95話 華実「お嬢様が男子と同衾したと」

 部屋に戻ると三人が居間で思い思いにすごしている。せんりが一番だらしない。座布団を並べて寝転がっており、浴衣がわずかにはだけて見慣れた綺麗な肌が見える。


「ただいま。せんり、ちゃんと浴衣着たほうが良いよ」

「むぅ、折川おりかわ君は手厳しいですね」

「だから言ったじゃないか。女の子なんだからきちっとしようね」

「はーい、部長は怖いですね」

「あははは、怖くないよ」


 華実かさね先輩が笑って、スマホから顔をあげる。せんりは積極的に会話をするが、春日野かすがのが気づけば黙りこくってスマホで電子書籍を読んでいる。しかも、座布団を居間の隅の方へ持って行っているため、距離が遠い。

 中学の頃は、こんな時は声を掛けずに本を自由に読ませるほうが良かった。俺は大人しく、二人がだらだら過ごしている机の傍に行く。


「何してたんですか?」

「二人だとなーんにもすることがないから、だらだら話してたよ」

「部長のお家のバイトについて聞いてました」

「バイトしたこと無いから、楽しいって言われて不思議な気持ちだよ」

「した方が良いとは思うんですけど、一人娘だからしなくても大丈夫なのかなーって」

「私だって一人娘だけど、家の手伝いで出てるだけさ。鯰江なまずえちゃんも一人っ子でしょ?」


 並んで座る。華実かさね先輩が俺にしなだれるのを苦笑して、仕方なしに身体を貸してあげた。写真部の活動中であれば強く断るが、今は旅行中で区分が曖昧だ。部活のスケジュール確認は終わっているし、華実かさね先輩が恋人として甘えたいのなら許してあげたほうが良いのだろう。

 せんりが俺たちのそんな恋人同士の微笑ましい姿を愛想笑いで見ている。


唯彩ゆいささんも一人っ子だけど、家の事をほとんど自分でやってたりと聞くので、偉いですね」

唯彩ゆいささんですかー。折川おりかわ君が良く見せてくれる写真にありますよね。飼い犬のコンタロウがすごく好きなんだなぁって写真から伝わります」

「そう! そうなんだよね。せんり、ありがとう」

「いえいえ」

「私、知らない」


 華実かさね先輩がせんりの見えない位置で俺の手を痛いほど強く握りしめて、見つめてくる。困惑する。


「えっと、前、見せましたよ?」

「部長、私も前に撮ったのを見せてもらっただけだと思いますよ」

「そうなの?」

「勘違いさせてすみません」


 せんりが満面の笑顔になる。フォローしたのが俺に伝わっていると理解している。分かっている。今のは華実かさね先輩が怒ったりしないようにせんりがフォローしてくれた。……お礼を伝えるだけではせんりが満足しないのも分かっている。


「良いんだよ、私こそごめんね?」

「いえ、それで――」


 もうかなり夜も遅い。そんな時間に玄関が無遠慮に開かれる音がした。びっくりしたが、すぐに乱入者の声がかかる。優雅な私服を来た少女が疲れ気味の顔を見せる。鳳蝶あげはがみんな揃っていると視線で確認する。入るためのカードキーを別に持っているなんて、宿泊予定の鳳蝶あげはしか居ないので当然だ。


「ようやく終わりましたわ。こんばんはみなさん」

鳳蝶あげは! お疲れ様」

「ああ、住道すみのどうさん、こんばんは」

住道すみのどうさん、こんばんは。今日はありがとうございます」

「こんばんは」


 俺が明るく反応する。華実かさね先輩、せんり、春日野かすがのも応えるが、春日野かすがのの声は小さい。華実かさね先輩が俺にさらに密着してくる。そのせいで立ち上がって出迎えようとしたが、動けなかった。


