91話 華実「撮影旅行楽しもうね」

 列車を乗り継いで行く。


「すっかり田舎だねぇ」


 華実かさね先輩が窓から外を見て過ぎ去っていく風景にそう呟いた。せんりと春日のも同意するように頷く。


「電波、とーっても悪いですね」

「通ってるのが山間部とトンネルだから、それはそうだろうね。開けたところに出れば大丈夫になるよ」

「スマホ依存症改善になりますね」

折川おりかわ君、結局電波が繋がったらすぐ触るんですから、改善されないですよ」

「私、電波繋がらなくても電子書籍読むから」


 旅路は、華実かさね先輩とせんりが比較的話題を提供して話しながら、春日野かすがのはほぼ読書でたまに返答し、俺が彼女らも会話にたまに入るという感じで進んでいた。

 せんりがにこやかな笑顔で華実かさね先輩に対応しているのが恐ろしい。せんりはちゃんと俺の恋人が華実かさね先輩だと知っている。

 ……俺はどうしてこんな事になったんだろう。

 にこやかな空間で、俺は、この三人共に向き合うのに苦痛を感じている。誤魔化していた。だが、列車のボックス席で座る間、俺は苦痛だった。

 たまにスマホを起動して、鳳蝶あげはのトーク画面を確認する。会いたいと思ってしまう。あれほど、距離をどう取ればいいかと悩んでいた鳳蝶あげはに、今は焦がれるように寂しさが湧いて、会いたいと思ってしまう。


「そういえば、みんなは夏休みは充実してたのかい?」

「私は毎日学校の補講がありましたが、午後は自由だったのでかなり充実してましたね~」

「私は、図書館で本読めるんで別に」

「あれ春日野かすがのちゃんは補講は受けてなかったの?」

「成績悪くないので、最近読書も少ないし好みの本でも読もうかなと」

「ふーん、でも、毎日部室開けてって連絡来ていなかったけど、大丈夫だった?」

「私、図書委員なので放課後は図書室に」

「あれ、そうだったんだ。知らなかった。俺の同じクラスの田中君にたまに図書室手伝わされたんだけど」


 田中に図書室の整理を偶に手伝ったが、その時は春日野かすがのは居なかった。まあ、担当する日が違うと言えばそうなのだが。良かったら手伝ってもらえばよかったと思う。


「田中? ああ、折川おりかわと同じクラスの。なんか髪整えてから、馴れ馴れしく話そうとするから。あんまり」

「「ああ~」」


 何故か俺以外の華実かさね先輩とせんりが納得するような声を上げる。なんだろう。


「男子ってそういう所あるよね。どうせ、春日野かすがのちゃんが四月の頃とかは」

「はあ、当然、ほぼ無視だったりされてましたね。ホント、困ります」

「わかりますねぇ」


 せんりが力強く頷いている。華実かさね先輩もそうだろう。だが、せんりはポニテから髪を下ろしただけなのに、それほど変わるだろうか?


「私もねぇ、前髪で顔隠してた頃は一部の男子だけだったけど、めんどくさいから前髪ばっさり切った後から、いきなりそういうの増えたからね~。分かるなぁ」

「しかも、声を掛けてくるのが、それまで関係の無い連中が大半だったりするから、困ります。私、陽キャ苦手なので。華実かさね先輩も入部当初の姿見てなかったら、陽キャだと思って多分関わってなかったです」

「ひどい! ひどいよ! 私、全然陽キャじゃないからね!」


 春日野かすがのがそんな事を言って、華実かさね先輩が応じたが、華実かさね先輩は陽キャかどうか。

 俺としては、大量に告白を受ける華実かさね先輩しか知らないが、変な髪型をしている姿でも、キャラ作りとは言え写真部の活動中であれば馴れ馴れしく男女問わず話しかける姿は、世にいう陽キャにしか見えないだろう。


「でも、華実かさね先輩ってすごくモテるんですよね、私、茶道部部長の永森さんから聞きました。学校内で人気の男子とかに告白とかあったんじゃないんですか?」

「うん? えぇぇ、響花がそんなこと言ってたの? 私、モテないよ」


 ちらっと俺を見ながら答えた華実かさね先輩に、俺は愛想笑いに無言で通す。華実かさね先輩が告白のために度々呼び出されていただろう姿を目撃しているので、恋人が嘘をついているのは分かっている。


