第8話 唯彩の家へ

 教室に戻ると鮮やかな金髪に白い肌が映えるギャルっぽい少女、唯彩さんがスマホをいじり席に座っていた。


「唯彩さん、遅くまで残ってどうした?」

「部活お疲れ様! ひさ君と一緒に帰ろうと思って待ってた! 一人で帰るんじゃないかなって思って!」

「いつ終わるかわからないのに、待ってたら長かったんじゃないか? 帰っても良かったのに」

「そんな冷たいこと言わないでよー。友達じゃん、一緒に帰ろ」


 彼女はバンバンと近づいてきて俺の肩を叩いてそんな事を言う。一緒に帰るのは問題ないし、彼女自身ずっと待っていたというのなら帰っていいよというのも失礼すぎる。俺は席においてあったカバンを取って、彼女と一緒に並んで家まで歩くことにした。


「それにしても写真部って遅くまで活動するんだね?」

「今日は校舎で部長がスナップショットやポートレートを撮るのに個人的おすすすめ撮影スポット? みたいなのを紹介ツアーしてもらっていて遅くなった。けど、普通だとそこまで遅くならないらしい」

「そうなんだ! じゃあ、一緒に帰れる時は帰ろうよ!」

「唯彩さんは部活何か入らないのか? 強制じゃないけど結構入る人もいるから」


 部活かーと呟いてから考えるように仰々しく腕を組むポーズをする唯彩が、てくてくと歩きながら悩んだ風な声を吐き出す。


「うーん、やりたいことも無いから、かなー。バイトのほうがしたいかも」

「なるほど、バイトか」


 彼女が何に使うためにバイトをしてお金を稼ぎたいか不明ではあるが、高校生が中学の頃と違って新たにできることといえばバイトもその一つなのは確かだ。


「バイトも問題ないのか?」

「ふふふ、さすがひさ君、あたしがちゃんと校則調べ済みなのを理解してるんだね! もちろん、バイトについて禁止じゃないよ。でも、」

「でも?」

「赤点を取ったりするように成績が落ちると、教師からバンバン苦言が飛んできて校則上だと、まずバイトの維持について親に連絡相談するみたい」

「強制的に辞めさせるとかは無いわけか」

「そういうのは無いけど、成績が落ちたままだとそもそも成績改善の意思が無いから課題を受けさせられて、課題を出さなかったりすると謹慎と停学推奨まで行くみたい」

「えぇ、想像よりも厳しいな。バイト禁止って言われたほうがわかりやすい」

「バイトは個人の自由だからね、学校が強制できるのは成績を上げなさいというのと、成績が改善されなかったら学校にいられないよという通達みたいっぽい! それはそれで厳しいと思う!」


 学生を管理するという力は無いわけなので、確かにこう見ると自由がある学校なのだなと感じた。しかし、バスケ部に所属していた頃の、ただ言われた事をこなすだけの自分がこの学校に居たら、きっと何をすればいいかわからなくて中学と同じことをしていたんだなと思ってしまった。そんな過去を振り返ることがチクチクと心が針で刺されたように痛んでいた。


「バイトは何をしたいんだ? ありきたりだと、喫茶店の店員? チェーンのコーヒー店に唯彩さんっていそうな見た目してるよな」

「見た目! 見た目判定!」

「そこは仕方がない」

「ぶーっ、見た目で人を判断したらダメなんだよ」


 金髪に染めてギャルっぽい身だしなみに寄った進学校に通う女学生に言われると確かに威力が強い発言だった。俺はふふっと笑って、彼女にそのとおりだなと答えれば、彼女もそうっしょー? とわざとらしい返答を返したのだ。

 お互いに自転車で軽快に帰り道を進んでいく。春の夕暮れの空気は思ったよりも冷たく感じられた。

 表札に鯰江なまずえと書かれた家までたどり着いて、そこで別れるつもりだった、俺を彼女が服をつかんで呼び止める。


「もう少し、話したいんだけど。家上がってかない?」

「今からか」

「この後予定あるって感じ?」

「夕食まではまだ余裕はあるし、家までは目と鼻の先だからな」

「川が横たわってるけどねっ!」


 彼女の言い分に、少しだけ困ったのは本当だ。今日の朝会ったばかりと言っても間違いない女の子の家に上がり込む男は少々不躾だろう。彼女の両親も気まずいのじゃないだろうか。

