94話 華実「一緒に入りに来てよ」

 浴衣を来て美しい少女が二人、ゆったりと座布団に座って机にノートを広げて俺たちを迎えた。


「おかえりー」

「ただいま、戻りました。二人共、浴衣、可愛いですよ」

「そ、そう。ありがとうゴールデンウィークも浴衣だったね」

「ふふ、折川おりかわ君ありがとうございます」

「ず、ズルい……」

「でも、浴衣って、もうお風呂入ったんですか?」

「違うよー。ここから露天風呂は少し窓際に寄ったら見えるんだから、尚順ひさのぶ君が帰ってくるタイミングわからないのにするわけ無いでしょ~。でも、ゆっくりしようと思ってね。尚順ひさのぶ君たちも着替えたら?」


 俺は考えたが、お風呂に入ってからゆっくり浴衣を着たいと思って首を横に振った。華実かさね先輩はそれは残念と言って、春日野かすがのが迷って、


「き、きき、着替えて来ます」


 いそいそと浴衣を持って、自身の荷物のある寝室へ向かったようだ。アメニティを確認すると、人数分以上に浴衣が置いてある。お願いしたのだろうか。


「とりあえず。二人は明日からのスケジュールの確認してるんですか?」

「そうだよー。尚順ひさのぶ君も参加して」

折川おりかわ君、早く早く」


 俺は急かされて、自然に華実かさね先輩の隣に座る。少しだけ離れて座布団に腰を下ろしたが、華実かさね先輩が寄ってきた。せんりが冷たい笑顔をしながら、そうですよねと言った具合で俺を見つめてくる。

 華実かさね先輩がパラパラとノート開く。


「まず誰の確認するんですか?」

「朝に撮りたいのは、井場ちゃん、尚順ひさのぶ君、私だね。昼の時間帯はみんな。砂浜の場所はもう一度、人のいない区画の確認が必要」


 ノートに書かれたタイムスケジュールを見る。明日の天気予報は晴れだが、雲の量で日差しの強さも変わるので気をつけねばならない。


「俺のモデルは、せんりですね」

「ふふ、折川おりかわ君にモデルしてみて欲しいと言われた時、すごく嬉しかったんですよ?」

「でもそのせいでせんりが写真部として活動の時間が削れるから申し訳ないよ」

「短い時間でパフォーマンスを高めて挑戦する、良いことだと思いますよ」

「運動部っぽい意見だねー。尚順君は午後に私をモデルでも撮るから、頑張ろうね」


 華実かさね先輩のスケジュールはスカスカだ。ゴールデンウィークの撮影旅行の華実かさね先輩は、できる限りのスケジュールを組んで、俺も組んで二人きり時間を作り上げていた。確かに他に部員が居る。だけど、こんなにもうほぼ何もしないのを見せられると寂しかった。


華実かさね先輩は、」

「うんうん、部長らしくみんなの活動を管轄するのに全力そそぐよ」

「そう、ですか」


 春日野かすがのもまだ風呂にも入ってないのにいやに色っぽく浴衣を着こなして姿を見せて、撮影スケジュールの確認を行う。

 華実かさね先輩はたしかに彼女の言う通り、他二人にアドバイスするなどしっかり部長として対応してくれた。だけど、彼女がカメラを構える時間は本当に短いままだ。


 ひと通り確認を終えて、う~~んと手を伸ばして終わったーとくつろぐ華実かさね先輩が言った。


「まず私お風呂入らせてもらうね。ここからだと見えないけど、もしもで尚順ひさのぶ君に裸を見られたくない人は尚順ひさのぶ君を居間から追い出すように! あと一人ぐらい一緒に来れるけど、入る人いる?」

