第51話 莉念はゴリ押し

 華実かさね先輩に今日は生徒会に向かうので部室は行かない旨を早々に連絡すると、深く聞かれずにいってらっしゃいと返される。予定があると事前に伝えると、華実かさね先輩はできる限り配慮してくれる。予定と違うことが起こると怪しむことはあるが、俺は基本的に予定を守るので問題ない。

 生徒会は特別教室がある校舎棟に一室を持っている。放課後にはあまり人は居ない。


 他の教室と変わらない作りのスライドドアを開けて声をかけた。


「失礼します、一年の折川です」

「……お前か」

「こんにちは、遠畑とおはた先輩」


 嫌な顔に出くわしたと俺は内心で顔をしかめた。表向きは愛想笑いだ。俺の二つ上で中学時代に、四條畷しじょうなわて莉念りねんに付きまとうおじゃま虫として、俺へヨクしてくれた先輩である。端も端の家だが、社長嫡男という立場であって、中学時代に顔を合わせていたころは上昇志向が強い人だった。

 莉念りねんの婿という立場で四條畷しじょうなわて家に入るチャンスを狙って中学時代は学校内でも度々莉念りねんに絡んでいた。

 邪魔だからと莉念りねんに言われて、俺の手によって教室から廊下へ追いやられた回数上位の人だ。

 ことさら嫌われていると思う。

 俺に向かって粗雑な態度を示したが、生徒会室に他の生徒が居たため、そちらをちらりと見てから咳払いをした。口調はあまり戻していないが、態度自体は他の生徒からみて評判が下がることはしたくないらしい。


「ふむ、何か用か?」

「写真部に所属しています。茶道部が実施する茶会で生徒同士の交流をするということで、例年、写真部の部員が参加して撮影もしていると聞いています。事前準備の手伝いができるのであれば協力したいことと、スケジュールなど共有してもらえれば」

「お、ゴホン。君が帰宅部ではないとはやはり驚きだが、なるほど、彼女は来ないのか?」

「彼女?」


 俺が疑問を呈すると、彼は「お前は察しが悪く頭が悪いな」と言った顔を見せた。このセリフは中学時代のこの表情をしていた際に、実際に言われたので多分あまり違いが無いと思う。

 他の生徒会メンバーにイライラした態度を見せないようにしながら、彼は口を開いた。


「部長だよ。写真部の部長の」

「部長は今回は土日にバイトがあるから部員の私達に任せると言われました」

「そうか」


 舌打ちを誤魔化して、遠畑とおはたは俺の言葉に同意だけ返し、ピラっと紙を一枚手渡す。


「これがスケジュール予定と、主な作業内容だ。事前に協力するというのなら、男子部員は設営には顔を出せ。茶道部は女性しかいないから、男手自体は足りないからな」

「写真部は俺しか参加できませんが、頑張ります」

「ああ……。ふん。とりあえず、前日から生徒会に出て準備に参加しろ」


 茶道部とは異なるプリントだ。

 前日に置き畳が搬入されるため、茶道部からも複数の備品を持ち込み各配置する必要がある。俺は了解をしてから、生徒会室を辞して廊下に出るとすぐに遠畑とおはた先輩も姿を見せた。


「おい」

「はい」


 二人きりにあまりなりたくない。中学で俺を排除しようと行動していた先輩が、俺をまともに名前で呼んだのは顔を合わせて何度目までだったか。

 遠畑はニヤニヤしながら俺を見ていた。


「高校に入って、すっかり莉念りねん様とは距離があるみたいじゃないか」


 そういえば、莉念りねん本人が居ない場合は莉念りねん様と下の名前で呼んでいたのだなと、本当に嫌なことばかり思い出された。確かに中学の頃は常に莉念りねんの隣に居続けていたので、高校の生活を中学の頃を知っている人から見ると明らかに距離があるように見える。

 目の前の男のせいで湧き出てくる中学の頃の記憶に少しでも蓋をしていく。

 俺は気の抜けた返答を返すと、ニヤニヤしながら彼は俺の肩を軽く押す。俺は後ろに一歩下がった。


「はあ、そうですか」

「高校では調子に乗らずに生活するんだな。あと、写真部の部長の、丸宮とも最近馴れ馴れしいみたいだが、いい加減、節度をわきまえろよ」

「どうしてでしょうか?」


 俺の問に、素直に言うことも聞けないのかとイラっとした顔をした彼にもう一度尋ねれば、


「どうしてでしょう」

「あいつは良いやつだから、お前は勘違いしているかもしれんが、所詮お前は部活の後輩だ」

「確かに部活の後輩ですね」

「……わからんやつだな。あいつの厚意に甘えるのは辞めるんだな。俺はあいつとクラスで良く話すが、人が良いせいで男子から良く勘違いされるんだ」

「部長には好意でいつもよくしてもらってますが、嫌われないように気をつけます」

「ふん、分かれば良いんだよ。とっとと行け」


 俺は逃げるように廊下を歩きだす。追ってこなかったのでホッとした。しばらくは顔を合わせることになるのだろうか。その部分だけが憂鬱だった。



 教室に戻ると、井場せんりさんに莉念りねんが話しかけていた。いつもなら家の用事のため、とっくに帰っている時間だろう。

 莉念りねんは俺に気づいて、ニコッとお嬢様スマイルを見せた。


「私はこれで、ご機嫌よう」


 流れるように止まること無く莉念りねんが井場さんに挨拶をして、教室を出ていく。俺は残っていた井場さんに声をかけた。

 俺にようやく気づいたように顔を向けた。黒髪がさらさらと流れて、困惑しながら俺を見上げた。


「井場さん、四條畷しじょうなわてさんとどうしたの?」

「あ、折川君。いえ、茶道部の茶会で四條畷しじょうなわてさんも参加するって話があったじゃないですか、私も茶道部だから当然参加するんですが、……その」

四條畷しじょうなわてさんと知り合いだったんだ?」

「いえ、そういう訳ではなかったと思うんですが、四條畷しじょうなわて様が言うには、私の父の勤め先が四條畷しじょうなわて様の系列にいるということで、茶会用に着物に困っているなら助けますよと言われて」

「それで受けたほうが良いか断ったほうが良いか迷ってたの?」

「いいえ! なんというか、もう決定事項言いますか、一応連絡先も交換させていただいて、今度の土曜日に貸す着物を合わせましょうと」

「ああ、そうなんだ。結構強引だね。でも、借りれるなら良かったんじゃないかな?」

「そんな恐れ多い! でも、もう断るわけにも」

「はは、諦めて厚意を素直に受ければ良いんじゃないかな」

「それまで意識してなかったのに、いきなり系列に所属してるからと言われて驚きました」


 うーん、いきなり突拍子もなく切り込みすぎだと思うが、莉念りねんはゴリ押しするタイプでもあるので、問答無用で片付けたほうが細かく説明するより良いと思ったのかもしれない。


「とりあえず学校で予定なければ、いつまでも教室に残ってるわけにも行かないし、外でようか」

「え、あ、はい!」


 お互いにカバンを持って彼女を伴って外に出る。彼女の帰り道を聞いて、近くにチェーン店のカフェがあるのでルートを伝えて向かう。

 今日の授業の話をつらつらしていれば、カフェに到着して向かいあって座る。

 彼女は手慣れてますねと小さな声で呟いた。


「昨日も話題になったけど、茶道部だと茶会に四條畷しじょうなわてさんが参加することって問題ないのかな? 部員じゃないんだよね」

「そうなんですよねぇ。うーん、昨日はあんまり話すことじゃないと思って言いませんでしたけど、私としては参加するんだぁって気持ちなんですけど、特に住道すみのどうさん周りの人たちは四條畷しじょうなわてさんがわざわざ参加しなくても良いのに、って反応がありましたね」

「まあ、そうだよね。実際茶道部のイベントなんだし、わざわざ部員じゃない人呼ばなくても良いもんね」

「私、今回は四條畷しじょうなわて様に着物を借りれるので助かっちゃうんですけど。一般家庭なんで、ぱっと数万円をレンタルすぐというのは中々難しくて……」

「そんな高いんだ?」

「もっと安いのがあるかもしれないんですけど、昨日、折川君と話してから茶道部に行ってみんなと話してると……。

 その、気を悪くしないで欲しいんですけど、住道すみのどうさんの周りの方たちが住道すみのどうさんがいるから借りられるお店があるのでそこで借りますって。

 住道すみのどうさんが家のグループ関係の人たちに声かけたみたいで。そこと比べると、ちょっと見栄えに差が出てしまうかなぁと、あれからまた悩んでたんです」


 井場さんも女子なんだなぁとしっかり感じられた。他の女子と比べて見劣りするのに羞恥があるのだろう。しかも、少しの差ならまだしも、住道家関係者と自分という差が歴然と出てしまう。

 ちらりと井場さんは俺をうかがうように見る。警戒している時は学校で過ごす莉念りねんのような雰囲気を感じられたが、少し話してほぐれてきたのか人目のない二人きりで落ち着いた空間で話すと違いを感じられる。

 莉念りねんは二人きりだともっと言葉少なく、ただ傍にいるように俺と一緒に時間を過ごす。


「……ああ、ちょっとそれは過剰だね。鳳蝶あげははどうしたんだろう」

「……私は何も言いませんけど」


 学生として学校内において、家の派閥のような活動など嫌っていたと思うのだが。

 鳳蝶あげはの行動に首をかしげた俺に井場さんはちょっと唇を尖らせてから、何でも無いですよと首を振った。


「それで四條畷しじょうなわてさんから借りられるのが助かるってことなんだ」

「そう、ですね。四條畷しじょうなわて様から借りるものであれば質について差が出ないと思うので……、正直助かります。周りが華やかなのに一人だけというのは、女子の集まりだと」

「周りとはさておき、井場さんは何色が似合うかなぁ」

「えぇ、いきなり何ですか、藪から棒に」

「いや、そういうの考えない? 鳳蝶あげはと唯彩さんだけじゃなくて、妹も話してると良く服の好みと合う色について、話し出すから」

「ふふ、妹さんもいるんですか? どうりで女子とは気軽に話してると思いました」

「結構、妹がわがままで振り回されてるよ。井場さんは紫系統が似合うと思うけど、いつもはどんな色好きなの?」


 俺がコーヒーを一口飲んでから笑顔でそんな事を聞くと、彼女も苦笑いをしながらそうですねぇと答えてくれる。

 久々に憂いの無い会話は思ったよりもはずみ、俺はスマホのアラートで時間がまずいことに気づいた。


「もうこんな時間だ。かなり遅くまで引き止めてごめん」

「いいえ、私もちょっと話し過ぎました。私も今日は帰り早いかもって言ってたので、急がないと」


 井場さんを家まで送り届け彼女が住むマンションの前で別れる。ここから家までは自転車で飛ばせばなんとか時間に間に合うなと俺は自転車のペダルを勢いよく回すために足に力を入れた。


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