第61話 夏はどこに行こう


「やあ、こんにちは」


 活動日、俺が部室に顔を出すとすでに春日野かすがのが部室内におり、華実かさね先輩と笑顔で話していた。そこへ顔を上げて華実かさね先輩が俺を出迎える。


「こんにちは。今日はどうしますか?」

「気が早いね~」

「そうですよ。ゆっくりしたらどうですか?」


 華実かさね先輩の苦笑いにどこか壁を作ったような態度と声音で話す春日野かすがのに、笑顔の裏でホッとした。いつだって俺は不安を抱えながら、春日野と華実先輩がにこやかな空気を出していると安心する。


「活動日ですよね?」

「そうなんだけど、どこが良いかなぁって。スポット巡りは前にしたわけだし。生徒会からのお願いも次の茶会までないからねー」

「それならテスト勉強でしょうか」


 春日野がふっと自然とそういった。俺と華実先輩が苦笑いを浮かべた。


春日野かすがのちゃんは真面目で偉いね! 確かに気づけば目前にテストが来るから、テストに向けた勉強は常にしないとダメだから大事だね」

「いやでも、部活動時間をテスト勉強に当てるのは過剰だろう」

「塾通っていた頃の癖でつい。あの頃はテストテストテストづくしだったので」

「もう高校入って2ヶ月だから高校のスケジュールになれるべきだよ。それとも春日野かすがのちゃんは塾通ってるのかな?」

「いいえ、一応様子見です。怪しくなったら通うと思いますけど、受験のタイミング、高校二年生の冬あたりから自分のレベルに合わせて頑張るので十分かなって」

「あんまり上昇志向がないねー」

「大抵の高校生なんてそんなもんです部長」

「ま、春日野かすがのちゃんの言う通りか」


 それじゃあと、俺は口を開いて、写真部としてあるべき活動を提案する。


「練習もありますし、もう一度紫陽花でも撮りに行きましょうか」


 華実かさね先輩が外を見て、空模様を確認する。今日は暑い曇天で、少々薄暗い。雨の予報自体は無かったが、前回とは撮影時の太陽光の強さが違う。


「今日は曇天だよ?」

「カメラのフラッシュを使う練習しましょう。ほら、先輩好みの撮影対象もいることですし」

「それすると、春日野かすがのちゃんの練習ができないんだよねぇ」

「……わ、私ですか?」


 春日野かすがのがどういう事か分からず首をかしげている。あれ? と思った。

 春日野かすがの華実かさね先輩が二人きりの時も多々あった。

 先輩は美人な女を撮るのが好きと良く言っていたはずだが、春日野かすがのは知らないのだろうか。

 俺は少々考えてから、華実かさね先輩がそんな事を話題にしたのは、入部の時ぐらいだったし、春日野かすがのが忘れているんだなと納得した。


春日野かすがのは美人ですからね」

「うええええ!? ええと」

「むぅ……。

 まあ、尚順君の発言はさておき。確かに数少ない女性の写真部員、現在私含めて二名、なんだ。せっかく活動日は顔を見せるようになってくれる春日野かすがのちゃんが、写真部員として活動していくには何が必要だろうか」

「あのあの?」

「継続してもらうためには日々の協力と将来的な目標ですか」

「そういう言葉がパッと出てくるんだなぁと思うけれど、そうだね。将来的な目標は、写真部としてはもうあれしかないでしょ。日頃は学校という閉鎖された空間ばかりを撮る事が多い我々にとって撮影旅行で心機一転頑張ろうというのが一番だよね!」

「りょ、旅行!!」

「そ、そんな楽しみかな?」


 春日野かすがのが異様な反応を見せた。華実かさね先輩がびっくりした反応する。

 一時期彼女として付き合っていた春日野かすがのとは、プラトニックな状態で旅行なんて行ったことがないなと思った。クラス自体は違ったので顔見知りになる前の中学の修学旅行でも、全く関わることがなかった。それは一緒に旅行したとは言えないだろう。


「夏、夏かぁ。どんな写真を撮ろうか。なんだかすごく楽しみかもしれないね。夏はどこに行こうかなぁ。」


 そんな華実かさね先輩の提案に対して、春日野かすがのが真剣に悩みだす。気軽に考えるのが一番だと思うのだが。


「夏なら海とか」

「カメラを持って、他に人が居る浜辺には行けないよ。捕まりたいのなら、いや、止めるけどさ」

「そうでした」

「う、うううう、海!? み、水着!?」

「山でキャンプは混むだろうし、女手2名でキャンプするのはちょっと大変かなぁ」

「まあ、女子がいるので普通に山間のホテルや宿泊場所でお泊りが無難で良いですね」

「や、ややややま!? お泊り!?」

春日野かすがのちゃんどうしたの? 旅行なら泊まらないとちょっと遠出は難しいよ」

「そ、そそそ、そうですね!そうですよね! ちょ、ちょっと修学旅行と学校行事以外に家族以外と旅行ってイメージも経験も全く無くて」

「あーそうなんだね? 私としては、これから写真部の代替わりもあるし、慣れてほしいな」


 気軽に華実かさね先輩が言うが、春日野かすがのが彼女から表情を隠すように顔をそらした。俺も春日野かすがのがどんな表情をしたか分からなかった。


華実かさね先輩、部活所属期間が終わったらどうするんですか? 写真部がいつまで所属かは知りませんが」

「え! そういえば考えたことも無かったなぁ。一応三年生の秋までだけど、それ以降は家の手伝いが増えるのか、内申良くするために勉強頑張るか。写真部のOBとして活動するか。うーん、難しいね」