「皆さん、こちらの部屋はどうでしょうか?」

鳳蝶あげは、とても助かってるよ。景色もいいし、とても過ごしやすいね。でも、聞いていなかったんだけど、鳳蝶あげはの荷物はどこに置くんだろう?」

「ああ、申し訳ありませんの。和室に荷物を置いていたんですけれど、和室はどなたが使う予定なんですの?」

「俺が使う予定だよ」

「そうですか、でしたら、私も一緒に使用して」

「待った。住道すみのどうさん、良い訳無いでしょ。私がベッドのある部屋使っていて、もう一つベッドが空いてるから、申し訳ないけど、そっちを使ってもらえる?」

「ふふ、私のお部屋ですのに冷たいですのね」

住道すみのどうのお嬢様が男子と同衾したって言われるよりマシだと思うけど」


 華実かさね先輩がひどく冷たい目で鳳蝶あげはを睨みつけた。喧嘩しないでほしい。俺はすぐに口をはさむ。


「そうだね、華実かさね先輩も言ってる通り、ベッドが空いているんだから、鳳蝶あげはには申し訳ないけどそっちを使用してもらえるかな?」

「ふふ、冗談ですの。わかりました。それでは、尚順ひさのぶさん、荷物を運ぶので手伝ってくるださる?」

「うん、良いよ。華実かさね先輩、すみません。鳳蝶あげはの手伝いをしたいので」


 華実かさね先輩がギュウっと痛くなるほど俺の腕を握るが、俺は彼女の手を優しく解く。華実かさね先輩がどうしてか呆然とした顔をした。友達が手伝ってと言ったのだから、手伝うのは当然なのにどうしたんだろう。

 華実かさね先輩にせんりが話しかける。またせんりに助けてもらってしまった。俺は視線だけでお礼を伝えて、和室へ向かう。

 扉を開けて中に入る。


尚順ひさのぶさん、ありがとうございますの」

「良いよ、手伝うから。昼にも伝えたけど、会えて嬉しいよ」

「まあ、私もですわ」


 扉を閉めているのを確認した。自然と身体が鳳蝶あげはに近づいて、彼女が俺を抱きしめてくる。俺は素直に応じて抱き返した。柔らかい少女の身体が腕の中に収まった。色々疲れているのだろう。


「あの、申し訳ありませんの。急に。でも、私、まだお風呂に入って無くて、恥ずかしいですの」

「いい匂いしかしないよ」

「もう、乙女の気持ちの、問題ですの」


 鳳蝶あげはが恥ずかしさか、ぐいぐいと腕で押して俺から離れようとする。その姿がいじらしくて、もっと強く抱きしめてしまった。


「あん、尚順ひさのぶさん、ダメですの」

「……ごめん、会えたのが嬉しくて」

「ふふ、その、荷物手伝ってくださいませ」

「うん、すぐに運ぶね。ごめんね、俺がこの和室を使うから」

「良いんですの! 逆にあの人と一緒の部屋を使って無くて」


 さすがに恋人とは言え、部活の旅行に来て恋人と同室で寝ようという行為をする気は全く無い。華実かさね先輩が異様に恋人らしくいちゃつきたがるが、人目があるような場所は、なるべくなら写真部の部員として接したいと願っている。叶わぬ願いだが。

 荷物を二人で運び出して、華実かさね先輩と同じ部屋の空いているベッドの傍に置く。

 居間に戻れば、俺たちが荷物を移動させるのを見てソワソワしていた華実かさね先輩が明るい笑顔で俺を出迎える。パシパシと隣に戻ってくるように指示したので、苦笑いで元の位置に戻った。また華実かさね先輩は俺の身体に抱きつくようにもたれかかる。

 そんな姿をちらりと見てから、なんとも不思議な表情をした鳳蝶あげはに、せんりがお茶を差し出した。

 一口お茶を飲んでから、鳳蝶あげはが時計を見る。


「井場さん、ありがとうございますの。もうすっかり遅い時間ですわね」

「そうだね。大変だったの?」

「少々集まりで人を呼んだりもしましたの。わざわざ人を呼ぶのもと思ったのですが、ずーっと接待まがいの会話をさせられるぐらいなら、講演じみたものをやってもらった方がマシですの」

