第49話1 鳳蝶とラブホ


 土曜日の朝だ。俺は今日もバイトに張り切る唯彩とそんな元気な唯彩に喜ぶコンタロウとのジョギングを終えて、早めに家を出る。そんなに早くバイトなの? と家族に聞かれたが、単純に友達と会ってくると答えた。


 電車は遅延もなく淡々と俺を繁華街のある駅へと運ぶ。

 改札をくぐり、彼女との待ち合わせ場所へ向かった。


 これまで会ってきた鳳蝶あげはとはイメージの違うひどく蠱惑的な少女が俺を待っていた。

 黒と深藍で背中と肩が出てボディラインがしっかり出たドレスのようなワンピースに、初夏の季節の気温対策も兼ねた透け感のあるレースのショート丈カーディガンを羽織っている。

 色っぽすぎる格好をした鳳蝶あげはが、憂い気な瞳をしながら左手に付けた高級そうな時計を見ながら人を待っている。

 これが例えば夕方であれば、どこか高級なディナーなどに参加するのだろうという考えも湧くだろうが、比較的朝の早い時間に待ち合わせに立つ姿は年齢とも似つかわしくなく、はっきり言って場違いだった。


 俺があっけに取られていると、俺の姿に気づいた鳳蝶あげはがぱっと年相応の笑顔を浮かべて俺の元へ駆け寄ってくる。


「おはようございます、尚順さん」

「ああ、おはよう。鳳蝶あげは。その格好」

「その、偶にはこのような格好でもどうかと思いまして」

「そう、なんだ。どうして?」

「あの、男の方はこういうのが好きと雑誌を読んでいたらお見かけしたので、尚順さんの好みをしりたくてお試し、ですの」


 恥ずかしげにそんなことをいう鳳蝶あげはだが、お試しでどこに一緒に行けば良いのだろう。今の格好ではいつも土日の朝に行くカフェで少し過ごすには不適当だろう。

 俺がそうなんだと言って、どこに行くべきか少し考えると、鳳蝶あげはがおずおずと尋ねる。


「尚順さん、どうですか?」

「ごめん、綺麗すぎて口に出せなかったんだ」

「よかったですわ!」

「でも、これまでの私服も可愛かったよ」

「ふふ、ありがとうございますの。そう言われると、これからも尚順さんと会う時の服装、たくさん迷ってしまいそうですわね」


 鳳蝶あげはがそう言って、俺の隣に並んで恋人つなぎをするりとしてくる。あれから土日の朝に彼女と会う日々ですっかり鳳蝶あげはは恥ずかしさも減り、自然と俺の手を握るようになった。

 カーディガンを羽織っているとはいえ、透け感のある物であり鳳蝶あげはの綺麗な肌がしっかりと見える。少々過激すぎて、あまりひと目のあるところでくつろぐものではないか。


「とりあえずどこか入ろうか。あまり鳳蝶あげはをひと目に晒してもね」

「まあ! ふふ、じゃあ、こちらへ」


 ぐいっと手が引かれる。無理やり力で振り払えば引きはがせるが、鳳蝶あげはを傷つけるのは望まなかった。どんどんと進んでいく道に、冷水を浴びたみたいに頭が冷たくなった気がした。

 慣れた道だった。


 鳳蝶あげはは緊張したようにその入口をくぐる。ぎゅっとつい手に力が入ってしまい、恋人つなぎになっている鳳蝶あげはの手を握ってしまう。鳳蝶あげはは驚いたような顔をしてから、私も緊張していますのと言って恥ずかしそうに笑った。

