第13話 距離感が変だよ!!!

 茶道部が活動に使用している畳が敷かれた部屋は、部室棟のさらに喧騒とは程遠い場所にあり静謐と女子特有の可憐さが同居した雰囲気をしていた。扉は他の文化部のような無骨な作りではなく、襖をイメージしたデザインとなっている。しかし、部長はそんな物を意に介さず、けれど少しは丁寧に扉を開けなって堂々と入り込んだ。


「写真部です! 写真部のこれからの活動の一環で各部室に挨拶してるんですが、茶道部にもご挨拶にきました! よろしくおねがいします!」


 いけしゃあしゃあと言いながらも、見せる姿は小柄な体躯に不釣り合いなカメラを可愛らしく掲げた少女だ。三年生と二年生のリボンを身に着けた女子はやっぱり来たと言った具合の態度であり、逆に一年生はなんでいきなり写真部が? という疑問で固まっている。

 鳳蝶あげはだけは昨日、もしかしたら行くことになるかもということを俺が言っていたことで、茶道部の先輩たちと同じ顔をしていた。


「ねえ、丸宮。私来ないでって言ったよね」

「言ったね。いい顔だ、はい一枚。私がこの二年間でみんなに教え込んだのは、無駄じゃないと思っているよ。だから、気にしないでくれたまえ」

「はぁそうだよね。分かった分かった、挨拶して満足するまで写真を撮ったら帰ってくれるよね」

「話が早くて助かるよ、それでは、後輩を紹介しよう。一年生の折川君だ。部員が少なすぎる写真部の数少ない好青年枠だよ」

「好青年ではないですが、部長とは違って迷惑かけずに活動していきます。今日は部長に巻き込まれました。一年の折川です」

「うわ、この後輩は私にひどくないかい?」


 鳳蝶あげはは巻き込まれないようにいつの間にか少しだけ座る位置を下げて、少しでも見つけられないように涙ぐましい努力をしていた。先輩の不満を受け流しながら、茶道部の女子たちに迷惑を書けないように、心を無にしてただ部長に言われた場所に立ってシャッターを切るだけの機械になる。

 それを五分も繰り返したところで、ようやく俺への評価について危険人物度が減ったところに、パアンと部長が大変不満そうに俺の背中を目一杯叩く。


「いったああああ!」

「折川君! そんな虚無で撮影するなんて失礼だと思わないのかい!?」

「部長、キャラ変わってせんか!? 落ち着いたミステリアスキャラだったのでは」

「折川君が、こんな美少女の園に来て虚無虚無の顔でただ言われるがまま撮影しているからでしょ!? 私が後輩の前のために作っているキャラ作り崩壊させてまでキレてあげてるんだよ!」

「えぇ、こわいです」

「あれってキャラだったんだ」「え? あの先輩、あの人が言うキャラ作りってなんですか?」「シッ、見ちゃいけません」

「撮影は情熱でしょ! ポートレートを撮る時にも情熱があるはずだよ、折川君! この中で一番美人は誰だと思う!」

「えぇ? いきなり何なんですか……?」

「答えて!」


 答えに一瞬でも詰まっていると、部長が背中へ容赦ない平手を叩きつける。まじ痛い。この小柄な体のどこにこんな力が。体に似合わないカメラを握っているのは伊達ではなかった。この写真への熱量は俺に無いものだ。きっと彼女にとって、……いや、やぱり趣味なのではないだろうか。

 俺は「さあさあ」という部長の容赦ない追求から逃げようとしたかったが、出口から遠すぎるせいで逃げ出すこともできない。出口に目を向けたため視界の端にいる唯一顔見知りに視線が吸い寄せられる。この部室内でもほぼトップクラスに美人と言える人物に目を向けてしまい、名前を上げてしまう。

 視線をしっかり受け止めてしまった彼女は俺の口が動こうしているのを確認して、カチンコチンに固まって何もできずに俺の言葉を待ってしまう。


「あ、住道すみのどう鳳蝶あげはさん」

「はい」


 俺が名前を言ったことに、ついと言った具合でその凛とした空気を感じさせる声音を震わせながら返答してしまう彼女。畳の上で正座して座る所作はやはり美しく、周りに座っていた女子が遠ざかる場面でなければ、フィクションで描き出されるヒロインとの出会いのシーンになったかもしれない。