「やっぱり別世界ですねー」


 せんりがそんな事を素直に言う。確かに、同じ年の少女がせっせと同じ年回りの人のために人を呼んで切り盛りするなど、俺の想像出来ない大変さだ。


「そうでしょうか? まあ、親からも人を使う練習とも言われていますし、気疲れしますが挑戦していますのよ。お暇があればご参加いかが?」

「あははは、俺は遠慮しとくよ。住道すみのどうグループでもない人間が、ひょっこり参加するって、胃に穴が空くほど嫌味を言われそう」

「えぇ!? そんなことになるんですか」

尚順ひさのぶさんって、たまに知ったような事言うので驚きますの」

尚順ひさのぶ君、そんな経験あるの?」


 華実かさね先輩が気になるように俺を尋ねた。鳳蝶あげはが可愛らしく首をかしげている。


「同じ中学に四條畷しじょうなわてさんがいたから、中学の友人の話を聞いたら似たような話題があったんだ」

「ふんっ」

尚順ひさのぶさん、四條畷しじょうなわてさんと同じ中学だったんですのね」

折川おりかわ君、四條畷しじょうなわてさんと同じ中学って言ってましたもんね」

「あー、尚順ひさのぶ君、幼馴染だって言ってたもんね」


 華実かさね先輩がそうだったねと言った具合に、気楽にそんな事を言った。春日野かすがのが不満げな声を短く出しただけで収めていたが、そういえば華実かさね先輩にそんな話をしていたんだ。……華実かさね先輩はよく覚えているなと、背中に汗を流しながら愛想笑いを浮かべた。


「え?」


 鳳蝶あげはが疑問の声を出して俺を見る。


「幼馴染って言っても、高校で縁は全然無いよ」

「そうですよね。別クラスとは言え、同じ学年なのに高校で話してるの見たこと無いですし」

「あ、そうなんだ」

「そうなんですのね。驚きましたわ。そんな事、尚順ひさのぶさん話されたことが無いですの」

「私は四月早々に教えてもらったけど」

「……鳳蝶あげは、もう夜遅いのに、まだお風呂も入れてないなら入ったら?」

「あら、お茶を一杯と思っていたら、本当に尚順ひさのぶさんの言う通りですわね。お風呂いただいてきます」


 スッと立ち上がって、彼女はさっさと準備を整えて浴室へ向かう。フーっとため息をついて、俺は華実かさね先輩に見られないように調整してスマホをチェックした。

 スマホの中には、高校の幼馴染の写真は無い。

 そうだ。幼馴染フラれて高校は距離が出来て、新しい女友達が出来て、華実かさね先輩という恋人が居るんだ。正しい思い出が何かを何度も何度も見返して改めて心に留める。そうして写真をどんどんめくっていって、茶会以後、恋人と女友達たちの写真が途切れる。エッチの時しか写真を撮らないからだ。そんなものは誰でも見れてしまうスマホに入れておけない。

 ……女友達の写真で増えるのは、唯彩ゆいささんばかりで……。

 そう思っていたら、最近の鳳蝶あげはが朝に送ってくるようになった私服のコーデ写真が映された。可愛い。そうだ。スマホに入れていても問題のない女友達らしい写真が増えた。鳳蝶あげはが増やしてくれた。


「なにか嬉しい事でもありました?」


 せんりの声にスマホから顔をあげる。嬉しい? スマホの画面を消した。こちらを見ていなかった華実かさね先輩もスマホから顔をあげた。


「嬉しい? え、せんりどうして?」

「いえ、笑顔でしたよ」

「ああ、……そうだ。タイミング悪いけど、写真部のみんなの写真を撮ろうよ」

「お昼も撮りましたけど?」

「浴衣姿の旅行の一風景の写真、良いんじゃないかな?」


 せんりが疑問を出すが、華実かさね先輩が同意してくれた。良かった。春日野かすがのを見ると、もにょもにょした顔をしている。おそらく慣れていないから、同意も否定もしにくいのだろう。


春日野かすがのって、中学の修学旅行の時に、みんなで写真撮ろうって時に、いつの間にかいなくなってた人?」

「うぇ!? な、なんで知ってるの」

「いや、予想だから。ほら、春日野かすがのも来て、一緒に撮ろう」

「…………う、うん」


 顔を赤くしながら、そそそと傍にやってくる。俺はカメラを持ってきて、まずは綺麗な女子しか居ない空間を写真を撮る。そして、セフルタイマーを使って、俺も含めた今の写真部全員の写真を撮る。

 明日も撮ろう。

 笑顔の皆が写った写真を見て、俺はそう思った。


 華実かさね先輩が大事にしたいと言った写真部の、大切な思い出だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る