「私は、一人で――」

「はいはーい、私が春日野かすがのさんと入ります! でも、部長は見られても良いんですか?」

「角度的に見えないでしょ。まぁ私は恋人だし、エッチしてるから平気」


 さらりと言って、彼女は俺に見えないように下着などを持って浴室に向かう。浴室側から通じる扉の先に露天風呂はあった。

 俺はため息をつくが、せんりと春日野かすがのが冷たい視線を送ってくる。俺にどうしろと言うのだろう。

 針のむしろだ。


折川おりかわ君って、大胆な彼女と付き合ってますねぇ」

「……あんまりそういうのは良くないと思う」

「伝えておくよ」


 華実かさね先輩が露天の風呂に入ったのだろう。カラカラと横開きの扉を動かしたのが聞こえる。


「うわ、思ったより聞こえるのでドキドキしますね」

「いや、しないけど……」

「そういえば、いつから部長と付き合ってるんですか? そういう話をしたことないですね」

「私も、あんまり聞こうとしてなかった、かな」


 話題になって、たった三ヶ月前なのにひどく懐かしさに襲われた。あの頃は、華実かさね先輩は写真部が大切で、カメラで撮影活動をするのを大事にしていた。


「ゴールデンウィークに藤の花を写真に撮りに行った時に、俺から告白した」


 ダンと春日野かすがのが机を強く叩いた。せんりがびっくりしているが、春日野かすがのの表情は無表情で内心をうかがい知ることは出来ない。


春日野かすがの、手、大丈夫か?」

「うん? ああ、大丈夫大丈夫。虫でもいたから」

「……部長と出会って一ヶ月もしないぐらいなのに、そんな早く告白したんですか?」

「ああ、俺の、写真を撮る話を聞いてもらって、華実かさね先輩と一緒に写真撮っていて、すごく楽しかったんだ。写真を見せてアドバイスもらったり、感想をもらったり。だから、」

「へぇ~、良いですね」


 せんりがニコリと笑う。そうだよなと俺も自分の言葉に頷いた。華実かさね先輩を好きになった時のことを思い出す。あの赤い瞳が俺の内心を全部見抜いてしまうのではないかという不安と同時に、大事にしているモノを言葉に出す前にわかってもらえる嬉しさに、惹かれていたのだ。

 だから、その喜びに、せんりの言葉が冷たく水を掛けて苦しませてくるのも、仕方のないことかもしれない。


「でも、今は、あまり一緒に活動出来てないですね」

「そうかな? 一緒に部活動してるし、」

丸宮まるみや部長って、前はもっとカメラ持ち歩いてたよね」


 春日野かすがののなんとなく思い出したような言葉に、せんりが思い出そうとするのか、うーんと考えこむ。しばらくしてから、手をポンと叩いた。


「確かに、茶道部に顔を出す時も最近はカメラ持ってない事が多いですね」

「そうかな? いつも持ち歩いてるよ」

「ううん、折川おりかわも見てるのに気付かないんだね」


 俺は答えずに、愛想笑いで誤魔化して、立ち上がった。


「どうかした?」

「女子のお風呂は長くなりそうだし、俺は本館の大浴場行ってくるよ」

「えぇ~、春日野かすがのさんと私と一緒に入ればいいじゃないですかー」

「う、うぇ、うぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「せんり、春日野かすがのを困らせて遊んでるでしょ」

「あれれ、バレちゃったんですね」

「も、もう、こういうのダメだと思う。陽キャ、苦手」

「陽キャじゃないですよー」


 春日野かすがのが軽い力でパシパシとせんりの背中を叩くのを、せんりは楽しそうに笑って受け止めていた。


「それじゃ」

「はーい、折川おりかわ君いってらっしゃい」「折川おりかわ、私達が入ってる時に、戻って来ないでよ」

「あははは、分かったよ」


 俺は着替えを持って、本館にある大浴場へ向かった。自分の荷物の中にあるスマホを確認すると、華実かさね先輩がお風呂に入る前にメッセージを送ってきたみたいだ。


『こっそり目を盗んで、一緒に入りに来てよ』


 そんな事できるわけがない。華実かさね先輩はどうしたんだろう。俺は悲しくなりつつも、見れるか分からないが、メッセージを送る。


『本館の大浴場行ってきます』


 彼女はスマホを持ち込んでいたらしい。すぐに既読になって、華実かさね先輩が了解とだけ返してくれた。良かった、怒ってはいないみたいだ。


 大浴場へ向かうと少々騒がしい。人が多いのだろうか。

 身体を洗って、広々とした湯船に浸かる。人が固まっているところには視線を向けず、大人しく端だ。


住道すみのどう様がきれいで」「この中で誰かがモノにしてみせる」


 ……タイミングが悪かったか。どうにも住道すみのどうの集まりの学生が居るタイミングだったようだ。鳳蝶あげはは部屋に来ていないが、打ち合わせなどでもあってまた来られないのかもしれない。


