第19話 私を撮っても楽しくないよ

 カメラを構えてボタンを押す。シャッター音がなり、電子データに覗き込んでいた光景が切り取られて保存された。それを何度も繰り返して、少しずつ差異のある写真を生み出していく。

 たくさんの写真の中から、これだという物を選ぶためだ。


「うぅぅぅ~」


 何度かシャッター音がなってから、部長が振り返って少し頬を上気させ、少々悩んだ顔をしてから口を開いた。


「私を撮ったってしょうがないだろう?」

「被写体が居ないとどう撮るか悩んじゃうんですよ」

「嘘だね。私の後をついて風景写真だって撮ってるじゃないか!

 人が欲しいのなら、個人でモデルでも連れてきてくれたまえ。私は君の撮影モデルではないよ」

「他人を部活に長時間拘束するのは少し」

「それで私を撮るのかい? 私なんて撮っても仕方ないよ」


 唇を尖らせて彼女はそう言い、俺が撮った写真を消せとも確認するとも言わずにスタスタと歩く。

 彼女が先程カメラを向けていた花壇に植えられた紫陽花は、まだ花の片鱗が小さく見つけにくい。これをすぐに紫陽花だと気づく人は少ないだろう。


「ここはまだまだ先だから、写真をSNSなんかにあげちゃいけないよ」


 俺が答える前に、目的地を告げずに移動してしまう部長を追いかける。

 グラウンドで活動している運動部を横目に黙っていると、彼女はちらりと俺を振り返ってから何ともなしに口を開いた。


「他の部員は部活動日でもほぼ来ずに外に出ているんだ。

 君の入部時に顔を合わせた三年生も、人見知りだから基本的にソロ活動さ」

「部活なのにソロ活動ばかりなのは、少し寂しいですね」

「ま、たまに私は誘われるけど。

 だけど、大抵少し遠くてね。時間がかかりそうな場所ばかりなので、遠慮して断ってることが多いかな。部長としては応じたいんだが、どうしても、ね。

 それで、君はどうだい?」

「一人で外に出て撮影しようとしても、撮りたいものが無いので」

「そうかい。君はポートレートだったね。満足できるの撮れているかな?」

「家族のポートレートは毎日なので、まあまあ大丈夫です。

 でも、満足と表現するのとは。うーん、難しいですね。最近は喫茶店で気軽に撮影した写真は、気分転換になって充実感があった気がします」

「家族写真と口に出すのは勘弁してほしいな。

 まあ、それはさておき、スナップショットやポートレートなら適当にそこらの人を捕まえるか勝手に撮影したまえ」

「許可がないとだめでしょう。盗撮ですよ」

「芸術のためさ、とはさておき。盗撮になりかねない者は辞めたほうが良いね。だから、アンテナをはって嫌がらない人を見極めて、事前に説得して頑張ってくれたまえ」

「なら、学校の部活中であれば、文句言いながらも拒否しない部長でも大丈夫ですね」


 部長が振り向いて俺を見上げてくる。困り顔を浮かべていた。


「私を撮っても楽しくないよ」

「……写真から何を感じるか、読み取るのか、思い出すかが大事なんですよ」

「ふふ、ロマンチストな見方だ。変人の意見とは思えないね」

「俺が残した写真に求めるのはそれですから」


 部長は俺を連れてそれから学校の敷地内にある花壇や小さく板がつけられた木々を撮影して行く。俺は彼女を追って、撮影している部長とその草木を撮ってから、同じように草木を写真に残す。

 部長は淡々と、しかし、決して集中は切らさず真剣に一枚一枚シャッターを切っていく。


 俺もカメラを構える。最初は花壇や草木に対し、軽い気持ちで撮っていたが、部長のそんな真剣な気迫に失礼にならないよう、邪魔にならないよう、しっかり気持ちを入れてカメラを構えた。

