第3話 金髪のクラスメイト

 声をかけてきたのは俺と同い年だと思われる少女だ。

 同い年かもしれないが、やはり整えるのに手間がかけられた綺麗なウェーブがかかった金髪だと、日常的に見てきた黒髪の中学生や高校生と同い年と言われても全然印象が違っていた。

 顔も整っており、ハッと人の目を引く印象を俺に与えてくる。

 大急ぎで来たためか息が荒い彼女に、一声かけた。


「息整えてもらって大丈夫だから」

「ハアハア、ごめんなさい。ありがとうございます」


 ゆっくりと息を整えようとする彼女を待った。

 上にミントグリーンのTシャツを着ているのが、ファスナーが胸元で開かれた灰色パーカーから見て取れる。

 下は少し長めの黒のハーフパンツを履いており、だらしなさは全く見られない。 おしゃれな雰囲気が全身から伝わってくる少女だった。

 服装は動きやすい格好に見えるが、パーカーとハーフパンツにワンポイントに入っているカラーで可愛らしさをアップさせている。

 さりげないおしゃれ度合いが見て取れた俺は、咄嗟に自分自身の今の格好を振り返ってしまった。


「これは無いよな……」


 中学から着古したジャージで手抜きをしている自分が。彼女の横に並ぶとひどく気後れしてしまう。

 朝のジョギングで、あまり人に見られるという事を意識していなかった。

 莉念りねんだって、俺がこの格好でジョギングしていることに、一言言ったりはしない。本当は何か言いたかったのかもしれない。


「良かった。はい、リードしっかり受け取ってくれ」


 言葉少なに地面に下ろしたコンタロウのリードを渡す。彼女は本当に良かったとしゃがんで何度もコンタロウの背中をなでた。


「良かった、本当に良かった」


 俺に見えないようにしゃがみこんでいたが、涙がポツポツと落ちたのが見えた。泣きながら、だめだよ? と何度も何度もコンタロウに言い聞かせるように撫でており、彼女にとってどれほど大切か伝わってくる。

 しばらくして、彼女は泣いていたのを隠すように目元を拭った。

 立ち上がり笑顔を俺に向ける。


「助けて貰ってありがとうございました……! 本当に、本当に、急に別の家の庭にいた他の犬が、外まで飛び出して吠えてきたから、びっくりしたみたいで。

 あたしも、いつも通る道のつもりだったのに、そんな事が今までなかったので、リードから手を離したせいで。手を離すつもりなんてなかったのに」

「大丈夫、落ち着いて。無事だったから本当に大丈夫だよ。でも、次からも気をつけて。ここ道が細い割に車の通りが多いからさ」


 早口に捲し立てられた。落ち着いてと改めて彼女に伝える。

 植え込みが歩道を少々狭くしているが、彼女の飼い犬は道路に飛び出そうとするまでは、大人しく歩道を歩いていた。

 不運だっただけだ。


「はい、本当にありがとうございます!! それで、何かお礼でも」

「お礼なんてされるようなこともないから! 大丈夫大丈夫」

 

 ただ目の前にあった嫌な気持ちになるものを必死に止めただけ。柴犬がすでに道路に飛び出していたら、俺はきっと捕まえに行ったりしなかっただろう。

 前日、高校で頑張ろうと思ったそんな意識があったから、見過ごさなかっただけだ。

 もしも飛び出した後に、目の前の少女と出くわしたら……、そんな恐ろしい考えを振り払う。


「中学の名前入ったジャージだけど、あの、もしかして、折川君で間違いない?」

「え、俺、君とどこかで会った?」


 言及されるとやらかしたと思ってしまう。中学の頃のジャージなんて使い潰そうとするんじゃなかったと後悔しつつ、じっと目の前の金髪ギャル風の少女を見つめる。まじまじと見ても俺は一向に名前も浮かんでこない。

 俺がじっと見ているせいか、彼女は慌てたようにあわあわと手を振って、自分の顔を指でさした。


「なんでって、同じクラスだよ!!! もう全員自己紹介したじゃん! 折川君は目立ってからわかったけど、あたしは、ほら、地味だから、仕方ないかもね?」

「え、俺が目立ってた? それに君が地味?」


 まじまじともう一度、自分自身を地味だと言った彼女の姿をじっくりと見る。

 昨日、俺が行った学校で金髪女子なんて子はクラスにいた記憶が無い。

 学校全体で見ても比率はそんなにいないだろう。だったら、そもそも金髪で目立つはずだ。


「金髪、女子、居たか、な?」


 地味だと言っているが、整った顔立ちでギャルっぽさがある金髪のクラスメイトなんて、進学校であるのを考えれば珍しい部類だと思う。

 俺が首をひねっていると、彼女はあっ! と口を大きく開けた。


「そういえば、昨日の入学式は黒髪だったから、わかんないかも! ごめんごめん」

「いや、入学式終わった直後に金髪に染めるとか弾け過ぎじゃない?」

「いやー中学でも染めてたけど、入学式はさすがに目立たないようにしたほうが良いかな~って!

