92話 華実「夜、楽しみだね?」

 浜辺には通常の観光客も居る。そこへ俺たちは水着を着て降りていった。今日は撮影のスケジュールは無い。

 観光客が居るためカメラの持ち込みも禁止だ。男の場合はスマホを持って撮影の動作をするだけで、しょっぴかれるだろう。女性は自撮りなら、なんとなく許される風潮だ。

 暑い太陽光が照りつける。

 ホテルでどうぞと割り当てられたパラソルがあるエリアに荷物を持ち込む。持ち込むと言っても、日焼け止めなどの小物ぐらいだ。


「ほら、海に行くよ!」


 恋人が俺の手を取る。小柄だがしっかりと女性の体つきをしている華実かさね先輩は、黒のビキニを恥ずかしげもなく俺に見せて、微笑んでいる。俺が何度も手で、指で触れてなぞった身体のラインが、今日は衆目の下にさらされていた。

 せんりと春日野かすがのも可愛い女子だが、やはり華実かさね先輩は一歩以上抜きん出た顔の美しさを見せつけている。白い肌は真夏の太陽の下に晒して良いのか、彼女を視界に入れる男女を不安に指せるほど蠱惑的だ。


華実かさね先輩」

「部長~自分だけズルくありませんか?」

「むぅ、恋人を誘って何か悪いのかな?」

「写真部の~、みーんーなーで、旅行に来てますよね?」


 春日野かすがのが恥ずかしげに俺の隣に並んでくる。華実かさね先輩と比べるとかなり落ち着いたデザインの水着だが、春日野かすがのが恥ずかしがっているのを見れば春日野かすがのにぴったりだ。彼女があまり肌の露出をするイメージは無い。

 華実かさね先輩が俺の手を離して、不満を言ったせんりと向きなおって挑戦的な笑みを浮かべた。せんりは長い髪はそのままに赤いビキニ型の水着にパレオを腰に巻いている。


「井場ちゃんはしっかりものだね」

「ふふふ、丸宮まるみや部長は美人なので確かに恋人を連れていないと不安なのはわかりますけど、春日野かすがのさんだって美人なんだから、私達置いてかれたらナンパされちゃうかもしれないんですよ? 不安で苦しくなっちゃいます」

「確かに春日野かすがのちゃんは気が強そうに見えて、いざ声をかけて話すと押しに弱いからね。確かに心配だ。尚順ひさのぶ君は、私達がナンパされたら不安かい?」

「……みんな可愛いからそりゃ不安ですよ」

「そうだよね、君の物を取られたくないよね」

「あははは」


 硬い笑い声しか出せなかった。笑みで誤魔化そうとした。

 確かに、自分のモノではないが、彼女たちが他の男達を優先する姿を見せられると、心がズキッと痛むだろう。

 ……なんて自分自身がみっともない人間なのか、度々考えてしまう。

 だけど、そんな自分を、彼女たちは笑顔で見つめている。笑ってごまかせることではなく、俺はしっかりと答えざるをえなかった。

 きっと俺が手放しても良いとあけすけに言うと、せんりも春日野かすがのも傷つくのだ。傷つくと分かっているのに女子に優しくしないのは間違っている。


「写真部の仲間だから、みんなには離れてほしくないですね。可愛いみんな好きなので。華実かさね先輩は美人を撮るのが好きですよね。写真部にいる逸材がもったいないのでは?」

「……うーん、ひどい男だね。ま、人がいるビーチでは撮影は禁止だから! 遊ぼうか!」


 華実かさね先輩の言葉に、せんりと春日野かすがのが賛同する。華実かさね先輩が先程よりももっと強く俺の腕を取って、走り出した。


  φ


 時間的には夕方となった時間、徐々に浜辺から人がはけていく。俺たちも海で遊ぶのに満足しつつ、近くに設置されているパラソルの下で戻る前に一休憩をしていた。

 せんりと華実かさね先輩の距離が近く、春日野かすがのがジト目でこちらを見ている。元カノからの視線が痛いが、それ以上にせんりの笑顔を笑顔で見ている華実かさね先輩も怖い。……もしかして華実かさね先輩は、でもバレないように行動していたつもりだ。そこへ俺はずっと会いたいと伝えていた少女が姿を見せる。


「みなさんご機嫌よう」


 日傘を差して、優雅に砂浜をサンダルで踏んで歩く。ハーフアップの髪が夏の風に揺れていた。ワンピースはうっすらと淡い青色に染められており、夏らしく爽やかで美しい。


鳳蝶あげは! 久しぶり」


 俺は立ち上がり、彼女に近づく。鳳蝶あげはが可愛い笑顔で俺を嬉しそうに見ている気がした。可愛いな。


尚順ひさのぶさん、本日は来てくださってありがとうございますの」

「こちらこそ、撮影旅行の場所も悩んでたから、華実かさね先輩と来る事が出来てよかったよ」

「そうですの。丸宮まるみやさん、こんにちは、今回はわざわざ撮影旅行でご利用いただきありがとうございますの」

「いやいや、こちらこそ、想像よりも素敵な場所にかなり都合を付けてもらってありがとう」


 しぶしぶと言った具合で華実かさね先輩が笑顔で鳳蝶あげはの元へ寄ってくる。


「夕食は別邸のスイートルーム内にあるキッチンを使い自分たちで作るでも、ホテルのレストランでもどちらでもご利用くださいですの。尚順ひさのぶさん、部屋に置いてあるカードで利用できますので、確認くださいね」

