93話 本当に節操ないですね

 夕食は結局ホテルのレストランを利用させてもらった。みんな海の塩でベタついていたので、特に女子のシャワー時間が長く掛かったためだ。皆が入った後に、俺が最後入ってシャワーを浴びてからせっせと風呂を掃除する。露天風呂は今から入るとゆっくりしすぎてしまうという事で、皆内湯のシャワーでささっと身体と髪を洗い終えた。

 その時アメニティが豪華だと女子の三人が盛り上がっていた。とてもいい香りがするのは素直に同意した。

 夕食後に内湯を使うのも考えて、かるく流したりしたが時間がかかってしまった。レストランに食事行くのは、華実かさね先輩自体はがっかりしていた。


「ふぅ~、ようやく尚順ひさのぶ君に私の料理スキルを発揮して振る舞えると思ったのだけど、残念だね」

「でも、二泊するから機会はありますよ、多分」

「井場ちゃんは適当だねぇ。その時はみんなに振る舞ってうならせてあげるよ」

「部長の腕前、楽しみにしてます!」


 せんりの物言いに華実かさね先輩が笑った。



 カードを見せれば、コースは規定のものを用意させていただきますとスッと従業員は下がった。テーブルに付いた俺たち四人は思い思いに出された水をちびちびと飲む。四人席のため、二人ずつ並んで向かい合って座った。俺は春日野かすがのと隣だ。正面に華実かさね先輩の顔があるので、きれいな恋人の顔を見ながら食事をできる。


「おしゃれ。私、場違い過ぎて困ります」


 春日野かすがのがほけーと座っている場所の豪華さと合わせた、内装の豪華さを見てそうつぶやく。確かに想像よりも豪華な作りで、私服で来た俺たちは浮いている気がする。半個室で良かった。ホテル内の一部と考えれば、わざわざスペースを取る半個室づくりな時点で高い部類だろう。


「レストランが二箇所あって自然とこっちに通されたんですけど良かったんでしょうか」

「いやまぁ、すぐにこちらにって言われたから、良かったんじゃないかな……」

尚順ひさのぶ君、住道すみのどうさんに何のお願いをしたの」

「そうですよー。友達を呼ぶにしたら過剰じゃないですか」


 華実かさね先輩が、何かしらで鳳蝶あげはに嫉妬しているのは分かる。けど、昨日もエッチしたのに、華実かさね先輩は何が不満で嫉妬しているのだろう。

 エッチして気持ちよかったら、愛と好きを感じられるからと言っているのは先輩なのに……。


「まあ、鳳蝶あげははお嬢様だから、普通かもしれないじゃないかと」

「むぅ、そう言われると、住道すみのどうさんの意識聞かないとわからないけどさ」

「でもでも、住道すみのどうさんと仲の良い男子って、折川おりかわ君だけですよね」


 俺はせんりがどうしてそんな事を言うのか分からなかった。秘密を暴きたいのだろうか。彼女が秘密の一端を占拠しているのに、彼女自身が率先して何かしらぶち壊したいのだろうか。

 息がわずかに早くなってしまう。隣に座っていた春日野かすがのがテーブルの下で、俺の手を心配しそうに握った。違うんだ。そんな事をしてもらう必要はない。

 スッと俺が手を離すと、春日野かすがのがしょんぼりとする。分からない。心を落ち着ける。恋人は華実かさね先輩で他はセフレのような友達だ。この中で一番気を使うのは華実かさね先輩だとしっかり定める。


「あははは、鳳蝶あげはは前も話していたけど、他の男子が大抵婚約がどうの言うから、まず言わない人じゃないと仲良く出来ないって困ってたよ」

「うわ、知らない世界です」

「だよね」

「なるほどね、お嬢様だと、そんな目に会うなんて大変だね」

「でもでも、それなら婚約者が入れば良いんじゃないですか」


 せんりが良く食いつく。珍しい。学校では鳳蝶あげはに直接的に話題にしないから、気になったのだろうか。そんな話題に、華実かさね先輩も、たしかにねと頷いた。だが俺は首を横に振って否定する。


「婚約者って、今の時代に時代錯誤でしょ」

「そうですかー? でも、学校で男友達作る時に思い悩むぐらいなら居たほうが楽だったんじゃないですか」

「どうだろうね、夜、鳳蝶あげはは一緒の部屋なんだし聞いてみたらどうかな?」

折川おりかわ君、たしかにそうですね! 茶道部や学校の教室では聞けない女子会、楽しみですね、部長」

「うぇ!? あ、私も? そ、そうだね。春日野かすがのちゃんも、逃げないでね?」

「う、わ、私もですか」


 俺はなるべく聞こえないところに居たいなと思いつつ、コースの食事が運ばれて俺たちは舌鼓をうった。


「美味しいけど、お腹いっぱいです。女子には多すぎます」

「確かにちょっと多かったね」

「あの、私、ちょっと、トイレに」


 レストランを出て別邸の部屋に戻る前に、緊張なのかどんどんとお茶を飲んでいた春日野かすがのが恥ずかしげにトイレに向かう。待っていようかと、俺達が雑談しながら一階のフロント前にあるホールで待っていると、女子の集団が上階から降りてきのか姿を見せる。

 華実かさね先輩とせんりが騒がしい声にそちらへ体ごと視線を向ける。


「ん?」


 先頭にいた女子がこちらに視線を向けて、驚いた表情をする。俺は誰かと思って考えてから、学校であらたに生徒会長になった女子だと思い出した。確か中学も一緒だ。名前は覚えていないが、なぜかスッと顔が記憶に出てきて、同じ中学だったと思い出された。