 部長と俺とでは身長が違う。そのため、アングルはかなり違うものが撮れるだろう。同じ被写体を撮りながら、見比べたらどんな事を感じるのだろう。


「なんでこんな事をしているのか結局折川君は聞かないまま終わってしまったね」

「じゃあ、なんでこんな事してたんですか?」


 下校時間が迫った頃になって、ようやく俺と部長はほぼ敷地を一周した。部長がふーっと長い疲労の息を吐き出した。


「今更だね。学校と生徒会から頼まれていたんだよ」

「どうして?」

「もちろん学校のサイトに載せたり、保護者への連絡プリントや学生向けのプリント物に彩りがてらに載せるようだよ。写真部は無償で奉仕するとも」

「俺も部長と似たようなアングルですけど、全部撮ったので、使えるのがあったら使ってください」

「ふふん、ありがたくデータは貰うが私の写真で十分だと思うけどね! きっと出したら全部が全部、私の写真が使われるだけだろうな!」

「それでも構わないですが、少しでも部活に貢献できた自己満足です」

「ははは、写真部に入ってきたのに殊勝な態度だね。もっと自分の撮影したものが人に評価されたい、認められたい、と思うのは当然の心の動きだよ?」


 写真部の部室は人の温もりはなく、空虚な春の空気が鎮座している。


「昔はもっと活動日には、人が集まったんだけどね」


 そんな事を呟いた部長がパソコンを起動してwifiをつける。


「じゃあ、これで接続して、君の写真を転送してくれる?」

 

 俺は部長に言われた通り、今日撮影した全部を転送する。

 その全部にはもちろん真剣な表情の部長や、最初私を撮るのかい? と少しだけ緊張したような、恥ずかしそうな部長が写った写真もあった。

 今日、部長をたくさん撮って思ったのは、小柄でパッと見た印象は可愛らしいと捉えられるだろう部長の顔立ちが、非常に整っており真剣な表情をした時の姿は、また違う雰囲気を見せるということだ。

 つまり髪先にくせっ毛があり、常は前髪で目まで隠している部長は、とても美人ということだ。

 まじまじと彼女は自分が写った写真を見たのだろう、頬を赤くしていた。


「これは少し恥ずかしい」

「どうしてですか?」

「私は撮る専門で、あまり撮られるのは好まないから」

「部長が一年生や二年生の頃も写真無いんですか?」


 えーっと批判げな表情を部長がする。


「それを聞いてどうすつもりかな? もちろん私は入部当初から撮影専門だよ」

「部長なら人気だったと思うんですが」

「君は撮る時に不純じゃないくせに、今ここでそういう不純な気持ちを言うのかい。

 不純な部員に撮られるのは嫌だし、あまり残したく、ないんだ……。

 だから、これは共有パソコンからは没収だ!」


 一瞬陰を作ったが、すぐに誤魔化した部長は、俺が撮った写真を手元にあったUSB接続していた自身のSSDに保存していく。てっきり削除するものだと思ったので、俺は尋ねる。


「消さなくて良いんですか? 俺の手持ちのも」

「不純な気持ちゼロなら写真は消さないよ。だって、これは思い出だろう? ……なんというか、君は、時間を大切にしたいんだね」


 写真を確認しながら優しげに笑って、俺の写真を一枚一枚見て言った彼女の言葉が、俺は怖かった。目の前の人が述べた言葉が怖かった。

 自分の事を覗かれてしまった気がした。

 だけど、俺はそんな彼女の笑顔を写真に残して、パソコンに転送はしなかった。

 写真を撮られたのはバレバレなので、彼女は俺を見上げてキッと睨んで大きな声を上げる。


「今のは不埒な気配がしたよ!」

「いやいや、部長もそんな顔をして話すんだなって」

「折川君ねぇ! 少しは協力するかと思えば、盗撮はだめだって自分が反論していただろう!」

「じゃあ、部長に言いますけどね、芸術のためだって言ったのは部長では?」

「もう!! この後輩は!」


 今の写真を消そうと襲いかかる彼女からひらりと避ける。手を少し上げれば小柄な彼女の手がとどくわけがない。

 初めから彼女が諦めるまでの確定した勝利のお遊びなのだ。


「くぅぅぅ、身長が憎い。標準身長なはずの高一の君にさえ敗北するなんて」

「表に出したりしないですから、諦めてください。大事にしいます」

「もう、大事にされても困るから消そうとしているじゃないか!」


 下校時間を告げる放送がなって慌てて帰り支度をするまで、俺はカメラを無事守りきった。

 恨めしげに彼女は俺をにらみながら、時間切れを理解して、帰るよ! と言って、ずんずんと帰るために歩いていく。俺は彼女に分かれ道まで謝り倒したのだった。


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本日追加で二話分を投稿します。次話は19時投稿です。

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