第7話 写真部の部長

 授業が終わり放課後、住道すみのどうさんは用事が有るということで今日は早々に帰ってしまう。優雅に手を振る姿はやはりお嬢様然としながら美しかった。放出はなてんはバスケ部に向かうということで俺とすぐに向かう先が異なるため別れた。俺は今日が写真部の活動日ということで早速写真部のある部室に向かう。

 文化部としてメジャーな部活動がある階はガヤガヤと騒がしかったが、写真部が所属する小規模な部活や同好会が固まる階は比較的静かな空気が漂っていた。

 時折、すれ違う学生たちもグループで固まっていても大きな声を上げて騒がしくすることもない。この空気は悪くないなと感じていた。

 中学の頃は部活へ通うというのはひどく騒がしい毎日だった。ちっぽけな俺が莉念りねんの傍にいつもいることへのやっかみもあったのだろう。それを強く言えないから茶化すように言いながらも、強く当たられていた。やはり俺は何も分かっていなかったのだ。

 写真部の扉の前に立った。上には窓ガラスがあり、部屋の光がついているのが見えて、人がいるのが分かった。よくよく見れば扉の横に在室の札がある。そういえば通り過ぎていった他の扉の横にも同じような札が有ったなと思い出す。

 コンコンとノックをする。


「ご自由にどうぞ~~」

「失礼します。一年生で写真部について教えてもらいに来ました」


 部屋の中に入れば、部活動紹介で部長と紹介していた小柄な先輩が二人で座るには少々狭そうな幅をした黒いソファに我が物顔でだらっと座って本を開いていた。大きな冊子でおそらく写真集のようだ。


「ほほー、初日から写真部なんて来る新入生が現れるとは思わなかったな。そこの椅子に座って。あ、このソファは私専用だから、座ったらダメだよ。私は部長の丸宮だよ。三年七組」


 彼女が本をテーブルの上において、ソファを座り直す。昨日見た時には長い前髪で顔が見えなかったが、今はその長い髪をピンで止めてその整った顔を見ることができた。先輩にも変わらず幼さを残しながらも整った顔立ちに真っ白な肌と鋭い目つきによって物語に現れる吸血鬼のような妖しさを俺に与えた。


「こんにちは。はじめまして、一年二組の折川尚順です。写真を撮るのは中学三年生の夏から始めて興味を持ったので来てみました」

「そうかー。昨日の入学式後の部活動説明にした通り、写真部の部活動は基本的に自由に、けど校内の行事では働かされるってものだよ。部費は毎月徴収するし年二回か三回の撮影旅行をするための費用に消えるので、学校から出てくる部活動予算を部員へ割り振るような補助はほぼなし! フィルムカメラは学校内では対応不可。オール電子データ。オッケーかな?」

「問題ないですが、部員数の話題が全く無かったので、それぐらいは知りたいです」

「部員は想像よりも多いよ。これだけ生徒が多ければ、奇特な人はいるもんさ。まあ、鉄道オタクで主軸は鉄道であって部活旅行に行くためだけに入っているのもいるけどね。学校行事には働かせるけど。君は何を活動にするの?」

「……何を、ですか。あんまりそこまで考えてなかった、ですね」

「ふーん。高校生でね、自分のカメラをわざわざ持って写真部に来る人間なんてこだわりが強いもんだよ。カメラは持っているんだろう? 何を撮っているんだい?」


 彼女の深い色を湛えた瞳が俺を覗き込むように尋ねる。少しだけ迷って、素直に俺は答えた。


「家族というか、身近な人のスナップショットやポートレート?」


 沈黙が落ちる。開かれた窓から滑り込む風が部室の中をぐるぐると巡ってしばらくすれば、彼女があはははと笑い出した。風に踊るような声だった。


「中学になってから写真撮影が趣味になり家族のポートレートが趣味と。折川君、高校生で家族写真が趣味になる人間は、……変人だよ、あまり大っぴらに言うのはやめて風景とでも言っておきな」


 そこまで言われるとは思わなくて顔をしかめると、彼女はごめんごめんとまだ笑いながら少々おざなりに謝った。


「だってね、折川君。家族写真に君が何を見ているかは聞かないよ。怖いからさ。私はあくまで写真部の部長で、好青年な一年生の君の入部を歓迎するだけさ。でも、改めて言うけど家族写真が趣味と言うのはやめておいてほしいね。

 私が過ごした三年間で家族写真が趣味と言ったやつは、私が一年生の頃に出会った姉に倒錯していた三年生の男だけだったのでね」

「そういうのとは全く違うと思いますけど」

「そうとも、そうとも。君とその男性は違うだろう。だが、今の三年生はその男のことを当然覚えているのでね、君のためだよ」


 妖しい眼力を持った彼女は、努めて優しい声で改めて俺にそう言ったのだ。そんな少々緊張を伴う距離となってしまった俺と部長だったが、部長はスススッと紙を取り出す。写真部への入部届だった。

