第17話 住道家ご令嬢の婚約者
Side
私は赤を基調にしたパーティードレスを着て両親から離れて会場を回っていた。未だに本来のホストである
ホテルの窓から見える庭園は優美だが、もはや見飽きたか団子を求めた実業家たちには楽しむ時間等存在していない。
両親がいる会場で、両親のそばから離れて佇む私に話しかけてくる大人はいない。ビジネスパートナーの両親がいるところに、それらを無視して十六の小娘に話しかけに行く大人など、悪目立ちしかしない。そんな事をしては周りの烏共に自身のみっともなさを喧伝する輩が
結局、ホストであるはずの
その背後を大人しくついてくる二人の妙齢の男女と美麗な少女の姿。しかし、その三名はあたかもこの場が自分たちにふさわしくないというように存在感が希薄であった。
「やあやあ、遅れてしまったかのう」
「これはこれは御老公」「お待ちしておりましたぞ」
次々と大人たちが
両親が私を早々に捕まえに来て、私と連れ立ってわらわらと挨拶のために集まる集団の中心へと向かう。
君子危うきに近寄らずという風に人垣がゆっくりと割れていき、
「
もちろん顔合わせ自体は初ではない。
「はっはっはっ、なんのなんの。この地に住むものであれば、もっと早くに交流してもおかしくなかったが、我が家は
「我が家自身は
「そうさなぁ、同じ水を飲む若木が枯れた時ほど寂しいものはあるまいて、朝露だけでは大木になるまいし、なれば、川の水がいかな器量よしか知れるものよ」
ニコニコと笑顔で言う御老公は、今までの顔合わせが全く縁にもなってない集まりであったのだが、お前さんたちは何をしていたのかなと遠回しに告げてくる。父親は宗家とは直接の取引関係はなかったけれど、根自体はしっかり張っているが? と答えれば、過去にこの地にビジネスで名前を上げた家は枯れてしまったと言ってくる。
枯らしたのは
父は本来こんな会話をするのが好きではないが、立場というものがあるのでわざわざ御老公に合わせていた。祖父母は御老公が嫌いだったので顔を出していればもっと盛り上がっていただろう。
聞いていて疲れてくるので、早く終わってほしいと思いながら、澄まし顔で御老公が会話遊びに満足するのを待っていた。
「さてな、では、儂の方から家のものを紹介しよう」
そういって御老公は、
その理由自体は理解しているので、うちの両親も彼らへの挨拶は必要最低限だけである。
「御老公、我が娘の
「はじめまして、
「
御老公はじろじろと私を見てから気楽に告げる。合わせて
変な圧もない挨拶を終えて、私がほっとして両親共々この場を少し離れようとしたところで、御老公が思い出したというようなわざとらしい動作をして、楽しげに口を開きひときわ大きな声を発した。
「おおう、そういえば、
「は?」
両親はなんとか声をだすのを飲み込んでいたが、私は出来ずに間抜けな声を周りに人がいる中で発してしまった。先程この老人は何を言ったのか、私はぐるぐると言葉が回る頭の中で必死に考えていると父が口を開いた。
「ははは、どのような勘違いか、そのような関係の者は
「ほほう、
「え、ええ、どのような誤解があったか存じませんが、私にはおりませんわ」
「なるほどなるほど、儂が聞いている話と違っておるのう」
「何を――」
私が御老公へ食ってかかろうとしてしまうところへ、父が私の肩に手を置いて押し留める。そのような人間は居ないのだから、変に突っかからないほうが良いというのはその通りなのだ。
「いやいや、我が孫も
なれば、それまで一つとして噂もなかったご令嬢の隣に侍る男子と考えれば、これは親も認めたさぞ立派な人物に違いなし! と儂は思い、ぜひ
どうやらまだ来ておらぬみたいでのう」
「な、なんっ!?」
私は驚愕声が漏れるだけで言葉にならない。顔を赤くした私を楽しそうに目の前の老人は見つめてくる。
「婚約者というような者はおりませんし、そのようにしている人がいるなどと娘からは言われておりません。言いがかりは」
「おやおや!! もしや娘さんは婚約者ではない者に懸想しているところを内緒にしておったのかのう。それは申し訳ないことをした」
「け、懸想!?!? わ、私と彼はそのような関係ではありません!!!」
学校、男子学生、
「ほほう、なるほどな。では、どのような関係なのかのう」
「お友達ですわ!!」
「友人、なるほど、友人とな。はて、
「高校からのお友達が出来て何か問題でもありますの!?」
「いやいや、
「わ、私とあの方は、ですから、仲睦まじいと評されるような関係では」
「おおう、そうじゃったか。じゃが、儂が聞いたところ、お互いを名で呼び合っていると聞いたので、男女でそういうのであれば仲睦まじいと表現する以外に儂はわからんくてのう。年寄りには難しいのう」
「な、ななななな!?」
「お爺ちゃん、いい加減うるさい」
父が私にそんな人がいたのか? と困惑したような顔を向けて、私が答えられずにわずかに顔を赤くしながら混乱の極みにいるところで、冷え冷えとした綺麗な声がピシャリと刀を振るっていた。慌てたように御老公が言葉を発した少女へ少々情けない表情を向ける。
「
「お爺ちゃんうるさい。挨拶終わったなら、私帰ってもいい?」
「おおう、すまんのう
「挨拶終わったら、帰ってもいいの?」
「いやいや、そんな冷たいことを言わんでくれ。今日一日居てくれると言ったじゃろう」
「うるさくなかったら良いけど、お爺ちゃんうるさいから」
「悪かった。儂が悪かった」
「おっと、
「
「
この御老公に本来彼女はこんなこと言える立場では無いだろうに、そのように言いのけてスタスタと進む。私をからかうだけからかった御老公は、
遠巻きにしていた参加者たちは、御老公の発言で先程までの内容があたかもなかったかのように振る舞ってくる。御老公の態度と一声で、先程までのあの行動をなかったことに強要してくるのだ。しかし、この場を離れれば人の噂に戸口は建てられないだろう。
私達も御老公が言ったせいで周りの
「家に帰ってから、しっかり聞きますからね」
父ではなく母がそんな事を楽しそうに言うので、私は困りながら、はいと言うしかなかった。
それからは表向きつつがなくパーティーが終わって、両親とともに車に乗って家に向かう。さあ、どう説明すればわかってもらえるのだろう、私はそんな事を思いながら傾いていく夕日を眺めていた。
母親はなぜかわくわくと楽しそうだった。
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