90話 莉念「私達、幼馴染、家族、だよ」


 莉念りねんside


 夏休み、バタバタと忙しい日々を過ごしていて、ふと最近尚順ひさのぶが変な気がした。最初に忙しいと言った時は、仕方ないねと笑顔だった。


尚順ひさのぶ、ごめん、なさい。私、忙しい。毎日、会えない日、ある」

「ああ、四條畷しじょうなわてがそんなに忙しいなら、仕方ないよ。高校生になったんだから、中学とは違うのは当然かな」


 私が事前に謝ってそう伝えると、寂しそうな顔をしつつも笑顔で応じてくれた。確かに中学の頃だったら夏休みはほぼ晩ごはんを作りに帰っても大丈夫だったけど、おじいちゃんから頭を下げられたから仕方がない。

 それに、私達はもう大丈夫だ。


『愛してる、莉念りねん莉念りねんが一番なんだ。俺の一番なんだ』


 尚順ひさのぶと茶会の日に、幼馴染とエッチしても当然だねと同意が彼の口から言われた。一番だって言ってもらえたから、私はあまりに嬉しくてずっとその喜びが継続している。大丈夫なんだって安心できる。

 エッチ自体はしないものの、尚順ひさのぶから肌の触れ合うスキンシップが増えた。前は私が言うとしてくれるという体だったけど、キスも尚順ひさのぶがしたいと思った時にしてくるようになった。

 尚順ひさのぶは私とエッチしない代わりに、デートをしたいと言ってくれる。でも、デートが出来ないから、部屋で二人きりで静かに過ごす時間を、とても愛おしそうに彼が求めるのが嬉しい。


 だけど、そんな尚順ひさのぶが変だ。

 二人きりで過ごす時間に、ぼーっとしてる時が多くなった。どうかした? と聞いても、何でも無いと答えた。

 この前、いきなりパソコンを触りだした時はびっくりした。そういえば、写真の整理するって言ってたけど、最近は夜に二人で過ごす時間ではしていなかった。

 私は彼の隣に座って、その醜い女たちの恥ずかしい写真を、尚順ひさのぶが無感情に秘密と書いたフォルダに保存していくのを見つめた。私の時はいつも迷うから、愛おしい。


尚順ひさのぶ?」


 見ている途中で、私こんなの撮ってないなと思ったら、あの子だった。質問のために尚順ひさのぶの名前を呼んだけど、気づかずに彼は写真を整理してスマホから削除していく。どんどんと消えていく。

 あれ? と思った。

 尚順ひさのぶに言う。


「スマホ、見せて」

「あ、莉念りねん


 今気づいたと言った感じで尚順ひさのぶが不思議そうな顔をしてから、私にスマホを素直に渡す。

 トークアプリは不快だから見ない。勘違い女子たちが尚順ひさのぶといちゃつこうとせっせとメッセージを送ってくる。見ない代わりに、写真フォルダを見る。

 犬と金髪女子の写真もあるが、不思議と私の写真の比率が多い。中学の時の泥棒猫の写真もあるが、それほど無い。あれほどあった恋人やセフレとの肌色の多い写真も、すっかりスマホから削除されている。ああ、やっぱり。私は笑顔になる。


尚順ひさのぶ、写真、撮ろ?」


 言った瞬間、暗い顔をしていた尚順ひさのぶの顔が明るくなって、笑顔になった。ギュウっと強く私を抱きしめる。嬉しそうに私の髪を撫でた。


「好き、好きだ、愛してる」


 本当に尚順ひさのぶは私に好きと言ってくれるようになった。なんて幸せなんだろう。それに対して、私も彼へ伝える。


「うん、私達、幼馴染、家族、だよ」


 ベッドで並んで座った写真を撮る。当たり前の日常、尚順ひさのぶがその写真を何度も見て私をまた抱きしめた。


「み、見捨てないでくれ」


 びっくりした。いきなりそんな事を言うなんて、何か嫌なことでもあったのかもしれない。私は彼を撫でた。


「大丈夫、私達、家族」


 夏休み中は毎日会えなくはなるけど、大丈夫だよ、私は彼を撫でた。


鳳蝶あげはside


 最近、尚順ひさのぶさんが変ですの。


「それで、昼にせんりたちと近くのお店に入って、ご飯食べたんだけど、せんりが頼んだのが量が多すぎてね」


 尚順ひさのぶさんから電話が来るようになった。それだけなら、偶にあったことだが、夏休みに入ってしばらくしてから、会いたいと言われるようになって嬉しすぎて倒れるかと思いました。

 そして、夜遅くにずっとお互いの雑談をしている。私は本当に忙しくて会いに行けないのがひどくショックだったが、こんなに尚順ひさのぶさんから通話で連絡が来るとは思わなかった。