 少しだけ寂しくなった。思ったよりも華実かさね先輩が離れるタイミングが早いと思ったからだ。年がたった二年違うだけで、華実かさね先輩と写真部で過ごす時間がこんなにも違う。

 僅かに高校一年生から華実かさね先輩と活動を共にした人たちが羨ましかった。

 そんな彼らは今、幽霊部員だ。


「そんなに早いんですね」

「早いかな? 運動部だと大会が終わったら、すぐ終わりという部活も多いから、文化系でかつ大会が無いような部活だと、そこそこ所属長いよね。

 でも私が後輩だった時は、夏あたりに受験のためで、ほぼ顔を出さない先輩ばかりだったな~」


 先輩が懐かしく思い出すように言って、寂しそうな顔を見せた。そんな仲のいい先輩が居たのだろうか?


「仲の良い先輩でも居たんですか?」

「……うん、今の三年生に女子はいないけど、私が一年生の時は二、三年生にそれぞれ一人女子の先輩がいたからね!」


 それからは女性がいた頃の写真部の話題に移って、華実かさね先輩が春日野かすがのとポンポンと会話をしていた。キョロキョロしてみるが、部室は女子が居た形跡はほぼないと思う。実際、華実かさね先輩が現在の部長だが、部室自体は無個性なスチールラックや棚ぐらいだ。小物も白と黒ばかり。

 女性しかいない茶道部が使う茶室は色とりどりの小物が少々雑然と置かれており、彩りがあったが、写真部は少々無骨な印象だ。


春日野かすがのも来て、部員の女子率も上がったことですし、写真部が少しでも入りやすいように部室でも変えますか」

「あはは、それも面白かもね」

「ひ、必要ですかー?」


 華実かさね先輩と春日野かすがのの反応はそれぞれだったが、実現するかさておき部室改造計画で部員として盛り上がることできた。


  φ


春日野かすがのside


 私はベッドへポフンと倒れ込む。写真部の活動日になるたびに、家に帰ったらすぐベッドに行ってしまう。なんてはしたないんだろう。私はこんなはしたないのを尚順にばれたくなくて、いつだって声を押し殺してする。

 あの後、結局、紫陽花の花壇へ写真を撮りに行った。徐々に色褪せていく紫陽花を惜しむように、部長と尚順は写真を撮っていた。

 尚順がカメラのレンズを部長へ向ける時、メラメラと炎が湧いた。

 でも、次に私に向けてくれた時、私の炎は立ち所にかき消えて、純粋な喜色の熱に変わった。尚順がここに立ってと指示されると、懐かしくてドキドキした。

 そして、今、家に帰れば抱きしめられてキスされた感触が鮮やかに私の中に蘇り、身体を巡る熱になる。


 あの金髪のギャルみたいな女と一緒に歩いてるところを見て、ついつい飛び出してしまった。嫌われてないか不安だったけど、怒られなくてホッとした。

 同時に、付き合いたてに似合うよって助言してくれた髪型にしたら、褒めてくれてとても嬉しかった。

 今更、初めて声を掛けられた時みたいな、あんな手入れを投げ捨てた髪にしていたことを恥ずかしくなった。


 尚順と約束した通り大人しく写真部の活動をしていると、今の写真部の将来の姿があまりにも私の理想形でびっくりした。

 時間が経てば、自然とあの部長は引退して部室に顔を出さなくなる。つまり、私と尚順二人きりだ。こそこそ覗いて、ほぼ毎日部室へ尚順が向かうのを知っている。

 私は急ぐ必要なんて全く無かったんだ。

 写真が趣味で大事にしている尚順が、写真部を辞めるわけがない。

 勝つ場所がもう用意されてるなんて、私はなんて拙速でバカなんだ。高校内では邪魔ものはいないんだ。

 夏は、中学の頃に出来なかった旅行もできる!

 あの部長が引退すれば、私と尚順の二人きりの旅行も可能だ。冬にも撮影旅行があるが、その時には自腹を出して参加するような三年生は、あまり居ないと部長が名言していた。


 体が震える。

 妄想してしまう。


 夜、二人きり、温泉。尚順が私をあの頃のように呼ぶ。部長がいなくなったから、彼が虚勢をはる理由も無い。

 お金、もったいないよ。二人しか居ないんだよ。元カノなんだし同じ部屋でも、何にも気にしないよ。

 あの頃のように、部屋で寝る前に名前で呼び合って、


「尚順、ダメ、だよ。二人きりだからって」「見、見たいの?」


 妄想が溢れて私を満たしていく。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ちょっとストーカー気質で、微妙にトラウマがあるおかげで、尚順の家近くは全く行けなくなったけど、高校で自分と尚順が絡む時にはあいつが介在しないなら妄想豊かな元カノ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る