閑話5 幼馴染で家族の四條畷莉念③
11/12の更新3つ目です。中学三年夏からあの日の冬まで
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莉念side
「塾、ですか?」
「そうなのよ~。もういきなりここに行かせてくれって、夏期講習の紙を持ってきてねー。ずっとサボってたから頑張るんですって」
「お義母さまは、許可、したん、ですか?」
「悩んだけど、
「そう、ですか」
「でも、ちゃんと塾の時間みて、どんなに遅くなっても晩ごはんの時間には帰るように言ったからねー」
「良かった」
私がホッとして、尚順のお母様とご飯を作る。そして、実は今日から行っていたと聞いてびっくりしつつ、尚順は行動力があるなーとぼんやり思っていた。
夏休みは、私も忙しい。昼は習い事の消化だ。
モチベが無いけどやらなければ行けないのでやっているから、消化で正しいと思ってる。
そして、
それが残念だけど、尚順も勉強を頑張っているので一緒だと思った。私はご飯の後に二人きりで過ごす時間が維持されているので、十分満足だった。
早くキスしてくれないかな、押し倒してくれないかなと思ったけど、尚順は私が恋人になれないよと断ったせいでちょっと傷心気味で、中々上手く行かなかった。
お風呂も一緒に入らなくなった。話題に出しても、一人でゆっくり入りたいからごめんなと優しい笑顔で言われると、尚順がその気になるまで引くのが良いのかと思った。
塾と勉強のせいで土日のデート時間も徐々に削れていく。少し寂しくて、でも、時間が減ったせいか、尚順がお気に入りの喫茶店に行きたいと全く言わなくなった。
よく行く喫茶店。お店を尚順が気に入ったからなるべく行ってあげたかった。でも、あの店は初めて行った時、尚順が一度私から目線を外して、興味深そうに綺麗な女子を見たから、嫌だった。
家の伝手でバイトのタイミングを調べてもらって、ズラして行っていたけれど、今はもう尚順が行きたがらないなら良いのかなと思っていた。
学校でも、尚順がちょっとだけ距離を取るようになった。それのせいで、とても面倒になった。助けてと言えば、尚順が私を助けてくれた。ああ、好きだなぁ。
距離を取るのはよく分からなかったけど、言ったらすぐに来てくれて私を助けてくれる。きゅんきゅんする。
文化祭も無難にこなされて終わり、無駄な告白で私と尚順の時間を削ってくる男子たちをばっさりと拒否し、私と尚順の生活は平凡に過ごしていた。平凡な日常、ただ、それが大切だと私は思う。家族同然の幼馴染は一緒に過ごす穏やかで当たり前の日々が大事だ。
彼の部屋のベッドで並んで座って、彼の手を握って雑談している時に、いつだってそう感じる。
φ
(???????)
声にならなくて、だけど、私の頭の中は本当にそんなマークで埋め尽くされていた。珍しく放課後の時間が暇になったので、尚順を塾まで送るために一緒に行くよと言えば、かなり強く断られてしまった。びっくりした。なんでそんな断るんだろう。私は不思議に思って、当然、彼の後をつけて、理解できない光景を見た。
なんだか見知らぬ女が塾までの道のりで、尚順と仲良く話していた。
理解できない。知らない。教えてもらっていない。話してもらっていない。誰だ。
手が震えてくる。目の前の光景を見て、恐怖が湧き出してくる。なんだろう、これは。頭の中にまたあの声が思い出されてしまった。
『先に約束したから、
胃の中身が無いはずなのに吐き気が私を襲ってくる。だけど、彼らを追跡しないといけないから、私は必死に吐き気を抑えた。
おかしい。彼が女の頭を撫でている。彼が女の髪型を褒めている。彼が女の勉強した内容を聞いて褒めている。彼が女に誕生日プレゼントと言ってお菓子を上げている。
意味がわからない。
そのまま塾に入っていった彼らを見送った。
本当は出てくるまで監視したかったけど、家に帰って彼の晩ごはんを作らないといけない。だから、残ることは出来ない。
ふらふらと折川家に帰り着いて、淡々と料理を作る。
彼は当然普通に家に戻ってきて、ご飯を美味しいよと言って優しく褒めてくれて、部屋で二人きりになった。そう言えば、最近は勉強を頑張るねと言って、すっかりこの時間も短くなっていた。
手を繋いで、いつもより強く握って、尚順に尋ねた。
「今日、街で、尚順、偶然、見かけた。隣、女子、友達?」
「……俺が断ったから、出掛けたんだ? その、付き合ってるっていうか」
(????????)