「げっ」


 視線を外していたが、一人が俺を見て驚いた顔をした。誰だろうと思えば、田中だ。


「こんばんは、田中君、偶然だね」

「……なんで委員長がここに?」

「写真部の活動で、海に行こうって事になって、うちの部長がここを選んだら偶然被ったみたいだよ」

「ふーん」

折川おりかわ


 田中は偶然という言葉に、そんなこともあるのかと、なんとなく納得した風だったが、棚田がじゃぶじゃぶとわざわざ近寄ってくる。話をする仲でもあるまい。しかしながら、お湯に浸かったばかりだからすぐに出るのもな。なんとも間が悪かった。


「お前が学級委員長をしていて、住道すみのどう様と仲が良いように振る舞うのは気に食わないが、」


 いや、会話がいきなりすぎる。……せっかくの旅行でようやく心落ち着く一人になれたのに、絡まれるとげんなりしてしまう。


「そう、か。それは申し訳ない」

住道すみのどうには将来の住道すみのどうのあり方を考える必要がある。部外者がしたり顔で横に立つのは迷惑だ」

「……そう。それは申し訳ない。俺は学校の学生らしく友人として過ごしているだけだよ」

「友達と言う割に、馴れ馴れしいから言っている」

「……それは申し訳ない。改善しよう」

「分かれば良いんだ。住道すみのどう様は茶会からさらに住道すみのどうグループの結束を考えて、今回のような集まりも企画してくださっている。部外者が立ち入る部分なんて無いんだ」


 本当に面倒だ。企画させられたのであって、結束のために企画はしてないと鳳蝶あげはから相談された。俺は曖昧な笑みを浮かべて、頷く。


「そうなんだ。それは、頑張ってるんだね」

「ああ、だから、今日偶然来たことは目を瞑ってやる」

「うちの部長が選んで、偶然日程が被っただけなのに、文句を言われてもな」

「ふん」


 それだけで、またお湯をじゃぶじゃぶとかき分けて、元の集団へ戻っていった。中学が一緒だった人はどうやら居ないようだ。ホッとして、俺はじっとお湯の熱を身体に感じる。


(夜は、鳳蝶あげははどれぐらいに部屋に来るんだろう。鳳蝶あげはが来たら話ぐらい聞いてあげたい。話し自体、俺もしたい)


 せんりがチクチクと華実かさね先輩に突っかかるように会話することに疲れてしまう。華実かさね先輩もだ。じゃあ、二人を離して、どちらかと二人きりになればいいかと考えても、せんりと華実かさね先輩は、俺と二人きりだとエッチしたいと迫って来て話も出来ない。

 華実かさね先輩は特に、エッチする時に話さないでと言われてから、二人きりであまり内心を話せた事が無かった気がする。せんりは抱きしめられたい、エッチしたいばかりが優先で、会話なんてほぼ求められない。

 ……俺が悪いのだろうか。二人きりで会うと、エッチしたいと望まれるのは何故なんだろう。

 そんな彼女らとの逢瀬で疲れても、夏休み前は自宅に帰って夕食後に莉念りねんと話せるから良いけれど、旅行をすると莉念りねんが居ない。

 夏休みになってから莉念りねんも忙しいと、俺と合わなくても構わないのか毎日は家に居ない。あまりに寂しかった。だから、鳳蝶あげはと二人きりになったら話したい。鳳蝶あげはは忙しくても話したいと伝えると時間をくれる。


鳳蝶あげははエッチもしたがるけど、話をしてくる。聞いてくれる)


 鳳蝶あげはに会いたい。そんな言葉が湧き出てきた。

 俺は思ったより長湯になって、ゆっくりと本館から別邸の部屋に戻った。


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