「なるほど、折川君は住道すみのどうさんがタイプなんだね」

「あ、キャラ戻りました?」

「私は真面目に聞いてるんだよ? 住道すみのどうさんだっけ、どう思う?」

「え、あの、そのー、尚順さんとは同じクラスのお友達で」

「ひ・さ・の・ぶ・さ・ん!?!? 折川君、どうしてこんな美少女に名前で呼ばれているんだい!?」

住道すみのどうちゃん!?」「住道すみのどう様!?」「えぇ、そういうこと!?」「どういうことなの!?」


 謎の方向にびっくりしている写真部部長に、お昼の出来事を知らず鳳蝶あげはと知り合いの茶道部の一部の人が驚愕の声で鳳蝶あげはの名を呼ぶが、逆に昼の出来事を知っている一部の女子からはこいつが折川尚順か、という探る目を向けられた。女子の値踏みするような視線は冷たい氷で刺されるような恐ろしさがあった。


「友達なので」

「昔からの知り合いだったのかい!? なら、」

「いえ、高校から」

「まだ入学してから三日だよ!!!! 折川君!? ちょっと手が早くないかい!? 実は受験会場で助けてあげたとか」

「そういうのはなく、本当に偶然席が近くて話したら波長があったので。仲良くなったら下の名前で呼びあうのを考えれば、友人となったらもう呼んでも問題ないのでは?」


 高校までは幼馴染の莉念りねん限定だったが、高校に入って仲良くなった唯彩ゆいささんはすぐに下の名前で呼び合うことになったので、こういうことも良いだろう。実際莉念りねんの傍にいる俺は莉念りねんが他人を蹴飛ばすように拒否するのに合わさるように、それこそ莉念りねん以外に友達と呼べるような関係は全く無かった。思春期になった男子学生の大抵は莉念りねんの整った見た目に心が振り回されていた。……俺もその一人だったのだが。


「いやいやいやいや、距離感が変だよ!!!」

「変ですか?」


 周りの茶道部女子もうんうんと頷いているが、それとは別に鳳蝶あげはの近くに座り先程は離れていった女子たちが彼女の傍に近寄って、ごにょごにょと小声で話しかけていた。鳳蝶あげははちらちらと何度かこちらを見てから困ったように愛想笑いをして誤魔化そうとしている。

 丸宮部長がその中学生とも間違われそうな少女のような見た目に今はひどく何かに絶望したような表情をして、俺を引っ張って出口に向かう。そして出て行く前に茶道部の面々を見回し、少しばかり疲れたような声を茶道部部長へ向けた。


「部長、すまない。私の後輩が騒がしくしてしまったね。ちょっと連れ帰ってよく話し合うから許してくれたまえ」

「あ、うん、でも騒がしくしたのは丸宮が来たからだからね?」

「それでは――」

「あ、えっと、折川、さんは住道すみのどうさんとどういう関係なん、ですか?」


 おずおずと聞いてきた一年生の少女に先輩たちの鋭い視線が刺さる。鳳蝶あげはの知人と思われる人たちは興味津々と俺の事を見ていた。


「出会ったばかりだけど、今、鳳蝶あげはとは友達だよ。迷惑かけてごめんね鳳蝶あげは、また帰る時に連絡する」

「うぅぅ、はい、分かりました。お待ちしておりますわ」

「あ・げ・は!?」「キャーーーー!」「なんてことなの!?」「やっぱりそういうことでは!?」


 また騒がしくなってしまった茶道部の部屋を閉めると、まだ甲高い声はなんとなく聞こえるが、想像以上に防音がしっかりしている。

 扉の前で疲れ果てたようにゆらゆらと歩き出した小柄な丸宮部長の横に並んで写真部の部室へ向かう。おそらくそちらに向かっているのだろうというのは分かる。


「折川君、君は」

「はい?」

「やっぱり変人だね」

「キャラ作りしている部長も大概ですよ」

「ズケズケと言う後輩だね。私のキャラ作りは、いや何でも無いよ」

「そうですか」


 力なく笑う部長へ俺は軽く笑って答えた。部室棟の廊下は春というよりも少しひんやりとした空気をたたえながら、俺たちのとりとめのない会話を聞き流していった。

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