第42話 元カノと再会
第二部 枯れた紫陽花は縋り 始めさせていただきます。
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写真部の部室にたどり着いて、扉を開けた。
夏の香りを抱いた風が窓から開け放たれた扉へ爽やかに流れていく。
銀髪が風に遊ばれるのを恥ずかしそうに彼女が手櫛で直して、俺に顔を向けた。
人形のように整った顔立ちをしながら、どこか幼さを内包して人を魅了する彼女は、優しげな笑顔と声で、扉を開けた俺を出迎える。
「やあ、今日も部活とは真面目だね。いらっしゃい尚順君」
「今日もよろしくお願いします、
赤い瞳は花が綻ぶような慈しみをたたえて、俺に向けられて、そこに氷のような声が差し込まれた。
「こんにちは折川さん」
写真部の部員らしくカメラを自分の手元に持って、椅子に座っている少女がいた。メガネをかけてやぼったい髪をした彼女は、冷たい声で部室の夏の空気を霧散させる。
そのメガネのレンズの向こう、氷の瞳が俺を射抜くように見つめていた。
「お久しぶりです、同じ一年の
「……春日野」
俺は誤魔化すように愛想笑を浮かべて、
「…………久しぶり、同じ高校だとは知らなかった」
「この高校の名前出してたと思うけど、そんなもの?」
「うん? 知り合いかい?」
「同じ中学で同じ塾だったので」
俺が先輩に返答する前に彼女が邪魔するように答える。へーと特に気にしない雰囲気で
「まあ、そんなことは良くて、ずっと幽霊部員だった
「わー」
俺は先輩の望みに応じて拍手をしながら棒読みで答える。
「ずっと忙しかったのですみません」
「冗談だよー。ごめんね。来れなかったのは気にしてないよ! カメラを用意したんでしょ?」
「入部の時は持ってなかったんですけど、ようやく買えました」
「新生写真部は、まぁ、色々あるけどよくして欲しい」
少しだけ沈んだ声をした
プルプルと可愛らしく先輩は頭を振って、空気を変えるために手をパンと叩いた。
「とりあえず親睦として、外に撮影に行こうか。今の時期は紫陽花が綺麗な花壇が学校内にあるんだ。テーマがあると撮影もしやすいよね」
すっと立ち上がり、俺たちを促す。野暮ったい髪をした
「学校からの依頼の分は片付けたつもりだったんですが、追加でもあるんですか?」
「ああ、いや、そういうのは無いね。だからこれは純粋に部員が撮りたい物を撮りながら、カメラの扱い方と撮影について先輩が後輩に教えるという真っ当な部活動だよ。私も教わったなぁ。二年前だと懐かしさを覚えるよ」
「私は部長に教えてもらえるってことですか?」
「ははは、まあ、他にいないからね」
誤魔化すように笑った先輩にまた
周りは閑散としており、せっかくの紫陽花がひと目に付くことはなさそうだ。振り向いた
「ここだよー」
「わぁ、こんな綺麗に咲いてるんですね」
「花壇を管理する園芸部がいるからね。この学校は結構な場所に花壇があるから、季節にあわせて写真を撮りたい時は写真部に置いてある学校マップも確認してみてね。それじゃあ、とりあえず構えてみて」
「はい、ありがとうございます!」
「私じゃなくて、紫陽花にね。私は撮影する側だから」
「そうなんですか? 撮影モデルになっても見劣りするぐらい美人だったので……。すみませんでした。じゃあ」
彼女のカメラを構えた格好で腕の角度や、窮屈そうなポーズになっているところも含めて、先輩が取りやすい構え方を彼女と相談しながら考えていく。
その二人の一瞬をパシャリと撮ると、
「……恥ずかしいよ」
その言い方は中学の頃に、初めて俺がカメラを持って彼女を撮影した時の反応に似て、俺を郷愁が襲う。彼女もそんな事を思い出したのか、そむけた横顔には苦笑いが浮かんでいた。
そんな
「彼が他人を撮りたがるから慣れるまで困るだろうけど、言っても聞かないから許してあげてほしい」
「そうなんですね。恥ずかしいですけど、分かりました」
「ごめん、写真部の活動だから」
「尚順君は嘘つきだなぁ。
「部長が嫌そうじゃないので、まあ、良いのかなと」
「そう?」
落ち込んでいる
「ここの紫陽花は青ですけど、赤は無いんでしょうか」
「赤色の? どうして?」
「うーん、今ふっと思った撮りたいイメージが赤色の紫陽花なんですよね」
「紫陽花は地面の影響で色が同じになるから、違う色を背景にしたいのは残念ながら難しいね」
「そうですか、残念です。」
下校の時間が迫り、
「それじゃあ、また明日、尚順君」
「はい、
「部長ありがとうございました。また」
俺が先輩の背中を見送り、愛想笑いを浮かべていた
た。中学で初めて声をかけてからしばらくは、ずっとこんな雰囲気だったなと思い出された。髪型は徐々に整えていったので、そこは全く違うが。
「折川は幼馴染とはどうしたの」
「……髪、どうしたんだよ。そんな髪型じゃなかっただろ」
「ふん、年明けから面倒くさくなってずっとこんな感じだったの」
「中学の頃は」
「思い出話でもしたいわけ?」
「ごめん」
彼女の言葉に謝る以外の言葉を出せなくなって、口を閉ざして自転車をゆっくり押し歩きながら帰り道を進む。しばらく進んだ橋の途中で彼女が自転車を止めて、視線を川に向けた。置いていくわけにもいかず彼女の横に並んで、川を見つめる彼女が話し出すのを待った。
「
「……
「元カノに対して冷たいわね」
「今、ちょっと色々あってね」
「ふーん、どうせまた同じことやるんでしょ」
彼女は馬鹿にするように笑って俺を指差す。手入れを放棄した野暮ったい髪が全く似合っていなかった。あの頃は似合う姿だった。
俺は力強く首を横に振り、強く否定する。彼女は俺のそんな行動を冷たい眼差しでじっと見つめていた。初夏の空気の中にも関わらず
「そんなことしないから」
「あっそう」
「帰らないか?」
「……元カノに冷たい元カレの言葉に従って帰りますよー」
彼女は軽い声音でそんなこと言って俺を待たずに自転車乗って風のように立ち去ってしまう。こちらの静止の言葉も彼女の背は拒否するように弾き飛ばしてしまった。
「どういうつもりだよ」
元カノや元カレと揶揄するように口にするとは思ってもいなかった。あの冬の日から、お互いに全く口も聞かなかったというのに、
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第二部開始時点の相関図です。
https://kakuyomu.jp/users/akashima-szak/news/16817330664562897099
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