 言葉は尊大そうに見せているにも関わらず、こちらを伺うように彼女は紙を差し出してくる。


「君がこの三年間を写真部で過ごしてくれるというのならば、ぜひ記入してくれたまえ。今日は今年度の活動初日だが、おそらくあと一人か二人しか来まいて」

「うーん、ちょっと部長さんの態度があれなんで不安なんですけど」

「なんてひどい後輩だ。私はこんなに君に善意で接しているのに。君はズケズケと物を言うね」

「高校では色んなことに取り組みたいので」

「それで人にズケズケというのは違うと思うけれど」

「遠慮すると損することを覚えたのかもしれません」

「遠慮のない後輩だなぁ」

「遠慮がなくてすみません」


 部長は前髪で目を隠しているため、俺には細かな表情は知ることが出来ない。彼女は傷ついた風でもなく、そわそわと俺が手元によせた紙に対する次の動きを探っていた。部長にそんな事を言いながら、俺はさらさらと紙に名前を書いて彼女へ手渡す。彼女は満足したように頷いて入部届を受け取って綺麗に笑った。


「遠慮がない後輩だろうとも、君の入部歓迎するよ、折川君。次の活動日にはカメラを持ってきてくれると会話が弾むので助かるね。それとも何かしたいことがあるかな? 家族のスナップショットやポートレートといわずに、写真を撮るのが好きなのであれば、学校はいいよ。写真部と分かる腕章などをつけていれば学内で勝手に撮っても、納得されてないけど許されるからね」

「……納得してないのは許されていないのでは? 肖像権は大事にしましょう。部長は何を撮るのが趣味なんですか?」

「私? 私は綺麗な風景と綺麗な女子を撮るのが趣味だから、今は一年生の綺麗所を見極めてるところだよ」


 そんな事を恥ずかしげもなく言った彼女に俺は唖然としてしまった。しかし、彼女は全く悪びれたこともなく、皆そんな反応をするんだよねと言った具合でニヤニヤと慣れているのか笑っていた。


「悪びれることもなくよく言えますね」

「私は女子だからね。何も、問題、無いだろう?」

「それはそうかもしれませんが」

「さて、これだけ話して人も来ないし、一緒に校内を回ろうじゃないか。校内でこれから撮影することも多いからね」


 いえ結構ですと断ろうとする隙さえ俺に与えずぐいぐいと部長は俺を動かしてしまい、気づけば小柄な彼女の少し斜め後ろに位置をキープして彼女の説明を聞いていく。部室が固まっているここの廊下などはあまり撮影しないようにというのがまず第一だった。そして、なるべくスナップショット系はどうしても放課後に部活になるため、好みの時間帯で写真が撮れないのも彼女の不満として愚痴られた。授業中の風景など、やはり学生である限り撮影するチャンスがほぼ無いのが残念だと肩を落としていた。


 広々としたグランドに運動部が各々のエリアを確保して活動している。それを横目に彼女はうっすらと葉が増えてきた桜の横を歩いて行く。


「桜が散るのが早くてね。桜を背景に写真を撮りたい場合は三月にしかチャンスがないんだよね」

「時期がずれた桜は無いんですか? 五月ぐらいに咲く八重桜もありますよね」

「校内には無いねぇ。学校内に無いと、被写体の人に土日に出てもらうのも厳しいから難しいものさ。君も撮りたい被写体との関係性は重視してくれたまえ」

「……俺はそういうのは」

「尚順?」


 声が響く。鈴を転がしたような瑞々しい声だ。隣の小柄な少女をあたかも訝しむ目をしていた莉念りねんが長い髪を春風に揺らしながら歩いていた。近づいてきた莉念りねんを少しだけ見上げるようにした部長が感心したように声を発する。


「こんにちは、なんとも美人な一年生だね」

「えっと、誰、尚順」

「ああ、写真部の部長の丸宮さん」

「紹介どうも、折川君。はじめまして、丸宮だよ。よろしく」


 莉念りねんは部長が差し出した握手を求める手を見て、ふーんという声を出してから、何もなかったように立ち去ってしまった。

 部長は驚きの表情を浮かべて俺に顔を向けたが、もう立ち去るという選択をして離れていく莉念りねんに俺が何もできるわけがなかった。

 春の夕暮れを悠々と立ち去る彼女は、あたかも何者も邪魔されない妖精のようにその後姿さえ美しかった。


「失礼すぎてびっくりしたよ。知り合いかな?」

「幼馴染の関係です」

「そうかい。なら、もう少し礼儀について教えておいてくれたまえ」

「……はぁ、無理だと思います」


 莉念りねんは俺と家族以外に対しての行動の基準は未だによくわからない。お嬢様モードだともう少し丁寧に対応すると思うが、たった今部長にその姿を見せなかったのは俺がいたからプライベートモードに少し入っていたのだろうか。

 その後、部長も彼女のことは深く突っ込まずに軽く校舎を回って今日の部活は終了となった。俺は部長に幼馴染の非礼を改めて謝ってから部室を立ち去り、教室に置きっぱなしにしてしまったカバンを取りに戻るのだった。


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