 慌てた。

 背後からせんりの肌に触れながら小さな声で耳打ちをする。ぶるりと、興奮からかせんりが身体を震わせて頷いた。


華実かさね先輩とせんりは先に戻って欲しい。俺は春日野かすがの待つよ」

「了解です。部長行きましょう!」

「え、何々?」


 そのまま華実かさね先輩がよくわからないまま、ズルズルとせんりに引っ張られていく。ホッとして、自分の最低な行動が俺を苛む。

 集団から一人を連れて、彼女が近づいてきた。


「こんばんは、折川おりかわさん、どうしてこちらに?」

「あー、こんにちは、生徒会長だったでしょうか」

「ふふふ、四條畷しじょうなわての腰巾着は人の名前も記憶も覚えてないのかな?」

「……中学では四條畷しじょうなわて以外に興味が無かったもので」

「人を手ひどく拒否した人らしいですね」


 拒否? 拒否とはなんだろう。本当に記憶にない。切れ長の目に、長い藍色の髪が美しい。冷たい眼差しで俺をみつめていた。


「俺は今日は写真部の撮影旅行で来てます」

「写真部、こんな高いところを? こんな繁忙期にですか?」

「ええ、まあ、人数が少ないので出せる人だけ」

「……ああ、私のクラスにも写真部の幽霊部員がいましたね。新しく入った一年男子が引っ掻き回したって愚痴ってましたよ」

「引っ掻き回したって、何もしていませんよ」

「そうでしょうね。でも、折川おりかわさんの行動はそんなものではないかしら?」

「そんな、つもりは、無いですが」


 スッと、俺に一歩近づいて耳打ちしてくる。彼女の背後にいる茶道部で見たことがある先輩女子が、不快そうに俺を睨んでいた。


四條畷しじょうなわてさんに冷たくされたら、高校では住道すみのどう様にご執心ですか? 本当に節操ないですね、あなたは」

「いや、だから、違いますよ。俺は華実かさね先輩と付き合っていて」


 そう答えた瞬間、俺から身体を離して、びっくりしたように俺を見ている。


「恋人? あなたに?」

「そうですけど」

「……あっそう」


 イライラした態度で行きましょうと女子に声を掛けて、離れていく。どうしたのだろうか。春日野かすがのがようやくと言った具合で俺の近くへ戻ってきた。


「何、あれ。なんで折川おりかわ、あんな密着してたの?」

「見てたんなら、すぐに戻ってきてほしいんだけど」

「……ふんっ。戻ろ」


 元カノは案外物分りが良く、俺が答える気が無いのがわかったようで、歩き出した。その後ろをついていく。すぐに睨まれた。


「隣歩きなさいよ」

「ごめん」


 んっと、手を差し出される。短い距離でも手をつなぎたいということだろう。……キスをしろと横暴な事をいきなり言ったりするが、春日野かすがのは恥ずかしがり屋で、他のみんなとは違って、こんな些細なつながりに顔を真っ赤にして嬉しそうにしているように思える。

 ……もう戻りはしないのに。

 春日野かすがのは何を求めてるんだろう。分からない。せんりほど、露骨に身体の関係が欲しい気持ちよくして欲しい、抱いて欲しいと請われるならわかりやすいけれど、春日野かすがのはずっと分からない。セフレなのに。

 傷つけて、嘘をついて、黙っていてとお願いした俺に、春日野かすがのは何を求めているんだろう。キスをするのは女友達ではありえないから、春日野かすがのがセフレではあるんだ。


 別邸の入り口が見えてきて、スッと手を離す。入り口近くは少々騒がしい。若い人が多いようだ。


「同じ年ぐらい?」

「そう、みたいだ。なんだろう。これが鳳蝶あげはの言っていた集まってる学生ってことかな」


 俺はその横を抜けようとしたところで、こそこそとささやきが聞こえた。


折川おりかわ? ……折川おりかわ? なんでいるんだ?」「折川おりかわの家って住道すみのどうグループに関係あるの?」「いや、そもパーティーに居なかったから偶然では?」「偶然でここ?」


 春日野かすがのが「えぇ」という困惑顔をしながら、俺はそれらの囁きを無視して、さっさと三階につながるエレベーターに向かう。三階へ直通のため三階の部屋を俺たちだけが使用する関係上決して近づかれることはない。


「はぁ、折川おりかわって目立つよね」

「そんなつもり無いようにしてるんだけど」

「あいつの傍に暴力振るわれても、ずっと居たりする時点で、知ってる人から目立たないわけ無いじゃん」


 小さな声で春日野かすがのがつぶやく内容は分からなかったので拾わなかった。春日野かすがのはそれで構わないのか、エレベーターの中で、俺につぶやく。


「キスしなさいよ」


 ため息をつきたくなって、俺は彼女に触れ合う程度のキスをした。そして、ちょうど三階に着く。それだけで満足したのか、頷いた春日野かすがのが部屋へ続く扉を開けた。


「二人とも遅いよー」


 居間の和室で部屋着用の浴衣になっていた華実かさね先輩がそんな声をあげた。机の上にノートが置いてある。

 俺はノートの見て嬉しくなった。撮影スケジュールの確認だ。華実かさね先輩が写真を撮ろうという気持ちになってくれたのが嬉しかった。だから、先程のエレベーターでキスをねだられたがっかりした気持ちも吹き飛んで、華実かさね先輩の傍に寄って行った。

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