84話2 せんり「恥ずかしいので」
滝谷side
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昼過ぎ、俺は駅前で人を待っていた。期待のせいで早く来すぎてしまった。他はカップルだから悠々来るだろう。
実際、彼らが来たのは約束の五分前だった。別々に会っていたことはあったが、このメンツで会ったのは卒業直前ぐらいだろうか。俺は彼らに手を振ったが、そこにせんりちゃんが居ないのに気がついた。
「あれ、せんりちゃんまだ?」
「そういえば珍しいね、いつもならもっと早く来るぐらいなのに」
そんな話題が出る。俺もそう思って、二人きりで話すタイミングを作ろうと考えて早めに待ち合わせに来ていたので当てが外れてしまった。
少々がっかりしていると、男子が俺に近づいてこそこそ話しかけてくる。
「お前、せんりちゃんと進展したか?」
「いや、高校だと別のクラスだしさ、陸上部にも入らなかったし」
「おいおい、お前も卓球部じゃん」
「いやー、陸上部に入らないならいいかなって。せんりちゃんは茶道部入ったんだけど、女子だけの部活だから男子が入れなくてなー」
「あらら、それは残念。陸上辞めたら、たまの休みに遊びに行くしかなかったもんな。しっかし、お前は一途だよな。なーのに、別のクラスだからってヘタれてたのに急にどうしたんだよ」
「いやさ、これ見てくれよ。めちゃくちゃ可愛くないか?」
俺はスマホを取り出して、少し前にあった茶道部が開催した茶会の写真を見せる。早々に参加したので、狙ったせんりちゃんに対応してもらうことが出来た。
もちろん隠し撮りではなく、せんりちゃんにお願いして撮らせてもらった物だ。困り顔だったが、ちょうど写真部の男子が彼女の近くに来たので、一枚だけだったが、せんりちゃんが許可を出してくれたので撮ることが出来た。せんりちゃんが可愛すぎて声を掛けてきた男子の事なんて全く見ておらず、俺は拝み倒していた。
『せんりちゃん、お願い! 記念に!』
『えーっと、』
『せんり、写真いいかな?』
『私、い、良いんですか!?』
『せんりも当然活動しているんだから、撮る対象だよ。それと、良かったら友達なら撮ってもらったら? やっぱりこういう行事の思い出の写真は大事だから』
『そうですか? なら、滝谷さん、一枚だけ、良いですよ』
中学の頃は全く印象の違う、高級そうな着物を来て落ち着いた雰囲気を醸し出した小柄ながら美少女が抹茶を立てている。
その写真を見た友達が、おおおーと声をあげた。その声につられてわらわらと別に話していた三人も寄ってくる。
写真を見て、声をあげた。
「えぇぇ!? これせんりなの!?」
「やっば、中学の頃と全然雰囲気違うじゃん。可愛すぎ」
「だろだろ!」
俺は鼻高々に自慢して、だからかーと、周りの友達たちは苦笑していた。しかし、気づけばもう約束した待ち合わせの時間を五分も過ぎていた。
「本当に珍しいね。遅刻なんて。連絡来てる?」
「いや、来てないな」
そんな事を話していたら、パタパタと足音が聞こえて一人の少女がごめんっと姿を見せた。
「みんな、ごめん。ちょっと用事があって出るの遅れちゃった」
クラスが違うせいで中学時代の印象が強いためか、俺は目の前の美少女にびっくりしてしまう。黒い長髪が陽の光に美しく輝く。唇もリップグロスを付けているのか艶めいていた。
しかも、服装もかなり気合が入っているようだ。中学時代のせんりちゃんに一緒に遊びに行くと誘った時は、パーカーとハーフパンツを基本としたもっとラフな格好だった。
さらに中学はずっとポニーテールだったから、印象がひどく変わっている。周りの友人達もびっくりしていた。