どういうことだ。誰だそいつは。私は訳が分からなかったけど、彼が話しにくそうにしているのを、家族同然の幼馴染に話すの当然と言えば、尚順はそうかな? としばらく考えてから、そうかも、と納得してくれて素直に話してくれる。
写真が趣味になって、勉強を頑張ってる時に、偶然同中の女子と塾が同じだったので、行き帰りで話すようになった。そして、相手から付き合わない? と言われて付き合うようになったと言った。
だから、恋人かなと、尚順はその女を表現した。
私は淡々と無表情で内心を隠して、
「そうなんだ」
とだけ応えた。少しでも進展させたくない。
土日は塾のある時間をしっかり聞いた。空いてる時間を私が買い物に出かけるから来てと連れ回そうとする。でも、「勉強したい」と言われると、私も強く言えない。勉強のため以外で、尚順がデートのために外に出るころはない、はずだ。多分。
尚順からデートに誘われないせいで、本当に空いている時間がよくわからない。
尚順の申告した塾に通う時間と空き時間を私は信じるしか無いし、勉強を頑張る尚順に気を使ってしまい、申告された空き時間以外はデートに誘えない。
尚順が私と出かける時間も、気づけばひどく短くなっていた。
「勉強時間確保したいから、莉念許してくれるかな?」
今までは勉強を頑張るという言葉を信頼していた。図書館で勉強すると言う時も確かあった。本当は違ったのかもしれない。
私はガリガリと自分の体を爪で削りたいほどの焦燥が襲っていたが、傷ついた醜悪な私を見せて彼に嫌われたくないから必死に堪えた。
「綺麗だよ、可愛いよ」
いつだって尚順が褒めるのなら、傷なんてつけていられない。
あの女と過ごす時間を徹底的に削ったつもりけど、たった一日、クリスマスの日だけは、どうしても削れなかった。
一番重要なのに!
私が昼間に集まりがあって出かけるせいで、私を言い訳に恋人のデートを邪魔する手段がない。
だけど、私は「中学生なら健全な付き合いを続けるべき」とお義母様と妹ちゃんへ話題に出して尚順に考えてもらい、私と二人きりで話す際にも「中学生なら健全な付き合いを続けるべき」だと誘導した。
尚順も話を聞いて、なるほどと頷いていた。
「付き合い出して短いし、俺たちまだ中学生だもんな」
そう、私みたいに幼い頃から一緒に過ごしていた家族同然の幼馴染となら肌の触れ合いがあっても当たり前だ。それだけ長い時間過ごしてるんだよ。
でも、付き合って一ヶ月ぐらいの他人だった中学生なら、まだまだ気が早いんじゃないかな? って。
だから、折川の家でクリスマスの日の夕食後の二人きりの部屋で、
「結構仲良くなってひまりから、クリスマスプレゼントの交換をした後に、キスまでして欲しそうだった。今日はしなかったけど、これからどうしようか悩んでる」
なんという醜悪な泥棒猫なんだろう。
どうすればいいか迷った。迷って、でも、私だって尚順からキスしてほしいと思ってるから、すごく嫉妬した。
醜悪な泥棒猫だ。
こんな女が私の尚順へ、恋人面して関わってくる。
私とのスキンシップを停滞させているのに、泥棒猫との方がふらふらと進んでしまいそうな尚順の話を聞いていると、身が焦がれる。
キスして欲しそうだから、どうしようって、私が尚順に思って欲しいのに、泥棒猫が気を引いている。
蹴落とそうとしてるのに、二人が塾に通うといった共通点のせいでどうにも上手く行かない。デートの邪魔は出来ても、塾の通う時間は邪魔できない。
尚順が勉強を頑張ると言って塾に通い、成績が上がっているのは本当だ。だから、彼の努力を無下にしたくない。否定したくない。
尚順が頑張っている勉強を否定するなんて、優しい私には出来ない。
私は悩んでいて、彼がぽつりと言った言葉に、決意が固まった。
「正月は、ちょっと恥ずかしいけど、家族も居ないし、二人で初詣に出かけようかと思ってるんだ」
……誰も居ない家で、「恋人」と二人きり? ……私はまた内心を隠した。
「そう、なんだ。お正月、
「うん、お疲れ様。俺は受験で模試もまだギリギリだし、初詣は短めにして勉強を頑張るつもりだから」
嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき。
……誰も居ない家で、「恋人」と二人きり。
恋人という立場で、二人きりなら、キスぐらいしても大丈夫だと思ってもおかしくない。邪魔する人が居ない。
キスしてほしそうに、寂しそうにしている恋人。優しくしないといけないだなんて考えて、キスまでするんじゃないか。
尚順の優しさはいつだって美点だけど、それに漬け込む醜悪な泥棒猫が現れるとこんなにも悪用されてしまうんだ。
告白してきたみたいに、人目のない所で泥棒猫から、キスを迫ってするのではないのか。
炎が私の中をめぐり溢れ出てくる。怒りが色になって彼に分かってもらえればいいのに。お嬢様教育で貼り付けた無表情は変えない。
「
「うん、勉強、頑張って、ね?」
嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき。
「送ってくよ」
尚順がさっと立ち上がって私を促す。すっかり私が自宅へ帰るのも早くなった。もっと部屋で二人、ゆっくり過ごそうよ。
私とはキスしたくならないの?
