第28話 二股疑惑

 華実かさね先輩がイメージチェンジをしてから、あっという間に一週間以上が過ぎた。あれから俺の周りはとても順調だった。バイトも三日目、四日目とこなすことで唯彩ゆいささんと華実かさね先輩の協力で、少々融通をきかせるのが下手かなと言われながらもこなせるようになった。学級委員長として鳳蝶あげはとともにしっかりとこなすことが出来ているが、担任へクラスの雰囲気を伝える時は、俺の感じている事と鳳蝶あげはの感じしている事でやはり男女の視点で異なっている部分もあった。


「もっとお声をかけるべきではありませんの?」


 そんな事を俺に相談した鳳蝶あげはは一人で居るタイプの男子学生たちに声をかけたりして、孤立しているのではないかと不安を持っていた。しかし、俺は彼女が言う人物が他のクラスにいる友人と仲良くしているのを見かけた事があった。

 確かにクラス内だけで見ると一人に見えてしまうかもしれないが、体育でもハブられているわけでもなく、鳳蝶あげはが声を掛ければ知人に声をかけて班に入りにいって鳳蝶あげはに問題ないと回答するなど、特段学校で孤立しているというタイプの人物ではないと思う。


「彼はそんな孤立しているというふうには見えないから、大丈夫だよ」

「そうですか。良かったですの」


 俺が他のクラスメイトと話している姿を見ていることなどを語ると、鳳蝶あげはは素直に良かったと安堵していた。鳳蝶あげはは結構、孤立という部分に敏感に対応してしまうのは、きっと中学での自身の在り方について高校生となって振り返った時に反省があったからだろう。


 唯彩ゆいささんとは朝の散歩が日課になっていた。俺は走る時間を少しだけ早めて、彼女は逆に散歩する時間を少しだけ遅らせる。そうして、調整した時間で毎朝、俺たちは雑談をしながら彼女とともに歩いて過ごすのが日課になった。

 唯彩ゆいささんはバイト上で失敗した俺の相談を受けて、たまに斜め方向の回答を提示したり、気にしすぎだと軽く吹き飛ばしたりと、俺の考えがネガティブになりそうなところを助けてくれた。


 華実かさね先輩とはイメージチェンジした後も、する前の頃とやっていることはあまり変わらず進展していなかった。そこが俺は少しだけ悩みだった。写真部としての活動で彼女の隣についていって、学校からの手伝いごとがあれば協力する。

 そして華実かさね先輩が許してくれるなら、学校内や外にでて彼女を撮影したり、彼女に逆に撮り返されたり、一緒の写真を撮ったりした。


「まさか私が男子とプリクラを撮ることになるとは」

「はあ、気にしすぎですよ。ゲーセンに遊びに着たらたいてい男女混じりで友達と撮ったりが多いですし」


 そんな事を言うが、俺の経験は中学時代の物だ。そして、中学時代の俺が男女混じりになるのは、莉念りねんについて回ってあわよくば仲良くなろうとする男子のおまけだったようなものだが。

 華実かさね先輩は俺が気にし過ぎといったことに、そうかなぁ? と首を傾げながらも俺の願いを聞いてプリクラで撮られてみたり、バイトの時間を調整して映画を見に行った。

 華実かさね先輩は莉念りねんと同じように、人が集まる場所に行くと人目を惹いた。けれど、彼女自身はそれを好まなかった。莉念りねんは人目を惹いても頓着はしないタイプだ。華実かさね先輩はあまり得意ではないねと苦笑いしながらも、俺が行きませんかと提案した場所に一緒に行って、写真を撮った。


「……まるで普通の女子学生みたいだ」


 俺が撮った何気ない写真。そして、一緒にスマホで撮った写真を見て、彼女がそんな事を言ったので、俺は笑ってしまった。高校三年生が何をもってまるで普通の女子学生だと感じたのか、面白かった。