 喋り終わってから、また尚順ひさのぶさんが言う。


鳳蝶あげは、会いたいんだけど、いつ、会えるんだろう。ほら、近くに博物館の特別展示があって」

「私も会いたいですわ。本当に仕事のお付き合いが忙しくて、申し訳ありませんの。会えるのはやはり海に行く予定の時でしょうか」

「あ、そっか、そうだよね」


 寂しそうな尚順ひさのぶさんの声を聞く度に気持ちがいい。あれほど私に会いたいという気持ちを我慢していただろう尚順ひさのぶさんが、私に! 寂しい! とぶつけてくる。なんて嬉しいのでしょう。


尚順ひさのぶさん、どうかしたんですの?」

「え、なんで?」

「会いたいと言われるので、恋人さんと何かあったのかと」

「……何でも無いよ」

「そうですの?」

「そう、だよ。ごめんね、もうこんな時間だね切るね」

「私ならお話ちゃんと聞きますわ、話したくなったらお話してくださいまし」


 聞こえただろうか。すぐにブツリと切れたので、もしかしたら届かなかったもしれない。その時はまた連絡しよう。

 あの恋人と上手く言ってないのなら、とても嬉しい。永森さんは上手くやってくれているようだ。


 朝になって、私は写真を撮る準備をした。

 そういえばと、会えない間に、私は下着写真だけじゃなく、今日はこの服で出かけますのと写真を送った。劇的に反応が違った。

 彼はそれまで下着姿には可愛いだけしか返してこなかったメッセージを、それ以上にたくさん返してくれた。

 びっくりした。さらに、次からは服の写真だけの方が嬉しいと言われて困惑する。

 下着写真は嬉しいと思っていたけれど、違ったのでしょうか? そういえば、あまりこういうの送ったらダメじゃないかって良く言われてましたわ。

 私は気になって尋ねた。


尚順ひさのぶさんは、服を着た私の写真の方が好きですか?』


 すぐに既読になってから、迷ったようにえっとねと文字が送られてきた。待っていると、彼は通話を掛けてくる。もちろん私はすぐに通話に出た。


「おはようございますの」

「おはよう、鳳蝶あげは。そのね」

「はい!」

「俺は、ね。下着写真を送られるよりも、鳳蝶あげはのおしゃれな服装の写真の方が好ましい、かな」

「そうなんですのね!」

「うん、その、いつも送ってくれてたのに、ごめん、ね」

「いいえ、これまではその、平日は学校で制服だったので、下着のおしゃれを伝えたかったんですの」

「あ、そうなんだ。ごめん、俺、勘違いしてたよ。俺はてっきり、エッチな写真を男子が好きだと鳳蝶あげは思って送ってきてるって」

「まあ! ごめんなさいですの」

「あ! いや、本当にごめん。鳳蝶あげははそういうつもりじゃなくて、制服だとおしゃれ伝えられなかったんだね、本当に勘違いしてた、ごめんね」


 もちろん嘘だ。エッチな気持ちになってもらいたくて、下着の写真を送っていたけれど、尚順ひさのぶさんにそんな言い訳をした。


「制服ですと、服のおしゃれが伝わらなかったから、ごめんなさいですの。夏休みは私服の写真が撮れますから、送りますわね」

「ああ、うん、分かってくれてありがとう」


 ひどく嬉しそうな尚順ひさのぶさんの声が答えた。私は彼が素直に嬉しそうなのが喜ばしくて、通話を終えた後、今まで下着姿で練習してき自撮り技術を使って、何枚も写真を撮って送る。

 練習は無駄にならない。私は嬉しくなった。

 彼はひどく事細かに返事してくれて、その中に、たくさん好きと書いてくれた。


「ああ、好き! 尚順ひさのぶさん好きですの!」


 何度もメッセージを読み返す。下着を送っても、綺麗だよとしか返してくれなかった彼が、髪留めや服の色合いや、小物やスカートの丈まで可愛いと伝えて、可愛くて好きだよと伝えてくれる。

 あまりの幸せに私は用事があるのに、手が動いてしまって、時間がぎりぎりになってしまった。その日は集まりでひどく周りの男性からお綺麗になられましたなと言われて、困ってしまう。



 集まりが終わり、着替え終わって疲れた私はすぐに寝ようとしたところで、彼から通話が来る。すぐに応答する。


「こんばんは、今大丈夫?」

「こんばんはですの! ええ、尚順ひさのぶさん、大丈夫ですわ」


 会えないのに、なんて幸せなんだろう。私は手を動かしながら、彼と話せる喜びに満たされていた。


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