第16話 君、いつか刺されるよ

「ひさ君! 待った?」

「俺もちょうど今来たところだったよ」


 大きく手を振りながら唯彩ゆいささんが声を上げて、俺の前に小走りでやってきた。金髪の髪に白い肌と整った顔立ちの彼女は、少しだけ肌の露出が多い格好をしている。肩周りの露出についてはパーティードレスの場合には見かける事も多かったが、彼女の場合は日頃周りにいるタイプの服装ではなかったため、ちょっとだけ彼女が近づいてきた時ドキッとした。

 電車に乗って雑談すれば、すぐに繁華街につくことができた。

昼時のため、まずは目星をつけていた飲食店に行きたいと俺が提案すると、彼女も問題ないと賛成してくれた。


「なーんか、手慣れてない?」

「妹もいるから、妹のわがままで慣れちゃったんだ」

「妹さん! どんな子なの?」

「ははは、ちょっとわがままかな。今日も外出するって言ったら、プリンを買ってこいって言われちゃったよ」

「仲良いじゃん!」

「妹よりヒエラルキーが低いパシリな兄だよ」

「あははは、そんな事気楽に言えるってことはすっごい仲良いじゃん!」


 それからは繁華街をゆっくり回りながら、お互いの中学時代の話をし、部活動で印象の残っている話や、今の高校での中学の知り合いについてだ。

 その途中で入ってみたチェーン店のコーヒー喫茶は昼時で食事を取っている人とコーヒーを飲んで休憩している人に別れており、ガヤガヤと騒がしく店員はせかせかと忙しそうに動き回っていた。


 俺自身がバイトの目的をについて、撮影旅行だと伝えたこともあり、唯彩ゆいささんはどこに行ってみたいか、お互い行ってみたいところを思いついたまま話して盛り上がった。

 お昼は学生の身分ということで、某イタリア料理チェーン店で食事を取る。家族だけでなく同じような若い学生たちで大混雑しており、唯彩ゆいささんも含めて人の募集をしているが大変そうだなというのが感想だった。

 一応見つからなかった時のために、募集を見かける店についてはメモを取っていく。


「チェーン店はやっぱり土日はどこも忙しそうかなー」

「だなー。その代わり土日だけでもOKっていう文字付きで募集はしてくれてるから、優先順位は低くてもメモはしてる」

「うーん」


 近くにあった大きな商業施設ビルのお店を巡ったあとに、外に戻って俺たちは大通りに平行していてる横横道へ一本、二本と徐々に外れた道をゆっくりと巡る。大通りと同じようなチェーン店もあったが、少しずつ個人店のようなこじんまりとしたお店も並んでいた。

 大通りと比較すると静かになった通りを歩いて、ふと足を止める。そこは木張りの焦げ茶色の壁をして看板も小さい喫茶店だ。懐かしさが俺の胸に到来していた。去年の夏を過ぎてから、すっかり利用しなくなった店だ。

 立ち止まった俺に不思議そうに唯彩ゆいささんが話しかけてくるが、俺は生返事で答えて、その店の扉を開けた。

 小さなベルの音が、来客を店員に告げる。

 ゆっくりとけだるげに立ち上がった少女は、中学生に見える体躯に白と黒のこの店の制服を来て顔を上げた。その声は先日も聞いたばかりだ。


「いらっしゃいませー」

「部長」

「げっ」


 俺の前に立っていたのは昨日も夕方部活で活動していた丸宮部長だった。彼女はうわぁという顔をしながら自身の格好を見て、さらにがっくりとうなだれていた。


「……お客様、こちらへどうぞー」

「キャラ違いますよ」

「後輩君はうるさいね。さっさと移動してくれたまえ」


 バシンと力強く叩かれて、促されれば俺もさすがに大人しくならざるを得ない。大人しく席につくと、部長がメニューを置いて会話をしたくないのかさっさとテーブルから離れてしまう。

 唯彩ゆいささんが小柄な部長をちらりと見てから、首をかしげた。


「部長ってことは、写真部の?」

「そうそう、中学生に見えるけど三年生の丸宮部長」

「聞こえてるぞ!」

「すみません」

「ふーん、仲良いんだ」

「写真部は人少ないのと、あんまり部室自体に来ない人が多いらしくてね。まだ他の先輩とまともに顔を会わせたことないんだ」

「へー、じゃあ、あの先輩と二人っきりなんだ。だから平日バイト出来ないの?」

「すみません、コーヒーと紅茶一つずつ。種類はおまかせで、お菓子はこの今日のおすすめで」


 部活で二人きりなのは何も問題ないと思うが、妹との話でもこういう流れになった時は説明しようが黙って相手の話を聞こうとしようが、何も良いことがないことはよく理解しているため、俺は注文されるのを待っていた部長を呼んで注文をすることで無理やり唯彩ゆいささんの話題を切り上げる。


