第55話 あんた誰?

 偶然、唯彩ゆいささんも同じ時間で上がるらしい。いつもはもっと長いので疑問に思えば、唯彩さんが笑顔で答えた。


「今日はスーパー特売だから、早く買えるんだ~」

「おぉ、家庭的」

「そうでしょ? あたし、家事してますから!」

「偉いね。俺は買い物以外追い出されるからなー。買い物は母親がほぼするから行く機会は無いし」


 どやーとする唯彩ゆいささんの可愛らしさに笑ってそういうと、びっくりされた。


「えぇ!? なんで!?」

「いや、納得するレベルに達してないらしい」

「家事の納得するレベル?」

「そう、家事をする上で必要最低限のレベルを今更教育する気がないから、一人暮らしの時に頑張れって。お互い困らないでしょっだって」

「ああ、そういう。でもわかるかなぁ」

「わかるんだ?」


 俺がびっくりしながらそう尋ねると唯彩ゆいささんは恥ずかしげに、てへへと笑いながら頷く。


「うん、だってもう掃除洗濯料理とか、あたしが納得するレベルがあって、あたしがするならそれで一発合格じゃん? でも、あたし以外がやった時にあたしの範囲で納得できないと、それなら今はあたし自身がやったほうが良い! ってやつ」

「うーむ、なるほど。そう言われると確かにもっと子供の頃に全く手伝ってないから、何も言えないや」

「ふふふ、あたしはベテランだからね~」


 唯彩ゆいささんとそんな事を歩きながら、駅前までついた時にすっとボブカットをした黒髪を揺らした少女が俺たちの目の前に姿を見せる。既視感のある姿だった。眼鏡越しの青い瞳が俺を見つめている。懐かしさがった。

 だから、俺は自然とその名前を呼んだ。


「……春日野かすがの

「こ、こんにちは。奇遇ね」

「こんにちは~? ひさ君、誰」

「うん、ああ」

「あんた誰?」


 キッと瞳が唯彩ゆいささんを睨んでいた。俺は彼女の態度に眉間にしわがよる。唯彩ゆいささんが不快な態度に対して発言する前に、仕方なく割り込んだ。


「クラスメイトで同じバイト先の友達の鯰絵唯彩ゆいささん。唯彩ゆいささん、こちらは中学の知り合いで写真部の部員の春日野かすがのさん」

「折川!」


 俺の紹介が気に食わなかったのか、鋭い声が飛ぶが、それ以外に俺にどう説明させたいのだろうか。最近部活に顔を出していなかったため少々驚いた。

 野暮ったい髪型が中学の頃に付き合っていた頃のような整えられていたからだ。

 俺はできる限り温和な笑みを浮かべて春日野かすがのの肩を叩く。鋭い表情が少々羞恥へと変化した。俺は唯彩ゆいささんを隠すように動いてから、彼女の手を指で軽く叩いて目配せで先に行ってもらう。唯彩ゆいささんは渋々だが俺の希望を理解してくれたのか、すぐに離れていった。会話を終えたらすぐ追いかけよう。


「髪、切ったんだな。中学の、秋からはそんな感じだったしちょっと懐かしい」

「そ、そうかな?」

「うん、やっぱり似合ってると思うよ」

「そう! よ、良かった!」

「それでごめんだけど、今日はもう帰らないと行けなくて、ゆっくり話せないからまた今度ゆっくり話そう」

「え、えっと、そ、そうなの? じゃあ」

「うん、またね」


 春日野かすがのは手を振って、俺を見送る。少し先、春日野かすがのから見えなくなるあたりでちょうど唯彩さんに追いついたのでホッとした。


「知り合いって割に二人きりだと親しげだったし」

「うーん、中学の頃は、色々あったんだ。ごめん」

「あ! ううん、あたしこそ、ごめんね? 嫌なこと、あたしだってそういうことあるかもだし」

唯彩ゆいささんありがとう」

「それでも、さ。顔合わせた時はすごい険悪だったわけだし。困ったら、助けるよ! 約束したしね!」


 おそらく険悪だったのは主に唯彩ゆいささんに向けた態度だと思った。

 彼女に基本的に他人へ刺々しい。俺も最初話しかけた時はもっと、「お嬢様の腰巾着のあんたが何?」と言った態度で睨みつけられた。

 俺は春日野かすがのが何を考えて、今俺の前に出たのかよく分からなかった。ひどくタイミングが悪い時に出くわしてしまったなという気持ちだ。

 改札をくぐり抜けて、ちょうど着た電車に慌てて二人で乗り込む。休みだが、ちょうど人の多い時間帯だったようでホッと一息ついた所で、唯彩さんとかなり近づいて立たなければいけなかった。

 ギャルっぽく整えられたメイクと明るい顔立ちが飛び込んでくる。見慣れているつもりだが、いつもより一歩近いその距離は、唯彩ゆいささんの見目の良さをはっきり感じさせた。


「本当にありがとう。あんまり迷惑ならないように気をつけるよ。春日野かすがのとは、まあ、中学時代の俺が色々悪いこともあるから」

「もうひさ君が悪いことするわけ無いじゃん!」


 春日野かすがのとあったせいで引きずられそうになり、喉から飛び出そうとした言葉を愛想笑いで飲み込む。その瞬間、いつもは揺れないタイミングで電車がガタンと思わぬ揺れを与えてきた。


「わわ!」

 ちょうど扉を背にしていた俺に向かって、唯彩ゆいささんが倒れ込む。良く見れば履いている靴はヒールがある。莉念りねんにも良く言われていたのに失念していた。

 電車で乗る時に立つ事になったら、女の子はヒールがある靴なんだから、手でも肩でも何でも捕まる所用意してと。

 俺は莉念りねんの言われた通り、捕まりやすいように唯彩さんをさらに一歩こちらに近づかせた。


「肩か、腕、どっちでも良いから捕まるといいよ」

「え、あの、その、ひさ君、ありがと」


 顔を赤くしながら、間近に迫った彼女が上目遣いで見上げつつ、恐る恐る腕を動かして俺の肩に手を置いた。これで少しはマシになるだろう。

 顔が赤いままの唯彩さんはその後はやはり疲れていたのか、言葉が少なくなったので、俺も無理をさせないように黙っていた。

 静かに電車が駅を発着を繰り返し、俺たちの住む近くの駅にたどり着く。


 外に出ると、一番星が見えた。


「はぁぁぁぁ、緊張した」

「え、どうしたの?」

「な、何でも無いなんでも無い!」

「そう? 申し訳ないんだけど、ちょっと俺急ぎになりそうだから、家まで遅れなさそうだ……」

「あ、そうなの? 良いよ良いよ! あたしも帰る途中にスーパー寄るんだから、時間かかっちゃうし。今日はありがと! またね!」

「こちらこそ、バイトでもいつもありがとう。それじゃ!」


 俺は駐輪場に預けていた自転車を取り出して、勢いよくペダルを漕ぐ。いつも通りのつもりだったが、電車が少々遅れていたようだ。夕食に遅れると莉念りねんが怒りマークをつけて俺を出迎えるので、俺は大急ぎで家へと向かった。

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