89話 せんり「尚順はわがままだから」


 夏休み初日は学校で補講があるため、参加する。せんりと唯彩ゆいささんが居たので、近くに座った。一学年の学生数で見ればそれほど多くないが、二クラス分も準備してくれるらしい。

 一クラス十五名だ。補講自体は午前中で終了する。内容は一学期の復習かと思えば、スケジュールプリントを確認すると二学期の予習対策までするという至れり尽くせりな授業である。

 特に英語の補講が教師の趣味なのか、いつもの授業と違って充実した内容で、十五名という人数でやりやすさもあった。


 授業が終わって、背伸びをする。時計の針は十二時を過ぎていた。お昼を食べて、今日の午後は約束もない。気が楽だ。

 せんりと唯彩ゆいささんに声をかける。


「ご飯でも食べに行かない?」

「行きます!」

「そんな機会ないから行きたい!!!」


 唯彩ゆいささんの反応に、そういえばそうだと頷いた。俺が夕方は家に帰って食事をすることと、唯彩ゆいささんはコンタロウの散歩のスケジュールもあり出歩くタイミングが難しい。

 土日の昼は、唯彩ゆいささんはがっつりバイトを入れている。

 せんりがにこにこと笑顔になっていた。茶会の後、俺は土日両日に入れていたバイトのシフトを徐々に減らしていた。相談したら、人も増えてきたし、俺が問題なければということだった。


 華実かさね先輩とのデートの兼ね合いも作りやすくなるので、俺は土曜日のバイトをほぼなくした。少し寂しかったが、恋人が会いたい会いたいとねだるのなら、仕方がない。デートと言っても、朝一に会ってホテルへ向かうだけだ。

 その関係で、時間が空けば、せんりとデートみたいなことをしてご機嫌を取ることもあった。

 ある日のせんりは、かなり私服に気合が入っているように感じた。俺はいつの間にか好みを言っていただろうか。中学の頃の莉念りねんのデートを思い出してしまった。あの頃は、ただデートするだけでドキドキして嬉しいが、恋人じゃないから手を出さないと我慢していた。

 つい莉念りねんと回った場所を一箇所行った。しかし、すぐに「ホテル行きませんか?」 とせんりが言ったことで結局ホテルへ向かう羽目になった。

 好きだった。好きなんだ。ずっとそうだ。


 ベッドにせんりを押し倒した感触が、中学の頃、もしも莉念りねんとしていた時の感触じゃないかと考えてしまう。

 荒々しく彼女の身体を貪って、莉念りねんが言わない言葉を言って貰う。嬉しいのに虚しさが襲うのはどうしてだろう。

 ガツガツと押し倒して求め続ければ、甘い声で俺を包んだ。


 少し怖い。せんりとしている時に、誤って莉念りねんと声を出してしまわないか、いつだって気を使った。



 鳳蝶あげはには土日はバイトがあるんだよと嘘をついているが、鳳蝶あげはに土曜日空けるようにしたと言ったら、恋人じゃなくて自分で時間を埋めてとワガママを言って、応じなかったら泣き落としされてしまうかもしれない。

 そうされると、俺は困ってしまう。鳳蝶あげはに泣き落としされたら、俺は、せんりと鳳蝶あげは、どちらを優先するのだろう。分からなくて、俺は鳳蝶あげはに嘘をついて、二人の予定がかぶらないように逃げている。



 高校近くのチェーン店はちょうど昼時のため混み合っていた。偶然空いたテーブルに三人で座る。ちらちらとこちらを見る男子の姿を見かけたが、唯彩ゆいささんが目立つからかな?


「ランチセットで良いよね~。夏休み初日から使いすぎたらダメ出し」

「そうですね。私、バイトしてないから余計に」

「せんりちゃんはバイトしないの?」

「勉強大変じゃないですか~。無理ですよ! 一人っ子なので親に甘えます」


 せんりがそんな事を言うもんだから、唯彩ゆいささんが面白そうに笑った。俺も可愛らしく言うので微笑ましい気持ちで見る。確かに一人娘だと男親は甘いよなと、娘ではないが明らかに莉念りねんへの態度が甘い四條畷しじょうなわての御老公を見ていると思う。


「良いな~。うちは忙しいからあたし、それほどかまってくれないし」

唯彩ゆいささんも大変なんですねぇ。唯彩ゆいささんは夏休みのバイトどれぐらいするんですか?」


 唯彩ゆいささんが日数を伝えると、せんりがびっくりする。俺もびっくりした。想像以上にシフトを入れている。


「それ身体持つんですか?」

「いやいや、週六勤務もしないから余裕だよ~。バイトだから、フルで入れない日も多いし!」

「そうですか~。唯彩ゆいささんって働きものなんですね」

「いや、本当に身体に気をつけてね」

「せんりちゃん、ひさ君もありがとう!」


 純粋な尊敬を俺もせんりも向ける。食事を食べ終わり、店の外に出る。スマホをチェックするが、珍しく今日も華実かさね先輩からの連絡がない。ホッとしてしまう。今日はお店をやっているはずだが、バイト中かな? 華実かさね先輩が夏休みどうすごすか、そういえばスケジュールを全然確認していなかった。