『莉念、キスしたい』
そんな風に言われたら、無言で目を瞑って受け止める。なんで言ってくれないんだろう。
無言で押し倒されたら、仕方ないって体で受け入れるのに、どうして尚順は一押ししてくれないんだろう。
気づけば、手は繋いでいても、ベッドで並んで座る距離が遠くなった。
どんどんと遠くなっていく。私がベッドの上で近づいて座ると、健全じゃないとダメだもんなと、尚順が寂しげに言った。意味が分からなかった。
触れ合いたい。
だから、私は、もう全部、手に入れる。
私が悪かった。
ちゃんと恋人も蹴落とすための下地が無いとダメなのに、甘えていた。小学校や中学の学校内の狭い範囲で済むと、尚順に集る泥棒猫を蹴落とせると思っていた。
私達はもう、男と女なんだ。
ちゃんと分かってもらわないとダメだ。
どれだけ私が家族同然の幼馴染でも、男と女の関係を結ぶ前に、恋人に肉体関係を持たれたら、言われてしまう。
『先に約束したから、
先に泥棒猫とエッチして、
そんな事を言われた日には、お嬢様教育で鍛えられた愛想笑いか無表情を、その場で維持できる気がしない。
「尚順、童貞だったんだけど、あんたより私の方が良いんじゃない? お先にごめんね」
なんて、泥棒猫から言われたら、許さない。
あの泥棒猫を認識してから、視線で、表情で、遠巻きに私へ優越感を見せているのに気づいてしまった。
なんて醜い奴だろう。あんな性悪女が彼の初めてになったら、絶対にそれを笠に着て、尚順に私を排除させるはずだ。
尚順は私の物なのに。
だから、私は決意した。
「勉強、頑張って、ね?」
悟られないようにもう一度言った。そして、その日が来る。
薄暗い尚順の部屋で、お風呂上がり。久々に一緒にお風呂に入った。
お互いの身体を隅々まで見た。なのに勉強しようと、取り繕う尚順を可愛いと思った。
ベッドに彼を押し倒す。本当は私に興味津々なのに、我慢する彼が愛おしい。
押し倒された尚順の顔に、私の髪が触れて、重力に従って流れていく。
「尚順、私の。なんで、逃げる? 私の体、いや?」
「
「家族同然の幼馴染と、ね? するの、ダメじゃ、ないよ? 私は、尚順の。尚順は、私の。ほら、尚順、しよ?」
尚順を襲って、私はまた彼の愛を知った。
これなんだ。気持ちが良い。満たされている。
ずっと欲しくて足掻いて、どこか物足りなかった尚順とのつながりを、しっかりと感じられる。
私達はまた一歩近く寄り添えるようになった。
私はそんな満足感の中、尋ねてきた泥棒猫の相手をするのがひどく億劫で面倒くさくてどうでもよくて、さっさと追い返した。
尚順との二人きりの逢瀬の時間は有限だ。愛し合おう。尚順が私を求めている。
そんなに嬉しいのか、ボロボロと尚順が泣きながら私と体を重ね、好きと愛してると叫んで抱きしめる。
ちゃんと届いてるよと黙って抱き返して、尚順を受け入れて満たされていた。
今までこれほど熱く彼から求められたことが無かった。
今この時を思えば、これまで私達はお互いなんて遠くに居たんだろう。
でも、もう大丈夫。
肌と肌がしっかりと触れ合って密着する。尚順が声を発する度に私の皮膚を通して身体を震わせる。
「
触れ合って、泣きながら狂おしそうに私を求めて言う尚順の声が、心地良い。
幼い頃から、ずっとずっと、私を満たしてくれる幼馴染。
私も声に出さずに叫んでる。
『私も、あなたを、愛してる』
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第56話の不思議だね、の部分で、喫茶店で先輩が尚順を知らなかった理由。
一途な愛が美しいし、書くと楽しい。
幼馴染(の言葉が足りず)にフラれた主人公が(幼馴染の気持ちに気付かずに)新しい出会いで恋人を作って、(上手く伝えられなかった)幼馴染が(主人公に恋人が出来て)後悔するとかいうストーリーを一度盛大に壊すのに成功している莉念でした。
第二部はこれで終わりです。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
次回は書き溜めが出来ましたら更新させていただきます。
11月19日18時更新の予定です。
【恐れ入りますが、下記をどうかお願いいたします】
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