第12話 友達だからな

 お昼休憩の残りが後十分というところで食事を終えて副会長からもらった珈琲を飲み終えた生徒会長がバシッと騒がしかった一年生たちを静まり返らせたことで、ランチミーティングは解散となった。

 お昼を食べそこねていた面々は少しだけ口にしてから、後で食べますとお弁当を片付ける。鳳蝶あげはも結局ほとんど食べていないが、もう今は食事もできませんと重箱を丁寧に片付けて風呂敷に包む。鮮やかな桜色の風呂敷を、俺が持てばそれを見た女子たちがまたきゃっきゃと盛り上がるので、鳳蝶あげはが恥ずかしそうにもう戻りましょうと足早に教室から離れる。そこへ俺たちを横から追い抜いた男子学生が立ちふさがるように俺たちの前に姿を見せる。

 鳳蝶あげはは困ったように首をかしげた。


「棚田さん、どうかされましたか?」

「あ、住道すみのどう様はこいつとどんな関係なんですか!? まさか違うとは思いますが」


 昼が始まった時は少し親しげな雰囲気を作りながら、さん付けだったにも関わらず、様呼びに変わっている。きっと彼の中で鳳蝶あげはへ話しかけるスイッチが切り替わったのだろう。莉念りねんの事を四條畷しじょうなわてのお嬢ちゃん呼びしていたおじさんが、パーティー上でいきなり理念様とか呼び出すものと同じようなものだろう。


「尚順さんはお友達です。お昼でも話していたのをお聞きできていたと思いますの。それでは次の授業の準備がありますの」

「いや、住道すみのどうグループのご令嬢として!」

「棚田さんは高校生になって少々元気すぎるようですわ。それでは、私は失礼いたします」


 有無を言わせず動き出した彼女は俺の服の袖をつかんで引っ張る。そんな姿も彼にとって不快なのか、彼女の視線から外れた棚田の視線は視線だけで人が射殺せることを望むほど鋭いものだった。

 しかし、そんな表情をされても俺にはどうしようもない。親しくしたかったのなら、中学時代から仲良くしておいてくれというのが棚田の態度を見て思うことだ。今だって俺と鳳蝶あげはの関係は鳳蝶あげはがちょっと友人についての距離感が変わっているだけの友人でしかない。


「お前! 折川ぁ!」

「次の授業があるから、話があったら別の時にしてくれ」

「尚順さん行きましょう」


 鳳蝶あげはがいきなり大声を出す棚田に不快さを表情で表して、歩みを早くした。


「申し訳ありませんでした、尚順さん」

「友達と少しでも仲良くしようとして他人からやっかみがあるのは中学も高校も一緒だよ」

「……ふふ、そう、そうですわね。中学でもたくさんあったんですの」

「同じ中学に四條畷しじょうなわてさんがいたからね、そういうのは少々分かるよ」

「ありがとうございますの。今日のお昼はゆっくりできませんでしたね。良ければ、またお昼ご一緒にさせてくださいませ」

「ああ、もちろんかまわないよ。こちらこそ今日はありがとう。美味しいお弁当を食べれて嬉しかったよ」

「その、それほどでもありませんの」


 そんな事を話して教室に戻れば、俺を見た放出はなてんが軽く手を上げる。


「折川帰ってきた! で、学級委員の集まりどうだったんだよ~。やっぱり住道すみのどうさんがモテモテでやっかみでも受けたかぁ?」

「ああ、人気でちょっと盛り上がったぐらいだったぞ」


 えぇ!? という驚愕の表情を鳳蝶あげはがして俺を見た。放出はなてんは平然と俺がそう言ったので、そこまで盛り上がらなかったのが事実だったのだろうと心底残念な顔をした。


「なーんだ、つまんねーの」

「面白いことにならなくて残念だったな。そういえば、放出はなてんはそんなこと人に行ってくるってことは自分も聞かれる覚悟はあるんだろ?」

「お、俺に聞いちゃう? 俺か? 俺はな、俺はなぁ。はぁぁぁ」


 最初は明るく言っていたが、徐々にトーンダウンしてしまい、スマホを取り出して俺に見せつける。画面を見れば中学時代の制服を来た放出はなてんと少女のツーショット写真だ。


「お、おお、彼女か? いるんじゃないか。何組だ?」

「この学校にはいないんだ」

「あぁ……それは、なんかすまない」

「あんなに約束したのに、模試で足りなくて諦めたんだ。だから、俺は不安で不安で。こんな可愛い子がいくら彼氏がいるって言ったってモテるに決まってるだろう!?」

「あー、うんうん、心配だよな。でも、そういうことであんまり束縛になるなよ」


 授業が始まるまでの短い時間に濃密な放出はなてんと彼女のストーリーを聞かされたせいで俺の脳内に放出はなてんと彼女との出会いから告白に至るまでの内容が記録されてしまい、少々げんなりしたのは仕方ないと思う。