今日は比較的丈の長い紺色のスカートで膝が隠れるぐらいであり、上は清楚なブラウスだ。可愛く、ちらりと日を反射するイヤリングをつけて、アクセサリーが首元に輝いている。
「ちょっとちょっとせんり~可愛いけど、今日スポーツしに遊ぶんだよ!」
「ああ、ごめん~。ちょっと頑張ったほうが良いのかな~っておめかししちゃったかも」
「もう話したらせんりってわかるけど、せんり、すっごいお嬢様じゃん!」
「井場ちゃんすっごく良いよ!」
せんりが気軽にそんな事いって、俺も含めて男子たちが盛り上がっていた。特に俺が盛り上がった。他はせんりちゃんもほぼ知っての通りカップルみたいなメンツで、俺とせんりちゃんだけがフリーなのだ。つまり、俺のためにおめかしして来たということじゃないか。
周りも盛り上がる中で、俺も声が上ずらないようにせんりちゃんに話しかける。
「せんりちゃん、すごい似合ってて可愛いよ」
「そう? ありがとう」
さらっとその潤う唇を笑みにして、俺の言葉に大変喜んでくれたようだ。俺のために気合入れてくれたんだもんなと、嬉しくなる。
施設に行くまではせんりちゃんが大人気だった。中学の頃からとがらりと変わったイメージに、みんなで盛り上がる。
彼女は茶道部だとみんなこんな感じだから、そっちに引っ張られてるんだと笑っていた。
「えぇ、引っ張られるって茶道部ってどんな子がいるの?」
「お嬢様な人が多いかなー、あと美人!」
「いやいや、井場ちゃんもすっごい可愛いって」
「あははは、いや、本当に美人ばっかりで私、気後れしちゃうから」
謙遜しているが、やっぱり彼女は可愛い。スポーツレジャー施設について、俺たちはどれで遊ぶか選択する。
「せんりちゃんの格好を考えると」
「ごめんねー。本当にスカートで来ちゃって」
「いやいや、せんりちゃん、良いよ! 良いよ。そうだな、男を頑張らせるペアの軽いテニスとかどう?」
「それなら大丈夫かな! あとはボウリングも良さそうだね」
せんりちゃんが笑顔で肯定してくれたので、テニスに決まった。もちろんペアはカップルプラス、俺とせんりちゃんという組み合わせを自然とゲットして見えないところでガッツポーズをした。
「私、朝から用事があって、あんまり動けないけど、頑張ろうね!」
「朝から? どうかしたの?」
「ふふ、ちょっと頑張ったからね。だから、滝谷さん、頑張ってね」
詳細が分からないがとても機嫌良く嬉しそうに言ってから、俺を応援してくれる。それだけで俺はやる気を出して頑張れた。
さすがに軽くとは言えテニスをするからか、せんりちゃんが髪を束ねてポニテに変える。それだけで中学の頃に戻ったみたいだ。
「お、せんりポニテじゃん。髪まとめてなかったからイメージ全然違ったけど、ポニテにすると中学の頃と変わんないね!」
「やっぱ井場ちゃんはポニテが似合うよー」
「お、俺もせんりちゃんはポニテ良いと思うな!」
やっぱり中学の頃にポニテをしていた彼女が印象深い。陸上部を色々あって辞めた彼女とその頃は話す事が多くて、もっと距離が近かった気がする。
長い髪をそのまま下ろしている姿も可愛いが、あの頃を思い出すなら、やっぱりせんりちゃんはポニテが良いなと思ってしまう。テニスラケットを持ったせんりちゃんが恥ずかしそうに苦笑いを浮かべていた。
「あははは、ありがとう。でも、私、最近髪を下ろしてるのがお気に入りだから、ごめんね?」
「そうなんだ」
他の女子がさらにイメチェンどうしたー? と絡んで行くが、せんりちゃんは気分転換かなーで終わらせてしまう。ポニテ姿が可愛いと思うのになぁと残念な気持ちだった。
スカッシュを含めて遊び終えた俺たちは夕食を食べながら、談笑する。 せんりちゃんの今の髪型は、彼女が言っていた通り、スポーツが終わったらすぐにポニテを解いてしまった。
