撮ったものを含めて殆どない」
「……写真部としてではなく?」
「私は、撮影されるのがあまり好ましくない」
彼女はそう言って、黙ってその瞳で俺を覗き込む。俺は彼女の言葉を受けて、考えて、そして黙った。彼女が喋るのを待った。なぜなら、彼女はずっと言ってきているからだ。撮られるのは好ましくないと。その理由自体を彼女はずっと言ってこないが、写真部に入りながらそう断言してきているのは一年生の頃から強く拒否してきたのだろう。
彼女がその小さな唇をわずかに濡らして、確かめるように言葉を滑らせる。その言葉に俺はまっすぐ頷いた。
「でも、君は私を撮った」
「はい」
彼女はまた黙って、そうして、悩んでから、ふっと力を抜いてテーブルの上に置いてあった俺のカメラを手に取る。そのままカメラを俺に向ける。彼女は自身の表情が見えなくなるようにカメラを眼前に構えていた。
「どうして君は私を撮ったんだろう」
「俺はーー」
鋭い声が響く。俺が吐き出したい願いは遮られた。
ピシャリと彼女の言葉で俺の言葉が遮られて、彼女は出来得る限り抑揚を抑えた声を俺に向ける。
「答えないで。
どうして君は私を撮ったんだろう。
どうして君は私に写真を渡したんだろう。
どうして君は私と同じ場所でカメラを構えたんだろう。
どうして君は私の後についてくるんだろう。
どうして君は写真部に入ったんだろう。
私はね、分からない。私は今、少しも分からない。
だがまあ、写真部の部長として聞けるぐらいは聞くよと言った手前、二人だけの時にのみ撮られてあげてもいいよ」
「あ――」
「答えないで。言ったよ?」
俺はお礼を言おうとした言葉を遮った彼女の言葉に素直に黙った。彼女はその細腕にカメラを構えたまま、じっと黙り込んでカメラ越しに俺を覗き込んでいる。
部室内の空気を震わせるのは嫌に大きく響く壁にかけられた時計の針の音だけだ。俺は彼女が納得するまで待った。
彼女は分からないと言いながら、俺から説明されることを望まないし、俺もきっと本当の意味で俺が彼女と写真を撮りたい理由を今すぐ説明できることはないだろう。
カメラのレンズを覗いて俺が見る彼女は、そんな俺の心の中の言葉をあたかも覗き見ているように感じられて、不安に手が震えた。
彼女がカメラ置く。その表情は先程まで上げていた前髪のピンが外されて下ろされたせいでうかがい知ることは出来なかった。
「君が私と一緒に写真を撮ると言って、どんな写真を撮りたいのかわからないけれど、写真部の部長として鋭意努力しよう。君も写真部の部員として良い写真が撮れるように努めてくれたまえ」
「ありがとうございます。それじゃあ」
「しかし、それは来週から許そう。今週はだめだ」
「どうしてですか?」
「私は最大限写真部の部長として聞こうと言ったが、私の希望を通さないならこの話はなしだ」
「いえ、分かりました。すみません」
「譲るところは譲るんだから、よくわからない後輩だよ」
「ははは、すみません」
その後、部長はいつもなら上げている前髪をおろしたまま、パソコンをにらみ続け会話は弾まなかった。俺は自分の写真を保存したいと言ったのだが、また明日ねと断られてしまったせいで、することがなくなってしまい、仕方なしに保管されているカメラの撮影に関する本をただじっと読み込む。
時折、部長の座った方向からちりちりした感覚を受けて顔を上げるが、特に何もなく首を傾げた。
「今日は」
部長が何か話そうとしたところで、まだ下校時間まで時間があるがセットしていたスマホのアラームが鳴る。その音にびっくりしたのか、部長が体をはねさせた。
「うるさくしてすみません。ちょっとクラスメイトの手伝いで図書館に行ってきます」
「……なんだって、そんなこと」
「本当にすみません。時間なのですぐ手伝いに行くので、説明する時間ないです! それではまた明日!」
「え、あ、折川君!?」
部長の呼ぶ声に応えることもできず、俺は少々力を入れて廊下を走って図書館へ向かう。部室棟から図書館のある校舎は思ったよりも遠かった。
「田中、手伝いにきたよ」
「あ、ああ。その
「うん?
