第70話 君を強く抱きしめる

鳳蝶あげは、今、良いかな?」


 放課後、俺は鳳蝶あげはを呼び出して、人気のない場所に行く。茶道部があるため早めに切り上げる必要がある。鳳蝶あげはがどうしたのですか? と言いながら、どこかワクワクしつつ俺についてきた。


「土日いつも朝あってるよね」

「ええ、会えていつも嬉しいですの!」

「土曜日の朝に家族の予定が入ったから、申し訳ないんだけど、今週は日曜日だけにしてもらえないかな?」


 俺がそうお願いすると、わかりやすく彼女は顔を悲しげにして、がっかりした態度を見せる。俺は申し訳なくとも、このお願いを撤回するわけにはいかない。

 おずおずとこちらを探るように鳳蝶が尋ねた。


「ご、ご家族ですの?」

「うん、土日バイト入れてるから、ちょっと時間が取れるの朝しかなくて、土日どちらも鳳蝶あげはに会えないのは寂しいから、日曜日だけでも調整したんだ。良いかな?」

「私は、寂しいですけど、大丈夫ですわ」

「良かった」

「でも!」

「でも?」


 それまで友人の距離だった彼女が誰も見てないのをしっかり確認してから、すっと近寄って、耳元で懇願するように小さな声を発する。


「日曜日、ホテルで過ごしたいですの」


 ……どうしてだろう。湧き出したくない気持ちがまた出てしまう。上辺を整えようとして、こうやって秘密をのぞきこんでしまう。土曜日に恋人と会って、日曜日に女友達とホテルへ行く。女友達と体を重ねるなんて、本来良くないことだ。……だが、拒否して、鳳蝶あげはを泣かせたくない。

 鳳蝶あげはを拒絶するのは簡単だ。

 嫌だと言い学校外で会うのさえ拒否し続ければ、彼女は泣きじゃくりながら、きっといつか心の傷が癒えて納得してくれるだろう。

 だけど、それは俺も莉念りねんに拒絶されても構わない存在だと肯定してしまう。行為のさなか、相手に「好き」と「愛してる」と言っているのに、相手は全く応じない。

 俺はいつだって鳳蝶あげはとの行為で、鳳蝶あげはの「好き」と「愛してる」に応じたことは無い。振り返ってしまい、俺は理解してしまった。


 鳳蝶あげはは、いつだって俺と同じ気持ちなんだ。

 だから、もう俺は鳳蝶あげはの願いを懇願を完全に拒絶できない。

 人目が無いのを俺自身も確認して、俺はすぐ傍にいるその美しい見目をしているお嬢様の鳳蝶あげはを強く抱きしめた。

 サラサラの茶髪が抱きしめた俺の肌に触れる。


「あっ」


 色っぽい声をあげて、そしてポツリと鳳蝶あげはが言った。


「嬉しいですの」


 ただ日常の中で相手から抱擁されたことに、嬉しいと言った鳳蝶あげはに心の中で泣いた。だって、俺も、そう思ったから。

 鳳蝶あげはの腕が、あたかも自分が抱きしめたら消えてしまう泡沫ではないかと不安がるように動いて、ゆっくりと俺の背中に手を置いた。


鳳蝶あげは

「はい」

「ありがとう。いつもは朝のカフェで話すぐらいしか出来ないけど、タイミングが会えばカフェで話す代わりにホテル行こうね。相談させて。それで鳳蝶あげはが少しでも満足してくれるなら。とりあえず今週末の日曜日は行けるから、大丈夫だから……」

「はい! はいですの。尚順さん、ありがとう」


 お礼を言われて泣きたかった。許してほしい。こんなみじめな俺を許してほしい。

 好きと告げても何も答えてくれない相手が、それでも体を重ねてくれることが嬉しいと知っているから、君を慰めるためにしてしまうことを許してほしい。




 嬉しそうな鳳蝶あげはを置いて、俺は自分の心を落ち着けて教室に戻ると、せんりが誰かを待っていた。俺に気づいて、俺の元へ走り寄る。どうかしたのだろうか。


「折川君」

「せんり、どうかした?」

「その、相談があって」

「相談?」

「部室まで歩きながらで良いですか?」

「ああ、助かる。大丈夫だ」


 荷物をもって廊下を歩く。ゆっくり歩く彼女のペースに合わせながら、彼女の相談事項を聞いた。


「その、四條畷しじょうなわてさんから着物を借りて、四條畷しじょうなわて派閥扱いになったみたいなのを、その」


 げんなりしつつなんとなく分かってしまった。せんりはどちらかと言うと可愛らしい系だし、目の色も違うのだが、中学の頃の莉念りねんと背と体型がほぼ同じだし、黙って集中している時の顔など、どことなくあの頃の莉念りねんっぽさを感じる。そして、中学の頃の莉念りねんを覚えていて、四條畷しじょうなわて派閥でどうのこうの言って、女にちょっかいを掛けてくる存在を最近俺は聞いた。