俺はせんりちゃんの隣に座ることが出来たので笑顔になった。隣同士で座ると、思ったよりも強い香水の香りがしてくる。いい香りだが、ちょっと大人っぽい気がした。
「香水使ってる?」
「え! 強かったかな? 夕食なのにごめんね」
「い、いやいや、ごめん!」
「もう、滝谷はデリカシーがないなぁ」
「うっせ!」
「ううん、私がごめんね?」
「えー、せんりそんなに良いの使ってるの?」
「うーん、少し前から大事な時はずっとこれ使ってるんだ。お気に入りなんだよね」
彼女は嬉しそうに答えた。女子がどれ使ってるのと聞いたので、答えれば、ひどくびっくりしていた。
「ええ、普段遣いするには高校生にはちょっと高くない!?」
「そうなんだよね~、でも、特別だからちょっと背伸びしてるっていうか」
そう言われて、本当に俺は嬉しくなってしまった。値段が話題になるということは、今日の集まりのためにやっぱりかなりおめかしに気合を入れたということなんだ。俺は心の中でまたもや手応えを感じてガッツポーズをしていた。
「今日楽しかったかな?」
「えー、今日は朝からすっごく楽しい良い日だったかなー」
「おお、良かった! それじゃあ、また遊ぼう」
スマホを見てからニコニコと笑顔でせんりちゃんが返答してくれたので、ついつい調子に乗ってしまう。彼女は笑顔で都合が付けば良いねと応じてくれた。
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はあ、とため息をついて家までの道を進む。部活を休もうと思ったが、結局せんりちゃんが捕まえられなかったので、諦めて部活に参加したからすっかり遅くなった。部活を終えた俺は偶然、そう偶然、仲の良かったせんりちゃんの家の近くを歩いていた。ちょっと遠回りだけど、別にそこまで遠くなるわけじゃない。
だから、彼女の住んでいるマンション近くを通った時に、放課後すぐに見かけた男が通り過ぎていく。
「あ」
だが、俺の声は届かず、そいつはあっという間に過ぎていった。俺に気づいただろうか? そもそもなぜここに? 同じ中学に居た覚えは無い。なら、違う学区であれば、こんなところで会うなんて。
俺の疑問は解決されることなく、しかし、喜ばしい事があった。
「あ、せんりちゃん」
「? あれ、滝谷さん、部活帰りですか?」
しっとりした雰囲気を持った少女がゆるりと歩いていた。何故だろう、ひどく彼女が蠱惑的に感じられた。
どこかへ向かうのだろうか。俺は自転車を降りて、彼女の隣に並んだ。身につけばかりなのだろうか、むわっと香水の香りが強く匂っていた。
だが、今日の放課後はそんなに強くなった気がする。それにもう夜遅いのに香水をつけるのも変じゃないのかな。俺は不思議な気持ちになった。
彼女は笑顔を向けたが少し硬い感じがした。
「うん、卓球部終わってね。せんりちゃんはどこか行くの?」
「ええ、ちょっとコンビニ行っておこうかなと」
「そうなんだ! その、香水付け直したの? 結構強くないかな」
「もう! ちょっと恥ずかしいですね。アロマディフューザーも合わさってちょっと強くなったのかもしれないです。ごめんなさい」
彼女が一歩俺の隣から離れた。やらかしてしまった。俺は慌ててぶんぶんと首を横に振った。
「そそ、そんな事無いよ! いい香りだから」
「そうですか。それで、滝谷さんは帰らないんですか?」
「え! えーっと、そう! コンビニで何を買うの? もう晩ごはんぐらいなら買い食いしたらダメだよ」
「あはははは、そういうのじゃなく、ちょっと切らしたものがあったので、買っておこうかなと。無かったら機会が減っちゃうので」
何を買うんだろう。雑貨かな。でも、切らしたからってコンビニでわざわざ買うものでも無いんじゃないかと思う。
