83話 唯彩「じゃあ、行くね」

 朝のランニングで、唯彩ゆいささんと顔を合わせる。だがずっと悩んでいた俺は気づいていなかった。

 相談相手も居ない中で今の状況をどうしたら改善できるか迷い続けて、答えが出ない中で気づくとコンタロウが俺にじゃれついていた。


「おはようひさ君! 大丈夫? なんか上の空だったよ」

「ああ、ちょっと考え事をね」

「もう危ないよー! 道路渡る時に誤って車にぶつかっちゃうかもしれないよ」

「本当にそうだね……気づいたらコンタロウが足元にいてさ」

「本当に危ないじゃん!!! コンタロウ助けてくれたひさ君がそんな事になったら、嫌だな」

「あははは、懐かしいね。あの時はいきなり金髪にしたって言ってくるクラスメイトにびっくりしたんだよなぁ」

「えぇぇ!? そんな事思ってたの!?」

「いやー、当然だと思うけど」

「もう~~、酷いよ」

「でも、今はすごく優しい子だと分かってるから」


 俺が笑顔でそう言うと、もうっと顔を隠すように唯彩ゆいささんが頬に手を当てる。しばらく他愛もない会話が続いた。主にプライベートですっかり熱くなった夏の、散歩とランイングのタイミングが合うかなんてのも話した。

 いつものベンチまでたどり着く。すっかり夏だが、まだ朝は爽やかな風が吹いており心地いい。


「コンタロウちょっと休憩だよー。ひさ君、あたし話し聞くよ?」


 唯彩ゆいささんが話しかければコンタロウが「休むの? 休むの?」と尻尾を振りながら首をかしげた。わがままを見せずに、唯彩ゆいささんの足元におすわりをする。

 コンタロウの頭を撫でる唯彩ゆいささんの隣に座って、俺は悩みつつ口を開く。


「恋人の」

「恋人……!」

華実かさね先輩と普通のデートをして過ごしたいんだけど、どうしたら理解して納得して付き合っていけるかなって」

「ふ、普通のデートって?」

「ん? ああ、ごめん。えーっと、そう、だな。放課後に買い食いしながら街を歩いたり」

「買い食い!」

「あとは単純に今みたいんば唯彩ゆいささんとの、いつもの日常を二人きりで過ごしたいというか。お互い写真部、だから、写真部の活動と同じように写真を撮りに行く、とかかな」

「い、いい、今みたいにって、その、朝の一緒の散歩みたいな?」

「うん、俺はこういういつもの生活を、一緒に過ごすのが大事だと思ってるから、それを華実かさね先輩にも分かってほしいと思ってるんだけど、難しくて」

「そんなに難しいのかな?」

「……その、どうしたら、どうしたら話を聞いてもらえるか、分からなくて。泣かれるとそれ以上話せないから」

「ああ~」


 俺の言葉に理解できたからこそ困ったような顔を唯彩ゆいささんがする。しばし黙って唯彩ゆいささんはコンタロウを撫でた。まだかな? とコンタロウが唯彩ゆいささんを見つめるので、彼女は苦笑いしてから決意したように俺に顔を向ける。


「ひさ君は、その、気を使い過ぎだよ」

「そうかな、でも、応えられないことも多いから」

「泣いて相手を黙らせるなんて、女の子は誰だってするんだよ。それで、ひさ君が気を使って口をつむぐから同じ事をして、話を聞かないふり、きこえないふりをしてるの」

「ふり?」

「そう、ふりだよ。だって、そうすれば嫌な気持ちにならなくてすむんだもん」


 嫌な気持ちになるなら、やっぱり辞めたほうが良いんじゃないか。俺の表情を読み取った彼女は、強く俺を見つめた。


「女子はね、みんなするの。だけど、だから、そこで甘えさせてあげてもね、ずーっと進展しないんだよ。それは良く無いよ!」

「良くない、のかな」

「良くないよ! 女子だったら泣かれたってもっと話すよ! 上手くいってないなら、もっと話さなきゃダメだよ! それで一度距離を取るとか、大事だよ?」


 彼女はそういって立ち上がった。さすがに待たせ過ぎたのか。コンタロウが喜びを表すように飛び上がる。俺は立ち上がれなかった。だが、今日の彼女は俺を振り返らない。

 俺は彼女のアドバイスを聞いて、頷いたが、彼女はそれ以上俺に何も言えないのか、コンタロウに惹かれて歩き出した。もっと話して、落ち着くために距離を取るというのはその通りかもしれない。


「じゃあ、行くね」

「ああ、ありがとう」

「ううん、良いんだよ。だって友達だから助けるの当然でしょ!」

「そっか。本当にありがとう」


 唯彩ゆいささんは手を振ってコンタロウに先導される形で行ってしまう。俺は彼女を見送って、しばらくしてから立ち上がった。


  φ


 唯彩side


 コンタロウと歩いていると、いつも考える。ひさ君と一緒に過ごす朝が大切だけれど、どうしても私はあーちゃんやせんりちゃんのように、ひさ君に絡みに行けなかった。

 分かっている。


「私はコンタロウが一番だから」

「ワン!」


 コンタロウが名前を呼ばれたと思ったのか鳴き声で応じた。

 彼女たちとは違うんだ。私にとっては、ひさ君よりも長く一緒に過ごしたコンタロウを手放せない。彼と旅行は出来ないし、彼とデートはコンタロウの散歩や世話のタイミングを考えないとダメだ。

 そして、そうすると、彼は恋人に時間を奪われてしまう。

 答えは出ないけれど、ひさ君が教えてくれたことがある。


『唯彩さんがコンタロウを大事にしているところ、とても良いことだと思う』


 私とコンタロウの家族の写真を残してくれる。ただそれだけで、私は彼に感謝出来た。誰かが私とコンタロウの大事な関係を肯定してくれる。

 写真の思い出が大切だと、ひさ君が言う気持ちが分かった。

 私にとって、何よりも大切な関係が、このコンタロウと過ごす毎日だと、ひさ君が教えてくれた。

 だから、私はせめて、大事な毎日を残してくれるひさ君と、良い関係で居られるように努力しよう。


 初恋は実らないって言うけど、本当にそうだ。私は好きだけど、恋人から寝取るような事ができるほど、ひさ君にすべてを捧げることは出来ない。

 彼が言った、私とひさ君が幼馴染だったら違ったのだろうか。

 ぷるぷると首を横に振る。


 私は今と同じように友達として、ひさ君と過ごすだけだ。


――――――――――――――――――――――――――――――

尚順と幼馴染だった場合は、きっと莉念に巻き込まれて大炎上する。

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