「はいはい、注文ありがとう」

 部長は忙しいのか注文を受けてすぐに席を離れる。

「もう、ひさ君はー」

「俺はカメラを持ち出したのは去年の秋からだからさ、部活とは言え、真面目にやりたいんだ」


 俺はしっかりと唯彩ゆいささんを見つめて、そう答える。自分にとってはもうこれがどうしようもなく必要なものなのだ。

 唯彩ゆいささんは時計の短針が十二分の一ほど動いた時間、考えが迷うように視線を外してから改めて俺に口を開こうとして、


「コーヒーと紅茶お持ちしました。イチャイチャするなら別の店に行ったほうが行ってくれたまえ」

「あ、あたし達そういうのじゃなく、ただの友達なので」

「……修羅場は勘弁してくれたまえ」


 唯彩ゆいささんの返答をまともに聞かずにコーヒーと紅茶を置いていった部長の発言は小さすぎて俺には聞き取れなかった。唯彩ゆいささんは、改めてそういうのじゃないです! と強い口調で言っていたので、きっと部長がからかったのだろう。

 コーヒーに手をつければ、苦々しい思い出とは異なって、とても美味しいものだった。

 ああ、こんな味だったなと記憶から掘り起こすことが出来た。唯彩ゆいささんも紅茶に手をつけて、ほっと一息つきながら、美味しいと言葉が自然と溢れていた。


「今日の焼き菓子おすすめです。どちらとも合うので楽しんでくれたまえ。クッキーと一口バウムクーヘン、一口カステラ、フィナンシェになりまーす」

「わ、かわいい」

「こんなに良いんですか?」

「カステラは私からのおまけだよ」


 二人分とはいえ、メニューで頼んだ時は値段的にこんなに出てくるとは思わなかった。なので、カステラはお値段以上のおまけだったらしい。唯彩ゆいささんが殊更ありがとうございます! と部長にお礼を言って、早速フォークを手にとっておまけしてくれたカステラを口にした。

 彼女の顔を見れば、何も言わなくても美味しくて満足していることがわかった。

 部長も唯彩ゆいささんの表情をして、満足したのか、ゆっくりしてくれたまえと席から離れる。

 俺もありがたくクッキーを一枚つまんで口にする。無難だ。しかし、コーヒーととても合うクッキーだった。

 唯彩ゆいささんとお菓子の美味しさを楽しみながら、部長がおかわりを聞いてきたので、ありがたく注文する。無料ではなく、少し料金プラスだ。しかし、かなりお得な内容だなと思った。

 ふっと、おかわりの紅茶を持ってきた部長へ唯彩ゆいささんが口を開いた。


「ここってバイトの募集ってありますか?」

「ふむ」


 部長は手を顎に置いて、少々考えるような仕草をしてから店を見渡す。部長が絡んでこないのは、店の中のすべての席が埋まってオーダーを受けては品を配膳しているからだ。そういえば、部長しか姿を見ていない。


「そうだねぇ」

「すみませーん」

「いま伺いまーす!」


 答える前に部長は注文のために呼ばれてしまった。中学時代はここまで人気店だったろうか。思い出そうとした光景はセットになった苦しい気持ちのせいで心臓がバクバクと脈打つうちにおぼろになって消えていく。

 俺の顔を見ていた唯彩ゆいささんはびっくりして、俺の手をつかんだ。


「ど、どうしたの!?」

「いや、ちょっと。落ち着けば大丈夫だから、少し時間をくれないか」

「う、うん、分かったし」


 俺が落ち着くまでずっと彼女は俺の手を握ったままで、俺は部長が他の注文をさばいて戻ってくるまでと同じくらい、かなり落ち着くのに時間がかかってしまった。


「うん、母上に聞いたんだが――」

 キャラ作りしていると知っているせいで、母上とか言っているのを聞くと、これも作ってるんだろうなぁと部長を見てしまった。部長は俺と唯彩ゆいささんがつなげている手を見て、見なかったふりをした。


「二人ともバイトを探しているのかな?」

「あ、はい、私は土日と平日も学校終わりが大丈夫で、ひさ君は土日だけですけど」

「折川君はどうしてバイトしたいのかな?」

「あ、撮影旅行が楽しかったので、撮影旅行の資金を用意するためにです」

「ああ、バイトする目標と計画が立てやすくて良いね。そっちの君は?」

「あ! わ、私は鯰江なまずえ唯彩ゆいさです。すみません、名乗ってなくて。私は中学時代には部活してたんですけど、高校は部活もしないのでバイトしてみようかなぁって」

「ふーむ、実を言うとちょっと前まで働いていた高校生がいたんだけど抜けてしまったから、検討はしているんだ。しかし、人の入れ替わりがあると教えるのが大変だから、長く続けてくれるなら歓迎できると思うよ」