「生徒会の遠畑とおはたさんかな?」

「えぇ、折川君ってエスパーですか?」

「いや、違うけど、ちょっと色々あってね」

「その、まあ、なんと言いますか、四條畷しじょうなわて派閥なら俺を頼れば良い、連絡先を交換しようって言われて」

「交換した!?」

「いえ、断ったんですけど」

「ああ、そうなの」

「ちょっと、その、どうしたら良いかなって」

「まぁ、四條畷しじょうなわて派閥がどうのこうの言うんだから、四條畷しじょうなわてさんに、遠畑さんにつきまとわれてますって言ってみたら?」

「えぇ!? それは大事になっちゃいませんか」

「いやまぁ、そんな女癖が悪そうな男が権力を傘に来てちょっかいを掛けてくるんだから、良いんだよ」

「女癖って、折川君が言いますか?」

「え! なんか俺にあった?」

「むぅ」


 せんりが何故か俺の反応に不満そうだ。誤魔化すつもりで、つい莉念りねんにするように頭を撫でてしまった。こういうのがつい出てしまうので、やはりなんとなく莉念りねんに背格好と髪や顔立ちが似ている部分を感じるのかもしれない。

 ボシュっと音を立てるようにせんりの顔が真っ赤になる。


「あ、ごめん恥ずかしかったよね。人目がないタイミングだったんだけど」

「そ、そそそ、そうですね。まあ、私は平気ですが」

「ああ、そう? 怒られなくて良かった」

「その、また相談乗ってくれますか?」

「うん、一緒に帰るとかは部活のタイミングでどうしてもダメだけど、俺で良ければもちろん相談に乗るよ。メッセージでも連絡取れるし、通話も出られる時は出るしね」

「ありがとうございます。それで」


 キョロキョロと彼女があたりを見回して、ちょいちょいと俺を誘導する。俺は彼女の不可思議な行動を疑問に思いつつ、せんりの願いに従った。莉念りねんが、任せたと言っていたし。人目につかないような空き教室にせんりとともに入る。扉をゆっくりとせんりがしめた。


「その、ギュッと、電車の時みたいに支えてくれませんか?」

「え!?」

「その、……ずっと不安だったのが解消されて助かるんです」

「…………それでせんりが助かるの?」

「はい、ご迷惑おかけしますが、」

「いや、分かった。迷惑じゃないよ。せんりが助かるなら」


 俺は荷物を床に置いて、せんりをギュッと強く電車の時のように抱き寄せる。んっと女の子らしい声がせんりの口から上がって、せんりが俺の腕の中におさまる。それに対して、本当に安心するような表情を浮かべて、せんりは頭を俺の胸にあずけた。

 ほんの少しの時間、しばらくして、せんりが顔を赤くしながらも、お礼を言って体を離す。


「ありがとうございます。本当に抱き止められて、ホッとしました」


 どういう意味だろう。俺は分からなかったが、彼女が恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、安堵した理由が男女に関わるようなものではないのぐらいは理解が出来た。

 ……陸上に関わることか、それとも辞めた理由、なのかな。

 カフェで雑談している時に見せたせんりの表情と、手をあまりにも力強く握りしめた姿を思い出した。


「せんり」

「は、い」


 もう一度名前を呼んで、せんりを抱き寄せる。これで少しは安心できるなら、俺は安いものだと思う。せんりは安堵したような表情を浮かべて、そうしてもう少しだけ俺の腕の中にいた。

 中学の頃の莉念を抱擁する懐かしさにただ癒やされていた。髪を優しく撫でる。

 せんりが嬉しそうな表情をして受け入れた。せんりが顔を上げて目を閉じる。


 そして、俺は――。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

せんりとキスを


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