鳳蝶あげはありがとう。夕食、鳳蝶あげはは忙しいのかな?」

「申し訳有りませんの。住道すみのどうの学生の集まりがあって、昼にも集まっていましたが、夕方も集まって簡単なイベントがありますの」

「あー、それは大変そうだね」

「そうですが、尚順ひさのぶさんが来られたので良かったですわ」

住道すみのどうさんは大変そうだね。一緒に出来なくて大変だけど」


 華実かさね先輩が応じたので俺は素直に下がった。鳳蝶あげはがしょんぼりしたがすぐに笑顔で、華実かさね先輩に向き直る。


「そうですわね。けれど、夜はそちらへお邪魔いたしますから」

「うぇ!? な、なんで?」

「申し訳有りませんの。事前に話しがいってませんでした? 私の利用する部屋に余裕があるので皆さんを呼んだ関係で、お話した値段で呼べてますの」

「いや、そういうのは申し訳ないよね。だったら、別の」

「申し訳有りませんの。もうホテルも他も空きがなくて」

「そ、そう。……わざと?」

「どうかしまして?」

「いいや、何でも無いよ。……こちらが相部屋にしてもらった関係というなら、まあ、大人しく利用させてもらうよ。でも、住道すみのどうのお嬢様が男子と同じ屋根の下はどうなのかな?」

「まあ、そんな事言ったら、皆さんがいらっしゃるから大丈夫でしょう? 丸宮まるみやさんにご納得いただけてよかったですの。井場さんもお久しぶりですの。お元気でした?」


 華実かさね先輩の追求をさらっと流して、鳳蝶あげはがせんりに話を振れば、せんりが小さく手を振った。華実かさね先輩は追求しようか迷ったようだが、俺をちらりと見て食い下がるのを辞めたようだ。おそらく俺一人だけ追い出すことになるんじゃないかと考えたのかもしれない。


住道すみのどうさんお久しぶりです。住道すみのどうさんこそ、夏休みの茶道部に全く参加出来てなくて大変じゃなかったですか? 良かったら、夜に時間があれば住道すみのどうさんの話聞かせてくださいね!」

「ええ、わかりましたの。そちらの、」

春日野かすがのです。よろしく」


 ふんっと手短に挨拶するだけの春日野かすがの鳳蝶あげはが苦笑いをした。あまり対応したことのないタイプなのかな。


「ああ、鳳蝶あげは、ごめん。春日野かすがのはいつもこんな感じだから」

折川おりかわ!」

春日野かすがの、落ち着いて。実際いつもこんな感じでしょ」

「うぅぅぅぅ、そうだけど!」

「ほらね」

「まあ、そうなんですのね。嫌われているのかと思って驚きました」

「なれるまではこんな感じだから」

「そうであれば、春日野かすがのさんよろしくお願いしますの」

「違う!」


 ふんっとそっぽを向いてしまった春日野かすがのに笑って、鳳蝶あげはが時計を確認する。


「申し訳ございません。また次の集まりの準備をしないとダメですので、この辺で。本当に挨拶だけになってしまい申し訳ありませんの」

「ああ、いや、住道すみのどうのお嬢様が、対応で忙しいだろうに、わざわざありがとう」

「それでは夜、またお話しましょうね」

鳳蝶あげは、また夜に」

「ええ!」


 華実かさね先輩の後に俺が声をかけると嬉しそうに返答してくれて安堵する。もっと話したいという気持ちが湧き出してくる。

 鳳蝶あげはが手を振ってから、浜辺を立ち去る。その後姿をつい熱っぽくみていたら、華実かさね先輩が俺の手を掴んだ。せんりと春日野かすがのが不思議そうな顔で俺を見ていた。どうかしたのだろうか。


華実かさね先輩、どうかしました?」

「なんでもないよ。もう少ししたら日もどんどん傾くし、部屋に戻ろうか」

「はい、楽しかったですね。みんな可愛いかったし」

「もう! 尚順ひさのぶ君が私達三人を熱っぽく見てたのは分かっているよ」

「言い方、ひどい言い方をするのは辞めてください」

「え、折川おりかわ、そんな風に?」


 華実かさね先輩の冗談に春日野かすがのが本気にしてもじもじしている。こういう事になるのだ。華実かさね先輩の物言いに、せんりが余裕を見せた。


「私はそのつもりで着てきたので、折川おりかわ君、また好きなだけ見て良いんですよ」

「井場ちゃんもそういう冗談辞めるように~」

「はーい。春日野かすがのさん、立ち止まってないで行きましょう。みんなで置いていっちゃいますよ」

「あ、あ、待ってってば」


 砂浜を荷物を持ってすいすいと歩き出した俺たちの後を春日野かすがのが追いかけてくる。海で遊ぶのは楽しかった。明日は写真部として撮影活動するため、今日で遊びは終わりだ。

 彼女たちが水着になるのも、俺が撮影したいと言った場合だろう。俺は一応水着姿を撮影したいとは言っていないが、華実かさね先輩が旅行前に、俺に水着姿の写真も撮りたいだろう? と言っていたので予定を無理やり入れるかもしれない。


「夜、楽しみだね?」


 華実かさね先輩がそんな事を言った。ご飯が楽しみなのかな? と思いつつ、俺はそうですねと笑って答えた。

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