106話 鳳蝶「私は今とても幸せですの」
夏休み最終日、久々に丸一日まとまった時間が取れたため、私は急遽
「嬉しい」
なんて嬉しいのだろう。今までは私がお願いしても、予定が空いていなければ私は入れなかった。なのに、私がお願いしたら予定を変えてくれる!
気持ちが踊る。下着と私服を選んでいる手も、ついつい喜びが表現された。
私のお願いを聞いてくれたのは、夏休みの撮影旅行の場所替えの件もそうだ。
「……
そう、私にとって嬉しい方向に変わった。一緒にホテルで過ごした時に、恋人との情事を見せつけられて苦しくって痛かったけれど、恋人から離れて私と抱き合って眠ってくれた。私に話してくれた。
彼が求めるものを明確に教えてくれた。
今の私では恋人にしたい思えないと、ズタズタに心が引き裂かれる思いで一度フラれてたようなモノだった。あのまま彼が私から離れていったら、私の恋は終わりだっただろう。けれど、そうはならなかった。
よくよく考えると、今まで
だけど、気づけば
だけど、間違っていた。
夏休み前であれば、私はホテルに行くタイミングを考えて、チェックした。だけど、今日は考えない。夏休み前であれば、私はキスできるタイミングを考えた。だけど、今日は考えない。
「デートをしましょう。思い出を、作ろう」
何度も彼が言った事で、私はそれを我が家やホテルで身体を重ねれば達成出来るとずっと考えていた。
駅前の待ち合わせ場所につくと、いつもは私が先に来ているのに、十五分も前に
ヒールの音が軽快に鳴った。
日傘を広げもせずに私は彼に走り寄る。つい笑顔が溢れてきた。
「おはようございますの。
「おはよう
彼が私を優しげに見やる。今日は映画を見に行く。初めてだ。今まではホテルに行くために、手短に巡れる場所ばかりを選んで、切り上げた。カフェで軽く話してホテルに行く。またはホテルに直行する。なんて浅ましい行動ばかりだったんだろう。
「映画、ご一緒するの初めてですわね」
「そうだね。俺は楽しみにしてたよ。」
日傘を差そうか迷ってしまった。彼が私の手を取ると、日傘が度々邪魔になってしまう。うぅぅぅ、と内心で唸って悩む。日焼けして、肌を痛めて
「どうかした?」
「……その、日傘を差そうかどうか」
「嫌でなかったら手をつなぐのに日傘が無い方が嬉しいかな」
私はすぐに彼の手を握る。夏の暑さでお互いに汗が流れるけれど、気にならなかった。
映画を見終わった私は、
「ここって」
「ああ、だいぶ前に
「そ、そんなことありませんわ! その、覚えてもらっているとは思って無くて」
「来れないかもしれないから、行く約束が出来なかっただけだよ。俺こそ、いざお店探しは悩んじゃうから教えてくれてありがとう」
「いいえ! 私、本当に
ディナーに来たことはあるが、ランチは
注文をして、出された水で喉を潤す。鑑賞した映画の話で盛り上がった。男女が入れ替わりにもシナリオ上のギミックがあり、映像のインパクトでは街に隕石が落ちてくるシーンがとても印象的だった。恋愛要素で見ると、かなり一途で印象的な作品だった。
そこが少しだけ寂しくもある。私の現在の恋模様を作品にしたら、真っ当だと言う人は居ないだろう。
だからついつい聞いてしまう。
「
「あー、まあ恋愛系の作品としては一途な作品が好きだよ。一般文芸にあるけど、あまり大人が主人公の不倫ものとかは読まないかな」
「そう、ですの」
つい、悩んでしまい言葉が途切れる。目前の彼は不思議そうな顔をしていた。
「
「女友達と二人で出掛けるのは普通だから良いでしょ?」
「えっと、でも今の
「そうだけど、俺は中学の頃から、女友達と二人きりで過ごしても普通だってよく女子に言われてたけど」
私は平然と当たり前のように言ってのける
「
「ああ、うん、まあ中学三年生の頃に居たね」
「その方とは」
「今は付き合ってないよ。受験が忙しくなって自然消滅だね」
「その、恋人がいる時に別のどなたかから、女友達と二人で出掛けるのは普通だと言われましたの?」
「いや、誰とも付き合ってない時に仲の良い女子から言われたんだけど」
「そう、……ですの。でも!」
そこへちょうど注文のランチが来たので、私の言葉が遮られる。パスタとサラダが並べられて、堪能するが、私は料理の感想を言うために、最大の関心事がうやむやにならざるをえなかった。
……恋人がいるのに、私がわがままを言えば二人で会えると嬉しかった。だけど、もしも私が恋人になった時も、今と同じように女友達と二人きりで出掛けるのが普通だとどうするだろう。私の事が恋人と同じぐらい好きだから誘えば会ってもらえていると思っていた。
楽しそうに私と会話して、こうして私が前に話したレストランをしっかり覚えてデートに組み込んでくれる。
楽しく話していたつもりなのに、さっぱり先程まで話していた話題が思い出せない。
私は食後の紅茶を一口飲んでから、気合を入れて口を開く。
しかし、声がわずかに震えてしまった。
「恋人が居るなら、仲の良い友達とは言え、女の子と二人で出掛けるのは良くないのではありませんか?」
私自身が放り込んだ爆弾に、
一度頷いて彼は困ったような笑顔を浮かべて私を見る。……聞きたくない。でも、私自身が質問してしまった。
「そうなのかな? 今、俺は
息を呑む。
言葉がぐるぐると回る。恋人が居る。私の方があなたを好きですの。なのに、私を優先してくれない。恋人が居るけれど、今日もこれまでも私と会ってくれた。
だけど、恋人が居たら会わないのが普通だと私が今明確にその通りだと言えば、私と会わないと言われてしまう。
私は慌てて、首を横に振った。
「じょ、冗談ですの。私も恋人がいらっしゃっても、殿方が女友達とお二人で出掛けるのは普通だと思いますわ。だって、仲が良いお友達ですものね」
「やっぱりそうだよね。
食事を終えて、ウィンドウショッピングを楽しむ。私は彼に縋り付くように腕に絡んだ。さすがに困ったような顔をされたが、
「
「そうですの! だって、仲が良いんですもの」
「じゃあ、大丈夫だね」
笑顔で
私は怖かった。だけど、肌が触れ合う部分から溢れ出る幸せを手放せない。恋人を追い落とそうとした。だけど、もしも私が恋人になったら、私と同じことをする人間をどう追い落とせば良いのだろう。
幸せなのに恐怖が私を冷やしていく。
身体と身体で繋がり合いたい。だけど、
離さないで……。
「
「うん?
笑顔で答えてくれるのが怖い。だけど、私は今とても幸せですの。
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