 違う。


「どちらの部屋が良いでしょうか」

「ああ、どれでも良いんじゃないかな。鳳蝶あげはが入りたいところで」

「そうですか? それではこちらで」


 値段が一番高く、一番広く大きい部屋を選び彼女がお金を払えば自動でカードキーが吐き出される。


「こちらですわね」


 二人きりのエレベータ内は無言だった。鳳蝶あげはがそわそわとしているが、俺の体は反対にあまりの展開にカチコチに緊張で固まっていた。

 部屋に入ると、見慣れた光景が俺を出迎えた。備え付けのソファやベッドの寝具などが白と黒を基調にしており高級感を演出している。


「こんな感じですのね」


 問題はこの一室のように風呂の設備などを除けば、この部屋よりも鳳蝶あげはの私室のほうが遥かに高級感があることだろう。

 彼女が興味深そうに一室をきょろきょろと探し回るのを一緒に付き従い、満足したあたりで彼女は時間を確認した。ベッドをポフポフと鳳蝶あげはの手が軽く叩いている。


「でも、少々品質が物足りませんわ」

「ラブホテルの内装で住道すみのどう家のお嬢様レベルの品質は無理だろうね」

「ふふ、尚順さんは私の部屋のベッドの感触、知ってらっしゃるものね」

「……部屋の香りも鳳蝶あげはの部屋は女性らしくかったけど、好きな香りだったのかな?」


 逃げるように前に部屋に連れ込まれた時の部屋の印象へと話題をかえるが、それでも鳳蝶あげはは自身の部屋の事を話題にしてもらえて嬉しそうだ。


「そうなんですの。前はもっとさっぱりした香りの物が多かったんですけれど、……その、男性は甘い香りの方が女性らしさを感じてもらえると見かけて」

「ああ、そうかもしれないね」


 嬉しそうに鳳蝶あげはが笑って、ハッとした表情に平手を口元に当てて思い出した反応をした。


「ああ、いけませんわ。少し目新しくて興奮しすぎたみたいですの」

鳳蝶あげは、荷物をここに置こうか」

「尚順さん、ありがとうございます」


 ラブホに来た目的を鳳蝶は時間を浪費すること無くしっかり思い出した。ソファの近くにあった棚に鳳蝶あげはの持っていたカバンを片付ける。鳳蝶あげはが興奮した面持ちで俺を見上げて、ねだるような顔をした。


「尚順さん、こんなところに来たらすることは一つですの」

「……鳳蝶あげは


 鳳蝶あげはの名前を呼ぶと喜ぶように体を震わせた。その唇に俺は自身のスイッチを押すつもりでキスをした。

 唇が触れ合って、甘い香りがする。彼女は朝に会う時には探るように香水を変えながら、俺に近づいていた。バレてしまったようだ。好きな香りだった。莉念りねんも高校になってから時折つける香りだ。

 莉念りねんは俺の好みを把握しながら、ローテで変えてここぞという時に俺が一番好きなものを使ってくる。今回、鳳蝶あげはは俺の好みがわかったから、今日ホテルに行くのでこの香りにしたのだろう。鳳蝶あげははいつだって男を喜ばせる手癖を知っている。これからはこの香りをずっと使うのかもしれない。

 まだ、一番好きな香りがバレていなくてよかった。

 舌が情熱的に絡む。彼女の舌が俺を襲う。

 顔を興奮で赤くした彼女が俺を見つめていた。ゆっくりと唇が離れる。

 パサリと服が落ちた。


「この下着、どうですか?」


 また見たことがない下着だ。いつもは青や緑など、装飾はあるが視覚的におとなしい色を選んでいる鳳蝶あげはだが、今日は光沢のある赤と黒で彩られている。彼女のどろどろした情熱を表すような鮮烈な色だ。

 今日の朝は下着報告が無かったが、きっと俺をドキドキさせるためだろう。気づけばよかった。そうすれば心の覚悟もしっかり出来ていた。


「可愛いよ、鳳蝶あげは

「喜んでもらえて、嬉しいですの」


 鳳蝶あげはは綺麗だ。可愛い。でも、本来、友達とこんな関係は許されない。そして、彼女は俺の望まない言葉を告げるのだ。


「また、撮ってください。貴方の思い出に、してほしいですの」


 下着姿の美しいお嬢様を写真に残す。これから貴方に身を捧げますと宣言するような表情をした鳳蝶あげはは、俺にスマホのカメラを向けさせた。

 下着も完全に取り払われ、真っ白で研ぎ澄まされた乱れもない鳳蝶あげはの身体が俺にさらされて、またシャッター音が鳴った。


「……また、鳳蝶あげはは、綺麗になった?」

「ふふ、尚順さんに見てもらうんですもの」


 自撮りだけでは分からなかったが、テスト期間前に見た彼女の体よりもさらに綺麗になっていた。


「ねぇ、尚順さん、してほしいですの」


 俺は鳳蝶あげはの望み通り、彼女に近づいて彼女をベッドに無理やり押し倒す。

 こんな風に一度してほしいですのと、長文で長々と文章が送られてきたことがあった。

 俺はそのメッセージを読んだが、返答はできなかった。

 してあげると肯定したら、恋人がいるのに女友達にそんな内容をすると宣言することになってしまって、その関係はおかしい。

 出来ないよと言ったら、泣いて通話が来る。俺には無理だ……。どうして無理なのか俺にはまだ分かっていなかった。

 だが、ちゃんと読んで覚えて実践できたせいで、鳳蝶あげはは喜んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る