 あと、うちの学校って髪の規定はゆるいんだよー? ちゃんと校則は読まないと! あたし鯰江なまずえ唯彩ゆいさ! よっろしくね」


 うーん? いや、それでも一日で染めるのはやっぱり弾けすぎでは? とそんな事を思いながらも、自己紹介された俺は笑顔で答えた。


鯰江なまずえさんか、折川です。よろしく」


 彼女が一歩俺に近づいて、リードを持ってない手で握手を求めてきたので応じる。

 個人的に俺はパーソナルスペースに踏み込むタイプの人間ではないため、彼女の距離の近さにびっくりした。

 笑顔で応じれば顔の距離が近くなったため、殊更強調される整った顔を彼女は嬉しそうに笑顔にした。


「これは、運命だよ!!」

「いや、いきなりどうしたの?」

「折川君はコンタロウを助けてくれた恩人だし! 私の宝物を助けてくれる運命、これは私の運命の人ってこと。って、もう近いなぁ! 聞かないで!」


 途中声が小さすぎて聞こえなかった部分があって、耳を近づけたつもりが大きな声で思わずのけぞってしまう。

 一歩近づいてきたのはそっちなんだけど。

 思わず耳を押さえれば、彼女が可愛らしくあわあわしながら慌てたように何度も謝る。


「いや、本当にいきなりどうしたの?」

「違う、違うから。ごめん、本当になんでも良いから償いでもお礼でも、言うことを聞くでも」

「お礼は本当にいらないって、コンタロウが無事で本当に良かった。コンタロウも優しいご主人から逃げたり迷惑かけたらいけないんだぞ。びっくりしたらご主人さまを盾にして逃げるのは待とうな」


 コンタロウの頭を優しくなでてやれば、コンタロウもあたかも分かった! というように一鳴きして応える。そんな一人と一匹のやり取りに鯰江なまずえが声を上げた。


「えぇー、ちょっとひどいよ折川君!」

「あはははは、ごめんごめん。それじゃあ、俺はそろそろランニング切り上げて帰って、学校行く準備しないと」


 彼女のかわいい反応についつい笑ってしまう。それも彼女は恥ずかしそうにもうっと可愛らしく怒る真似をするので謝ってそう告げると、彼女は理解したように頷いた。


「折川君は、散歩じゃないよね。ジョギング?」

「中学の頃から朝の日課にしてるんだ。高校に入ったからちょっと距離を伸ばしたんだよね」

「え、もしかして折川君、結構遠くから来たの? 私はこの近くに住んでるんだよ!」

「いや、ルート変えただけでそんな遠く無いよ。俺の家はすぐそこ。もう少し進んだ橋を渡った川沿いにある地区に家があるんだ。大雨のあとは川の増水のせいでものすごくうるさいんだよな」

