99話 尚順「君を抱きしめたい」
夕暮れ時、
「もう良いのかい、
「なんでも無いです。ちょっと旅行疲れですかね」
「……枕が違うとよく眠れないことも多いからね、仕方ないよ」
もう何枚かスケジュール通りに写真を撮る。熱意が足りないと思った。ゴールデンウィークの撮影なら、俺はもっとたくさんの
本当に自分自身疲れているようだった。
「うーん、
「………………まあまあ、ですかね。私も今日は」
俺が
俺は動けなかった。
俺を平手で叩いた時のように批難すればいいのに。
「時間ですね。戻りましょうか」
あまりに居た堪れなくなって俺が声を掛ける。
「そうだね!」
「戻りましょうかー。明日もう帰るなんてあっという間ですね」
「
「……
別邸に向かって歩く。かなり傾いた太陽はもう山間に消えてしまっており、空だけが夏らしく明るい白に変わっている。別邸の入り口がざわざわと騒がしい。見知った顔がいる。棚田と田中だ。 本館の大浴場に居たから本館に部屋があると思っていたが、なぜここに居るのだろう。俺たちが四人固まって歩いていたので、彼らの目に止まったようだ。
「
「こんばんは、棚田君、田中君」
「こんばんは。あれ、
田中が
「田中君、
「ぅえ、あ、ああ、そうなんだ。教えてくれないから知らなくてさ」
「あんたに教える理由あるの?」
先程の少々力を無くしていた態度から一変して
「
「何がおかしいの?」
「クラスでも美人な女子を友達だって侍らせて、ぶ、部活の旅行で男が一人だけ? それって異常だろ」
「写真部の部長だけど、君は何を言ってるの?」
俺が反論する前に
「外野の君が何の関係があるんだい? 所属のメンツがどうなるかは部活によるだろ。君だって部活に入ってるんじゃないのかな? その部活の男女の比率はどうなっているんだろう」
「あう、え」
「
「
「クラスメイトだから、まあ、そこまで無下にするのも失礼になるんで、お願いします」
「……わかったよ。みんな、戻ろうか」
「……私、残ります」
「
女子が居ないほうが会話が円滑に進むと思ったのか、棚田と田中が残る。背後に残っている連中は、俺をちらりと見てから、棚田に戻ると一声かけて本館へ向かった。なんで別邸の入り口に固まっていたんだろう。
「どうして別邸の入口前に固まってたんだ?」
「ああ、一部の男子が同い年ぐらいのすごい美人が泊まってると噂しててな」
「それで
「……
「
「……お前、あれほど俺が
「今話しているのは俺だ。棚田の不満なんて関係ない。こんなところで集団で立って、女を見て話しかけようなんて、棚田君が集団をまとめているんだろう。君が止めるべきじゃないのか」
棚田が俺の胸ぐらを掴む。周りに人がいないからだろう。俺はその手首を掴んだ。
「ずっと前から不快だったんだ。田中に聞けば、クラスでもベタベタひっついて、賢し顔で俺に説教か?」
「そうだよ。田中君を含めて、わざわざ写真部の女子に絡みに来て迷惑を掛けられたんだから、説教ぐらいする」
「お前!」
顔を殴られそうになって、それを反対の手で強く防ぐ。この動作に慣れてしまっているのが虚しかった。田中がまさか暴力になると思わなかったのか、声を上げた。田中はこういうのに慣れていないらしい。それが普通だと思う。
「棚田!?」
「……殴るなら、顔は止めてくれ」
「はぁ!? 何を」
「顔は言い訳するのが大変だから、こちらが防ぐ上から殴られても我慢はするが、顔は止めてくれ。腹でも服に隠れる場所にしておいてくれたほうが、お互い楽じゃないかな」
「意味が、意味がわからない。お前、何なんだ」
棚田が掴んでいた手で俺を押して、手を離す。わざとらしくよろめいたように一歩下がった。顔に殴った後が付けられると後々必ず面倒になる。中学の時に一番困ったのがそれだ。服の下なら、
しかし、棚田が俺を意味不明な生き物を見るような目で見ていた。
「だから、顔に殴られたりして怪我や後がつくと、言い訳に困るんだ。棚田君が苛ついて不満をぶつけるなら、せめて服の下でわからない場所」
「それがわからないって言うんだよ! 意味がわからない。素直に殴られるのか!? 俺に!?」
「俺の説教が気に食わないなら、棚田君が手を出すこともあるのは理解できるだから」
「お前、気持ち悪いよ。なんでお前みたいなやつが
本館に通じる道から鋭い声が上がった。聞き慣れた声で、
「
「
とてもタイミングが悪い。面倒事になりかねない。
「あなたたち、何をしてらっしゃるの!?」
「
「それで気持ち悪いと相手に言いますの!?」
「
「
「大丈夫、俺は気にしないから。だから、」
「どうして!?」
「俺は、
「後悔なんてしませんわ!」
「
これはダメだ。せっかく
だから、俺はもう棚田も田中もどうでも良かった。今、話し合うべきは
俺は
「行こう」
「な! まだ話してる途中だ
「話は終わった。俺は迷惑をかけられたが、我慢するから、君たちも用事がないなら大人しく部屋へ戻るだけで良い」
こちらを追ってくるが、
「迷惑ですわ」
「ですが!」
「迷惑ですわ」
結局彼らはついて来られなくなる別館の入り口ホールまでやってきた。俺は
「迷惑だ。ここから先は泊まっていない棚田君も田中君も来られないから」
「此処から先って、お前、本当にこっちに泊まって?」
「そうだよ。じゃあね。すみません」
呆然とした彼らを置き去りにして、従業員を呼んでおいてから通路の三階直通のエレベーターへ向かう。
「
声を掛けてきた
「結局、迷惑かけてごめん」
「……良いんですの。私、」
「ありがとう」
彼女がなにかその先を言う前にお礼を言って、髪を撫でる。どうしたら話がつけられるのか。俺は理解できている。だけど、それは今、選ぶことの出来ない選択肢だ。
俺が
それこそ、中学の
「
「言わないで。
「……ひどい人」
「ごめん、ごめん
「ありがとう」
君を傷つけてごめん。だけど、今の俺はこんなにも君と抱きしめ合って救われてしまう。
今、君は俺にとってどんな存在だろう。セフレではないと思う。だけど、君を抱きしめたいと思って、抱きしめられると救われて、それは友達ではありえなくて。
『女の子を慰めるのは普通』
そう、慰めるために抱きしめるのは普通だと
今、君と俺の関係を言葉にすることは難しい。難しいのに、大切なんだ。
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無茶苦茶な人間関係の傷を、恋人に癒やされる日々のはずだったのに……
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