第40話 あーちゃんは可愛いよね
39話は26.5話になったので38話→40話となっています。
時系列は唯彩がバイトする前の時と、36話の日。
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私がバイトをやりだすことに両親は特に興味もなしに同意書にサインする。逆に自分たちが知らない間に遊び回っているよりもバイトしている方が安心だと言われた。私が高校からの塾を拒否したからだろう。
その両親の言葉が心配からではなく、迷惑をかけるなという副音声が隠されていると感じていた。
私はニコニコと笑いながら、仕事で疲れたと早々に自分たちの寝室へ引っ込んでしまった両親たちを見送る。
「おやすみなさい」
「おやすみ、唯彩も早く寝なさい」
シンと静まり返ったリビングに一人残される。
少々綺麗とは言い難い文字で署名されたちっぽけな存在感の書類がテーブルに放られていた。
私はそれを丁寧にクリアファイルへ放り込んだ。
「あ、鞄。紙がこんな大きさだと可愛いの無いなぁ」
呟いた言葉に答える人はなく、私は話し合いの為に入れた三人分の手つかずのお茶を流しに捨ててカップを洗った。今日も私だけが使うキッチンは私色に染まりきって私以外の手垢が付くことはない。
明日の朝ご飯を家族全員の三人分用意し終えてから、二階にある自室に戻る。川が見える自室の窓の向こうを見つめた。ちょうど向かいに有るはずの家は、すっかり夜の闇に包まれて見ることは出来ない。どの部屋の窓にも光が灯っていない。
「もう寝ちゃってるよねー」
私はそんな虚しいつぶやきを残して、スマホの電源を落とす。アプリには彼からの通知は無かった。
他の男子のクラスメイトからはメッセージが来ていたが、返す気も起きなかった。電源をついたままだと延々アプリを見続けて、先程窓の向こうを見て彼が寝ていると確認したはずなのに眠るのが遅くなってしまう。
「早起きしないといけないもんね」
家の中で両親がいないところではついつい独り言が多い。こんなの彼には見せられない。明日の朝の事を考えながら布団に入ると、先程までの沈鬱な気持ちよりも早く明日になって欲しいという気持ちになって心地よく睡魔に頭が誘われていった。
φ
あーちゃんとひさ君が騒動を起こして教室を出ていったと、クラスメイトから聞いたのは私がかなり遅れて登校してからだった。クラス内は二人の話で持ちきりだった。実際にその現場をみた彼女らは、信じられないというような顔をした他のクラスメイトたちに必死にその瞬間を説明しているし、あーちゃんを気になっていた男子たちはキスしたことに対して嫉妬で声を何度も荒らげていた。
その声が耳障りで嫌だった。
「住道さんにまで手を出してたのかよ」
「落ち着けって、委員長は断ってたって」
「でも、キスはしたじゃねーか!」
「無理やりされた感じじゃないか」
女子がざわざわと噂していた。
「わざわざ教室でするって見せつけてるっていうか」
「いやまあ、ちょっと引くよね」
「ああいう事する子だと思ってなかったんだけどなぁ」
「露骨ではあったし」
「他の男子には完璧に壁作ってるのに委員長だけだもん。露骨すぎてわかりやすかったから、ある意味助かると言うか」
「それでも近づきたがる男子たちが馬鹿だよね~」
こそこそ喋る男子もいる。
「でも、これでワンチャン狙えるな」
「ええ、そうかぁ?」
「いやいや、そりゃお前、委員長はキスまでされて断ってるんだから、フラれて傷心にってやつ」
「うわ、最低~」
「委員長、あんな美人にキスまでされてるのに断ってるのある意味尊敬するわ」
「いや、いきなりキスは引くでしょ」
もっと戸惑ったような反応をする男子たちもいた。
「信じられないって」
「でも実際に見たって人も」
「住道様がそんな事するわけない」
ざわざわするクラスメイトたちを見回しながら、私は思ったよりも落ち着いていた。
あーちゃんはそういう事しそうだよねと、そんな事を思っていたからだ。
お嬢様だなんだと周りが言っていても、中学時代にいた一部の女子と彼女がひさ君に見せる態度に見知った物を感じていた。あーちゃんはひさ君の歓心を買おうと必死だった。友人としてではなく、女としてだ。
ひさ君が困っているのに気づかないで、必死に自分が使える方法で外堀を埋めようとしたり、学級委員長として他の女子と話しているひさ君と女子の間にわざわざ笑顔で割り込みにいったり。
それでも手に入らないから、性急に結果を求めた。家の魅力が通用しなくて、考えて、そうして自信があった自分の体を使おうとしたんだろうな。
「あーちゃんは可愛いよね」
私が笑って言うと、私といつも話していた彼女は困ったように大丈夫? と尋ねてくる。私はそれが不思議だ。
「あーちゃんとひさ君のこと? あたしは全然気にしてないよー」
「でもさ、見せつけるみたいにわざわざああいうことするのってちょっと、住道さんはもっと周りを見るべきじゃないかって」
「あははは、周りが見えてないのはそうだよね-。でも、初恋してた女子でああいう子、見たことあるでしょ? だから、あーちゃんは、ほら暴走しちゃったんだよ。初恋ってそういうもんじゃない? 私友達として皆の誤解を解かないとね」
「唯っちは優しいね」
「そうっしょ? 困ってる友達は助けるもんだからさ!」
あたしは黒板の前に出て、ざわめくクラスメイトたちの話を聞いて、なだめるように優しい笑顔で授業が始まるまでの時間も、休み時間になっても声を掛けていった。
ちょっと悪い噂にならないですんだのは、男子はちょっとひさ君に嫉妬があるけれどあーちゃんが可愛いから飲み込む形になったみたいだ。あとフラれたっぽいから傷心狙い目というのも、コソコソ話していた。
女子には「あーちゃんも女の子なんだね、可愛いところあるんだねー」で納得してもらった。
自分の体を使ってアピールする女なんて嫌われる対象になりかねないけれど、あーちゃんの対象がひさ君だったからだ。
ひさ君の扱いは、学級委員長をやっているけれど別段モテるタイプじゃないという見方をされている。
私としては不本意だが、この学校の一年生女子たちの間で話題に上がり、顔と行動で華やかに目立ってモテるのは他のクラスにいるサッカー部の男子だ。
ひさ君自体の評判が良かったのもあった。
『まあ、部活の雑用手伝ってもらったこともあるし』
『関係ないのに体調悪い時に委員会の作業、嫌な顔せず助けてくれたもんね』
『今の彼女と仲良くなるために実はこっそり協力してもらったから……』
『授業わからないところを聞いたら、部活の部長が探しにくるまで時間使って教えてくれて』
ひさ君は私が知らないところでも、目に止まったらすぐにクラスや年次を問わずに行動して助けていた。それで今、悪い人じゃないと理解してもらえている。私は良かったと安堵した。ひさ君はとても良い人なんだ。
でも男子と話すと、
『良い奴だけど女癖が悪そうだから唯彩ちゃんは気をつけて』
『女癖が悪いやつが良いやつかぁ?』
周りの男子も含めてそんな事を言われたけど、私は理解できなかった。
女癖が悪い男っていうのは見て来たことがあるけど、もっと最低な行動をする。中学の頃から金髪だからそういう男によく出くわした。
噂を聞けばいろんな女の子に声をかけて、食っては飽きたら捨てたりキープしたまま他の女に手を出す男であって、ひさ君は実際そういうタイプじゃない。
私と二人きりでもえっちな雰囲気など微塵も出さない時点で分かりきっていることだ。
でも、ここで反論したりするとまた揉めるので私は笑顔で流しておいた。
結局、ひさ君は戻ってこなかった。私はメッセージで褒めること! と強めに言っておいた。どんな風に褒めてもらおうかな。そんな言葉が頭の中に回る。
今日の頑張りは頭を撫でて貰うだけでは足りないと思う。でも、頭を撫でてもらう以上なんて、体を使ってアピールしてると幻滅されかねない。
そういう行動は避けたかった。
バイトがない日だったので、コンタロウの出迎えに応じながら空っぽの家に帰り着く。友達に誘われたが、今日はクラスメイトたちをなだめるのにちょっと気力を使いすぎた。散歩の準備を整えれば、コンタロウが嬉しそうに踊っていて、気楽さが羨ましい。
夕暮れの中でコンタロウに引かれるまま散歩をする。
「キス、かぁ。私もねだっていいと思う? コンタロウ?」
「ワフゥ?」
あーちゃんにそこまでやったのなら、あたしにもしてくれても平気なんじゃない? あたしはコンタロウに尋ねると、コンタロウが呼んだ? と振り返って、しっぽを振る。
あたしはちょっとだけモヤモヤした気持ちを振り切るために、走ろ! とコンタロウに言えば、コンタロウがとても嬉しそうに反応して走り出す。
私も負けじと走り続ければ、朝の彼と一緒に過ごす時間が思い出されて、すっきりすることが出来た。
「あたしはあーちゃんと違うから、キスはまだだね。でも、ひさ君が求めてくるんならもちろん応えるよ? だって、コンタロウを助けてくれた運命の人だからね~」
散歩が終わって家に帰ってから、今日はコンタロウを家に上げる。あたしはコンタロウを撫でながらそんな独り言を呟いて、コンタロウが不思議そうに首を傾げた。わしゃわしゃと撫でれば嬉しそうにワンワンと応えてくれる。
ひさ君にもこんな風に撫でられてみたいと思いながら、コンタロウがもう良いよ! と逃げ出すまで撫で回した。
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次話は第一部のメインストーリー部分ラストです。
第一部の終わりということで、9/24は閑話を含めた4話を投稿します。
次話は明日10時、その後12時、18時、19時に更新予定です。
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