 俺はたまに場所の選択をミスしながらも、少しでも彼女と仲良くできるように、仲良くできる写真が残せるように努めていた。

 俺は順調に高校生として、過ごしていた。



「お前、大丈夫か?」


 俺が鳳蝶あげはとともに担任教師にクラスの雰囲気などを報告し終わって、鳳蝶あげは唯彩ゆいささんと約束があると別れた後に隙を狙ったように、放出が話しかけた。

 鳳蝶あげは唯彩ゆいささんを交えて話すことが多かったので、放出と二人きりはそういえば久しぶりだなと思って、俺は放出の言葉の意味に首を傾げた。


「ちょっと今日の午前にあった体育に頑張りすぎて疲れたかな」

「そういうことじゃなくて、折川さ、今クラスと茶道部女子から結構、厳しく話を聞かれるぞ」

「え! 俺、何かしたか?」

「……いや、お前、女子たちから住道すみのどうさんと丸宮先輩と二股してるみたいな噂になってるんだが」

「えぇ、何だそれ」

「自覚なしかよ。お前、住道すみのどうさんと土日の朝によくデートしてるだろ」

「デート? いや、バイト前にお茶しませんかと言われて会ってるだけだな」

「いやまあ、それが、な? 住道すみのどうさんは他の男子とはそういう行動しないわけじゃないか」

「うーん、でも放出を誘いたくても放出はバスケ部があるし、彼女持ちを彼女無しで女子と一緒に連れ回すとかちょっと無理だろ。

 それに土日会うのもお茶を飲んで雑談軽くするぐらいだ」

「はは、たしかに俺も彼女いるのに流石にそういうの呼ばれるのはちょっとな。でも、その後は?」

「いや、その後って。俺はバイトがすぐ後に開始するんだ。鳳蝶あげはは家の用事や習い事あるからって合わせてすぐに解散してるね。

 鳳蝶あげはからもいつもお友達とお会いできて嬉しいですわって言われるだけだから、俺も彼女も、ちゃんと今の距離は友人として接してるぞ」

「ああ、もう、お互いそういうのが距離感なのな。分かった、なるほどな。じゃあ、噂の三年生の丸宮先輩とは」

「あれは写真部の部長だから俺が少しでも部活仲間から友人になれるよう努力してるだけだ」

「ってことは、丸宮先輩が本命ってことなのか?」

「本命って」


 あまりにも率直に答えるには重い言葉が出てきて、俺は口を閉じた。放出との距離感の相手にどんな内容であれ答えるのに躊躇する内容だ。

 俺の態度を見た放出は、そっかそっかと少しだけ安心したような反応をして、俺の肩を叩く。


「いやまぁ、丸宮先輩が本命なら、住道すみのどうさんとの距離はちゃんと見えるようにしておいたほうが良いぞ」

「まあ、友人としての距離で勘違いされないようにしているつもりだけど」

「あ~、まあ。うちのクラスにもいるだろ、住道すみのどうさん以外の茶道部の女子。その子がな、住道すみのどうさんと仲良くしてるはずなのに、放課後、写真部の丸宮先輩と折川が校内デートしてるって」

「デートって、あれはほとんど写真部活動だな。他の先輩が本当に居てくれなくて……」

「まあまあ。それに校内デートとか揶揄される割には、困ってる人がいたら先輩放り出して助けてるんだろ?」

「助けるって行っても、一年の俺にできるのは物を運ぶのを手伝うぐらいだよ。写真部で校内を回ってると、文化部系統の部活で良く困ってるのを見かけるのは」

「ははっ。そいうことにしてやるよ。まあ、住道すみのどうさんとはちゃんと関係をはっきりしとけよ。住道すみのどうさんは住道すみのどうグループのご令嬢だからな」

「私がどうかされましたか?」


 ちょうどそこへ鳳蝶あげはが姿を現し、どこまで聞かれたのかと慌てた表情をする放出に鳳蝶あげはは首を傾げる。


住道すみのどうグループで何かございましたの?」

「おい! お前!」


 放出がどう答えようか迷っている時に、たった二週間程度前だというのにいやに懐かしい顔の男子学生が強い声を上げて俺たちに近寄ってきた。

 確か、


「棚田さんだっけ?」

「そうだ、折川! お前、聞いたぞ!」

「棚田さん、尚順さんに何の御用ですの?」

住道すみのどう様、俺が聞いた事を知ればあなたもようやく目を覚ますはずです!」

「ですから一体」

「折川! お前、住道すみのどう様と三年の女子とで二股してるのだろう!! このクズが!」

「いきなり言いがかりはやめてくれ」


 俺がきっぱりと突っぱねると、棚田が一瞬怯む。だが、キッと睨み返して、殊更大きな声を上げて廊下や近くの一年の教室にも聞こえるように響かせる。


「お前、この前の土曜日の朝に住道すみのどう様とカフェでテーブルの上で手を繋いでいたのに、夕方に駅前で三年の女子と手を繋いで歩いていただろう」

「おやめなさい!」


 鳳蝶あげはの甲高い声が廊下に響き渡る。周りの学生たちがざわっと一瞬騒がしくなって、俺たちを観察するように遠巻きに耳を済ませているのがわかった。

 俺はため息が出た。棚田は鳳蝶あげはが好きなので、俺たちの行動を過剰に見ているだけなのだ。

 だって、莉念りねんは俺と手を繋いで休日を過ごしたって俺と恋人じゃないと告白を断ったのだから。


「棚田さん、ここはそういう話をする場ではない。棚田さんがどんな気持ちだろうと勝手だが、今、君が話そうとする内容は鳳蝶あげはの名誉を著しく傷つけるから立ち去ったほうが良い」

「お前! 図々しいことを!」

「君は住道すみのどうグループの外様だろう? 買収されて六年前にグループ傘下となった会社の家の人間が、住道すみのどうのご令嬢相手にこんな騒ぎを起こしても良いことは無いはずだ」

「なっ! どうしてそんな事を。住道すみのどう様!」

「尚順さんはどうしてそのような事を?」


 どうして知っているかの質問に俺は沈黙して答えず。

 彼の肩に俺の手を置いて、百八十度向きを変えさせてぐいぐいと押す。棚田は俺が急に冷たくしかもそんな事を行ったことに驚愕したような表情を向けた。しかし、棚田は中学の頃の人間と比べれば遥かに紳士だった。ここで逆ギレされない点で、だ。

 懐かしい作業だった。莉念りねんに対して説得と見せかけて食ってかかる四條畷しじょうなわて家の端にもかからない男子学生が、莉念りねんに自分の価値を自分の意味を語って聞かそうとして、莉念りねんが俺にとても冷たい声でお願いするのだ。


『尚順、面倒くさい、置いてきて』

『ああ、ちょっと行ってくる』


 高校で変わろうとしているのに、莉念りねんにやらされたことが糧になって、同じ事をして穏便に済ませようとしている。中学の頃はこの行動を誇らしく思って行動していた。

 思い出された内容に、俺はひどくみっともない気持ちになった。

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