第68話 送り狼
部室の扉を開けると、ソファに一人の少女がぽつんと座っている。その姿はどこか寂しげで、憂いに満ちていた。
珍しく声に力がない。扉を締めた。カーテンも閉められている。
「やあ、尚順君」
赤い瞳が不安そうに揺れながら俺を見上げた。
「怒って、ない?」
「会えなくて、寂しかったです」
「ズルいなぁ、ズルい」
俺は彼女を腕の中に抱きしめながら、キスをする。最初は優しく徐々に激しく舌を彼女の口内に入れて
「ぷはぁ。すごい、……嬉しい。良かった」
「怒らせてすみませんでした」
「ううん、私こそ、わがまま言って、ごめんね」
「たった二日なのに、好きな人に会えなくて寂しかったです」
「私も、寂しかった。こんなに私、寂しがり屋だと思わなかった。ねえ、尚順君、もう一回、キスして」
活動日でない。そうであれば、
二人の体温が上がって息が荒い。俺は
「ねぇ、尚順君、えっち、したい」
あまりに直接な誘いにクラクラさせられる。だけど、学校でそんな事は許されない。俺は
「ごめん、ちょっとダメだったね。部室だから」
「ここ、学校、なので」
「うん、本当は部室でキスもダメなのに。わがままして、ごめんね? もうしないよ。部室は、写真部は部活、だからね?」
何故だろう。今まで見てきたどんな
時間を見て、慌てた様子の彼女が立ち上がった。
「か、帰らないと」
「ああ、本当ですね」
「……ねえ、尚順君」
「はい?」
「えっちしたいのは、ほんとだから」
恋人からこんな直接的に言われれば、俺だってまた顔を赤くしてしまう。
「……土曜日の朝、会えませんか?」
「うぅ、それなら、私、手伝いを、休むよ? えっちした後に家の手伝いで相手とずっと顔を合わせるなんて恥ずかしすぎる」
「構いませんよ。俺はちゃんと行くので」
ズルい。ほんとズルい彼氏だよ君はと
帰り道はいつもどおりの二人になった。俺が活動日に行けなかった理由を言えば、
「本当に尚順君は優しすぎないかな。相手を助けるのはわかるけど、気を使い過ぎだと思う。
図書室で話した男子だって、話が終わったならすぐに切り上げても良かったんじゃないかな。
買い物に付き合った男子だって、もっと別のタイミングがあったりしなかったのかな?」
せんりと出掛けたのを俺は自然に男子と偽った。
俺は
「すみません。でも、その時は一番時間を合わせられそうなタイミングだったの」
「もう、私の彼氏は人のために行動しすぎるんだよねぇ。でも、私も優先して欲しい気持ちはあるんだよ?」
不満気に、けど自慢げな彼女の声が俺に笑いかける。外に出て並んで歩いて、少し良いかな? と自転車でいつもの分かれ道まで来た時に
話したいことがあるのだろうか。
不安を抱えながら、俺は
ガランとした広場。ベンチも何もなく、小さな街灯があるだけ。お互いに自転車のサドルに起用に座りながら、俺は
少々迷ったようにしてから、
「尚順君は、中学の時、
「……何か言われましたか?」
俺の顔を先輩が観察するようにその赤い瞳でじっと見つめる。顔は平静を保っているつもりだが、声は震えていないだろうか? 不安が来る。どこまで話したのだろう。
「いや、まあ、上からな態度で茶会に出ろっていうのと、私の恋人に対して、中学時代を知っているから忠告だって、あんまり心を許さないほうが良いって」
「すでに恋人同士のつもりですが」
「ほんとそう。
「……
「うん」
「中学が一緒だったんですが。ずっと前に幼馴染がいると言ったと思うんですけど」
「うーん、ああ、四月に一度だけ挨拶を無視された美人な子!」
「ははは、まあ、そうなんですが。高校では疎遠なんですけど、中学時代は一年間だけ被ってるだけの期間でも、
「ははぁ、つまり嫉妬」
「いやまぁ、そうかもしれませんね」
「しかし、たった一年被っただけなのによくそこまで嫌われたね」
「なんでしょう。相性? うーん、存在? 合わないんですよね」
「まあ、私も
「恋人の嫉妬は大丈夫ですか?」
「ぅえっ」
彼女の手首を掴んで後頭部へもう片方の手を回して、唇を合わせる。合わせるだけでも、
しばらくして唇を離す。
「こ、こんな外でなんて、誰かに見られたら」
「大丈夫ですよ、多分」
「多分じゃないか! もう」
両手で口を隠す
「もう今日だけで、もしかして一ヶ月分のキスしちゃったんじゃないかなぁ。もう」
「はははは」
「でも、嬉しいよ。あんな美人な幼馴染がいるのに、私を好きになってくれて」
恥ずかしそうにしながら、元の道へ戻る
分かれ道に戻ってきて、
「送り狼はごめんだよ。じゃあ、またね」
「はい、また明日」
人に向かって二人きりの空間でえっちしたいと言ってきた口で送り狼はごめんとは、
土曜日の朝は、
そんな事を考えながら、自宅の玄関をくぐると、いつものように幼馴染が俺を出迎える。
「おかえり、尚順。……うーん、キスして?」
靴を脱いで廊下に立った俺をじっくり見て、
「んぅっ」
甘い声を必死で我慢した
「ご飯のあと、部屋で、ね?」
「良い、のか?」
「むふっ。幼馴染、触るの、良いよ?」
そんな事を言う莉念から逃げるように話題を変える。
「今日のご飯は?」
「ふふ、知りたい、なら。早く、着替えて、降りてきて?」
俺は素直に頷いた。確かに俺は送り狼だった。
でも、恋人じゃなくても莉念はそれを受け入れる。
『幼馴染だから』
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