第4話 朝の学校

 とっくに出発してしまった莉念りねんにほっとしながら、俺は一人悠々と自転車をこいで学校へ向かう。朝の日課で走るのとは違う清々しい気持ちで通学することができたのは、あの朝早くの出会いのおかげだろう。

 教室に入れば思ったよりも多くのクラスメイトが席についており、思い思いに出来立ての人間関係で会話を弾ませていたり、ちょっと探るような会話をしていたりと十人十色の姿を見せていた。

 放出はなてんはまだ来ていない。もしかしたらギリギリに通学するタイプなのかもしれない。

 俺の前ですでに席について、本を読んでいた住道すみのどうさんに挨拶をする。ハーフアップの髪が軽く彼女の会釈で美しく揺れて、良く通る声が返された。


「おはよう、住道すみのどうさん、今日も早かったの? 俺はちょっと遅くなっちゃったな」

「おはようございますわ、折川さん。昨日と同じぐらいでしたけど、今日は昨日よりも早い人もいますの」

「そっか。住道すみのどうさんはこれからも昨日と同じぐらいの時間なの?」

「そう、ですわね。電車が混んでしまうので、それぐらいが一番良いかなと思っていますの」

「なるほど、小中高と含めて公共交通機関を使わずに俺は自転車で来れるから無縁だなぁ」


 彼女が手を口元に当てて可愛らしく笑う。


「ふふっ、それが一番いいんじゃないでしょうか。やはり朝早く起きるのは大変ですわ。折川さんはどれぐらいに来られるんですか?」

「今日は朝のランニングをしてたけど、ちょっとペースが遅れちゃって。明日からは昨日と同じぐらいに来るつもりだよ」


 住道すみのどうさんが感心するような顔をするが、そんな大層なものでもないのだ。俺は苦笑を浮かべた。


「運動部に入られるんでしょうか? 私の運動部の友人も中学時代は朝のランニングをしていましたの」

「あー、高校では運動部に入るつもりはないけど、中学時代は運動部でその日課の癖だね。でも、やってて良かったかなと思ってるよ。趣味で写真撮ってるんだけど、風景写真を取りたいと思った時なんて想像以上に体力勝負だったんだ」

「写真! 楽しそうですわね」


 ニコニコと住道すみのどうさんが会話に乗ってくれる。楽しそうに受け答えしてくれるので、本を読んでいる時の真剣な凛とした表情とは違って話やすい雰囲気が生まれていた。


「楽しいよ。スマホに残すだけじゃなくて、わざわざカメラを持ち歩いてるとこう気持ちが切り替わるんだ。電子データの状態の写真でも、見返すと楽しかったと思えるから」

「じゃあ、写真部に入るのですか?」

「写真部か」


 昨日の入学式と合わせて、部活動紹介があった。学生数に合うようにたくさんの部活動紹介があったが、その中に写真部といういわゆるマイナー部活動の紹介もあった。他には、占い同好会など。

 写真部は主に学校行事中に撮影係として活動することが多いようだ。放送関連は放送部が担当する。もちろん外部のプロも呼ぶのだが、写真部として昔から部活動の一環として組み込まれているということだった。

 部活動の紹介をした女性の部長はハキハキ喋りながらも、その見た目はクセのある長い髪に目が隠れるほど前髪が長かった。前髪のせいで顔がよく見えないというのにハキハキとした喋りをするという部分でギャップを狙ったような見た目をしていた。

 制服の着こなしもキチッとしつつ地味な装いで、説明のために持ち出されたミラーレス一眼カメラは逆に小柄な写真部部長に似つかわしくない立派なものだった。華奢そうな見た目だが、カメラを構えるポーズは手慣れた風に見えた。


「ちょっと考えてみるよ。写真を撮るのを始めたのは一年も経ってないから、趣味程度なんだけど。住道すみのどうさんはどの部活はいるんだ?」

「私は、そうですわね。茶道部でしょうか。華道は家でやっていますし、運動部は家の都合であまり時間が取れませんので」

「おお、やっぱりお嬢様だ」

「ふふふ、そんなものではないですの。ただ母が好きなので私も好きになったのですわ」


 想像してみると着物を着た住道すみのどうさんは似合っていると思えた。彼女は否定したが、やはりお嬢様なのだろう。住道すみのどうといえば、と考えるが学校に変な気遣いを持ち込むつもりはないので、記憶を探るのを辞めた。

 彼女が華道で使う花について説明してくれているところに、もう少しでチャイムが鳴ると言った時間ギリギリに放出はなてんが姿を見せた。


「いやー、ぎりぎりだわ。おはよう折川!」

放出はなてんおはよう。ぎりぎりだな」


 挨拶を返せばチャイムが鳴り、担任が余裕を見せながら姿を見せた。そういえばとチラリと盗み見るように視線を動かせば、教室の後ろの席に目立つ金髪の少女、鯰江なまずえ唯彩ゆいさが座っている。彼女は俺の視線に気づいたのかひらひらと手を振ったので、俺は小さく会釈しておいた。

 本当にクラスメイトだったらしい。


 それでクラスを改めて観察するために見回してみれば、髪が金髪なのは彼女だけだ。

 それを見るとやはり思う。唯彩ゆいささんは弾け過ぎではないだろうか?

 俺の意見を肯定するように、担任の声が響いた。


鯰江なまずえさん、……で合ってますか?」

「はいはーい、合ってまーす!」

「……そうですか。はい、まあ一年生の一学期からというのは珍しいですが、大丈夫です。はい、それでは出席を取ります」


 困惑した表情をした担任のそんな言葉で、確かに染めても校則上問題はなく許されるらしいとクラス内が理解したのだった。しかし、困惑した担任の反応を見たからこそ、俺も理解した。やっぱり弾け過ぎなんだなと。


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