「おー、橋渡って走ってるんだ! それ結構距離走ってるよ! 私の家はこっち側の川沿いー。

 雨の後は本当にうるさいよね。窓閉めてても川の音聞こえてくるのびっくりするし。昔は家が流れちゃうって怖かったなぁ」

「ということは存外、近いなぁ。でも、俺中学の頃に金髪にしてたクラスメイトなんていなかったけど」

「あー、自己紹介で折川君は南中って言ってたでしょ? 私、別の中学だから。多分今まで接点なんてなかったんだよ。私、中学はさらに帰宅部だったし」

「そうだっけ? ごめん、本当に高校で鯰江なまずえさんの自己紹介の印象が無くて覚えてない……。

 こんな近いのに別の学校になるんだな」


 中学生で学校と性別も違えば何かしらなければ接点が生まれることは無い。

 生活範囲からほんの少し足を伸ばせば行ける距離にあっても、練習試合で訪れる別の世界にある学校というレベルで遠い存在だ。


 ……中学の頃はほぼ幼馴染の莉念りねんと過ごしていたようなものだ。莉念りねんにばかり目をやったが……、結局幼馴染と恋人になれず夏にフラレてはいるのだが。


「ちょっと急ぎ足になるけど、家まで送っていくか?」

「えっと、じゃあ途中まで。コンタロウも走ったりすると喜ぶんだ」


 並んで少しばかり早足で歩けば、彼女の言う通りコンタロウは嬉しそうにぴょんぴょん俺たちの先導をしだした。

 彼女は嬉しそうなコンタロウの姿を見ながら、かわいーと小さな声で笑う。


鯰江なまずえさんは」

「あ、そだ! 唯彩ゆいさでいいよ。ほら、鯰江なまずえさんってキャラじゃないじゃん? だから、友達になった皆にも下の名前でって言ってるんだー」

「あー、じゃあ唯彩ゆいささん」


 彼女が金髪を一房つかんで、そんな風に笑った。まあ、確かにと俺も内心で頷く。

 幼馴染を下の名前で呼んできたから、女の子の名前を呼ぶ事自体に恥ずかしさで詰まることはない。が、それでも初対面の女の子を下の名前で呼ぶということはしたことがないので、少々ためらいはする。

 なんだかんだ、名前の呼び方を変えるのは、色々と手順を踏む必要があると思う。

 実際、昨日話しかけた住道すみのどうさんは住道すみのどうさんとしか呼ばなかった。


「うん! よろしく、ひさ君」


 だが、唯彩ゆいささんからそんな仲睦まじそうな距離感で名前を呼ばれるとは思わなかった。そこに俺はちょっとびっくりする。彼女は俺がびっくりした事で、嫌だと思ったのかごめんねと慌てた。


「もしかして怒る、女の子がいる、とかかな? それだったら、怒らせたくないから呼ばないよ……?」

「いや、もちろんそんな人はいないけど……、名前呼ばれたからびっくりしただけ。他に呼ばれたこと無いからさ」

「そう? それなら良かった!」


 彼女が探るような目をするが、俺は改めて大丈夫大丈夫と答えれば、彼女が納得したように何度も頷いた。

 ひさ君なんて、尚順ひさのぶと名前をそのまま呼ばれるよりも一歩近く感じられた。互いの関係について、周りから見れば日頃から仲が良い存在に思える呼び方だ。

 莉念りねんから呼び捨てはされてきたが、子供の頃ならいざしらず、こんなふうに愛称っぽく女子から呼ばれるのは初めてだ。

 少しばかり気恥ずかしい。

 でも、きっと彼女にとって普通の距離がこんな感じなのだろう。俺が慣れるべきことだと考えて受け入れる。

 気さくに唯彩ゆいささんとおしゃべりしていれば、彼女が立ち止まった。


「私の家、ここなんだ! コンタロウが遊ぶ広々としたお庭スペースがあります!」

「あはは、コンタロウの領有範囲が広いね。確かにお互いの家で歩いてこの距離ならご近所さんも正しいかもな」


 今の時代、表札を付けない家も多くなっているが、塀と繋がっている門柱には表札がかかっており、たしかに鯰江なまずえと書いてある一軒家があった。俺の家よりもこじんまりとしているが、周辺を見れば標準的な家の大きさだった。


「お、そんなに近いんだ? ひさ君の家はどこかな。橋渡ったってことは川の向こうでしょ、見えるかな?」

「俺の家は川を挟んだちょうど向かいにあるんだ。あの大きな屋敷の隣」

「うわ、あのお屋敷みたいな家の隣なんだ! 本当に真向かいじゃん。川が間にあるけど!」

「俺もびっくりだよ。川がなければお隣さんだったかもな」


 もしも川がなければ、幼馴染が莉念りねん唯彩ゆいささんの三人で幼い頃から過ごしていたかもしれない。

 そうであれば、中学生の頃の俺は莉念りねんのみに目を向けて、莉念りねんを最優先事項にして熱をあげて過ごすのも減ったのかもしれない。


「ふふ、ひさ君とあたしが幼馴染ってやつ? ちょっとざーんねん! うーん、川挟むだけで全然違うんだねー。橋を渡って遊ぶ友達とかも、そういえば居なかったなぁ。それじゃ、また学校でね! 遅刻したらダメだよ」

「ははは、まだまだ余裕だって、ありがと。また学校でな。唯彩ゆいささんも遅刻しないように」


 彼女の軽快な笑顔で見送られながら、俺はまた軽いジョギングをしながら家に急いだ。時計を確認すれば、いつもよりも終えるのが遅くなってしまった。

 心機一転、友人を増やしていこうと思っていた中で、新たな出会いがあったことに高校では新たな一歩が踏み出せるそんな予感がしていた。

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