俺の疑問に笑顔で彼女は答えず、思いついたというように別の話題を出す。
「そういえば滝谷さんは彼女を作るとしたら何があれば満足ですか」
「えええ!?」
びっくりした。クリティカルヒットすぎる。俺はまじまじと彼女を見て、もしかして試されているのではないかと思った。
「か、彼女か~」
「そう、彼女を作るなら何があれば満足なんでしょう」
悩んだふりをする。コンビニまではもう少しでついてしまう。あまり先延ばしは出来ない。せんりちゃんは、もうそのままで十分彼女にしたら満足な女の子だと思う。だけど、こんな事を聞くってことは、俺の彼女になるのに足りないものがあると、せんりちゃんが考えているということだろう。
それを思えば、今のままの君で良いよなんて答えは望んでいないだろう。
俺はしばし悩んで、小柄だが蠱惑的な雰囲気を持ったちょっと色っぽい少女を見つめる。今日も髪はまとめられずそのまま下ろされている。綺麗だが、やっぱり俺はポニーテールのせんりちゃんが好きだな。
しかし、今求められているのはそんな外見的なものではない。
手料理、家庭的な部分だろうか。しかし、せんりちゃんは中学の頃にもそこそこ料理が出来た記憶がある。暇になったからたまに作るようになったと言っていた。
友達と恋人で違うこと、そんな風に考えがズレたところで思いついた。これなら恋人同士でできることで満足になる。
「満足というか。やっぱり彼女となら、二人で旅行に行けると、その彼女が出来たなって満足なんじゃないかなぁ」
「旅行! なるほど。確かに女友達同士ならまだしも男女二人きりで旅行は友達だとしないですもんね。ありがとう」
ひどく綺麗な笑みが見えて、俺は顔を真っ赤にした。可愛すぎる。やっぱり今日、あの評判の少々悪い
俺は安堵できて、コンビニたどり着く。
彼女が何を買うのか気になる。俺は部活終わりの栄養補給にねと冗談めかして、一緒にコンビニ入った。
せんりちゃんが迷うこと無く進んでいくので、付いていこうとするが、止められる。
「恥ずかしいので、あまりついてきたらダメですよ」
「ああ、ごめん。俺も自分のさっさと買っておくよ」
俺が何食べようと考えている短い時間で、彼女は買い物を終わらせてしまったらしい。レジに並んで買い物しているのが視界の端にうつった。俺は慌てて適当なコンビニスイーツを掴んで、レジに向かう。もうビニール袋に入れられてしまい、彼女がレジを離れるので何を買ったのか分からなかった。
俺は目の前の店員に袋をくださいと言って、財布を取り出す。
しかし、目の前の店員はレジで会計をしながらも、チラチラとせんりちゃんを見ていた。やっぱりあんな可愛い子、色んな男が見るよなと俺は思いつつ、不快になった。
だから、つい言ってしまう。
「すみません、袋ください」
「ああ、申し訳有りません」
精算を終えて、慌てて彼女を追いかける。
別れの挨拶を言ってくれるつもりなのか、彼女は待っていた。ちらりとビニール袋を見やると、何やら小さな箱の物を買ったようだが、じっと見るわけにもいかず何を買ったのか分からなかった。
「それじゃあ、滝谷さんありがとう。さようなら」
「う、うん! せんりちゃんじゃあ、また!」
ゆらりゆらりと綺麗に歩く彼女の後ろ姿に見惚れてしまい、見えなくなるまで立ち止まってしまった。中学の頃は、後ろ姿はもっと運動部らしい活発なタイプだったが、今は全然印象の違う一人の綺麗な女の子だと感じられた。
なんだろう。同じクラスの
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せんりが変わったというイメージを伝えたくて、モブキャラ目線です。BSS?
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