第59話 時間、守った?

「委員長、美化委員、助けて! 人手集めてって言われたのに、約束してた子が用事ができちゃって」

「ああ、そうなんだ。良いよ、今日は俺も必須の予定も無いから」


 そんな言葉とともに美化委員の人手が足りないとクラスメイトから相談を受けた俺は、気兼ねなく問題ないと答えて放課後美化委員の手伝いをして過ごす。珍しく放課後を長く使う作業だったので想像以上に美化委員になった学生の負荷は高いなと考えてしまう。

 途中で断って、スマホで手伝いが長引きそうなので今日は部活行けなくて諦めますと送る。

 昨日、あんな事があったのに顔を合わせることができなくて申し訳なかった。しかし、彼女から春日野かすがのちゃんが珍しく来たから大丈夫と返されてしまう。

 活動日でない日に春日野が来るのは確かに珍しい。昨日、バイト帰りに絡まれたばかりなので、今日顔を合わせて話したほうが良かったかもしれない。


春日野かすがのちゃんが来てくれたから大丈夫だよ。

 春日野かすがのちゃん髪整えたみたい』

『そうなんですか?』

『出会ってからずっとぼさぼさ状態だから小柄美人でびっくりだねー!』

『でも、華実かさね先輩が放置にならなくてよかったです。美化委員思ったより長引いてしまって、すみません。それでは』

『またかい? ねえ、』


 髪を整えているのは知っていたが、先輩になんで? と聞かれるのが少し嫌で嘘をついてしまう。

 そこから、華実かさね先輩から迷ったように「ねえ、」と、あで送られてきて、メッセージはそれ以上何も続かなかった。

 ちょっと作業している一緒のグループから離れすぎたのか、呼ばれたのでスマホをポケットに入れて大急ぎで手伝いに戻る。

 ……春日野かすがのは約束を守って話さないでくれると良いなと、内心で不安にかられながら、俺は約束すると告げた春日野かすがのを信じた。俺がてひどい裏切りをした春日野かすがのに情けなくお願いしてそれを信じるという行為がひどく華実かさね先輩に対して後ろめたかった。



 美化委員の手伝いが終わり、教室でカバンを取って駐輪場へ向かう。今日は一人だ。ある意味で気が楽だった。初夏の夕暮れは徐々に夜の色を増やしていく。


「尚順君」


 俺を呼ぶ声に立ち止まって、振り返れば華実かさね先輩がそこにいた。


華実かさね先輩、どうしたんですか?」

「お疲れ様。いや、良かったら一緒に帰ろうと思ってね」

「待たせたんじゃないですか? すみません」

「良いよ良いよ。それじゃ、帰ろう?」


 お互いに自転車に乗って、いつもの道を進む。今日の先輩は言葉が少なく、俺がポツポツと美化委員であったことを話すぐらいだ。


 分かれ道まで来て、俺は止まった先輩に迷うこと無く言った。


「先輩の家まで送りますよ?」

「ああ、そう言ってもらえて嬉しいけれど、私は大丈夫だから。時間も遅いだろ?」


 時計を確認する。確かに華実かさね先輩の家がどの辺りか分からないため、晩ごはんの時間に間に合わないか判断できない。莉念りねんとの約束を相談無しで破るのはダメだ。俺はかなり残念な気持ちになった。


「そう、ですか。わかりました。確かに時間も遅いですもんね」

「そうだよ。それじゃあ、また明日。明日は部活があるからちゃんと出るように」

「はい!」


 いつものように分かれ道で別れ互いの家路につく。俺は夕暮れの中で立ち去る先輩が見えなくなるまで見送ってから、自分も自宅に向けて自転車を走らせた。遠く橋が見える。最近は雨が少なく川の水も少なくなっていた。

 その途中、橋の近くで散歩ルートでもないのにコンタロウを連れた唯彩さんを見つける。少し遠いが、俺は時間を確認して彼女に向かった。


「こんばんは、唯彩さん」

「お! こんばんは!」

「ワンッ!」


 コンタロウも明るく挨拶を返してくれる。俺はにっこりと笑って制服姿の唯彩さんとコンタロウをスマホの写真で撮った。イエーイと器用にリードも絡めてハートを作る唯彩さんがコンタロウともに写真に撮られる。


「珍しいね?」

「ちょーっと散歩出るの遅くなっちゃって! ひさ君は美化委員の手伝い大変じゃなかった?」

「思ったより長かったし、あとは思ったより街路樹の落ち葉が多くてびっくりした。集めたのを運んだんだけど、落ち葉って思いだなぁって感じたね。秋だともっと大変になるのかってクラスメイトと一緒に考えちゃったよ」

「わ! 大変そう。わわわ、ごめんごめん」


 コンタロウが散歩の開始が遅れたのを不満だったのか唯彩さんにじゃれついている。唯彩さんはそれをなだめながら、俺に小さく手を振った。


「もう~。散歩時間遅れるとコンタロウがわがままになっちゃうんだよねー。ひさ君ごめんね。じゃあ!」

「こっちこそごめん。また明日」


 唯彩さんとコンタロウを見送り、橋を渡る。家に帰りつくと時間ぎりぎりだった。家の扉を開けると、パタパタと聞き慣れた足音が俺を出迎えた。


「おかえり、尚順。今日は、時間、守った?」

「ああ、莉念りねんと母さんは怒らせると怖いからな」


 俺がそんな事を笑って言うと、わざとらしく怒った態度を莉念りねんが見せる。母がリビングから莉念りねんを呼んだ。


「すぐ、ご飯。早く、来てね?」

「わかったよ、ありがとう」


 莉念りねんはいつもどおりの莉念りねんでホッとした。朝の出来事があったせいで、ついつい鳳蝶があたかも派閥争いみたいな事をしているので、莉念も派閥争いのような影響を与えているのではないかと、不安を覚えたのだ。

 そのためついつい、彼女の顔色を伺っていつも通りかどうか確認してしまった。そんな話題が出たのはもっとずっと前だったのに、朝の事があって過敏になりすぎた自分が少々恥ずかしかった。


「尚順?」


 俺が彼女をじっと見ていると、不思議そうに彼女は首をかしげた。

 可愛いな……。

 やはり莉念りねんは、参加をお願いされただけで茶会に何か意図を持ち込む気も無かったのだ。今の俺は茶会で莉念りねん鳳蝶あげはが顔を合わせるだけで、何かが起こるんじゃないかとついついマイナス方向で考えてしまう。

 それも俺を嫌っている遠畑とおはたがわざわざ莉念りねんに茶会に参加するように声を掛けたせいでうがった見方をしてしまっているのだろうか。


「尚順ー」


 俺は少々不安に思いながら、そういえばと、思い出すことがあった。遠畑とおはたは先輩と同学年だが、いやに写真部の部長というか先輩に関して俺にも苦言を呈していた。

 華実かさね先輩に聞いてみよう。夜、通話をしようと心に決めて動き出した俺に、莉念りねんから遅い、よ。というお言葉が飛んだ。


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