「俺も良いんですか?」


 バイトとして雇うなら人となりなど調べるものだろうし、部長から見たら俺はあまり評価のされるものでもないだろう。実際に君は変人だという事を言われた時も、彼女は写真部の部長として関わりはすれども、プライベートに近い部分は重ならないだろうと思っていた。

 だって、俺は部長の連絡先を交換していないし。


「ああ、折川君が何を考えているかわかるが、……まあ、どんな精神状態でも頑張って働いてくれるならいいよ。募集するのは良いのだけれど、いい人を探すのは大変なんだよ。求人を出すのも無料じゃないし、私の交友関係だとハイソな人が多くてバイトをする必要がなかったり暇がないんだ」

「あの、聞いてみてなんですけど、私こんな見た目ですけど」

「うん? 我が家は見た目で判断しないし、ギャップの違いも良いものさ。顔が良ければ特にね」


 先輩の交友関係というと、写真部のメンバーと、可愛い女の子が好きと言って茶道部の面々。

 なるほど。

 鳳蝶あげはが入部し、その顔見知りという立場の先輩たちと言うのは、そういう繋がりのある環境なのだろう。

 それを考えれば部長が積極的に結んだ縁の交友関係は、あまりバイトをするというタイプの人がいないんだろうなと思われた。あと、顔が良いと言った通り、唯彩ゆいささんの提案を受け入れているのは顔が合格だったからだろう。完全に部長の趣味だ。

 それを教えてあげるべきか迷ったが、ニコリと笑った部長に制されたので、唯彩ゆいささんには良かったねと答えるだけで流しておいた。それに部長は満足したように頷く。部長はとても気安く人にかまってくれるので人気がありそうだ。


 唯彩ゆいささんはまだ良いのかなと迷ったままだったが、部長からこの店の連絡先と、私個人の連絡先だと強制的に連絡先を交換させられて、バイトをするつもりになったら三日以内に決めて連絡してくれたまえ。詳細な条件などはその時に渡す、と告げられた。

 期限が明確に区切られたことで唯彩ゆいささんも、ありがとうございます、考えて連絡しますと素直に答えることが出来ている。それに満足したのか、部長は当然俺には個人的な連絡先を渡さず、さっさと席を離れていく。

 多分個人的に連絡を取れるようにしたかったのは唯彩ゆいささんの方なので、部長は自身のモットーに従ったのだろう。キャラ作りしているとはいえ、徹底している人だ。

 その後は長くなりすぎない程度に喫茶を楽しんで店を離れる。顔が良い唯彩ゆいささんに念押しするように部長は、連絡を待っているよと告げて、俺たちを見送った。

 唯彩ゆいささんを先に外に出して、部長は傘を貸すよと手渡しながら、俺に釘を刺すのを忘れていなかった。


「君、いつか刺されるよ」

「中学時代は交友関係が破綻してたので、友達と仲良くする高校にしようとしてるんです」

「破綻したのは君のせいじゃないのかね」

「違いますよ、……いえ、違わないかもしれませんね。俺がみっともないから」

「折川君」


 俺の名前を呼んだ部長から逃げるように店を後にした。スマホにメッセージが入っているのをチラリと確認して、時間をみればもうすっかり夕方の時間になっており、俺は店の外で待っていた唯彩ゆいささんに今日はこのへんで解散にしようと提案した。

 唯彩ゆいささんもかなり長い一日に感じてたのか、ほどよく疲れを感じているように背伸びをする。


「う~~~~~ん、思ったより歩いたぁ。楽しかったね。一緒に帰る?」

「ごめん、用事片付けてから帰るよ。駅で解散だね」

「そっか! 了解!」


 唯彩ゆいささんは変に引き止めたりしないタイプだ。たまに踏み込んでくるが、こちらが明確に区切りを告げると素直に受け入れてくれる。彼女を駅に送って別れ、俺はスマホを見ながら待ち人が姿を現すまで駅で待つ。


 春の太陽はゆっくりと傾いて夕暮れへと時計の針を進めていき、そんな俺に西日を背負った人影がかかった。

 頭上にだけ広がった曇天からポツポツと雨粒が地面へと落としてく。俺は部長が貸してくれた傘を差して歩き出した。

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