第37話 壊れた日々でも君は美しい①
桜が散っている。卒業式は感動的だった。
卒業式後、多くの男子学生が
俺は中学の同学年の男子たちに、金魚のフンやコバンザメ、など散々言われながら無事中学を卒業した。
春休みになって俺たちは高校の準備とともに緩やかな長い休みを堪能していた。
そんな春休みに俺は撮影旅行を計画していた。桜を撮影したかった。風景を撮るので良いかと思っていた俺に、笑顔の
「旅行、一緒に、行く」
「え?」
「もうホテルも、取った」
俺は荷物を持って彼女が送ってきたスケジュール通りに、電車に乗った。電車では
桜の名所にたどり着くと、やはりあまりの人の多さ混雑していた。
それでも俺は
どんなバカップルだろう。恋人同士でもないのに。
綺麗な女の子がキスをねだる仕草は、道行く男性を魅了したのか、
「桜、綺麗」
「写真見るか?
「尚順、ありがとう。嬉しい。キスして?」
事あるごとに、彼女はキスをねだる。タガが外れたのは冬休みのあの日からだ、二人の時は場所を選びながら人目を憚らずにこんな事を言うようになった。
中学の校舎内でも
見ているだけで陶酔しそうなほどの美貌の少女がねだるのを拒否する男はいないだろう。俺は彼女の艷やかに輝く唇にキスをして、離れようとするが、俺の後頭部に回された彼女の手がその動きを拒否する。
唇が開いて、ねっとりと彼女が満足するまで動き回って、開放される。周りのドン引きした視線が痛々しくても、彼女は気にしない。
桜の花びらがハラハラと舞って、彼女の傍を通り過ぎる。その一瞬をカメラで撮影すると、憂いを帯びた美しい少女と桜の共演した一瞬が切り取られるのだ。
この憂いの表情の意味を聞くと、
「唇が、寂しいなって」
どうしてそんな事を言うのだろう。もっと普通の会話をしよう。好きなものを話そう。高校への不安を話そう。そんなありきたりな会話は、二人きりの時には大抵停滞してしまう。
俺は
俺と彼女の手が恋人つなぎで繋がる。なぜ? 分からない。
けれど、一番いい女の子と手と手のつなぎ方はこの形と言われたので、それに従っている。
家族同然の幼馴染と出かける時に手をつなぐのは普通と言われている。
実際、家族五人で出歩く時に、似たような事をしても家族は誰も咎めないので、普通なのだ。
彼女の指が俺の手の感触を覚えるように、絡め取るように動いていた。
夕暮れとなり彼女が予約したホテルは、普通だった。変に高級ホテルでなくてホッとしていたが、部屋自体はこのホテル内で高い部類に入る部屋を選んだらしかった。
エレベータで上がり入った部屋は広々としており、ベッドもツインのため一応別々のベッドがあった。しかし、彼女はその一つにわざとらしく鞄を置いた。
「どう、したの?」
「ベッド一つしか使わないのか?」
「一緒に寝る、でしょ?」
彼女は服を放って、俺をベッドに押し倒した。
「夕飯を」
「ルームサービス、頼めば良い、だけ」
ベッドの上でまず動くのは彼女だ。俺は動けなかった。でも、彼女が望めば俺は彼女の望みを叶えるために動いた。彼女が喜ぶ箇所を知り。彼女が喜ぶ動きを知り。彼女はどんどんと俺が私のことを覚えてくれると喜ぶのだ。
彼女が満足したら、ようやく食事を口に出来た。
だが、ふと家の食事が恋しくなった。昨日も食べているのに。
目の前で服を着ずに下着だけの
ポツリと言葉が溢れた。
「俺が悪かったのか?」
「何が?」
「なんでこんなことになったんだろう」
「……尚順、私、分からない。何か、嫌なこと、あった?」
「ああ、何でも無いよ。一緒に御飯を食べてるところ、写真に撮ろうか」
「嬉しい。キスして?」
本当は撮りたいのは今じゃなかった。家族で笑顔で写真を撮って。
俺はすぐに、二枚の写真を撮った。
下着だけの少女と服を来た少年が並んでお互いにあーんと食べさせている意味不明な写真と、ちゃんと服を着てあーんと彼女が食べている笑顔の写真。
服を着てほしかったので、服を着てくれとお願いすると、良いよと彼女は頓着せずに言ってすぐに服を着た。
愛想笑いの写真でちゃんと家族同然の幼馴染の思い出写真を作って上書きしよう。
長い夜だった。
けれど、次の日の朝。
日差しを浴びながら柔らかな春風を抱きしめた桜とともに優しげで清楚な笑みを浮かべた少女の写真は、ただただ美しかった。
「
「嬉しい。キスして?」
あまりに清廉で美麗な光景と一致しない、全く俺が望まない言葉を聞いた瞬間、俺の胸が傷む。
彼女の言葉に俺の目から涙の粒がこぼれた。俺は彼女の顎と指で優しく掴んで角度つける。
柔らかな唇が触れる。
彼女は何を確かめているのだろう。
俺には分からなかった。
二泊三日の桜の撮影旅行は
「何が悪かったのだろう」
朝、起きた俺はまた腕の中ですやすやと眠っている
隣に住んでいて親同士が仲良しな、とても綺麗な幼馴染の女の子を好きになったはずだったのに、俺の何が悪かったのだろう。
日常から離れてしまうと、俺を苦しく締め付けてくる。日常に帰りたい。
写真整理していると、妹が姿を見せてノートパソコンの画面を覗き込んだ。見せても大丈夫な写真だけが並んでいたので全く問題なかった。
これが周りが認識しているあるべき思い出だからだ。
妹は嬉しそうに言う。
「楽しそうな写真。他にも色々あるんだろうけど、
「ああ、そうだな」
俺は妹の言葉に、笑顔で答えた。
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