 そんな俺の気持ちを表情から読み取ったのか、つかむ場所を手に変えて俺の手を引く。


「上がって上がって」


 と、そんな風ににこやかな笑顔で案内しようとする彼女の行動に合わせて、庭に置かれている犬小屋から一匹の柴犬が姿を見せてワンワンと声を上げる。

 楽しげに俺の足元にまとわりつく柴犬のコンタロウを見た彼女は味方ができたと言わんばかりに満面の笑顔になった。


「ほらほら! コンタロウも気づいたよ! ひさ君が来たのを喜んでるからさ、良い、でしょ? ひさ君、家に上がって?」


 彼女がそんな事を言いながら、真剣な瞳が俺を貫いていた。俺が少し黙っただけで、泣かせてしまいそうな雰囲気があった。泣かせるのも本意じゃないため、俺は素直に押し負けて仕方がないなと言った具合で家に上がることを了承する。


「やったね! 今鍵開けるね!」


 玄関の鍵をあけて彼女は俺を家に迎え入れる。家の中は静かだった。彼女が誘導するままに俺は薄暗いまま電気がつけられなかったリビングを横目に、二階にある一室に通される。

 そこは可愛らしい色合いの小物や家具で統一され、コンタロウに似た柴犬っぽいぬいぐるみも飾られていた。たまに家に上げるのだろうか。犬用のベッドらしき物が部屋の隅に置かれている。

 幼馴染の莉念りねんとは全く趣が異なっていた。男子が妄想する可愛い女子の部屋を体現したような部屋に思えた。柑橘類をベースにした香りがして身近でない女子の香りにドキリとする。


「お茶入れてくるからそこの座布団に座って待ってて! お茶、紅茶で良いかな?」


 そう言って、すぐに紅茶とクッキーを持って戻ってきた。僅かな時間でも俺は女の子の部屋を変に意識しないように努めて、彼女が戻ってくるのを大人しくなった。キョロキョロしたのだけは許してほしいところだ。

 ありがたく持ってきてくれたクッキーを食べれば、ホロホロと心地よく口の中でとろけていく。美味しい。


「これって手作りなのか?」

「そーだよ、どうよどうよ!」


 彼女の自慢気な顔に笑いながら、美味しいよと告げれば、彼女はまた更に笑顔になって春休みの間に練習してさらに上手くなってきたと教えてくれた。小さい頃から料理をしているらしい。

 最初の挑戦の失敗談なども、彼女は包み隠さずそれも楽しかったと言うように話すので、俺は少しだけ彼女が眩しく感じられた。

 俺が知っている女の子の手作りというのは、いつの間にか料理が上手くなっていた莉念りねんの料理くらいだからだ。彼女は四條畷しじょうなわての味というより、本当に俺の母親から料理を学んでいるので莉念りねんの作る料理は俺の家の味だった。そのため女の子の料理でいつもと異なるというのは新鮮な気持ちにさせられる。


「そんな経験の蓄積であるこのクッキーを心して食べさせてもらおう」

「あははははっ。そこまで気合い入れなくていいじゃんっ」


 俺がそんなことをわざとらしく仰々しくいえば、彼女は俺のそんな行動が本当におかしかったのか、楽しそうに笑いながら俺にツッコミを入れた。


 紅茶とクッキーを夕食に影響が出ない量を堪能させてもらいながら、俺は彼女と春休みに過ごしたことや今日の授業で感じたことなどを話した。

 俺が春休み中に旅行で行った場所の話をすると彼女は羨ましそうに俺の話を楽しそうに聞いてくれた。

 もうそろそろ夕食が近くなってしまうため、お暇しようとしたところで彼女があっと思い出したように声を上げる。


「連絡先、交換しよ!」

「そういえば、まだしてなかったな」


 手早く連絡先を交換して、彼女はことさらそれが良いことのように喜んでくれた。俺はそんなに喜ばれるような物じゃないと笑って彼女にいえば、また夜連絡する! と彼女に言われてしまった。

 なので、俺は当然彼女に釘を指しておくのを忘れない。


「勉強しないとダメだぞ」

「もう、分かってるよ! ひさ君も勉強ちゃんとしないとダメだよ!!」


 お互いにそんな事を言って笑い合い、彼女がビシッと俺の額に向けて大仰に人差し指をくっつける。彼女が顔を近づければ、彼女の金髪から甘い香りが香った。

 彼女の部屋は人がしっかりと生活している空気があったが、家を立ち去る時の廊下は冷え冷えとして唯彩さんの部屋の空気の落差を感じた。家の中は静かであり、彼女の両親も今日はいなかったようだ。

 そして、俺は彼女の家を出て自宅に向かって自転車を走らせるのだった。


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