102話 尚順「健康に悪いでしょ」
撮影旅行が終わってから二週間が過ぎた。お盆を挟んで八月も半ばを過ぎる。夏休みの終わりは目前に迫っていた。
俺はせんりの部屋で彼女を抱き締めていた。さすがに季節柄アロマデュフューザーは点けられていない。あの香水の香りが弱いと、俺はホッする。溺れるのが弱まるからだ。
せんりを下に組み敷いて乞われるまま身体を動かしながら、ここずっと続くことを何度も思い返してしまう。
そして、
そうした俺がたどり着くのが、会いたいと言ってくるせんりで予定を埋める事だった。予定が空いていると、
だから、俺はせめて予定を埋めて言い訳を作った。
せんりと会うのが、辛いのにあまりに楽すぎて俺は彼女と顔をあわせていた。
せんりの部屋で、裸で抱き締め合う。ゆっくりと繋がったまま、彼女は甘えるように俺に笑いかけた。
「増えましたよね、会うの」
俺はそれに答えなかった。だけど、せんりはそれでも満足するように俺に笑っていた。
「まただんまりですか。
ダメなのに、俺はせんりと会っている。
「仕方ないですよね、
俺はせんりを黙らせるために動く。彼女は望んでいたように俺を受け入れた。行為を終えて、シャワーを浴び、デートしようと彼女を連れ出す。珍しそうにびっくりした顔をされた。
夏の夕暮れに、彼女は疲れたようにあくびをしながら腕を伸ばした。
「う~~~ん、激しい運動をすると疲れますね。
「……いつも家に引きこもってたら健康に悪いでしょ」
「えぇ、一生懸命運動してるじゃないですか」
「不健全にね」
「だって、
俺が顔をしかめると、せんりが困ったような表情をする。
「そんな顔をされるとは思いませんでした」
「なんで?」
「だって、
「……誘われたことはないと思うけど」
「だから、今言ったじゃないですか。行ってくれないだろうなぁって思ったから誘ってないです。行くとしてもラブホです」
「せんりって」
「はい」
「あれ、せんりちゃん?」
俺が話す前に、男子の声が俺たちの会話を遮った。一度聞いたことのある声だ。せんりが長い溜息を吐きながら、そちらへ身体を向けた。陸上部らしい細身だがしまった体型をした男子学生が手を振っている。
「滝谷さん、こんにちは」
「せんりちゃん、こんにちは! 最近タイミング会わなかったよね。久しぶり」
「うーん、久しぶりでしょうか。少し前にもみんなで遊びましたよ」
「でも、せんりちゃん用事が出来たってすぐに帰っちゃったじゃないか」
「あー、そうでした。その日は急に予定が出来たので」
日にちを聞いていると、ちょうど午後俺が誘った日だ。彼女の予定を切り上げさせてしまったらしい。最低な事をしてしまった。落ち込んでいると、ちらりとせんりが俺を見た。
俺はせんりが友達と話すなら帰ろうと思って、頷く。
「せんり、友達と話すなら俺は帰るね。今日は付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ、
あれ? 俺の考えとは違って、彼女は落ち込んだ顔を見せてから、滝谷との会話を切り上げるようだった。てっきり友達と話すと思っていた。
だが、俺たちの会話に納得できなかったのは滝谷だった。
「え、え、ちょっと、時間あるならもう少し話そうよ、せんりちゃん」
「えーっと、私も出歩いて疲れたので」
「でも、カバンとか持ってない、けど」
「あ、本当だ。
「あ、そう、なんだ」
「うん、そうなんです。ね、
「……そうだね」
滝谷が俺を見る。俺が持っているカバンは一応課題を持ち歩けそうなカバンだが、実際中身は最低限の荷物しか無い。
彼はせんりの言うことに疑いつつも、追求も出来ずに引き下がった。せんりがあざとく笑顔でそれではまたと言ったからだ。
俺もせんりにまたねと告げて、帰り道を進む。
しばらくすると、タッタッタッと走る足音が聞こえて、別の道から滝谷が姿を見せた。この辺に住んでいるのだろうか。わざわざせんりには帰ったと見せて回って来たらしい。
俺と話があるのか。
「
「いや、友達だから夏休みの課題一緒にやってただけだよ。お互いお盆も終わってもう夏休みも終わりだからね」
「…………せんりちゃんと度々会ってるだろう」
「そんなつもりはないけど。友達だからそこそこ会うね」
「嘘を吐くなよ!」
「嘘?」
俺が疑問符を浮かべて、彼を見る。先程までの取り繕った好青年風の顔は消え去り、顔をしかめながら彼は俺を見ている。どういうことだろう。確かに良く会っているが、それを知られるはずがない。
「せんりちゃんがお前と旅行に言ったって、友達から聞いて」
「写真部の活動で部活動としての旅行だね。もう二週間も前の話だよ」
「だから、それでせんりちゃんが友達に自慢してた。それで、気になってみればお前がよくせんりちゃんの家に行ってるじゃないか」
「……滝谷君の家はこの辺なのかな? でも、近くならせんりと一緒に近くまで行くよね」
「何だよ」
「いや、ストーカー地味た事をやっているなら止めたほうが良いよ」
「なっ、なっ、なっ、」
顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。だが、実際、女子の家に誰かがよく通っているのではないかと把握するのはただのストーカーだ。
「今はとりあえず俺の胸の中で黙っておくけど、続けるようだったらせんりと相談するから」
「お前! 彼氏面かよ!」
彼氏面と言われても困ってしまう。せんりはセフレなの彼氏面は出来ない。それにエッチを積極的にしようとするのはせんりの方で、せんりが自ら「しないと話しちゃいますよ」と脅してくる側だ。
しかし、滝谷がストーカーまがいのことをしているのは不味い。暴走してせんりに危険が及ぶのは俺の望むところではなかった。俺はがっしりと手で滝谷の肩を強く掴む。
俺がいきなり暴力を振るうとでも思ったのか、彼は顔を赤くしていたのが焦りになって、逃げようとする。しかし、今逃がしても良くない方向へ行くだけだ。
「せんりの友達として、せんりの周りにストーカー地味た事をする人間が入れば注意ぐらいする。滝谷君、ストーカーまがいのことはやめろ」
睨みつけて、俺が再度言うと、言われた内容が理解できたのか、滝谷が何度も頷く。俺はじっと改めて圧を掛けて、手を離した。まさか、こんな事をするやつだとは思わなかったと言った顔で、滝谷が俺を見ている。
「わ、わ、分かった」
受け入れてもらったことに、笑顔で頷く。それをまたもや棚田たちが俺を見たように気持ちが悪い物でも見るような目を滝谷が俺に向けた。
「せんりの友達として、間違えないでね。それじゃあね」
俺はそのまま彼を置き去りにして立ち去る。夏の夕暮れは蒸し蒸しとした不快さを俺に与えてくる。気分を変えたくて、スマホを見た。メッセージアプリを確認する。今日も
せんりに会って少しでも埋めたはずの寂しさがもたげて、俺を走らせる。
自転車で来なかったのはわざとだ。晩御飯の時間にわざと遅れて家に帰り着いても、母と妹しかおらず、
部屋で一人、ベッドの縁に座った。夏休み前であれば、
「会いたい」
俺の言葉は
――――――――――――――――――――――――――――――――――
会えない幼馴染のかわりに、幼馴染を重ねる女に会う主人公。クズでは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます