100話 華実「エッチしないの?」
夜、外を窓際から外を見れば、月の光が落ちた海が見えた。
『
……ただそれだけが乞うように送られて来た。俺は既読したままずっと返信をせずにいた。彼女は俺が居間に居てすぐに確かめられるのに、確認しに来ない。
迷って迷って、俺は和室へ戻ってから、彼女にメッセージを送る。
『和室に来て下さい』
おずおずと和室の扉が開いて、浴衣姿の
「
「……エッチしないの?」
「しません」
「何で!? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?」
強く黙ったまま抱きしめていると、俺を抱きしめ返していた
何で? と聞かれても、応えられない。嫌だと言ったら傷つけてしまう。
シクシクと彼女が泣き出す。何でどうしてと腕の中で暴れるように動く彼女に俺の手の中に答えはなかった。
「だったらせめてキスしてよ!」
「ごめんなさい」
「嫌だ! 嫌だ! なんで! 私、恋人なのに」
答えず俺は抱きしめる。
だから、俺は
暴れて、喚いて、諦めたのか、俺の胸に顔を押し付けて彼女は泣き続けた。
疲れ果てた
離れたところに置いてあった椅子を、俺も持ち出して彼女に向かい合う形で座った。
「……なんでこんな事するの?」
「……するつもりはなかった。あの日も」
「だったら、言い訳すればよかったでしょ」
その問答は君と初めてキスした時に終わっている。俺は黙って、彼女を見返した。彼女は俺を数秒見つめて、視線を窓の向こうにやった。
「私、恋人だった。私のこと好きじゃなかった?」
「……告白されたから、付き合った。その時がどうだったかもう答えられないよ」
「ひどい奴」
「そう、だね」
「そうよ。本当に、そう」
目の前の
「エッチして。私も、したい。あいつも部長もしてるのに、私だけしてない。ズルい。ズルいよ。こんなに
「……出来ない。ごめん」
立ち上がって近づいてきて、パンッと平手が俺の頬を叩く。俺は座ったままポロポロと涙を流しながら俺を見下ろす彼女を見返した。また彼女の平手が叩く。
何度も何度も叩いて、彼女はその度に俺に問い返した。
「叩かれたくないなら、私とエッチしてよ」
「しない」
パシッ。
「私としてよ」
「……しない」
平手と繰り返された問答に、彼女が疲れて願った。
「抱きしめて」
黙って彼女を抱きしめる。
「なんで抱き締めてくれるの。それならエッチしてよ」
「ごめん、しないよ」
彼女もまた昨夜の寝不足と相まって泣き疲れ、あっさりと眠りに落ちて俺の身体にもたれかかった。
彼女のベッドに連れて行くと、薄暗い部屋の中でせんりが起きて俺を出迎える。
ベッドに
「清算のつもりですか?」
「そういうのじゃないよ」
「だったら、
「……聞いてたのか」
「ねえ、
脅迫されている俺は、彼女をベッドに横たえて、
せんりはあたかも自身が求められているのに満足するように、俺の身を剥がす。
「エッチは、しないでおいてあげます」
「……おやすみ」
――
気分を変えるために身体を洗おうと浴室に向かう。
少女が俺を待っていた。
「また一緒に入りませんこと?」
「ああ、一緒に入ってくれるかな」
今日も彼女を腕の中に収めながら海と月を見る。彼女は今日、集まりで会ったことをポツポツと雑談のように話してくれる。俺はそれに頷いて会話を続けた。彼女の鎖骨ラインを指で撫でる。覗き込んだ身体のラインはとてつもなく綺麗で、彼女の肌を撫でていると彼女が身を震わせた。
腕で、手のひらで、彼女の肌を感じる。彼女の背中に密着した。
俺は恋人じゃないとダメだと思ったからだ。今は、そんなことはない。俺も
俺が黙って
「
「何?」
「んぅ。なんでもありませんの」
大切な彼女の存在を全身で触れて、願う。
彼女の髪を丁寧に乾かし、俺は昨日と眠る場所は違えど、今日も彼女と抱き締め合う。
「今日も、良いんですの?」
「こっちこそ、良い、かな。
「構いませんの」
もう少しで唇が触れ合うほど近い距離で
「おやすみ、
「おやすみなさい、
辛い時に、お互いを確かめ合うように抱きしめる。
こんな簡単なことを、今日も俺と君は出来ている。
φ
『起きてるかな、棚田君も含めて話をしよう』
夏の朝の海が発生させる波は穏やかな音を繰り返し立てている。そこに二人の足音が穏やかな波音に雑音として乗ってきた。
「やあ、おはよう、二人共」
「……よく顔を出せたな」
「委員長が俺の連絡先を知ってるとは思わなかった」
「ああ、クラストークから連絡先を登録させてもらった。不快だったら消してくれ。お互い連絡をする仲でもなし」
「まあ、そうだな」
田中が納得して頷く。棚田が疲労を隠さぬ顔で俺を睨んでいた。
「
「……何かあった?」
棚田がそれをしどろもどろで自分のグループの中にいる人物を指して、この男子に誘われたと言って、わざわざ棚田の作ったグループ内の人間で言い合いになるようなことを自身でしたのだ。
それを密告と捉えられても困る。
「……お前は、俺から
「それは棚田君の責任だ。
「違う! 俺は、中学時代ずっと
「あははは、だったら、何で
「お前! 本当に、何なんだ! 昨日は大人しく」
「……人が来るかもしれないところだったら、当然物言いぐらいは大人しくするよ」
「
彼が腕を振る。また顔か。俺は腕で彼の拳を受ける。当然慣れていないのか、腕に当たった拳はそれほど力は無いが、パチンと皮膚を叩くが鳴る。だが、昨日とは違い彼は殴ったことに怯むことはなかった。おそらく昨日の夕方からずっとストレスを貯めていたのだろう。実際に寝不足もあるのか、高校生なのに目の下に隈が見える。
「棚田! まずいんじゃないか」
「……田中、大丈夫だ。こいつ、昨日言ったじゃないか、見えないところなら殴られてやるって」
「だから、顔は辞めてくれって言ってるだろ」
俺がそう言うと、棚田が酷薄な笑みを浮かべて、試すように俺の胴体に向かって拳を振るう。俺はそれを素直に受け入れて殴られた。力はない。田中がそわそわしているが、棚田は俺が真実無抵抗なのがわかったのか、何度も拳を振るった。
「ハアハア、これで十分だろ。お前、いい加減
なれない行動で疲労している棚田君に俺は愛想笑いを浮かべる。
俺の愛想笑いに、実際に殴っていた棚田とそれをおろおろ止めもせず見ていた田中が、心底気持ち悪いものを見るように俺を見ていた。中学の頃によく見ていた顔だ。
「……満足かな? 俺は
「お前! お前は、
「俺は
棚田と田中の肩に手を置いて、お願いだからねと言って笑顔を向けると、押しても居ないのに一歩、二歩と後ろへ下がる。
彼らはそれ以上俺に何も言わなかった。彼らはこれからどうするだろうか。棚田はまた俺を苛立ち紛れに殴ってくるだろうか。田中はおろおろ見るだけか、今回の事を見て次は殴ってくるようになるか。
あまりにひどいようであれば、高校ではお遊びではすまない。俺たちも背が伸びて、暴力を震えば冗談とは言えなくなる。俺だって子供の喧嘩だと言って済む傷でなければ、病院に行かなければならない。
帰り道、進んでいくと、黒髪の少女が朝の爽やかさに似合う笑顔で俺を見ていた。
「また朝の散歩ですか?」
長い髪が海風に舞う。
「だんまりですかー。
話しちゃいますよと脅しがあって。さらに、
「……本当に、ひどい人」
彼女の小さなつぶやきが、どんな色を持つのか俺には聞き取れなかった。
φ
華実side
朝、思ったより早く目が覚めた私は、一人ぼっちの布団の中で恋人のぬくもりが無くて、声を出さずに泣いていた。
一晩中抱き締めていてくれたはずだ。だからこそ、抱きしめられて目覚めたかった。
君が好きだ。
君を愛してる。
なのに、どうすればこの気持ちが伝わるんだろう。
私には分からなくて、君の優しさをどうすれば独占できるかわからないんだ。
無理やり呼び出してみれば、香水の残り香が付いた君を、たった二週間の間に何度抱き締めただろう。直前まで残り香が付くほど
私は嫉妬に狂いそうで、君を求めてしまう。
お腹に君の熱を蓄えても、君が離れてしまうとあっという間に氷のように冷えていく。
君が好きなのに、私が恋人なのに、こんなに君を受け入れているのに、君がこんなに私を愛してくれるのに、たくさん時間がある夏休みに、会う時間が取れなくなってしまう君の事が分からなくなる。
だけど、手放したくない。
手放したら私が壊れてしまう。
愛されているはずなのに、優しさを他人に振りまく君を見ていると、愛が分からなくなるんだ。
エッチしても、していない時にどんどんと乾いてしまう。
どうすれば、君に愛されていると安心できるんだろう。
私は泣いて、答えは見つからなかった。
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