第15話 地雷すぎる

 朝の日課のランニング、川にかかる橋の途中で立ち止まる。いつもならば、こんなところで止まることはないが、とても朝の風が気持ちよくキラキラと朝日に輝く川が綺麗だったため、自然と足を止めてしまった。

 ここでフラレたことも、ついでに思い出してしまった。今もあの時のことを思い出すと、心臓がバクバクと激しく脈打つ。

 俺はゆっくりと心を落ち着けるために歩き出して、明るい犬の鳴き声を聞いた。


「お、おはよう、ひさ君」

「おはよう、唯彩ゆいささん。一緒に歩かない?」

「走らなくていいんだ?」

「ああ、ごめんすごいしっかりとした格好してるのに、今日は散歩にしたい気分なんだ」


 彼女は昨日とは違ってたまに見かけるランニングスタイルと似た服装をしっかり決めていた。手にはリードを持っているので、ちょっとちぐはぐだが。


「もう気づいても言わないで!」

「ワンワン」

「ごめんごめん。土曜日だし、ゆっくりしても遅刻しないからね。たまには散歩もいいかなって」

「それなら良かったし!」


 柴犬のコンタロウも彼女をかばうように鳴き声を上げるので、思わず笑ってしまう。コンタロウが退屈しない速度で俺たちは歩く。


「昨日の夜は返信なかったけど、バイトは上手いこと探せたか?」

「返信できなくてごめーん! もう恥ずかしいんだけど、このウェアとシューズ買いに行ってすっかりスマホ見てなくて」

「新しいウェアに熱中するよな。わかるよ」

「たはは、恥ずかしい~」

「そんな事ないぞ、俺も中学の頃は新しいシューズ買ったら夜はずっと履いたりしてたから」

「ありがと! でも、そのせいでバイト探さなくてちょっと反省なんだ」

「あー、それなら今日、一緒に繁華街でも行ってバイトに良さそうなお店あるか探してみるか? 実は俺もバイト探してみようと思って」

「えぇ!? う、えっと」

「ごめん、唯彩ゆいささんが良くないなら一人で行くんだが」

「いやいやいやいや、大丈夫だし! でも、ひさ君もバイト探すの?」

「ああ、写真部にも入るし、長期の休みに撮影旅行でもしたくて」

「いいね! それすごく楽しそうじゃん!」


 彼女はぴょんぴょんとはねて体いっぱいに俺の何気ない希望を褒めてくれる。コンタロウももちろん彼女に習ってよくわかっていないだろうが、飛び跳ねて喜んでいた。俺は少しだけ気恥ずかしくなったが、ありがとうと答える。


「でも、平日は写真部に行くつもりだから土日だけ働けるようなの探したいんだよな」

「なーる! それでお店回ってみるんだね! りょ! お昼楽しみじゃん!」

「じゃあ、十一時に駅前でいいかな?」

「大丈夫! 楽しみ~」


 彼女の家の前で別れてから、俺は自宅の道を今度目一杯走った。家に帰り着けば、母親に昼は出かけると伝えて昼食が不要なことを伝える。じゃあ、私も近くのお店に行ってくるわと気軽に答えて、母親は誰と出かけるかなど気にしなかった。

 朝ご飯を終え、塾に行くまでの時間をテレビを見てだらだら過ごしている妹がいる。だらりと妹が首をかしげた。


「どこ行くの?」

「繁華街。ちょっと出かけてくる」

「ふーん、誰と?」

「一人だよ」

「ふ~~ん?」

「何かほしいのか?」

「じゃあ、駅からちょい外れたところにあるここのプリン」


 彼女がスマホを見せてきた店をメモする。了解すれば、ラッキーと妹は深く探らず喜んでいるのでホッとする。


「お兄は、さ」

「うん?」

四條畷しじょうなわてのパーティー行ってみないの?」

「呼ばれないからなぁ」

「それはそうだけどさぁ。いざとなったら行けるんじゃないの? 小学生の頃はまだ莉念りねん姉と一緒に行ったじゃん」

「趣旨が違うんだよ」


 それだけ言って話題を切った。小さい子供の頃にほぼ何も理解できず参加しているのと、今では外から見られた時の意味が違いすぎる。そんなことを、四條畷しじょうなわて家の御老公が今許すわけがないのだ。

 しかも、わざわざこんなデリケートなタイミングで、四條畷しじょうなわて名義でグループ傘下でも血筋でもない家の者が参加するとか、地雷すぎる。

 地雷だけれど、中学の時は、その地雷にある人間だと思っていたのだ。


 時間が近づく。なるべくシンプルさを重視した格好をして唯彩ゆいささんと合流する駅へ向かう。莉念りねん鳳蝶あげはは今頃、少々外れたところにある風光明媚な庭をたたえたホテルのパーティー会場に向かっているだろう。

 隔週または週毎で行われる資産家や経済界たちのパーティーの頻度は何とも恐ろしい物だ。しかもその準備についてはこの地方であればほぼ四條畷しじょうなわて住道すみのどうが仕切るのだから、力関係というのは恐ろしい。

 そんな住道すみのどう家ご令嬢を四條畷しじょうなわて家がパーティーに招待、いや呼び付ける時点で表向き友好的に話しながらギスギスするのは目に見えている。

 下世話な御老公は気にしないだろうが、周りは胃が痛いだろう。特に莉念りねんの両親が。


「はっ」


 自嘲が自然と溢れた。

 鳳蝶あげはに家の事を気にしていないと言っていたのに、俺は先程まで考えてしまったことにげんなりした。長い長い溜息をついて空を見れば、朝のニュースでは雲が増えますが降り続く雨の可能性は低いでしょうと言っていたにも関わらず、曇天が優勢となっていた。

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