「えぇ~、永森部長はそんな風に言ってなかったですよぉ」


 せんりが楽しげに言うのを、華実かさね先輩が困ったような表情で受け止めて、春日野かすがのがめんどくさそうにスマホの電子書籍に視線を戻した。

 俺はせんりを止める。


「あははは、今は俺と付き合ってるから、モテてもモテて無くてもあんまり関係ないんじゃないかな」

尚順ひさのぶ君! ふふ、そうだよね。私も、ちゃんと好きな人がいるって断ってたから」

「まあー、たしかにそうですねぇ。それでもガツガツ声を掛けてくる男子によく友達が困ってるって言ってますね。華実かさね先輩も同じじゃないですか?」

「まあ、たしかにそうかもね」


 せんりが笑顔で俺を見た。華実かさね先輩が苦笑いを浮かべて誤魔化すように告げてから、窓を見た。


「せんりは別のクラスの滝谷君とは仲が良いんじゃないの?」

「えぇ~、そんなのは無いですね」

「でも、夏休み、たまにみんなで遊びに出掛けてるってせんり自体が言ってたでしょ」

「へぇ、井場ちゃんも良い人が居るんだね」

「もう違いますよ! 中学時代の友達です。なんというか、懐かしさで週一ぐらいで集まるんですよね。結構面白いですよ、やっぱりうちの高校は授業のスピード早くて比較する大変だなぁとかわかります」

「ああ、それは確かに私も高一の時に中学時代の友達と話す機会があったら感じたね」

「ですよねですよね!」

「でも、私は男子の友達いなかったからな~。写真部で井場ちゃんが一番モテエピソードが多そうだよね」

「もうモテエピソードって何ですか!」


 華実かさね先輩が笑顔で乗っかったが、すぐにせんりが否定して爽やかに笑った。


「陸上部の頃にそんなこと無かったの?」

「えぇ。中学の頃は、もうトラウマの影響でそんなこと考える余裕が無くて、」

「え! ご、ごめん。嫌なことってあるよね……」

「いえいえ、良いんです。陸上部辞めてから暇だったんで、勉強したらこの高校に入ったんですけど、頑張って良かったなぁって」

「そうなのかい?」

「いい人達ばかりですから」


 華実かさね先輩が笑顔で答えた。


「そうかい」


 車内放送で目的駅の到着を告げる。俺たちは手持ちの荷物を確認し合う。春日野かすがのがスマホから目を話さないので、俺はスマホを没収したが、春日野かすがのが顔を真っ赤にしながら返してと慌てる。


「か、かかかかか、返して! 中身見たらぶっ叩くわよ!」

春日野かすがの、そんなにスマホ大事だったのか、ごめん。はい」

「ち、違うわよ!」


 素直にすぐに返すと、顔を真っ赤にしながらスマホをしっかりと握りしめて春日野かすがのが威嚇するように俺をにらみつける。


「本当にごめんって、降りるから荷物持ってくれ」

「つ、次触ったら許さないから!」

「はいはい、春日野かすがのちゃん、降りるから荷物まとめてねー」


 列車が停まって俺たちは駅に降り立つ。


「海の香りがするね~」


 小さな田舎の駅舎から出る。小高い場所に作られた駅舎から除く海の景色を全員で見れば、夏らしさを感じた。

 人はほぼ居ないのは、次の駅が大きな駅で本来はそこで降りる人が多いからだろう。海の見える位置に、みんなに声を掛ける。華実かさね先輩が全くカメラを出さない姿に俺は寂しさを感じた。


「みんなの写真撮りたいんで、並んでくださいよ。あと、一人づつも撮りましょうか」

「良いね。あとは、尚順ひさのぶ君、私とツーショットも撮ろうか!」

「あー、それならみんなそれぞれみんなのパターンでツーショットもいいですね。お試しでやりましょう」


 華実かさね先輩が俺とだけのツーショットを提案して、俺がどうしようか迷っている間にせんりが笑顔でそれを変えてくれる。華実かさね先輩は仕方ないねとしながらも、賛成で頷いた。

