第58話 火傷するから

 朝の教室で、いつものように清楚な少女が俺の隣の席で静かに本を読んでいる。この姿だけは本当にかけがえのない場面で、俺にとってはこの姿のまま彼女と友人でありたかった。


「おはよう、鳳蝶あげは

「尚順さん! おはようございますの」

「今日も早いね? 昨日は夜遅くまで電話したけど、すぐに眠れた?」

「はいですの。私もあんな遅くまで電話してしまって、申し訳有りませんでした」

「良いよ、鳳蝶あげはの助けになれたら構わないから」


 俺が笑顔でそういうとホッとしたような顔をして鳳蝶あげはも微笑んだ。そこに珍しく朝早く棚田と田中がセットで姿を表した。


「珍しいな」

「そう、ですわね」


 鳳蝶あげはの声がどこか苦々しさを飲み込んでいるような声だった。

 彼ら二人は伴だって俺と鳳蝶あげはの席へ向かってくる。棚田の態度はひどく穏やかで、春に見せたトゲトゲしさは内心どのように思っているか分からないが、愛想笑いを保っている。田中は春の頃はもっと鳳蝶あげはに対して緊張した顔をいつも見せていたが、今日は棚田が話すのか、あまり緊張は見られなかった。


「おはよう、棚田君、田中君」

「ああ、おはよう」

「おはようございますの」

「おはようございます、住道すみのどう様」「お、おはよう住道すみのどうさん」

「どうかしたの?」

「いや、住道すみのどう様と御学友なだけの君には関係ない。お引取り願おう」

「お引取り願おうって、俺は自分の席に座ってるだけだが?」


 素直に驚く。朝の学校に来て自分の席について隣の友人と話しているだけで、帰れとはどこのパーティー会場だ。


「尚順さん」

「ああ、ごめん。鳳蝶あげはと話すのに俺が割って入ったからか、棚田君、田中君申し訳ない」

「コホン。いや、こちらこそ不躾だった。それで住道すみのどう様」

「どうかされましたの、珍しいですわね」

「ええ、土日に話す機会が無かったので。金曜日に茶道部の知人から聞いたのですが、茶会という催しがあると聞いたのですが」

「ええ、ありますわね。それがどうかしまして? まだ関係する学生向け以外には出てないですけれど」

「良い機会なのでぜひ参加させてもらえればと」


 困惑した顔で鳳蝶あげはが首をかしげる。先程の鳳蝶あげはへの回答はさておき、困ったなというのは俺にもわかった。主催は茶道部であって、住道すみのどうお嬢様ではないのだ。

 俺はため息をつきたくなったが、棚田と田中が割り込むなという雰囲気を作っているので、住道すみのどうグループに関わりのない俺は口を出すこともするわけにいかない。素直にスマホで珍しくコンタロウの朝の暴れまわる風景を撮った唯彩さんの動画をみてほっこりした。


「ええ、参加するのは構わないと思いますけれど、茶道部の催しで今はまだ関係学生で準備段階ですの。それに別のタイミングで参加希望者の人数を把握するために集める予定ですわ」

「そ、そうですか」


 何故かひどく当てが外れたような態度を見せる。俺と鳳蝶あげはが揃って疑問を態度に示すが、少々慌てたような態度を見せた。

 もしかしたら、鳳蝶あげはに参加を大歓迎されると思っていたのかもしれない。


「そ、それで住道すみのどう様にはぜひ住道すみのどうグループの方たちとの交流を機会としてもらいたく」

「茶会は茶道部の催しで」

「けれど!」


 棚田が大きな声を出して、鳳蝶あげはがいきなりの大声にビクリと反射的に震えた。俺はその態度は許せず椅子から立ち上がった。


「棚田君、良くないよ」

「お前、また邪魔をして」

「棚田さん、尚順さんにご迷惑をかけないでください」


 強く、鋭い声が飛んだ。棚田が今度はびっくりした顔をする。鳳蝶あげはがにこやかに怒った顔をしていた。俺は鳳蝶あげはが大丈夫ですと言うので、大人しく自席に戻る。


「結局、私、わからないままですの。棚田さんは何を希望しているのでしょうか?」

「……生徒会の遠畑とおはた先輩はご存知ですか?」

「ええ、最近茶道部に良く顔を出されてましてお話しますわね」

「その遠畑とおはた先輩が四條畷しじょうなわてのご令嬢の参加をお願いしたと」

「……そんなことまで話して。そうですわね。それが?」

住道すみのどう様! わざわざ四條畷しじょうなわてが来るんですよ! そのような場で四條畷しじょうなわてにばかり目が向けられるのはよろしくありません」

「偶然、同じ年の子供がいて、さらに偶然高校が同じになったお方と何をしようというんですの。私としては日頃関わりもありませんでしたし、今回の茶会でも学生らしく交流するだけですの」

「そうとしても! グループの関係者との結束はしっかりアピールすべきです」


 鳳蝶あげはが棚田に話していることに俺は口を挟まないが、疑問があった。先日、井場さんから聞いた話しではわざわざ住道すみのどうグループの部員たちとは着物について結束しているはずだ。つまり彼女はにこやかにわざわざ棚田たちの話題を盛り上げたくなくて誤魔化しているのだろう。

 それか、まだ秘密に事を進めているのかもしれない。実際、にこやかな笑顔で誤魔化しつつ鳳蝶あげはは少々話題に出されるのが迷惑そうだ。

 確かに四條畷しじょうなわては結束せずに住道すみのどうのメンツだけ質に高い着物を部員たちが着ることになれば、学校として派閥とかそういう物が目ざといものは理解できるだろう。


「はぁ。棚田さんは住道すみのどうのことをひどく考えていますのね」

「おわかりいただけますか! それならばぜひ俺と田中を加えて」

「検討しますけれど、女性の服に男が口を出すものではありませんわ」


 学校内で派閥などという物を作ってほしくはないが、もうここまで鳳蝶あげはが行動をしているということは何を言ってもあまり効果が無い、か。俺はため息を内心でつきつつ、鳳蝶あげはを援護した。


「棚田君、そして田中君も。安易に女性の服装に口を出すと火傷するから止めたが方が良いよ」

「い、委員長はなんでそんな賢し顔で」

「あははは、妹で慣れてるからね。田中君も気をつけたほうが良いよ。女性の服に知識もセンスも無いのに変に口を出すと恨まれるからね。俺はそれで妹に一時期いつも文句を言われたから反省してもう妹には言わないから」


 俺が肩をすくめながら冗談めかして言うと、田中は感心するように頷く。棚田は不快そうに鼻鳴らした。

 莉念りねん姉を参考に私の服の評価するんじゃないとキレられたのだ。今でも妹自身が話題に出すならさておき、外出で買い物する時に妹が提案したもの以外に似合うかどうかを俺が口にするのは許されていない。俺のセンスや選択が現状ではほぼ莉念りねんを下地に構成されているせいだ。


「とりあえず、そういうことですの。奥方でもない方の服装に口を出すなんてよろしくないですわ」

住道すみのどう様」

「棚田さんも用事が終わったら私を開放してくださいませ。私だって月曜日の朝を気持ちよく過ごしたい心持ちはありますわ」


 つれなく拒否されて明確に黙ってどこか行けと言われたことで、棚田が少々情けない顔をしてからすごすごと退散する。鳳蝶あげはがしっかり明確に拒否すると退散するあたり、彼もまた鳳蝶あげは住道すみのどうとして大人しくにこやかに対応するのに甘えているのだ。

 田中が鳳蝶あげはの冷たい態度に慌てた態度を取ったのに対して、棚田が落ち着けと諭しながら、最後に俺をにらみつける。田中を連れ立って教室を出ていった。

 個人的に許されるのであれば……。


「朝から騒がしくして申し訳ありません」

「いいよ、鳳蝶あげはが悪いんじゃないから。鳳蝶あげはも大変だね」

「そう、ですわね。私としても四條畷しじょうなわてのご令嬢が参加されるので、あまり住道すみのどうとして恥ずかしくないよう努力しなければいけませんもの」


 莉念りねんはそういうのに興味がないだろう。しかし、莉念りねんを取り巻く環境はいつだって彼女を四條畷しじょうなわてのお嬢様扱いしては、彼女を祭り上げて彼女に無視されるのだ。

 鳳蝶あげはが着物を揃える意図はどちらが強いのだろう。アピールのためか派閥を作るためか。俺は判断がつかなかった。でも、望むなら、せめて女の子としてアピールするために着物を用意するという方が、学生生活では穏当なのでお願いしたかった。

 莉念りねんと派閥争いをされても、俺はどうしたら良いのだろう。


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