84話1 せんり「私の家で良いですか?」

 珍しく華実かさね先輩が予定があると言って、放課後の予定が空いた。俺はせんりに声を掛ける。鳳蝶あげは唯彩ゆいささんはもう帰っていたからだ。

 昨日の埋め合わせをしよう。

 俺に声を掛けられたせんりは、パァと顔に喜色を浮かべて大急ぎで準備をする。


「私の家で良いですか?」

「ああ、良いんじゃないかな」


 せんりの家であれば、香水のアロマディフューザーもあり、俺はホテルでするよりもその方が良い。俺がホテルでするよりも自身の部屋の方が求められるのを知っているせんりは、頬を少し赤らめながらうきうきとしていた。

 そこへ教室の入り口に別のクラスからやってきた男子が顔を見せて、せんりの姿を見つけて近づいてきた。


「せんりちゃん」

「あっ」


 せんりに近づいてくる男子にせんりが驚いた顔をする。馴れ馴れしく呼びかけた男子は見たことが無い。

 今まで放課後などで顔を合わせる時も話した事が無いが、誰だろう?せんりがおろおろしていて珍しい。


「あのあの」

「こんにちは、俺は折川おりかわです、よろしく」

折川おりかわ、ね。俺はせんりちゃんと仲の良い友達で」

「同じ中学の滝谷さんです」


 仲が良い友達と言ったところで、せんりが困り笑顔で割り込んでくる。その態度に滝谷は若干不思議そうな顔を見せたが、せんりは背後の彼の態度に気づかなかった。


「ああ、せんりの友達なんだ? これまでちょっと見かけたこと無いからびっくりしたけど」

「えっと、最近、また話すようになって」

「そうなんだよね。この前の茶会があった時に、せんりちゃんと改めて話そうって友達と一緒に土日に遊びに行ったりして良くしてもらってるんだ。折川おりかわ君はせんりちゃんとそういうのは無いだろうけどさ」

「ああ、週末はバイトが被るとちょっと忙しくて、確かにせんりとは中々遊べないかなぁ」

「私は折川おりかわ君の好きな時間に遊んでくれるだけでも嬉しいです」

「せんりちゃん、これから時間ある?」


 ほわほわした熱っぽい声でせんりが言ったのを無視するように、滝谷がそう告げる。振り向きもせず、期待するようにじっとせんりが一歩近づいて俺を見つめていた。

 ……香水の香りが意識に入る。ダメだ。

 他の男に? どうして莉念りねんを他の男へ優先させないとダメなんだ……。湧き出る気持ちは中学の頃の莉念りねんへの気持ちとほぼ同一の物だった。せんり自身はセフレだから、もっと気軽でいいはずなのに、俺はこんなにもせんりを通して莉念りねんへの気持ちを燃え上がらせてしまう。


「いや、これからせんりと一緒に出かける予定だったから、滝谷君、ごめんね」


 わざとらしく俺はせんりの頭を撫でた。正解ですと満足げにいやらしくせんりが笑う。いつの間にかこんな人を惹き付ける表情をすることが増えた。その表情を滝谷は見ることは出来ない。

 鳳蝶あげはは教室では隠すけれど、せんりはポロリとこぼれだして来る。


折川おりかわ君に聞いてない! あと、そんなに馴れ馴れしく女子の頭に触れるなんて失礼じゃないか」


 滝谷が少し熱くなっている。相手を怒らせると時間が取られるばかりだ。俺は落ち着こうと目の前の少女がせんりだと改めて意識する。莉念りねんじゃないんだ。俺は一歩せんりから離れた。せんりが、わざとらしくがっかりするが、フリなのが分かっている。

 滝谷もその距離に満足したのか、俺を睨むのを辞めてせんりへ視線を動かした。だが、せんりは彼へ振り向かない。


「せんり?」

「私は折川おりかわ君なら構わないので、じゃあ、行きましょう? 滝谷さん、ごめんなさい」

「待って、話を聞いてほしい。土曜日に遊びに行ったんだし、友達としてもっと」

「……せんり、埒が明かないし、少しでも話を聞いても良いんじゃないかな」

「だから、お前にせんりちゃんのことを心配される筋合いはないんだけど」

折川おりかわ君、私! 私の大事な時間なんですよ? どうして折川おりかわ君はそんな事言うんですか」

「でも、友達なんだろ? 少しぐらい時間とっても」

「私、帰ります!」


 俺の言葉を聞いて、怒った態度を見せたせんりが荷物を持って足早に教室を出ていく。滝谷が止めようとしたが、少しも聞かず立ち去ってしまったので、俺は苦笑いを浮かべた。滝谷は彼女がそんな態度を露骨に見せるとは思って見なかったのか、どうしようか迷っているようだった。

 これなら追いかけこないだろう。


「ごめん、機嫌を損ねたみたいだから、今日はもう無理だと思う。俺も自分の家に帰るよ」

「……おい!」


 滝谷の静止を無視して、せんりの後を追った。追いつけなくても、彼女の家に行けばいいだけだ。俺はわざとらしく怒った態度を見せたせんりを彼女の家で慰めよう。



  φ


滝谷 side


 予定を作りたかったが、なくなったため、仕方無しに部活へ向かう。うちの学校の卓球部はゆるい部活のため着替えて参加しにいくと、お気楽にようっ! と声が掛けられて、遅れた理由も聞かれず活動をした。


「そういや、この前の土曜日にデートしたっていう女子はどうなったんだよ! ほら、中学の頃の友達だって言ってた子。もう何回目よ?」


 にやにやしながら部活仲間がそんな事を聞いてくる。俺はその時を思い出して、ちょっと自信ありげな態度を見せた。先程の教室はちょっと嫌な光景だったが、プライベートで遊ぶところではかなり打ち解けて上手くいっている。


「デートじゃないって。中学の頃の友達と合わせて六人で、遊びに行っただけ。まだ二回目だって」

「でも、他は固めてたんだろ?」

「あーまあ、俺とせんりちゃん以外はもうほぼ付き合ってるようなカップル二組ぐらいで、俺と彼女だけカップルじゃないみたいな」

「うっわー、ちょっと露骨じゃね?」

「いやいや、偶然、偶然。かるーくテニスして遊んで、カラオケしていい感じに盛り上がったんだけどな。やっぱ高校入って数ヶ月関わらなかったの痛いなぁ」

「茶会に行ってみて惚れ直してアタック初めたんだろ? まだまだ余裕だろ」

「そうなんだけどさぁ、変なのと仲良くなっててさぁ」

「変なの?」


 不思議そうにする男子に俺はため息を長々と吐き出した。


「ほら、住道すみのどうっていうお嬢様と仲が良いって噂の男子、折川おりかわってやつ。それがその女子にくっついててさ」

「でも、お嬢様と仲が良いって事は井場ちゃんは大丈夫ってことだろ! もっとガンガン攻めようぜ!」

「そう、だよな。頑張るわ」

「うし! じゃあ、相談に乗ったからお前は俺のレシーブ練習マシーンな」

「おいおい、勘弁してくれよ!」


 そんな事をいいながら、卓球台へ向かう。そうして延々部活仲間のレシーブ練習のためにつきあわされた。お気楽な部活なのに目の前の男子は熱量が高いため、いつも練習相手を求めているのだ。俺は雑談という体で話したつもりが向こうは相談のってやったぜと言うので笑ってしまう。

 でも、動いて気分を変えよう! そう考え、無心で相手にピンポン玉を送っていると、この前、彼女と一緒に出掛けた事が思い出された。


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せんりが変わったというイメージを伝えたくて、モブキャラ目線です。が、とても長くなった。

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