 教えてくれないのだ。空いてる日をポツポツと教えてくれたが、それは夏休み前の平日に学校で過ごしていたのと変わらない時間で、それ以外にも空いてるはずではないのか。

 何度も聞いても、予定が決まったらすぐに連絡するよと言われてしまい、困った。鳳蝶あげはとせんり、莉念りねんに会うスケジュールを構築しにくいのだ。


『恋人が呼んだら、もちろんすぐ来れるよね? 予定、ちゃんと教えてね?』


 華実かさね先輩がそんな風に可愛らしくお願いするが、恋人の予定を聞いて、空いた日にみんなと都合をつけようと思っていた。

 悩んでいると、唯彩ゆいささんが俺を不思議そうに覗き込んだ。


「どうしたのー?」

「なんでも無いよ。二人はこれからどうする?」

「あたし、さっき言った通り、これからバイト行ってくる!」


 唯彩ゆいささんがシュパッと元気よく行って、さっさと行ってしまう。元気が良い姿は夏にぴったりでまぶしかった。


唯彩ゆいささんすごいですねー。私は予定、無いですよ?」

「じゃあ、するの?」

「はい! 平日なので、私の家に行きましょう」


 せんりが俺の手をなぞって、恋人繋ぎをする。せんりは、エッチな女子になったなと思う。俺がデートに誘ってみて、デートをするよりも、エッチをしたがるせんりがよく分からない。

 鳳蝶あげはは比較的デートとエッチどっちもしたがって、時間が足りなければ、デートをしたいと茶会の後からは言うようになった。少しだけ好ましくなった。

 春日野かすがのは、よくわからない。キスしてと言われることはあるが、写真部として頑張ろうと言われるぐらいで、無理なデートもエッチも要求されない。それまでの鳳蝶あげはやせんりを見てきた俺としては、ありがたいがびっくりした。

 春日野かすがのは写真部の部員らしく、活動日に姿を見せて部活をする以外は、キスしてと呼び出す時も、写真撮りに行こうと俺を誘うようになった。


春日野かすがの、なんで?』

『え、私も尚順ひさのぶも写真部なんだし、良いじゃん』

『そう、だけど』


 高校近くの撮影のおすすめスポットや、何気ないカフェ内で許可をもらって俺を撮影してみたり、俺がお願いすれば春日野かすがのを撮影したり。気づけば、比較的穏やかなデートを楽しんでいた。

 ……そう、デートだ。キスをしてと要求されるが、デートで収まる範疇で、俺は春日野かすがのとのたまのデートに安堵していた。

 俺の手のひらの肌がつねられる。

 隣をみると笑顔のせんりが、笑顔のまま怒っていた。


「私とエッチするのに、他のこと考えるなんて辞めてください」

「ああ、ごめんね。わがままなせんりも可愛いよ」

「もぅ!」


 彼女が身体をよせて、頭でぐりぐりと子供っぽく俺に触れてくる。せんりは、身体の関係を持ってから鳳蝶あげはなど身近なクラスメイトが居なければ、人がちらちらと見えていても、こんな行動を見せた。……いや、莉念りねんは人目があれば、距離は近くとも、こんな傍から見て甘えるような行動を絶対に見せない。