 良かったと安堵する。華実かさね先輩と写真部として過ごせるたった一度の夏の撮影旅行だ。

 たとえ華実かさね先輩の写真部としてのモチベーションが低くても、華実かさね先輩が写真部の部長として活動した写真が思い出として残る事が嬉しい。

 写真を撮り終わり、駅舎のある場所からゆっくりと下っていく。俺たちしか駅には降りなかったが、降った先にある小さな駐車場代わりの空き地に車が停まっている。

 みんなはわざわざ迎えの車があるの助かるねと笑顔だった。本当は鳳蝶あげはがわざわざ手配してくれた車だ。


「お待ちしておりました」

「こんにちは、今日はよろしくお願いします」

「「「よろしくお願いします」」」


 運転手の男性に俺が率先して声を掛ける。運転手自身は何度か会ったことがあるので、俺は苦笑いだ。向こうは仕事と割り切っているのか、やはりこいつかと言った目で見てくる。

 学校で鳳蝶あげはが良く迎えに呼んだいた車とは違い、おそらく旅行の為に使いやすい大きな車で荷物を持ち込みやすい。車に乗り込んで、比較的長い時間をかけてホテルに到着した。

 本館は大都会のホテルと比較するとこじんまりとしているが、三階建ての別邸型と周辺にグランピングにも使用可能な複数のコテージが並んでおり、色んな雰囲気を楽しめるホテルとなっているようだ。

 受付自体はホテルのフロントで行っており、すんなり通された別邸の三階に荷物を運び入れる。一階と二階にも部屋があるが、三階は直通のエレベーターを使う前提だ。


「えぇぇ、なにこれ、私もびっくり」

「いや、三階建ての別邸の三階部分ってスイートルームのみですか。ええ、大丈夫なんですかこれ」


 当然庶民派の全員が通された部屋に驚愕している。俺も驚いた。鳳蝶あげはに任せていたがまさかこんな部屋に通されるとは……。

 オーシャンビューのある部屋は、内湯だけでなく当然のように露天風呂も設置されている。和洋室で構成された風情ある部屋だ。ベッド二つの部屋が二部屋、布団も敷ける和室が一部屋だが、居間に当たる部屋も和室であり、そこにもテーブルなどをどければ、押し入れにある布団を敷けば寝ることができる。


 女子は華実かさね先輩が一人で一つ部屋を取り、せんりと春日野かすがのが二人で利用となっている。俺は和室で寝る予定となった。和室を俺だけがちらりと見るが、明らかに何か荷物がある。俺はそれを見つからぬように隠した。荷物を一緒に運んできた運転手とおつきの人が頭を下げて俺に耳打ちする。


「どうしても本日、他の方々の影響で部屋の都合がつかなかったので、鳳蝶あげは様が相部屋となる予定でございます」

「…………俺からは何も言えません」

「私からも鳳蝶あげは様の指示以上のことは何も言うことはございません」


 華実かさね先輩が俺の部屋に顔を出した。お付きの人はすっと、それでは失礼いたしますと立ち去っていく。華実かさね先輩がありがとうございますと丁寧に挨拶をして見送ってくれえた。

 華実かさね先輩はさっさと荷物を置いたから、俺の部屋に来たみたいだ。華実かさね先輩が笑顔で俺を居間へと引っ張っていき窓から外を見る。


「こんな部屋借りられてよかったのかな?」

「まあ、相談したら鳳蝶あげはが是非にってことだったんで、ラッキーでした」

「え」


 笑顔で何気なく言った瞬間、あ、と俺は思った。華実かさね先輩が一瞬ひどく冷たい顔をした気がしたが、すぐに消えて俺へ笑顔を向ける。


「ああ、住道すみのどうさんなんだ。君の伝手って、そっちなんだね! 通りで」

「いや、その、俺の父親の伝手で話してたんですけど、海で、華実かさね先輩が水着で撮影って前に話したから、こっちの方が良いかなと思って。部費の節約にもなりますし」

「うんうん、たしかにね。良いんだよ。私は、尚順ひさのぶ君と恋人だろ? だから、大丈夫だよ。撮影旅行楽しもうね」

「良かった。楽しみましょう」

「だから、ね? キスして、恋人の私を確かめてよ」


 俺は媚びるようにねだる彼女に、キスをして手を動かす。指が触れるたびに、彼女は身体を震わせて俺に押し付ける。せんりが自身の使う予定のベッドの部屋に通じる扉から、隙間を開けて覗いているのが視界の端に見えた。


