85話1 鳳蝶「あなたが変えてくれた」
夏休み前に
「お父様、どうして夏休み前にわざわざこちらではなく、東京でなんて」
「すまないが、昨年からあちらに大きな取引が出来てね。
「……うぅぅ、私、土日の朝は大切にしているといつも言っていますのに」
私の不満げな態度に純粋にわがままな子供を見るような表情を父がする。私はそれをまた不満に思ってしまえば、父は困った顔をしながら尋ねた。
「それでまだちゃんと紹介はしてもらえないのかな?」
母は口を出さずに笑顔で父親の言葉に頷いていた。私は迷ってしまう。ずっと
でも、エッチする回数は増えているし、
「あちらがあまり私との関係で家を絡めたくないと、純粋に私個人と向き合いたいって」
「そうは言ってもね。
「ですから! 私は頑張りますから、もうしばらく待ってほしいですの」
「あなた、良いじゃないですか。前は少々暴走していると思いましたけど、今は落ち着いていますし」
「もうお母様!」
暴走とは、私がもう恥も何も考えずに、肌の露出の多い服を着て出掛けたことだろう。
落ち着いて考えてみると、なんて破廉恥だったのか。私は自身の行動を恥じて、スケジュール帳の一角に長々と反省文を書いたのだ。
父は悩んでいるようだったが、別段私が朝帰りするわけでもなし、夜遅くまで遊び呆けているわけでもないため、私のわがままでも健全な付き合いなのだろうと納得してもらえたようだ。
父も母も忙しいから、私への教育を兼ねて家の事を一手に私へ任されていて良かったと安堵している。たまに彼を家で連れ込んで事に及んでいることを、父は知らない。
部屋が可愛いね、似合ってて好きだよと言われたり、化粧品を見せて、この色が好きだなと言われたり、これまで買った下着を何着も着替えて見せて、これが好きだなと言ってもらったりするから、ついつい嬉しく家にも呼んでしまう。
彼の好きが本当に増えて、嬉しい。
母は、どうだろう。
紅茶を口にしながら、私はちらりと母を見た。
「どうかした?」
「いえ、お母様」
母は知っているかもしれないが、おそらくデリケートな話題だから口にしないみたいだ。まあ、確かに、母も父以外に学生時代にお付き合いしていた人がいると言って、私の話を聞いてくれたことが前にあるので、私の自由にしてくれるようだ。
けれど、避妊は徹底するように言われているのか、私の部屋に避妊具の買い置きが常に補充された状態でこっそり置かれているのは少々困惑してしまう。
父は比較的潔癖な方だが、それでも母の前の交際相手が居ると、母が男だってそんなものよと笑顔で教えてくれた。母は学生時代ぐらい自分と同じように、遊びではなく真剣なお付き合いなら構わないという立場なのだろう。
「
「そう、でしょうか? あまり意識してなかったのですけれど」
嘘だ。父が居るので母の興味であっても、あまり話題にしてほしくは無い。また、紹介はいつなのか? と父がやきもきしてしまうだろう。
私は話題を変えた。
「そう言えば最近、すっかり婚約話を持ちかける殿方が減ったのでホッとしています」
「……ああ、それはまあ、」
「この人が娘に会わせてみては、って良く話してたせいなのよ。私もそっちの方が良いとこの人が言うから止めなかったのだけれど、」
「うん、やはり良い人はいるものだから、そのね?」
聞けば母が止めてくれているようだ。どうにも父が裏で推進派だったらしい。自分は恋愛結婚なのに、なんてことだろう。私はまたもや不満顔を父へ見せると、父はいくらか身体を小さくさせた。それだけで私は幾分許した。だが、もちろん忘れずに釘を刺す。
「私の自由にさせてほしいですの。だって、お父様だって恋愛結婚ですのに、私にはお見合いさせようとさせるなんて」
「う、それを言われると」
「本当よねぇ」
本当にもう。でも、私がはっきり言うと、どこか父が嬉しそうなのも事実だ。どうしてだろう?
父が女二人に責められて這々の体で部屋から出て言ってしまったので、母と二人になる。私は落ち着いて、母に尋ねた。
「どうして、お父様は私がはっきり言うと嬉しそうなのでしょう」
「あら、
「自覚?」
何でしょう。私はずっと変わってないつもりだけれど。母は嬉しそうに紅茶を飲んで、ニコリと笑った。
「
でも、高校に入ってから変わったわ。……まあ、ちょっと奔放になったかもしれないけれど、私は、良いことだと思うの。朝にお友達に会うということだって、休日に自発的に出歩くという事が、中学の頃は無くて、淡々と習い事をしているイメージだったけれど、今はイキイキしているわ」
母に言われて私は驚いて、自身を振り返る。確かにそうだ。ほんの二、三時間だけでも休日の朝、彼に会うために頑張る。中学の時の私は遊びに行くお友達もおらず、ただ空いた時間を埋めるために勉学と習い事と、家の付き合いに時間を消費していた。
「だからね、あの人もわざわざお見合いまがいな事をしていたのは、少しでも周りの人をきっかけに
母に言われて顔が赤くなる。それ以降、母はあまり深く私に深入りせずに、紅茶を飲み終えて仕事の兼ね合いもあって父を追った。
私は一人部屋に残される。けれど、そこに寂しさとかそういうものは無い。
窓から庭を見る。
「変わった。あなたが変えてくれた」
使用人がいるため、そこから先は口に出来ない。だけど、私は青い空を見ながら唇だけを動かす。
『あなたが好きですの』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます