第77話 茶会開始

近況ノートにイラストがあります。

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遠畑とおはたside


 作業は時間内になんとか間に合ったか。

 ため息をついてしまう。全く茶道部のためだけになぜこんなにも苦労しなければいけないのか。俺はそんな気持ちを抱いてしまう。

 茶道部の顧問はまだ良いが、生徒会を含めた管理のために残らねばならない教師が口酸っぱく時間厳守を言い続けた。放課後すぐに敷畳を搬入するための業者が遅れてると茶道部から聞いた時は、勘弁してくれという気持ちだ。

 遅れた責任でなぜ俺が頭を下げねばならないのか。茶道部の顧問は女性がやっているのでさておき、生徒会と武道場の出入り口の鍵を管理する側の教師は男性教師で、女子に甘く女子には不満を隠すくせに、男子だけになるとグチグチ文句を言ってくるのだ。言う対象が違うというのに。

 イライラと人の居ない廊下を足早に歩く。人を待たせていた。

 人気の少ない空き教室でその女子は静かに待っていた。


「さて、」

「……それで四條畷しじょうなわて派閥のあなたが何のつもり」

四條畷しじょうなわて派閥だが、まあ、邪魔者を遠ざけたくてね。折川尚順が、常に邪魔してくるからな」

「まだやってたの? いい加減止めたら良いのに」

「なんだ覚えてるのか」

「茶道部に顔だしてきたことで思い出したわ。中学時代が一番男も女もうるさかった。でも、もう四條畷しじょうなわてさんとは関わってないみたいでしょ。逆に今は住道すみのどう様と仲睦まじくて大変困るのだけれど」

「な、なんだと! そんな様子は知らないが」

「……遠畑とおはたってほんと」

「なんだ?」

「……いいえ、ホント人の機微に敏いのに、遠畑とおはたの上昇志向をはばもうとする人たちのせいで情報が遮断されて大変ね」

「ふむ、やっぱりそう見えるか。やはり色々と邪魔者がいるからな……」


 目の前の女子は、なぜか苦笑してから、俺へ不満そうに向き直る。


「それで何をしてほしいの? 暴力なんて御免こうむりたいのだけれど」

「ああ、ただ折川にむかってお茶でもこぼしてもらえればいいだけだ」

「……どういう目的で?」

「折川を直接排除するのは叶わなかったが」

「まあ、不屈の精神よね。なんで笑ってられるのかしら?」

「知らん。いかれてるんだろう。そうなら単純に女子の方から離れてもらえば良い」


 俺が自信満々に言うと、しばらく黙ってこちらをみながら、納得したように長く息を吐き出して、目の前の女子は頷いた。


「私は別の子にやらせるだけだから良いけど。まあ、わかったわ。住道すみのどう様もいい加減、恋人でもない男への行動が目に付きすぎるし。この辺で折川さんへの夢想から覚めてもらわないとね」


 後半がなんと言ったか聞こえなかったが、こっちの話と言われてしまえば住道すみのどう派閥に口を突っ込む気は無い。


「それじゃあな」

「うまくいくと良いわね」


 投げやりに言った女子がさっさと出ていく。おろおろと対応に遅れて、みっともない姿を見せる折川を糾弾してやれば十分だろう。やり過ぎる必要はない。あいつと付き合いの短い丸宮は、折川が数少ないまともに活動している写真部男子だから優しくしてやっているだけだろうし、呆れさせれば他の男子と同じようにいい加減距離ぐらい自分で取るはずだ。

 莉念りねん様も子供の頃の妄想で折川を見ているだけなのだ。中学を経て高校になり、さらに学校内で付き合いもほぼ無いとなれば、これが最後の後押しになって折川との関係を莉念りねん様から明確に拒絶して折川も絶対に近づかまい。

 幼馴染なんていう幻想は、たくさんあるフィクションのようにとっとと他人に戻って、別々の道を行くべきだ。


「はあ、ままならんものだ」


 明日の茶会でさて莉念りねん様をどうフォローして点数稼ぎをするかと考えながら、俺も下校時間ぎりぎりの校舎を後にした。

 莉念りねん様の点数稼ぎに動いたら、合わせて丸宮も俺の行動を称賛するだろう。


  φ


折川尚順side


 土曜日にも関わらず俺は茶会の写真を撮るためにバイトを調整してもらった。四月が一番バイトが少なくて徐々にローテーションがする人が増えたので、唯彩ゆいささんにまた謝り通して俺は写真部として活動できる。友人として唯彩ゆいささんにはずっと助けられていて、俺は彼女に頭が上がらなくなってしまう。

 華実かさね先輩も今日は離れたところで俺と春日野を見守り待機だ。

 準備が終わった着物姿の鳳蝶あげはが姿を見せる。


「わあああ」「素敵!」「着物、とてもお高いのでは」


 せんり曰く中立派の人たちが、鳳蝶あげはが入ってきた時に口々に盛り上がっている。住道すみのどう鳳蝶あげはのお付きのように同時に入ってきた茶道部の面々は誇らしげに彼女の後ろを歩いていた。

 鳳蝶あげはは、……わざわざ色留袖の着物にしたようだ。時期ではないと思うが、とても華やかな紫陽花が描かれた着物は美しい。住道すみのどう家なら古風な柄を選ぶと思ったが、鳳蝶あげはの趣味だろうか? いつもは清楚で落ち着いた雰囲気である鳳蝶あげはが豪奢ながらの着物を着ていると目を惹かれた。

 だが、個人的に言えば訪問着ぐらいで良いのではないだろうか。いや、そも学校行事だから、変なものも居るだろう。そういうのを考えると、あまり高価なものは……。鳳蝶あげはが高級高品質路線で着物を選ぶと傘下のハードルも上がって、その結果なぜか派閥対立っぽくなったせんりの着物選びも苦しんでしまったので、鳳蝶あげはは少々暴走していると思ってしまう。

 しかし、高校の行事が、いつから最高の格式で挑む行事になったのだろう?

 まあ、格が高いものほど望めば高品質のものを作っているので、最高の物を選んだらこれだったと言われたらそれまでだが。鳳蝶あげはが周りの人達に断って、俺の方へ寄ってくる。


「おはようございます、尚順さん」

「ああ、おはよう。……なんというか、気合、入ってるね」

「ええ、四條畷しじょうなわて様が来られますから尚順さんの前で見劣りしてはいけませんもの」


 やっぱり莉念りねんが来るから張り切ったのかな。それなら良かった。しかし、どういう意味で張り合っているのか。

 莉念りねんの着る着物は秘密と言われているので不明だが、おそらく表向きほどほどで済ませるはずだ。せんりが使う小物を買いに行った時に見たせんりの着物の写真が、あーこれ見たことある訪問着だなと思ったものだ。

 キョロキョロするがせんりの姿は見えない。……莉念りねんと一緒に来るのだろう。


「その、尚順さん、お聞きできなかったのですが、どう、ですか?」


 恥ずかしそうにしながらも、鳳蝶あげはが俺の前で優雅に後ろも含めて見えるようにくるりと回って見せる。その所作は、着物姿の女子がするには少々はしたない行動にみえたが、鳳蝶あげはが行うとふんわりと香った彼女の香りと合わせてとてつもなく美麗だった。


「ああ、すごい綺麗だよ」

「ふふ、嬉しい。ありがとうございますの」


 満足気にした鳳蝶あげはが準備をするために離れていく。そのタイミングでせんりを伴った莉念りねんが、ただ淡々と何も気にせず姿を見せた。

 別段自慢するようでもなく、人目を引こうとするわけでもない。

 しかし、莉念りねんが姿を見せると、武道場の中は先程までの話し声は静まり返り、各々の視線がすいっと風の吹いた方向へ葉が飛んでいくように動かされて、莉念りねんの元へ集まっていく。

 俺はふらふらと莉念りねんに行ってしまいそうなところを、春日野が気づいて蹴ってきて正気に戻った。


「ああ、ありがとう」

「ふん」


 春日野は忌々しそうな顔をしてから、その顔を冷たい無表情に取り繕う。いつの間にこんな事が上手くなったのだろうか。中学時代に付き合っていた頃は、恥ずかしがる事はあれ、もっと表情を出して感情を出して人と関わっていた。

 写真部で、……俺がお願いした日から約束を違えず、春日野は華実かさね先輩に俺の事をほぼ話さず、ただ正しく写真部の初々しい新入部員らしく過ごしていた。

 カメラの手ほどきを先輩から受けて、先輩と笑顔で過ごしている姿に、俺はいつも安堵しながら不安にかられている。

 ……分からない。


 莉念りねんが俺に近づいてくる。鳳蝶あげはがその姿を見咎めて、人に見られているのにも関わらずすごい表情をしていた。

 莉念りねんが優美に礼をする。とても面倒事を生む動作である。


住道すみのどうさんがわざわざ足を向けて挨拶するなんて、仲がよろしいんですね。今日はよろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」


 そういって、どんな関係性なのか外野からは意味不明な行動で、そのまま立ち去っていく。けれど、その後姿も綺麗だった。俺がぼーっとしてると、何故か先程離れていったはずの鳳蝶あげはが俺の元へ戻ってくる。


「ちょっとお願いしたいことがありますの」

「うん? ああ、何?」

「こちらへ」


 春日野を暗い目で制した鳳蝶あげはに引っ張られて、俺を無理やり人目から隠れた所へ連れて行く。春日野が明らかに不満げにしているが、莉念りねんを牽制するのに忙しいのか咎めなかった。


「ちょ、鳳蝶あげは、誤解を生むから止めて欲しい」

「他の女に目移りするあなたが悪いんですの」


 鳳蝶あげはが自身はせっかく綺麗にリップまで塗っているのに、俺にキスをする。舌をちろちろと絡めて、そうしてすぐ離れた。先程まで整っていたリップをせっせとすぐに塗り直している。


「こういうのは辞めて、くれないか」

「……お嫌でしたか?」


 莉念りねんが居るんだ。他の女に目移りしてるからと言うなら、本来であればずっと、莉念りねんから俺は怒られたかった。そうすれば莉念りねんが少しでも俺を好きだと感じられる。

 俺は吐き出したい言葉を飲み込んで、鳳蝶あげはの頭を撫でる。


「見られたら困るでしょ」

「見られなかったら良いんですのね?」


 これをダメだと言ったら、ああ、また泣くなと思って、俺は苦笑いで答えなかった。鳳蝶あげはは他の女がちょっかいを掛けるのに余裕は見せるが、鳳蝶あげはの行動を拒否するとすぐに感情が高ぶる。どうしてそんなわがままなんだろう。俺がわがままを一新に浴びたい子は決まっているのに、鳳蝶あげはが泣くのが辛くて拒否できない。

 鳳蝶あげはも俺が拒否したいと考えてしまっているのを察しているが、自分の言い分に言葉で反対されないことを良いことにそんな気づきを無視し、せっかく塗り直したリップなのにまた俺に抱きついてキスをして、リップを整え直す。


「それでは、今日はよろしくお願いします、尚順さん」

「……写真部は学校行事の啓蒙のために活動するから、平等だよ」

「あら、でも写真映えは負けませんわ」

「そうだね。鳳蝶あげは、綺麗だよ」


 愛想笑いを浮かべて頷く。彼女は俺の回答に満足したように会場へ戻っていく。俺はわざと時間を置いて、戻った。

 そういえば華実かさね先輩の姿を武道場で見れなかったなと思って探すが、見つからない。


「春日野、そういえば先輩は?」

「うん? ああ、人が多いのになれるのにしばらく席を外すねってだいぶ前からずっと外してる」

「いや、今は茶道部と生徒会ぐらいしか居ないでしょ」

「多分あの人――遠畑とおはた先輩が居るところにあんまり居たくないんじゃない?」

「なんで?」

「あいつが来るまで、あの人、先輩に度々話しかけたり、話さず離れてる時はずーっとじーっと見てたから」

「こわっ」


 あいつは莉念りねんで、あの人が遠畑とおはたか。春日野は嫌うと、名前を呼びたくないという態度が出てくるなぁ。中学時代の塾に通っている頃、愚痴を聞いている時もあいつとかあの女とかあの男とか言って、誰だ? と首をかしげていた。

 さて、先輩がそんな状況なら居ないのも仕方ないか。俺は気合を入れる。


「春日野、頑張ろう」

「え! あ、うん、がんば、ろうね?」


 俺に声をかけられてどこか嬉しそうに答えた春日野に、改めて頑張ろうと笑顔で言って、事前に決めておいた茶会のスケジュールと撮影予定表をもとに、春日野に時間と指示を出していく。

 実際に一般参加の学生が入る前に見栄えの良い写真は取りきってしまうのだ。


「それじゃあ、住道すみのどう鳳蝶あげはさん、四條畷しじょうなわて莉念りねんさん、撮っていくのでよろしくお願いします」


 茶道部部長は、一番見栄えが良いのはこの二人だからだろうと、予定表を作って相談している時に、早々に写真に撮られることを拒否したため、この二人になった。

 俺は春日野を連れて、そんな風に二人へ声をかけた。莉念りねんがどう思っているか分からない。お嬢様らしい温和な笑顔を見せながら、大人しく敷畳の指定位置へ移動し、俺の指示に従って写真を撮っていく。


 畳の上に二人が並んで座る。どちらも際立つ美人のお嬢様だ。写真のシャッターボタンを押す瞬間、俺は心臓をかきむしりたいほど手を伸ばしたくて、そして恐ろしかった。

 二人並んだ写真を無事取り、一人ずつの写真に切り替わる。お茶を入れる所作はどちらも美しいが、俺は莉念りねんが時折向ける流し目で俺を見る動作に、学校にいるのに今すぐこの幼馴染を抱きしめたかった。可愛かった。

 ずっと彼女の着物姿なんて見てこなかったからだ。耐性をとっくに失っていて、自然と莉念りねんを撮る時に熱が入る。一枚一枚写真を撮ると、莉念りねんに見惚れてしまう。なんて綺麗な幼馴染なんだろう。

 大切な思い出になる彼女の写真が増えていくのが、ただただ嬉しかった。レンズ越しに彼女が俺を見つめる。

 だから、俺は視界の端にいる鳳蝶あげはが怒っているのに気づいているのに、心は目を背けていた。ままならない空間で俺は目を背けることしか出来ない。


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skebでお描きいただきました。四條畷莉念の着物姿のイラストです。とっても可愛い!!!

作成者:きらばがに様(@uklite000k)

https://kakuyomu.jp/users/akashima-szak/news/16817330666509068160



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