「あー、ああ、うん。そう、だな」
「じゃあ、早速やるか!」
田中も作業をしながら俺は田中の指示通り図書室内に並んでいる本棚の所定の位置へ本を片付けていく。想像よりもこの学校は本を借りる生徒が多いようだ。参考書も貸し出しているせいで人気があるのだろう。
田中の予想通り確かに時間ぎりぎりまで片付けに手間取らされた。終わる頃には下校時間を過ぎたせいで教師に帰りを急かされる。
田中がお礼を言うのを構わないと答えて俺も帰ろうと、すっかり薄暗くなった校舎を歩いて荷物を取りに行ったが、カメラを部室に置いてきてしまったことに気づいた。
部室棟に向かおうとしたが、途中で出くわした教師にもう入れないと追い返されてしまう。
「明日の朝一で取りに行くか。あ、でも部長に言わないと開けてもらえないから、結局部活が始まるまで無理か」
俺ががっくりとしながら、自転車を押しながら校門をくぐると仰々しく厳しい声が出迎えた。
「遅いぞ、折川君。全く君は」
「部長、どうして?」
「君が写真部にとって、高価すぎて君の高校生命より大切なカメラを部室に忘れるから、下校時間がすぎるまで待って追い出されてからはここで渡そうとずっと待ってたんだよ。はいこれ」
「あ、ありがとうございます!」
部長がカメラを渡してきたのでありがたく鞄に片付けて鞄を持ち直す。俺が出ていってからすでに四十分以上経っている。かなり待ったはずだ。小柄な体で自転車を押しながら、怒った態度を取る部長が注意力散漫なのは良くないなど俺に指摘をする。
俺は平謝りしながら、いつもの分かれ道に来たところで、部長が止まった。いつもなら、部長が真っ先に「じゃ」と告げて行ってしまうのだが。
「連絡がつかないのも困りものだね。折川君の連絡先を知っていれば、メッセを送って私は優雅に帰れた」
「いや、帰られると俺は明日の部活まで受け取れなかったので困るんですけど」
「そういうことではないさ。仕方がない、私のありがたい連絡先を教えてあげよう。折川君もスマホを出したまえ」
彼女はそう言って自転車のスタンド立ててスマホを取り出す。彼女は不承不承という感じでスマホを操作して、連絡先を交換してくれた。先日まで交換してくれなかったので、俺は素直に感謝を表す。
「ありがとうございます!」
「とりあえず、あまり不要な連絡はしないようにしてくれたまえ!!」
「はい!」
俺がさらに素直に応えると彼女は、よし! と頷いて、ではまた明日と伝えてさっさと自転車に乗って行ってしまった。あっという間だ。
「俺も帰るか」
連絡も無しに帰るのが少々遅くなりすぎて、すでにみな夕食に手をつけていた。母と妹、そして莉念からちゃんと連絡しろと言われて、平謝りするしかない針のむしろに座った夕食となってしまった。
夕食後、俺はスマホを触って今日連絡先を交換した部長にメッセージを送る。挨拶は基本なので不要な連絡ではないだろう。
「今日はありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「よろしく」
すぐに既読がついてスタンプが送られてくる。俺はそれにスタンプを送り、そういえばとスマホに保存したまま共有出来てなかった部長の写真を送った。
喫茶店で撮った写真だ。
今の俺が持つ数少ない大切な思い出ができた写真だ。
『これ共有しますね』
その写真を部長に送るとすぐに既読がついた。怒りスタンプとともに、消したまえ! と来たので、俺はわかりましたとだけ答えて写真を消すことなく一旦画面を消した。俺が流したのを理解しているのか、彼女はさらに不満げなメッセージを送ってくるが、とりあえずこういう時は相手が諦めるまで放置しかないので素直におやすみなさいと送ってスマホの電源を落としたのだった。
――――――――――――――――――
連続投稿、読んでいただきありがとうございます。
次話は明日18時投稿です。よろしければ☆☆☆とフォローで応援いただければ幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます