第67話 おはよぅ…ござぃ、え?

 朝の教室で鳳蝶あげはと談笑していると、バタバタと慌てた足音が教室に飛び込んできた。長い黒髪が特徴の少女だ。


「お、おはようございます。折川さん」

「おはようせんり」

「おはよぅ…ござぃ、え?」


 鳳蝶あげはが俺を驚愕の表情で見ているが、挨拶に何を驚きに思うのか。せんりは走って登校したからだろう。少々顔を赤くしているが、ホッとしたような表情を残して、自分の席へと向かった。

 鳳蝶あげはが俺を見て表情を色々変えて、うつむいて何かを我慢するような行動をしてしまう。

 俺は首をかしげるが、


「なんでも、ありませんわ」


 素直に鳳蝶あげはの言葉に従った。鳳蝶あげはがそこからひどく積極的に話しかけてきて少々気圧されてしまう。最近行ったレストランの話をされても、中々行く機会が無いので困ってしまう。晩御飯については、毎日家で家族と食べるのが俺の生活スタイルだからだ。

 土日にランチがあると言われても土日は日中にバイトだ。どうにも鳳蝶あげはとはタイミングが合いづらい。

 唯彩さんが来てもその勢いは止まらないので、唯彩さんはどうしたの? と心配しつつも、不思議そうな顔をしていた。



 昼休みになれば三人で集まりお弁当を広げる。今日は莉念りねんが用意したらしい。すぐに分かった。お弁当の中に俵おむすびが入っていると莉念りねんが関わっている。なぜなら、母親は時短のために白米を詰めたほうが良いと考えているからだ。

 俺としても母親が弁当作り疲れをするよりは時短してもらっても構わなかった。

 そういう点で、俵おむすびがあると莉念りねんが関わったのだと判断できた。


「ひさ君のお弁当ってたまに手が込んでるよね」

「家族のきまぐれでグレードアップするみたいだ」

「ガチャってやつだ。ガチャ!」

「あーゲームの? 俺のお金は出てないから単にお得なだけだなー」

「うーん、すごいなぁ。あたしは毎日作るの考えると大変だから時短考えちゃう」

「唯彩さんは主婦だね。でも、それで良いと思う。うちもいつもは昨日の夕食を活用とか時短と手軽さ重視だから」


 俺がにっこり笑って素直にそう言うと、唯彩さんが嬉しそうにはにかんだ。


「そうかな! ありがと! でも、まだ主婦じゃないから」

「あの、尚順さん、私のお弁当とよろしければおかず交換いたしませんか?」

「うん?」


 おずおずと提案してきた鳳蝶あげはに、俺は彼女のお願いを検討して首を横にふる。今日の弁当は忙しい莉念りねんがわざわざ参加して作ってくれている。それを俺が食べないのはダメだろう。夜にお弁当の感想を聞かれて、交換したよと言ったら、母親から頭を叩かれてしまう。


「今日はまあ、手間暇かけてくれたわけだし、俺が食べようかなって」

「そ、そうですか。で、でしたら、おかず、こちら、どうぞ」

「良いよ、大丈夫。気にしないで」


 俺は笑顔で鳳蝶あげはからの提案を断って、自分の弁当に箸をつける。莉念りねんは俺の好みを把握しているのもあるが、健康志向だ。今日のおかずも比較的脂質を抑えた内容になっていた。それでも男子高校生であるのを考えて、味付けがしっかりなされている。あとは個人的に茄子が好きなので、気が向いたらよく使ってくれるのが嬉しい。


「ひさ君、なんだか今日は美味しそうに食べてるね」

「そう、かな? ああ、茄子が入ってるからかも。なんだか知らないけど、茄子を使った料理が好きなんだよね。味噌汁にもたまに入れてもらってるし」

「茄子、夏野菜ですからそろそろ旬ですものね! どんな料理が好きなんでしょうか?」

「あ、あたしも気になる気になるー。茄子って焼いた時の匂いが苦手だけど、好きな人多かったりするよね」

「えぇ、そんな気になることかな? 天ぷらは鉄板かなぁ」


 そんな事を話しながら、穏やかに昼休みを過ごした。ちらっとせんりを見たが、一人で食べていた。昨日は友達と食べていたが、タイミングが合わなかったのかな? 俺はそんな事を思ったが、偶然せんりと目があった。

 バッとせんりの顔が勢いよく別の方向を見てしまう。

 食事中の女子を見たのは失礼だったなと反省した。


「どうかした?」

「いや、何でも無い。唯彩さんはお弁当一人で食べるときってどんな時?」

「えー、時間がない時!」

「お、お友達が居ない時」


 鳳蝶あげはも回答するが、なんだかすごく悲しい回答をしている。なんだろう。


「え、鳳蝶あげはは一人で食べるなんてなかったでしょ」


 取り巻きとかいう女子がきっと居ただろうと考えた俺の言葉に、しょぼんとするように鳳蝶あげはの顔がズーンとうつむいた。何故だ。


「え、遠足、ふふ、住道すみのどうさん、誰かきっと、一緒に」

「あーちゃんごめんね? 一緒に食べてるからね? おかず! そう、私のおかずと交換しよ?」

「唯彩さん、あ、ありがとうございますの。これ、自信作、ですの」


 鳳蝶あげはと唯彩さんがお弁当の中でお互いまだ手つかずだったおかずを交換しあって、食べ合う。鳳蝶あげはがそれで癒やされたように笑っていたので、俺は安堵しながら、唯彩さんに感謝した。

 後でまたお礼を言って、時間がある時に頭を撫でよう。

 きっとお願いされるだろうなと思って、俺は自然とそう考えていた。


 昼を食べ終わって、廊下で教室から出たせんりが声をかけてきた。


「あの、折川君」

「せんり、どうかした?」

「あう、その、昨日、本当にあり、がとう」

「こちらこそせんりは可愛いから選ばせてもらうの嬉しかったよ、ありがとう」

「かわ、いい……」

「あと、大丈夫だった?」

「何が、でしょう?」


 長い黒髪の少女がこくりと不思議そうに首をかしげる様は、可愛い。俺にとって、莉念りねんのきょとんとした時に見せる仕草でかなり好みの上位に入る仕草だ。一番は、たくさんあるので選べないが。


「昨日、帰り道、なんだからふらふらしてたから」

「あ、あれは! だ、大丈夫でしゅ」

「そっか。良かった」

「はい! あの、メッセージって、送っても、だい、じょうぶ? 迷惑じゃなかった」

「うん? せんりは友達なんだし全然構わないよ」


 パァと明るい笑顔になるのは莉念りねんと違う。莉念りねんの場合は、嬉しいと表情を隠しつつ態度でうきうきする。せんりは表情にも態度にも出るが、何が嬉しかったのかと考えて、ああ、友達にメッセージ送るのって断られると傷つくもんなと思った。華実かさね先輩も最初に提案した時は渋っていた。


「良かったです! それじゃあ」

「うん」


 満足そうなせんりを見送って、俺はトイレに行こうと廊下を歩いた途中で、また人気の少ない場所に向かって華実かさね先輩が歩いていく姿を見た。

 ……いつになったら先輩は俺に相談してくれるんだろう。また怒らせたからしばらく教えてくれない期間が伸びただろうか。

 そんな気持ちを抱きながら、華実かさね先輩は知られたくないだろうと見なかったことにして、その場を立ち去った。

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