鳳蝶あげはside


 こじんまりしたホテルと言えども、絨毯が敷かれた広めの宴会場を兼ねたホールがある。そこに各々車を使って集まった学生たちが顔を合わせる。

 私は一人で来たが、他は小さなグループ毎に車で来るように指示をしていたので、当然いくつかグループが自然と出来て、逆にグループを上手く作れなかった子たちはポツポツと仲の良い人を頼っていた。


「しかしながら、住道すみのどう様から直々にグループを作って来るように言われるとは思いませんでした」

「今回は学生だけの旅行ですもの、ぞろぞろ家の車を用意させるわけにも行きませんでしょう? それに列車などで来てくださいというのも言い難いですし。

 皆さんが提案されたので、ぜひ来たい方は友人と仲良く来ていただけると思っていましたの。みなさんが仲良くされていてホッとしておりますわ」


 なるほど! とこちらをなんとなく持ち上げる彼らを見やりながら、スマホに連絡が来たので、一言謝り席を外す。

 指示していた通りの別邸の部屋に案内しましたと報告がなされる。そちらにご苦労さまと返して、すぐにホールへ戻った。

 先程まで私が中心のみなに合わせて声を掛けていたせいだろう。一旦外に出て散ったのを見て、慌てて外様の人間達が、わらわらと自分たちもちゃんと挨拶をしたいと私に寄ってくる。そんな姿に心の中でため息をついた。


住道すみのどう様、本日はお呼びいただき」

「呼んだのではなくて、皆さんが友好を深めたい人たちで旅行という形で集まったのです。お間違えなく」

「ええ、そうですが。わざわざ夏の急なタイミングで部屋などを融通していただきありがとうございます」

「少々コテージなどの利用で手狭になって申し訳ございませんが、良くしていただければと」

住道すみのどう様はどちらに?」

「私は別邸の三階をまるごと借りておりますので」

「おお、それはぜひ見てみたいですね」


 見たいから何だと言うのか。そこから先を言わないせいで追求しにくいが、失礼すぎて困る。たまにこんな事を平然と聞くのは何故だろう。困ってしまう。だが、そんな棚田さんが外様の一部でグループを作れて居るのを見ると、本当に彼は表向き上手くやっているなと感心してしまう。

 田中さんもあの場には居なかったのに、なぜか参加出来ている。事前に棚田さんから連絡をもらっていたが困ったものだ。来ます連絡があった際に、田中さんはクラスメイトのため、私自身があの場で友人と友好をと言った手前、クラスメイトの存在を不要と断るのも難しかった。


「女性の部屋というプライベートをあまり聞くのはいけないと思いますの」

「あっと、申し訳ございません」


 夏直前の生徒会選挙の結果、新たに生徒会の会長となった人物が、外様の皆を分け入るように声を掛けてくる。面倒な手合だ。だが、女性なので変に棚田さんにずっと絡まれるよりマシだろう。

 住道すみのどうの家の傍流で、住道すみのどうという姓では無いが、今日の集まりであれば比較的中心に近い人物だ。にこやかに近づいてくる。女性にしては背丈が高く、中学は別の学校であまり接点自体は無かった。

 確か、中学の頃はバスケ部のマネージャーのマネごとをしていると、パーティーでよく話題にしていた。

 補欠の男子と仲良くなり頑張っていたから、マネージャーの真似事をしたと度々顔を赤くして言っていた記憶がある。言葉が強いタイプの子が、その時ばかりはひどく穏やかに嬉しそうだったせいで、記憶に残っていた。


住道すみのどう様」

「ええ、そちらにも行きますわね」


 助かったと見るべきか、面倒な話をさせられる羽目になったと思うべきか、私はどっちとも言えなかった。

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