第6話 ひ、ひさ君!?!?

 先生から言われていたお昼のうちにやるべきことを住道すみのどうさんと確認しているところに、唯彩ゆいささんが顔を出してくる。


「ひさ君~。お昼どうするの!?」

「ひ、ひさ君!?!?」

「あ、そだそだ。鯰江なまずえ唯彩ゆいさだよ、委員長よろしく~。唯彩ゆいさって呼んでね。鯰江なまずえってキャラじゃないでしょ?」


 俺が答えようとする前に、反応した住道すみのどうさんへ唯彩ゆいさが声をかけた。が、住道すみのどうさんが驚愕の表情で金髪ギャルっぽい唯彩ゆいささんを見ていた。いや、うん、彼女の会話テンポは有無を言わさぬ流れですごい。住道すみのどうさんは、ああ、そうといった具合で、流されるまま唯彩ゆいささんよろしくお願い致しますわねと応じて、ハッとして少々迷ってからおずおずと訪ねた。


「ひ、ひさ君って、あなたは折川さんと仲良いのかしら?」

「今日の朝、仲良くなったんだー」

「今日の朝!?」


 住道すみのどうが驚愕の表情で俺を見てくる。いや、俺を見られても困る。これまでの凛とした表情や、会話することで感じていたふんわりと上品なコミュニケーションとは全く異なる姿を見せる住道すみのどうさんに、俺自身もちょっとだけびっくりしていた。


「朝、日課のランニングしてる時に顔を合わせてその時少し話をしたんだ」

「そそ、委員長聞いてよ、ひさ君私のこと知らなかったんだよー、ひどくない?」

「……ええ、鯰江なまずえさんは」

唯彩ゆいさでいいよ! 委員長!」


 住道すみのどうさんがもにゅもにゅしてから、口を開く。


唯彩ゆいささんは記憶にあれば金髪じゃなかったと思うのですけれど」

「入学式終わったから昨日染めてきた!! 良いでしょ!」


 そのスピード感に呆然としている住道すみのどうさんの気持ちに対して俺は共感していた。住道すみのどうさんは朝の担任の話を当然覚えており、改めて生徒手帳の中の校則を見返した。その行動は眼を見張るほど素早く確認作業にかかった時間は僅かな時間だった。驚愕した表情をしながら、住道すみのどうさんは口を開く。


「尊敬いたしますわ」

「委員長に尊敬されるなんて、良くわかんないけどありがとー」


 嬉しそうに唯彩ゆいささんが言うのを、住道すみのどうさんは受け流して俺に向き直った。


「お昼、どういたしますの?」

「一緒に行こうか。終わったらすぐに手伝わないと行けないし」

「ひさ君、委員長と一緒なの?」

「ああ、そうなんだ。唯彩ゆいささんも一緒にお昼行くか? あまり会話できないのは許してほしいけど」

「全然良いよ! 今日はお弁当じゃないから、学食かな」

「学食、席は空いてるかなぁ」


 担任の説明事項で、学食はあるが生徒数と比較するとあまり大きく無いので運が悪いと混むからそれは念頭にしておいてというのがあった。


「ですけれど、お弁当もありませんし、まずは学食に行ってみないと始まりませんわ」


 住道すみのどうさんに促されて俺たちは三人で教室を出ていく。

 今ここに混ざらなかった放出はなてんはでかい弁当を用意していて、都合は合わなかった。俺は弁当じゃないと告げると、彼はすぐにカバンからでかい弁当を取り出したからだ。


「すまんな、俺は弟とかの分も含めて親が作ってくれるからよ」

「いや、全然構わない。もしかしたら俺も明日から弁当にするかな」


 そんな放出はなてんとは別れて女子と連れ立って歩くだけなのだが、唯彩ゆいささんが目立つ。金髪だからだ。そして、目立つ彼女を見てからあたかも真反対のような凛とした和風美人の住道すみのどうを皆が見ていくのだ。そこに交じる異物の俺はあまり目立たないようなので助かった。

 学食は確かに混んでいたが、メニューの値段を見てそこまでこまない理由が理解できてしまった。値段を見た瞬間、唯彩ゆいさが納得の声を上げたからだ。


「日替わり以外はそんなに安くないんだね! 私は明日からお弁当かなー」

「私は大丈夫ですけれど、確かに学生として考えると毎日学食にすると負担が大きいかもしれませんわね」

「うーん、確かに毎日利用ってなるとちょっと高くなるかもな」


 無難に応えるが、俺は余裕がありそうだった。だが、お昼を節約できれば写真を撮影するための旅行費用に回せるので、お昼はやはりお弁当が良いかもしれない。

 ガヤガヤと騒がしい中、手短な席に座って食事を取る。


「ふむ、普通だ」

「ええ、普通ですわね」

「うん、問題ないし!」


 三人とも意見に相違はなかった。外食やコンビニ弁当などを考えるとボリュームに対して値段は安めといって良い部類だ。だが、格安とまでは言えないと言った具合で、それが広めの学食に対して人が溢れない理由かもしれない。