 さり気なく耳をすまして聞いていた鳳蝶あげはが、放出はなてんと彼女の関係の変化を聞くたびにぴくぴくと隠しきれずに放出はなてんの話の展開に反応して体が動いていた。


 放課後になり放出はなてんは入部したバスケ部に行くために真っ先に教室を飛び出していき、鳳蝶あげはも茶道部へ向かうために俺に挨拶をしてから立ち去る。

 俺も昨日約束した写真部へ向かおうと準備する。今日は部長から言われた通り自分のカメラを持って来たので、部長についていくつもりだ。

 そんなことでロッカーから荷物を取り出した俺の肩がぽんと軽く叩かれ声がかかる。


「ねえ、ひさ君、今日も部活かな?」

「ああ、今日も写真部に顔出すよ。唯彩ゆいささんは今日もう帰りか?」

「うん! ちょっとやりたいことあるんだ!」

「そっか、じゃあまた、月曜日かな?」

「朝会えたらまた朝に!」

「そうだったな。じゃあ、また明日だ」

「うん、また明日ね、ひさ君! 住道すみのどうちゃんが可愛いからってデレデレしすぎると男子から恨まれちゃうよ!」

「ははは、友達だからな、変な因縁つけられないように気をつけるよ」


 唯彩ゆいささんは軽快な足取りで教室を後にする。唯彩ゆいささんと話すと変な空気も無く、清々しい気分になる。俺も足取り軽く写真部に向かう。

 昨日と同じ静かな部室棟の廊下を進んで、写真部の扉を開ければ、今日は部長以外にも一人だけ男子の部員がいた。


「あ゛?」

「はじめまして、一年生の折川です。入部しました」

「あ゛ぁ、部長が言ってた新入生か。よろしくな。俺はもう帰る」

「ああ、もう帰るのかい? 砂道君お疲れ様」

「お疲れ様です」

「おう」


 俺が入って来た瞬間に慌てたように広げていた道具などを全部素早く片付けていたように思うのだが、俺が部長を見れば、砂道先輩が十分に離れたと判断したのか部長は口を開いた。


「彼、人見知りだから仕方ないよ。私も話せるまでに時間がかかったけど、今は二人の時はよく話してくれるんだ。部活も活動日以外でもたまに顔を出してくれるんだよ」

「なるほど」

「それだけで納得してくれる君は楽で良いね」

「いや、嫌われてなければ大丈夫です」

「そうかい? まあ、彼が帰った分、君には働いてもらおう。茶道部に行こうか。まあ、砂道君に茶道部へ行こうと言った時点でどうせ帰るんだけどね」

「新入生参加で活動一日目なのに写真部が何の用で行くんですか……?」


 部長が小柄な体に似合わぬカメラを用意しながら、ニヤニヤと笑う。俺は不穏な空気を感じながらそう尋ねると彼女はどこからとも無く取り出した写真を取り出して俺に手渡した。


「茶道部は綺麗どころが多いんだよ。でも、時間が空けば空くほど、声をかけにくくなるだろう? この新入生と顔合わせるタイミングが大事なんだ。新入生がいる前で無理に断ると空気が悪くなるだろう? だからこそ、そこへ各部活の写真撮ってるんです~で顔を出して、顔を繋いで置くんだよ。一度顔と名前さえ覚えて貰えば、気軽に顔を出せるってわけ」

「……部長の趣味では?」


 昨日、この部長は綺麗な女の子が好きだとか言っていたはずだ。色んな事があったが、それはしっかり覚えている。彼女は当然だろうと言った具合で頷いた。


「こんな可愛い私が可愛い女の子が好きだから写真撮らせてって言っても大丈夫だろう?」

「はぁ、最低ですね」

「男に撮られるよりハードルは遥かに低いさ。君は男だけどね」

「だったら、先輩だけでどうぞ」

「ああ、各部活に顔繋ぎするのは必要だからするよ。女の子の新入生がいれば良いんだけど、警戒心の強い小動物な新入生でね、誘ったが無理だったよ。だから、やっぱり妥協で君」

「俺より先に居たんですか?」

「ああ、入学式が終わったすぐに顔を出して今日入部届けだけが扉の隙間に入ってたんだ。自己紹介は本人からしてもらってくれたまえ。君から話しかけたら逃げるだろうから、彼女から声をかけるまで話すのは禁止なのでどこの誰かは教えないよ」


 ドキドキするだろう? と言われて、そういうのはいらないんだけれどなぁと思いながら、この部長は撤回してくれないだろうと諦めて、俺は「はいはい、わかりました」と投げやりに答えたのだった。


「それでは茶道部へ行こうか。他の部活は適当でいいのでね」


 やっぱり趣味だろ。カメラを持ってしゅっぱつーとする部長に続いて俺はため息をついて鳳蝶あげはのいるだろう茶道部へ一緒に向かったのだ。


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