 華実かさね先輩は恋人らしくもっとアピール的にする。

 それを考えるとせんりの行動は、身近な人の目という線を引きながらも油断が多く中途半端だからこそ、可愛いのかもしれない。



 せんりの家に上げてもらい、部屋で彼女を満足させて、少しした頃、スマホが鳴動した。

 俺はすぐにそれを手に取る。肌と肌を触れ合って、髪を撫でられていたせんりが、手が離れたことに不満そうな顔をした。甘い声をあげて俺を誘う。


尚順ひさのぶ……」

「ごめん、せんりちょっと待って」


 莉念りねんが呼ぶように、下の名前を呼び捨てにしてとお願いしたら、行為中に特別に呼んであげると、せんりは約束した。

 表では折川おりかわ君、裏では尚順ひさのぶと呼び捨てで、あたかも家族同然の幼馴染と秘事をする鏡写しのように、俺はせんりと向き合っている。


『時間空いたんだ。会いたいよ。三十分後に』


 今から出ないと間に合わない。俺は身体を起こした。せんりが寂しそうな顔をしながら、俺に身体を押し付ける。


「予定ないって言ってたのに、もう行っちゃうんですか? もっと、エッチしたいです」

「ごめん、華実かさね先輩に呼ばれてるんだ」

「むぅ。キスしてください」


 彼女を強く抱きしめてキスをする。そのまま押し倒して、動けなくしてもう一度抱きしめてから、唇を離した。いくらか我慢出来そうな顔をした彼女が笑う。


「仕方が無いですねぇ。尚順ひさのぶはわがままだから」

「ごめんね、ありがとう。わがまま許してくれるせんりが、好きだから」

「! ふふふ」


 俺は彼女を優しく撫でてから、着替える。そんな様子を裸のままのせんりが、笑顔を浮かべて見つめていた。三十分後だと家に帰ってからゆっくりシャワーをするという時間が無いため、せんりに謝って烏の行水ほどのシャワーで身体を流す。

 俺は大急ぎで準備して、最後にせんりに軽いキスをした。キスして、と言われずに、帰宅前にたまにやったほうが、せんりが次のわがままを受け入れやすくなると学んだ。少々慌ただしくせんりの家を出ていく。

 出ていく前の俺の背中に、ラフな格好をして見送るせんりの声が投げかけられるが、俺は答えられなかった。背中を向けていてよかったと思う。


「でも、いきなり呼び出すなんて、束縛的でわがままな彼女さんですね? 良いんですか?」



 徐々に傾き出した真夏の太陽の下、自転車を走らせて、俺は目的地にたどり着く。華実かさね先輩が笑顔で俺を待っていた。


「やあ、尚順ひさのぶ君」

「こんにちは、華実かさね先輩。予定空いてたんですね」

尚順ひさのぶ君は予定あったのかな? だったら、ごめんね」

「……良いんです、彼女が呼んでくれたから、会うのは恋人として当然だから」

「そうだよね! じゃあ、エッチしよ、尚順ひさのぶ君」


 一応いくらか彼女の声が小さくなっていたが、少し離れた所を人が歩いている。


「いや、門限まではまだ時間に余裕があるから、デートしにいきませんか。最近全然できて――」

「エッチしたくないの? なんで? 私がしたいって言ってるのに。恋人がしたいって言ってるんだよ」


 俺は愛想笑いを浮かべて提案した内容は、やはり華実かさね先輩に却下された。冷たい表情が俺を刺す。俺は寂しくなりつつも、華実かさね先輩に近づいて抱きしめる。視界の端で顔をしかめた人がいたのが目についた。私服だが、高校生のように見えるので、もしかしたら同じ高校かもしれない。


「わかりました、わがまま言って、すみません」

「……香水っ……これ……女物の……。良いんだよ、私こそ、わがままな彼女でごめんね?」

「いいえ、良いんです。華実かさね先輩は、俺の恋人ですから」


 抱きしめた時に最初小さく何か呟いたみたいだが、俺は聞き取れなかった。俺は華実かさね先輩に促されて彼女の家に向かう。

 夏休みわざと予定が埋まっていると華実かさね先輩に伝えるべきかもしれない。俺は、どうしようもない気持ちを抱えながら、華実かさね先輩と並んで歩いた。


 彼女の家につくと、まず一緒にシャワーを浴びたいとお願いされたのでシャワーを浴びて彼女の部屋で、愛してると好きとだけ言ってほしいと言われて、頑張った。

 言い続けて行為をしていると、徐々になぜか泣き出した彼女が声を出す。


「私も好き」「私も愛してる」


 何度もお互いに好きと愛してると言い合い、繰り返す。避妊具をつけようとしたら泣かれて当然のように拒否されて、つけずにせざるをえなかった。ダメなのに。


 俺は、どうしたら良い。


 行為を終えて、ベッドに横になっている華実かさね先輩に、わざとスケジュールを埋めた予定と空いている日時を告げる。寂しくて泣きそうな顔をさせた。だけど、俺はもうそうするしか華実かさね先輩と過ごす時間を生み出せなかった。



 家に帰って、莉念りねんの二人きりで過ごす。俺は辛くて、彼女を抱きしめて、癒やされていた。

 だけど、弱った俺はつい言葉が出る。


「好きだよ、莉念」

「うん、私達、幼馴染、家族」


 違う、違うんだ。莉念りねん、お願いだ、好きと、俺へ好きと言ってくれ。


「愛してる」

「私達、幼馴染、家族」


 癒やされていた心が冷たくなってしまう。


 恋人からも幼馴染からも傷つけられて、俺は一人になってから、現実逃避気味にスマホで電話をかけてしまった。夜遅くまで続く会話に、俺は沈み込みながら時間を奪っていくのを申し訳ないと心の中で謝り続けた。


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デートDVは辞めましょう。


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