 そんなガヤガヤとした学食が一瞬静まり返った。

 彼女はスタスタと何でも無いように扉から入り、学食内を歩いていた。それでも彼女を見た誰しも一瞬言葉を失ってしまい、その連鎖の結果、学食は静かになったのだ。

 彼女は何でも無いように一人で学食に入り一人で空いていた手短な席に座り、美しい所作で食事を開始した。ただ、それだけだ。

 けれど、誰もが彼女の姿を見つめていた。

 ぽつりと住道すみのどうさんがつぶやいて、俺たち三人の時計は動き出した。


四條畷しじょうなわてさんは目立ちますわね。どこで顔を見せられても、初対面の方が多ければ一瞬静まり返りますもの」

四條畷しじょうなわてさんって言うんだ。すごい綺麗だよね。住道すみのどうさん知り合いなの?」

「お家の関係で顔を合わせたことがある程度ですわ。同い年なのですが簡単な挨拶しかしたこと無いのであまり知り合いというほどではありませんわね」

「ほへーお家の関係」


 唯彩ゆいささんは家の関係で顔を合わせるという内容に馴染みがないため、そんな感嘆の声しか挙げられなかったようだ。俺もあまり家関係で莉念りねんと一緒に行動したことがないので、住道すみのどうさんが見てきた光景を共有することはできなかった。

 中学時代も入学数ヶ月ぐらいは、今と同じような雰囲気を保っていたが、それも過ぎれば見慣れるものなのか静まり返ることはなかった。結局どんな美人でも日常風景と化してしまえば、いつかは周りも慣れるということなのかもしれない。


 気づけば昼食に時間を使いすぎてしまった。住道すみのどうさんと合わせて、残りを食べ終え学食前で唯彩ゆいささんと分かれて足早に職員室にいる担任の元に向かった。


「お昼休みにごめんなさいね。それじゃあ、午後からの授業でそれぞれ使うこれとこれ、今日はお願いします。明日以降は授業内容に合わせて決まった係が回すだろうけど、困ったことがあればフォローしてあげてね」

「問題ありません。わかりました」


 住道すみのどうさんと連れ立って、紙にメモされた内容を集めにいく。職員室から少し離れたところにある印刷室では、学年とクラスが記載された棚があり、そこに積まれた紙束を二人でそれぞれ分担して抱えて、教室へ戻る。

 スラッとした住道すみのどうさんと横に並んで歩けば、ブレもなく綺麗に歩く春の日差しを受けた彼女の姿を男子学生はついつい目で追ってしまうものだ。それが一緒に歩いていればよくわかった。


「ひ……」

「どうかした?」

「そういえば、どうして折川さんは学級委員長に立候補されたのでしょうか?」

「ああ、うーん、中学で挑戦しなかったことに挑戦してみようかなって。いわゆる高校デビューってやつ」

「昨日も高校デビューって言われましたよね。中学とそんなに違うのですか?」

「あははは、もうすごい違ってるよ。きっと住道すみのどうさんが中学時代の俺を見たらびっくりするぐらい」


 莉念りねんにフラレるまでの俺は半端な熱量で部活をこなす事と莉念りねんと過ごすだけの時間の使い方だった。時間があれば莉念りねんと過ごそうとしていた。きっと周りから見たらひどく滑稽でみっともない姿だったのだろうと、フラレたことで俺は理解した。けれど、それを簡単に変えられるほど俺は強くなかったし、中学の内部でできた俺への見方を短い期間で変えられることはなかった。

 だからこそ莉念りねんと同じ高校とは言え別クラスになった俺は、莉念りねんのいない人間関係の構築を頑張ろうと思っているのだ。

 そんな深い部分を語るほどまだ住道すみのどうさんとは仲良くなれていないため、ある意味で上辺だけの高校デビューという言葉が何度も出てしまうのは許してほしい。


「きっと折川さんにも色々あるのですわね」

住道すみのどうさんはきっと」


 彼女がふんわりと笑顔で肯定してくれることに、心があたたかくなった気がした。立ち止まったが、それ以上は続かなかった俺の言葉に対して不思議そうにする彼女へ何でも無いと答えて、俺は住道すみのどうさんを促して教室に向かった。

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